105.VSヘルズグロリア・ヴェグガナーク支部長 前編
その後、他のチームでも幹部クラスの敵と遭遇したらしく、クエスト第2フェーズの進行条件である『ヘルズグロリア支部内幹部を指定数倒せ』の達成数が次々とカウントされていった。
指定数が6以上に対し、すでに7人のカウントとなっていることから、どうやら各方面に2人ずつくらいはいるらしい。
私達のところは未だ1人しか遭遇していないけどね。
んで、肝心の雑魚敵も含めた全体の敵性NPCの撃破数に関しては、大体7割がたといったところ。
サイファさんと共有している【空間把握】スキルの反応にも、家屋内や物陰に隠れ潜んでいるような反応はなく、少し離れた場所にはほかのチームのメンバーを示す反応もあることから、どうやらあとは屋敷内での戦いを残すのみとなったらしい。
「――これはあくまでもうわさに聞いた話ですが、ヘルズグロリアは国内のみならず、国外にも重要拠点を築くほどの巨大な暗部組織。その活動内容も諜報や謀略はもちろんのこと、要人の誘拐や暗殺、果ては売買目的での人狩りなど、挙げきれないほどと言われています。もしかしたら、この辺りの下にも、魔法などで地下空間が作られていてもおかしい話ではありません」
「わかりました。注意します」
とりあえず、まずは他のみんなにメッセージを送り、他に雑魚敵の討ち漏らしがいないかどうかを探りつつ、中心部にある洋館まで向かってほしいと伝えてから、私達も洋館へと向かうことにした。
すでに遠目に見える、小高い丘のような立地に建つその洋館は、ヴェグガナークを囲う防壁も一部併用し、またそれを伸長・接続する形でまるで要塞のような様相を醸し出している。
「ヴェグガナルデ公爵がこの地に封じられるより前、王族直轄領だった頃からこの辺りは交易の要として扱われていましたが、ヘルズグロリアがこの地に根付いて以降は、イタチごっこを重ねるにつれて彼奴らの勢力が増大化し、今ではうかつに手を出せないほどの勢力にまで発展してしまったとか」
「うわぁ……」
サイファさんから語られる、ちょっとしたバックストーリーを聞いて思わず私は声を上げてしまう。
私と違って声に出さなかった人も一部いたみたいだけど、PC全員の顔を見回して見てみた限り、皆同じように驚きを禁じ得なかったらしい。
――というか。
「イタチごっこを重ねるにつれてって、昔はフェアルターレの王国軍も対処してたんですよね。根絶できなかったんですかね」
「複数の国にまたがって存在していると言っていたでしょう? このフェアルターレにある彼らの拠点も、そのすべてが支部なのではないか、と噂されているのです。それに、困ったことに彼奴等の移動手段は陸路に限りませんから」
「そっか……」
海がある方を睨んで、私は理解する。
一度根絶したとして、知らない間に船に乗り込んできたり、船ごと乗り込んできたりしていつの間にか国内での勢力を復帰させられてしまうのだろう。
「今や国内勢力随一の暗部組織となってしまっているヘルズグロリアですが――今回の強襲がうまくいけばよいのですけれど」
サイファさんは、少々不安を感じている様子。
一体どのような不安を感じているのだろうか。
「なんとなく、嫌な予感がするのですよ。なんといいますか――ここまで来るのに、うまくいきすぎているような気がしまして……」
「うまくいきすぎている、か……」
確かこの後のフェーズ4は『目標時間内を目安に屋敷に戻ること』だったと記憶している。
サイファさんの言葉は、判断材料としては弱いし他に何か根拠があるわけではないけれど、警戒はしておいた方がいいのかもしれないな、
「お~い、ハンナちゃ~ん」
「あ、トモカちゃん。お疲れ~」
「ゴリ、お疲れ。幹部っぽいNPC出てきたけど、思いのほか弱かったし、ちょっと退屈しちゃったわ」
屋敷から少し離れたところで待機していると、トモカちゃんやあてなさんのチームがやってくる。
どうやらあてなさんのチームは途中で樹枝六花たちを含むメンバーと合流したらしい。
最後に、ゴリアテ傭兵団のみで構成されたチームも合流して、全員が揃ったところでいよいよ本丸――さびれた洋館風の建物へと突入する時間となった。
街を囲う防壁に無理やり穴をあけて作られた門。
その格子の向こう側には洋館の玄関扉と思われる両開きのドアが見え、そして時たま見張りと思われる敵性NPCの姿もうかがえる。
私達は正門直通コースで向かってきたが、他のルートからやってきたメンバーの情報によれば、入場するにはこの正門と思われる門のほかには、ほぼ反対側にある裏門があったという。
そちらは庭園のような場所とつながっているらしいが、まったく敵の気配がしなかったのが少々気になったという。
敵の敷地内なのにまったく敵の気配がしない――それ、どう考えても高レベルの『気配遮断』系スキルを持ってる暗部系NPCが待ち伏せしてるよね。
多分、正門から行った方が安全といえば安全なんだろうな。
「…………あれ。いつのまにか、周囲の家屋に敵性反応が復活してる……」
「本当だ。もしかして、リポップでもした?」
「そうなのかな……でも、それにしてはちょっと違和感があるというか……」
ちょっと表現に困ったような顔をする鈴に、私は少し悩んで、ゴリさんに相談を持ち掛けてみた。
「ゴリさん、ゴリアテ傭兵団のメンバーのいくらかなんだけど、周囲の家屋内で復活してる敵に対処してくれる?」
「おぅ、構わねぇぜ。ついでに、家ん中に何かないか、家探ししてみるのもいいかもしれないな」
「あはは、勇者行動みたいだねそれ」
私の提案にゴリさんがそう頷けば、あてなさんがツボにはまったかのように嗤いながらまるで往年のRPGに出てくるような主人公のごとき振る舞いだと茶化しを入れる。
無断で家探しを始めようとするのは確かにそれっぽい感じはするけど、時と場合によるかなぁ。
今回の場合は、完全に敵地なんだし…………セーフだよね。
「カルマ値が下がったら、カルマ値上げのクエスト手伝うよ?」
「おぉ、そいつはありがてぇ。ぜひ付き合ってやってくれや」
話し合いの結果、屋敷に乗り込むPCは私と鈴、ゴリさん率いる6人パーティ。そして樹枝六花になった。
20人以上のメンバーにはなるけれど、洋館の中に入ればまた二組程度に分かれる予定だから、ちょうどいい人数にはなる、はずである。
「それじゃ、行きますか……」
「あぁ」
門には、鍵がかけられていた。
どうやら解錠スキルが使える人でなければ乗り込むことすらできないようだった。
侵入メンバーの中で解錠スキルを持っているのは、私の従者NPCの中では斥候三姉妹。それから、樹枝六花ではノアールさんがいて、さらにゴリさんのパーティにもゴリさん含めて二人いるらしいから、まぁ、問題ないといえば問題ない。
「…………意外と要求される能力値高そう。クラスアップしたの、結局八月の最後の方になってからだったし、私じゃ無理そうかも」
「それじゃあ次はウチの番だね。………………むむ、本当に結構能力値要求されるな。DEXとTEC結構伸ばしてる方だったけど、割とギリギリかも」
訂正、どうやらかなり際どそうである。
「もし無理そうであれば、私達もいますから無理はなさらないでくださいね」
「うん……。でも、もうちょっとで……………………できた、かな」
カチャッ、と小気味いい音が門扉から聞こえる。
キリカさんというゴリさんパーティの斥候が確認のためにノブを回して門を押すと、鍵がかかっていて動かなかったのが嘘だったかのようにすんなりと開いていった。
「開いたね……」
「うん……」
相も変わらず、門の向こう側には大量のNPCの気配がする。
門が飛来とことに気づいた見張りのNPC達が私達の存在を確認すると、なにやら魔法弾のようなものを打ち上げ――ドォンという爆発音が轟き、あっという間に数えきれないほどのNPCが集まってしまった。
「うわ……完全に門の向こう側が敵だらけ……」
「門と壁のおかげで敵が出てくるのが数人ずつ、というのが不幸中の幸いだな……」
何も対策を打っていなければ、これに加えて周辺の家屋に新たに出現していた敵も集まってきて、四方八方をふさがれて袋叩きにされていたことだろう。
「ち――別動隊の連中は何していやがる。後ろががら空きでこれじゃあ侵入者が逃げちまうじゃねぇか」
「仕方ねぇ、どうにかしてすり抜けて包囲するぞ」
といった敵のセリフを聞いて、本当に事前に打ち合わせて家屋内の敵の対処を頼んでおいてよかったと今の時点からすでに安どしてしまった。
とはいえ、仮にも本陣ともいえる洋館の守りを固める敵達である。
レベルを見れば、どの敵もおおよそ40レベルは下らない。
装備品で幾分か能力値の底上げができているとはいえ、先月の後半から立て続けにクラスアップしてきたばかりの樹枝六花には、かなり厳しい戦いになりそう。
「ん~、ちょっとレベル40は厳しそうかな……」
「それじゃ下がってて」
特にノアールさんのレベルが低すぎて致命的だ。彼女には私と同じ立ち位置にいてもらって、投擲武器による遠距離攻撃で援護してもらうことにした。
他方、他の樹枝六花のメンバーはノアールさんよりも比較的早くクラスアップできたのか、半月くらいしかたってないのにもうレベル30近くになっているから、装備による底上げ分も相まって渡り合うことができている様子である。
さすがはトッププレイヤーの一角だ。持っている装備品の差が開きすぎてて私基準じゃ話にもならないや。
――っと、様子見をしていたら早くもこちらに敵が投げた暗器がいくつか流れてきた。
扇子でそれらをはたき落とし、自身やミリスさん、サイファさん。それにノアールさんを守る。
「……扇子、ネタ装備扱いされることかなり多いけど、こうしてみてると扱いとしては短剣と同等なんだよね」
「短剣も似たような感じなんだっけ」
「うん」
私もクラススキルで【短剣】が追加されてるけど、短剣自体は普段使いしないからよくわからないんだよね。
でも、確か短剣系の武器系統共通ボーナスは確か――『パリィボーナス』と『カウンタークリティカル率ボーナス』、そして『チェインボーナスアップ』だった気がする。
扇子の共通ボーナスである『パリィボーナス』『カウンターダメージボーナス』『カウンターノックバックボーナス』とちょっと似通っている部分があるし、シンパシーを感じるのも無理はない話だ。
「まぁ、扇子ってどちらかというと、攻める系の武器じゃなくて護身用っていう感じの武器だから、与えるダメージが心許ないのは事実なんだけどね……」
「でも、耐久度は圧倒的に扇子の方が高いと思う。それ……序盤も序盤の武器のはずなのに、3000が最大っていうのも、クエスト報酬だったのを加味しても破格すぎるし」
「あぁ~、それはそうなのかも……」
ま、何度目になるのかもうすっかり忘れちゃったけど、私はもう戦線に出張ることはなくなっちゃったし、目の前まで突破されたケースを除けばそうそうそれらの効果も発揮されることはないんだけど――ねっ!
「それっ! そこっ! えいっやぁっ!」
そんなことを考えていたところへ、噂をすればなんとやら。
前衛や中衛の猛攻を突破して私達の元までやってきた暗部系NPCが、これ幸いと言わんばかりに私目掛けて攻撃を仕掛けてきたので、いつも通りにパリィからの連撃で全身を凍らせてやった。
「…………待って。ちょっと待って。今の、何……? 敵に凍結デバフ入ってたんだけど……。夏休み前に組んだ時には、そんなの無かったよね……?」
「あぁ、これ? 前のイベントの時にアスミさんに改良してもらったんだ。ほら、例のイベントボス対策にね」
「……ちなみに、どんな感じで発動するの?」
緊張した面持ちでそう聞いてきたので、私が簡単に改良された『雷光の扇』と『お仕置きロンググローブ』の新特殊効果を説明してあげたら、ノアールさんは頭を抱えて反則過ぎるよ、と絞り出すようにそう呟いた。
まぁねぇ。
攻撃判定が入るたびに凍結判定。パリィするたびに凍結判定。さらに扇子の系統共通ボーナスでパリィボーナスがあるから高確率でパリィ成功、とくればほぼ確実に相手を嵌め殺しにできるコンボになってしまう。
パーティやユニット内でのFFがないというだけで、このゲームにも実のところPvPシステムはあるし、パーティやユニットを汲んでいない相手になら普通にPC相手の攻撃もできてしまえるのでPKも実際には可能となっているから、私の今の装備がいかに反則的か、というのは私自身身に染みてわかってるから、ノアールさんの気持ちもよくわかるよ。
そうして前衛に守ってもらいながら魔法で私自身もちまちまと敵を削っていき、やがて二十分も戦う頃には庭園内に駆けつけてきていた敵NPCは一掃されるに至った。
ふぅ、と溜息を突いたり手や足をぶらぶらさせたりと、それぞれが長い戦いの後のつかの間の休息をして気疲れを取る。
私は今の戦いで一体どれくらいクエストの第3フェーズが進行したのだろうか、とクエストの進行度を確認してみた。
すると、今ので『指定範囲内にいるヘルズグロリア構成員を指定数以上倒せ』が完遂済みになったようで、すでに第4フェーズへと移行していた。
第4フェーズは『庭園に出現するボスを指定されたPC一人で倒せ』。それから、『制限時間を目安に屋敷へ帰還せよ』。
前者はおそらく、これから現れるのであろうクエストボスに指定されたプレイヤーが倒す、ということを示しているのだろう。
そして後者は肝心の制限時間が『??:??』と伏字にされてグレーアウトしているから、きっとボス戦後に開始になるのかもしれない。
さらにこのクエストは、このフェーズの成否を基に次のフェーズから分岐するみたいだから、いろいろと気を抜けないフェーズになりそうだ。
何はともあれ、まずはクエストボスと戦わないといけないわけで――
私達が、誰が指名されてもいいようにと軽い話し合いをしつつアイテムのやり取りをしていると、不意に洋館の玄関扉が開かれた。
扉を開いたのは、一人の男性NPC。
暗部系のNPCにふさわしく、ブキミな笑みを浮かべながら歩み寄ってくるその男は――ある程度私達へと近づいたところで、こう切り出してきた。
「――この度は我々に激烈なご挨拶をいただいたようで。ヴェグガナルデ公爵令嬢がわざわざこうしてお出向きになられるとは、一体いかなるご用件なのでしょうかね……」
――ヘルズグロリア・ヴェグガナーク支部長 Lv.70
それは、まさしくこのクエストのボスにふさわしいレベルを誇る敵。そして同時に、かつてない高レベルを誇る強敵が現れた瞬間でもあった。
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