104.敵拠点へ突入
翌日の夜、私達は改めてスラム街の広場に集合した。
鈴はともかくとして、他のメンバーは私の屋敷内にフリーパスとはいかない。
それならアトリエ・ハンナベルを、という意見もあったけれど、結局その後スラム街に全員でファストトラベルするのなら、最初からスラム街を待ち合わせにした方がいいのではないか、となったためである。
私や樹枝六花のみんなは、クラス特性【敵多き身の上】によってSECUREによる安全地帯の判定が厳格化しているから、スラム街だと安地とは言えない状態になってしまっている(私はそもそも屋外のほとんどが安地外)。そのため、スラム街での待ち合わせにはリスクも付き纏うんだけど。
「お待たせ。私達が最後だったかな」
「お疲れ。そうだが、いうてそれほど待ってないし、全員同じくらいの到着だよな」
「うん。私達も、今来たとこだし」
最悪、特性によってポップした敵性NPCと何戦かしないといけないかな、と思っていたけれど、一戦もせずに済んだのは幸いだった。
ちなみに【敵多き身の上】だが、これは敵性NPCの出現率は、特性が働く範囲内にいるPCのそれぞれの出現確率を全て掛け合わせて計算されているようだ、とアジトを探しながら歩いている最中に樹枝六花のマナさんが自らの推論を語ってくれた。
一人で行動しているより、集団で行動しているときの方が遭遇率が高まったことから気づいたことらしい。
また、樹枝六花のみんなが持つ特性【敵多き身の上】よりも、私が持つそれの方が敵性NPCの召喚率は高めに設定されていることが分かっている。
召喚確率はクラスによって50%~100%の間で変化するって特性の詳細説明には書かれていたし、なんならその時点における単位時間当たりの召喚率(出現率)もご丁寧に明記されていたから、確認や比較なら簡単にできてしまえる。
実際に私と樹枝六花のみんなとの差を確認してみたら、まぁ大きな差ができていたこと。
うわぁ、と正直頭を抱えたくなるくらいの格差が、そこにはあった。
樹枝六花の中でも一番敵性NPCの出現率が高かったのが、ヒーラー担当のマリナさん。遭遇率は75%にもなる――が、それでも私が加わるとダントツで私がワースト1になってしまうほど。
そんな私の単位時間当たりの敵性NPC遭遇率は、なんと驚異の97%に設定されている。
まぁなんというか、ここまでくると笑うしかない。
さて、肝心のクエストだけれど、今日はいよいよ敵のアジトを探し出して乗り込む日。
フェーズがいくつまであるのかさえまだ開示されていないけれど、本番はここから、というのは確かだろう。
なお、敵のアジトの位置についてはある程度の推測はすでに立っている。
今日は宿題がたまたまなかったので、私とトモカちゃん、鈴は学校が終わり次第、ゲーム内に先んじてログインし、あれこれ予想を立ててはここじゃないか、という場所を探ってみたら、そこがクエストの目的地であると判明したのである。
その場所とは、私と鈴が発見した毒草園から結構離れた場所にある、さびれた洋館とその周辺全域だ。
スラム街の人達はみんな口をつぐんでいたものの、それでも犯人が残していったエンブレムを見せると一部の人達が『スラム街の西にあるとある洋館の付近には近づくな』と一様に言っていたこと。
私達が毒草園での戦闘を終えた後、ゴリムラ傭兵団のパーティの一つが、『手のひらにけがをした怪しい男がさびれた洋館に向かって歩いていった』という目撃情報があったこと。
さらに、ここ最近その洋館に出入りする暗部の人間と思われる者達が、ここ最近大口の仕事を引き受けたという噂が出回っているらしいこと。
他にも情報はあったが、半分近くの情報は不鮮明な
これによって、今のクエストの進行度はフェーズ3になっている。
フェーズ3は、拠点内の敵を指定数以上倒すこと。また、それとは別に幹部系のNPCも指定数倒すことが設定されている。
幹部系NPCの討伐数は、全体の討伐数に含まれるものの、幹部系NPCを探して倒さないといけないことを考えると、最悪洋館内をくまなく探さないといけない可能性も出てくる。
なにしろ、洋館がクエストの目的地だと思って近づいたら、その敷地に辿り着く以前にフェーズ2が完了してしまう始末。
つまり、私達と樹枝六花だけで対応していたのでは、迫りくる多勢の敵を捌ききれず、数の暴力に圧され負けていた可能性が否みきれない。
そう考えると、王女の出した『30人以上で』という人数の下限はあながち大げさでもなかった可能性がある。
それに――実際に下見程度にその敵地周辺を歩いて探索してみたんだけど、一種の敵拠点と同じような扱いになっているのか、やたらと罠が設置されていたのだ。
しかもかなり致死性が高かったり、悪辣だったりと殺しにかかってきているような罠ばかり。
それでいて、登場する敵はクエストのストーリー性からして暗部関係者――つまり隠密性が高く不意を突かれやすい敵ばかりしか出てこないので、それらに対応しているうちに敵に取り囲まれたり、麻痺を食らってピンチに陥ってしまったりなどままありそうな気もした。
Rクエストと聞くと、普通なら強大なボスに対抗するために発行されるクエストを思い浮かべるが、この場合は難関ダンジョンを人海戦術で攻略していく的な目的なのかもしれない。
「罠なら、各パーティに斥候役を少なくとも一人はつけたほうがいいだろうな」
「今いるメンバーで斥候役が担えるのは6人か。行けるね」
「あ、私と鈴は【観光】スキルがあるから斥候もできますよ。私は斥候三姉妹も召喚できますし」
「あぁ、そう考えると実質8人近くいるのか。なんだ、案外罠対策はバッチリできそうだな」
とりあえず、東西南北から4つに分かれて洋館への侵入を目指すことにし、それぞれのチームに2人ずつ、斥候役を加えることで合意した。
ちなみに私と鈴はゴリムラさんが率いるゴリアテ傭兵団A隊というパーティとユニットを組むことになった。
私は例によって後衛担当。
鈴は一旦ゴリムラさんのパーティに移り、私はミリスさんを召喚してサポート力を万全に発揮できる体制を築くことになっている。
「さて――それじゃ、行きますか」
『うん』
『各自、声援バフは忘れないように心がけて。低ランクの物でも馬鹿にできないし、【激励】以上のやつが使えるなら極力維持し続けなさい』
『ダンジョンの範囲が広いのがいやらしいよね。【指揮】のスキルの範囲外に散らばっちゃってるし』
「そのあたりはもう、仕方がないけどね……」
ともかく、これで布陣もできたし、いよいよ王女暗殺を謀った暗部組織――『ヘルズグロリア』というらしい奴らのアジトへと足を踏み入れた。
「……何だこりゃ。いきなりあちこちに罠の表示があるれかえったぞ」
「敵地に入った証拠だよ。ここからは私の特性だけじゃなくて、あちこちから暗部系NPCが攻撃仕掛けてくるから気をつけて――っと、こんな感じで」
「ハンナ様、お見事です。とどめは私が」
「お願い、カリナさん」
連れてきている斥候役、カリナさんにとどめを任せ、私はさらに横合いから攻撃を仕掛けてきた別の暗部NPCに武器パリィからのカウンターを放った。
「ほぅ、相変わらずすげぇパリィセンスしてるよな、ハンナちゃんって」
「『扇子』系武器に共通で備わってる基礎効果が、パリィボーナスだからね。よっ――と」
「パリィボーナスっていうと、あれだよな。パリィチャンスの時に時間加速が行われたりとか、成功後のカウンターアタックにダメージボーナスがついたりとか」
「うん、そんな感じだね。【扇子】は、そういった意味ではまさにカウンター特化の武器って感じかな」
とはいえ、私のこのセンスも、序盤の頃に手に入れたものだから武器ボーナスとしてはATKボーナスはそこまででもなく、中心となっているのはTLKなど社交バトルに関係あるステータスとなっている。
武器ボーナスの観点でいけば、そろそろ武器も更新時だけれど、防具の方も更新時で、私としてはどちらかといえば被ダメの方を減らしたいことから、しばらくはまだこのセンスのお世話になることだろう。
八月のイベントの時に、調合錬成のお試しでアスミさんに改造してもらったのもあるし、ATKボーナスとしては心許なくても、まだしばらくは現役で使えるっていうのもあるし。
「あ、なんかワンランク上っぽい敵に凍結入った」
「みたいだな。第一関門の敵みたいな感じなんだろうが、こうなるとちょっと出オチ感が否めないよな」
普通に戦うなら、相手のレベルが60代後半に設定されているのもあり、意外と苦戦しそうではあったけれども――扇子と手袋の効果で凍結デバフが入った影響で、単なる雑魚に成り下がってしまったようだ。
なんとも悲しいことである。
「にしても、敵以上に厄介なのは罠だよな」
「だね。思いのほか多くて、戦っているうちに踏み抜いちゃいそうで怖いよ」
「睡眠毒の罠とか、私耐性持ってないし、かなり厄介だよ。そうだ、ミリスさんリフレッシュポーションなんてどうかな」
「いい判断だと思いますよ。……ではハンナ様、鈴様。こちらをどうぞ。ゴリムラ様たちも、こちらをお飲みください」
「おぉ、こりゃありがてぇ」
途中こんな感じでところどころで罠対策用にポーションを飲みつつ、私達は中心部にある洋館を目指してどんどん進んで行った。
すると、早くも道中半ばで幹部系と思われる女性のNPCと遭遇した。
ボディラインがはっきりと浮き出るようなボディスーツを着用しており、口元はマスクで覆っている。
典型的な暗殺者が着るような衣類を着込んだ彼女は、私達を発見するや否や、暗器を投げつつこう言ってきた。
「ほう、ヴェグガナルデ公爵令嬢が直々に我々の元まで参られるとはね。なかなかに豪胆な性格をしていらっしゃるのね」
「お褒めにあずかり光栄です。――私といたしましては、当家で預かっているさるお方にあなた方が無礼を働いたこと、まずは謝罪をいただきたいところなのですが」
「あら。これは失礼したわね。といっても、こちらもとある人物から、そのさるお方とやらを亡き者にしてほしいと依頼された身なの。お気持ちはわからないでもないのだけれど――謝罪をする必要性は感じないわね」
「そうですか。――では、力づくでも謝罪をいただきましょうか」
私は口上を述べながら〈バーニングウェイブ〉を放つ。
相手が避けられないよう、いつもの如く三発同時に放ったのだけれど――
「躱された――っ!?」
「後ろの守りがお粗末よ、お嬢様? 私達のような手合いを相手にするなら、お背中は特に気をつけないといけないわね?」
しまった、後ろに回られた――!
まさか発動中に詰め寄られた挙句、一瞬の隙をついて背後に回られるとは思ってもいなかった。
私はそのまま一撃もらって前のめりに倒れ――ることなく、落ち着いてパリィで攻撃をかわし、さらに相手が二刀持ちであることからもう一回放たれた攻撃にも冷静に対応。
二発とも弾かれた女暗殺者は、二回分のパリィが重なって大きくのけ反る。
だけでなく、部分凍結のデバフも入る。
「〈鼓舞激励〉今です、総員かかりなさい!」
私が切り崩したのを機にサイファさんがバフを掛けつつ弓矢のアーツで女暗殺者を穿つ。
さすがに高レベルかつボスクラスの敵とあってか、クリティカルになったにもかかわらずVTは2割程度しか減らない。
しかしクリティカルになったことでついに女暗殺者は倒れ込み、星を散らしてスタン状態へと陥った。
「チャンスだっ! 皆行くぞ!」
『おぉ!』
倒れ伏す女暗殺者に群がるユニットのメンバーたち。
といっても、十何人もいるメンバーだ。全員が群がれるわけではなく、必然的にあぶれ組が出てくる。
私やミリスさん、そして鈴辺りはその筆頭で、サイファさんも役目は果たしたと言わんばかりに様子見に徹している。
エルミナさんとカリナさんも闖入者が現れた際にすぐに対応できるように私の下から離れなかったし――まぁ、総じて鈴と私の従者NPC、そしてサイファさんの従者NPCは全員群がることはなかったということになる。
結果的に女暗殺者にそう攻撃を仕掛けたのはゴリムラさん達だけということになったけれど、女性NPCということでそれほどの体格ではないこと、そしてそれに加えてダウンしてスタン状態になってしまったこと。さらにゴリムラさんが群がったことと、その周囲を取り囲むように私達が布陣したことで、女暗殺者はそれ以降私達にろくな抵抗をすることもできないままVTを全損まで持っていかれてしまう。
「く――こんなところで私がやられるとは――しかし憶えておきなさい、私達『ヘルズグロリア』のトップは未だ私以外にも11人いるの。しかも私は下から数えたほうが早いくらいに幹部の中でも弱いのよ。あなた達に彼らを倒せるか、せいぜい死後の世界から高みの見物をさせてもらうわ――」
ついには、そんなお決まりの捨て台詞を吐いて、データの藻屑となって消え去ったのであった。
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