108.新装備の受け取り
同じ週の金曜日、私はゲーム内でアスミさんとアトリエで対面していた。
ちなみにクエストが終わったのは水曜日の夜。
昨日は例によって令嬢教育とアトリエでの在庫補充でほぼ時間がつぶれてしまい。余った時間はスキルの見直しに充てていたので、冒険には一切出ていない。明日もおそらくドリスさんとの会談があるから冒険にはそれほど出れないし、多分週明けまではずっとこんな感じで冒険には出かけられない日が続きそうだ。
さて、アスミさんとこうしてアトリエで会った理由についてだが、それはかねてより彼女に依頼していた私の新しい防具が完成したというので、その受け取りと代金の支払いをするためである。
「アスミさん、今回は依頼受けてくれてありがとうね」
「いえ、問題はありませんよ。私としても、今回はシグナル・9のメンバー以外のプレイヤーから受けた初めての外部依頼だったので、そういった意味でも楽しませてもらいましたし」
「そっか。それならよかったんだけど」
「はい。それに、フェルペンスで鍛冶師をやってるペール・ヴェールの美樹ちゃんとも協力して、素材もいろいろと揃えましたからね。自信作ができました」
美樹さんというのはシグ9の子ユニットであるペール・ヴェールのイエロー担当の子で、一時期鈴が気に掛けていた、フェルペンスでスタートしたけどスタートダッシュに失敗したという子だったはずだ。
その後のことはほとんど聞いてなかったからわからなかったけど――そっか、結局フェルペンススタートっていうことで鍛冶師にしたんだね。
「そうだったんですね。ということは、作る時も美樹さんと一緒に作ったんですかね」
「そうですね。ドレスだけでも十分だとは思ったんですけど、やっぱり見た目的にどうしても物足りなさが出てしまって。なので、どうせならアクセサリもセットで作ってしまおうという話になって、美樹ちゃんには金属系や宝石系のアクセサリを担当してもらいました」
「あ~、そうだったんですね。それはそれでありがたいですけど、予算が大丈夫かどうか……」
「そのあたりはこっちが勝手にしたことでもありますから、そちらの予算に合わせますので大丈夫ですよ」
「それならよかったです」
頼んでいなかったことだから予算的にどうかな、と思ったんだけど、こちらに合わせてくれるなら問題はなさそう。
まぁ、先月の公式イベントの報酬もほとんど手付かずの状態で残してあるし、アトリエから上がってくる収入の分もあまり――というかほとんど使っていないからゲームマネー自体はかなり溜まっているから、満額請求されたとしても支払えないほどじゃないと思うけど。
それに依頼を出したのはドレスだけだったけれど、今身に着けているアクセサリはそのほとんどがスタート時に支給された、いわば初期装備ともいうべき、必要最低限の性能しか持っていないアクセサリ。
アクセサリまで初期装備としてついてくるあたりはずいぶんと奮発されたものだけれど、そのあたりはあれだろう、ユニーククラス特権という奴だ。
問題なのはやはり、初期装備故の性能の低さ。その一点に尽きる。
これ、スタートの時点では能力値のボーナスが伏せられていたからわからなかったけど、最初のランクアップをした時に開示されたんだよね。だけどその性能が本当に初期装備らしく微々たるもので――なんなら、戦闘に関係のあるステータスへの補正もない。ボーナスがあるのはTLKとMNDだけだったのだ。
ここ最近は相手にする敵の強さもあって、初期装備のアクセサリでは役立たずと言っていいほどにまでなっていたから、それも一緒に交換できるというのなら渡りに船、と言える申し出だった。
「見せてもらってもいいですか?」
「大丈夫ですよ。それじゃ、ここで出しますね」
アスミさんはそういうや否や、早速と言わんばかりにトルソーに掛けられた一着のドレスをストレージから取り出した。
そのドレスは、深い海のような碧を主体としたシックな感じのドレスだ。
胸元や肩口、二層に分かれたスカート部分に机の上に置かれた靴下など、ところどころ薄いブルーも取り入れられているものの、それらがより一層そのウルトラマリンブルーの部分を引き立てていた。
スカート部分も無駄にこんもりとはしておらず、逆に足にも纏わりつかなさそうな感じで、社交バトルだけではなく冒険中にも実際の防具として十分に実用可能だろう。
その他、テーブルの上に出された装飾品は青系だとドレスの色に溶け込んでしまって目立ちにくいからか、逆に補色の関係にある黄色の宝石が使われているようだ。
「見た目からしても、十分社交界で着用できる範疇ですね。……それに加え、丈夫さも兼ね備えていると。……これ一着あれば、お嬢様は普段冒険に着用するコンバットドレスと社交界用に着用するフォーマルドレスを着分ける必要もなくなりそうですね」
ミリスさんがそう太鼓判を押す。……それはそれでフォーマルドレスの用途としてどうなんだ、という疑問もわかなくはないけれど、それはそれ、ゲームの中だから、という言葉で片付けられてしまうから突っ込んでも無駄だろう。
「後は肝心の装備効果ですね。そっちも私の中ではかなりの自信作です」
「どれどれ……おぉ!」
これはすごい。
このドレスと比べたら、今着ているNPC製のこのドレスは一体何なんだ、と言ってしまえるほどの性能がそこには示されていた。
アクセサリ類も、普段使いしているグローブをはじめ、それ以外のものも当然ながらほとんどが上位互換となっている。
正直これだけのものが揃えられていると、値段も相応に高くなるのでは……と思ってしまうが、そのあたりは先程アスミさんが言っていた通り、アクセサリ類に関してはアスミさん達が勝手にやったことでもあるので、かなりのおまけをしてもらえることになった。
結果として、ほとんどのアクセサリも含め、私は待ち望んでいた装備品の更新をすることができた。
唯一、購入できなかったのは髪飾りとイヤリング。
この二つは、残念ながらすでに解除不能の初期装備によって装備枠が埋まってしまっており、付け替えができないので残念ながらこの二つは購入事態をさせてもらうしかなかった。
唯一の救いだったのは、髪飾りにしろイヤリングにしろ、装備効果に『シリーズ効果:ワイルド』がついていたことだろう。
『シリーズ効果・ワイルド』は、その名の通りゲーム中のいかなるシリーズ効果にも対応可能という強力な効果を持っている。つまり、外せないからと言ってシリーズ効果を諦めるという必要はないということだ。
シリーズ効果って、結構強力だから、正直着脱不可能なアクセサリにこの特殊効果がついているのは非常に助かる。
今回アスミさん達が用意してくれた装備品のセット効果にも、髪飾りとイヤリングもシリーズ効果のセット内容に含まれていたから、『シリーズ効果:ワイルド』がなかったら今回アスミさんが付けてくれたシリーズ効果は諦めるしかないところだった。
――まぁ、肝心の作ってくれた方の髪飾りとイヤリングは諦めるしかないんだけど。
「う~ん、これで私もかなり安定した探索ができるようになるといいんですけど」
「そうだといいです。私から見てもハンナさん、装備が更新出来てなかったおかげでちょっと危なっかしいところがありましたから」
「やっぱり?」
「はい。まぁ、一緒にいるNPCの人達が強いお陰で、どうにかなっていたんだと思いますけどね」
あぁ、それね。
従者NPC達に救われているところは、結構自分でも自覚はあったし……今後は、再び私も前線に出たりすることができるようになるかなぁ、などとぼんやりと考える。
一応サモナー職だし、従者NPC達の構成が結構いいバランスで参入してきてくれたので、私が前線に出る機会はかなり減ってはいるのだけれど、それでも暗部系NPCからの奇襲攻撃だけはどうしても危なっかしいところがあったからなぁ。
まぁ――実際のところ、このドレスやアクセサリの初陣はフィールドに出てのモンスターとのバトルではなくて、もっと別の形になりそうではあるんだけど。
「そういえば、明日でしたっけ。モルガン伯爵令嬢との会談の日は」
「そうですね。この前の茶会でいろいろ話したことの詳しい話し合いをする予定です。アスミさんにも一枚噛んでもらう予定の、あの件についてですね」
「いよいよ本格始動するんですね。……ファーマー系のプレイヤー達も、結構充実してきているみたいですし、新規参入を図るなら結構厳しくなりそうですけど……そのあたりは、自信ありそうですか?」
「ん~、どうでしょうね。話の流れ的にモルガン家の支援がありそうだから、結構いいスタートダッシュは切れそうな予感はしますけど……」
「そうだといいけれど……というか、エレノーラさん達はなんて言ってます?」
「いたって前向きみたいです」
薬師系のPCが奮闘しているおかげで、ヴェグガナークにちらほらと点在しているNPC薬師のショップには良品質のものが出回るようになってき始めている。
ただ、やはり近隣にモルガニアガーデンというポーションの一大産地があるせいか、領内でのNPCポーション生産量はフェアルターレ王国内に九つあるエリアの中では最も低いらしく、NPCショップで扱っているポーション類も実際にはその多くがモルガニアガーデン原産のものが多いという裏事情がある。
つまり、モルガニアガーデンで何か厄介なクエストがあって、ポーションの生産量が落ちるような状況が発生すれば、連動してヴェグガナークのポーション事情も一気に悪化してしまうという、実はかなり巧妙に仕組まれた罠が仕組まれている実情があるのだ。
店持ちPCの元には同じPCのみならず、NPCの購入希望者も訪れる仕様になっているため、一気に在庫不足になりかねないということである。
エレノーラさんとしても、ポーション類に関して、モルガニアガーデン、ひいてはモルガン家に頼り切りという現状は何とかしたいらしく、今回私が言い出したような、領内でのポーションの生産力を高めるきっかけになりそうなことは大歓迎なのだとか。
「はぁ、そんな事情が……。というかそんな情報、普通のプレイヤーじゃたどり着くだけでも一苦労なんじゃ……」
「実際、そうだと思うけどね」
モルガニアガーデンはポーションやその原材料の一大生産地という設定がある一方で、他の土地では薬師などのポーションに絡んだ産業はそれほど活発ではない、という負の側面もあるからね……。
領同士のやり取りなんて、普通にゲームしてるだけじゃ考え付きもしないだろうし、そうした情報を表面上だけ理解しただけでは、真の脅威に辿り着けないという人も結構出てくるはず。
こういうMMOならではの、流通システムに深く食い込んだ意地の悪い連動トラップなんて考え付きもしないだろうね。
「モルガニアガーデンが何かのクエストでこければ、何も対策を打ってなかった場合ゲーム内全体――少なくともフェアルターレ内は阿鼻叫喚になるんだろうなぁ……」
そう言った意味でも、明日予定されているドリスさんとの会談は、有意義なものにしないといけないだろう。
じゃないと、本当にモルガニアガーデンで何かとんでもないクエストやイベントが発生した際に地獄を見かねない。
王女の件も含めて、いろいろなことが動き出そうとしているのを実感しながら、私はアスミさんに今回作ってもらったドレスや諸々の装備品の代金を納めるのであった。
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