102.スラム街の調査開始
リリアーナ王女を驚かせてしまったようで、一応軽く謝罪を入れてみたが、彼女は寛容に驚かせてしまったことを許してくれた。
ここがそもそも私の部屋であることと、異邦人ということでファストトラベルという『権能』があることを鑑みて、いちいち咎めていたら今後キリがなくなってしまうという思いからのようだ。
思うところがないわけではないようだったが、ぐっとこらえることにした、という感じらしい。
う~ん、大人だ。
「……どうやら、人数を揃えられたようですわね。それでは、早速ですが昨日軽く話させていただいた、ハンナ様、およびハンナ様のお仲間の方々に対する依頼をお話いたしますわね」
そう言いつつ、リリアーナ王女はその頭上にクエストマークをピコン、と表示させる。
クラスシナリオ関連のイベントではなく、やはりクエストという感じになったか。
でも、状況からしてシナリオイベントも兼ねたクエスト、と捉えてもいいんだろうなぁ。
「確か、一昨日発生した、お茶会の場における毒物混入事件に関する依頼、でしたよね」
「そうですわね。公爵に確認を取ったところ、検出された毒物からしてこの辺りにも支部を置いている、王国内でも有数の暗部組織が絡んでいるとみて間違いないと言っていましたから」
国内有数の暗部組織かぁ。
守りをしっかり固めているはずの王族の懐に入り込むような豪胆な暗部組織だもん、少なくとも地方都市に救うだけの連中、というには役不足な気はするよね。
「とすると、依頼内容はその暗部組織の支部の潰滅。ないし、暗部組織そのものの撲滅。といったところでしょうか」
「そうですね。最終的な目標は暗部組織そのものの撲滅なりますが――相手もおそらくですが、今回の一件で関与が露呈してしまったことで、警戒心を強くもっていることでしょう。なので、それは可能であれば、で構いません。ただ、最低限この辺りからはかの暗部組織を一掃したく思います」
なるほど。推理系ではなく、討伐系の依頼と来たか。
「とはいえ、かの暗部組織も、なかなか隠れ方が巧妙なのも事実。おそらくですが、探し出すのに指針の一つもなければ、見つけることさえ至難の業となるでしょう」
「確かに……」
ヴェグガナークのスラム街も、実際に歩いてみたけどかなり広かったしなぁ。
ヴェグガナークに存在しているスラム街は、フェアルターレ内でもベスト3に入り込むほどの治安の悪さを誇っている。
それはなにも、暗部組織が多いからだけではなく、その広さも問題となっているのだろう。
もとはそれほどでもなかったのかもしれないけれど、暗部組織や犯罪組織などが自分たちの都合のいいように開拓していった結果、どんどん広がっていってしまったのかもしれない。
とかく、スラム街と言えど広大なエリア――それこそ、半ば一種のダンジョンと化してしまっているようなエリアになっているのだ。
ノーヒントで探し出すのは、ほぼ不可能なんじゃないかと言えるだろう。
「そこで、キーになるのが毒物の出どころですわ」
「……その毒物の出どころを探って、たどり着け、と。そういうことですか」
「えぇ。そうなりますわね。この毒物自体、通常では出回らないような、特殊な部類に入りますから、きっと手掛かりには十分なり得るはずですわ」
「なるほど……」
王女からの説明は以上になるのか、そこでようやっとクエストウィンドウが表示される。
『暗部組織撲滅作戦 1/?
フェアルターレ王国の王女、リリアーナ・フェアルターレが暗殺未遂に遭いました。
暗殺を実行した暗部組織はどうやらヴェグガナークのスラム街に潜んでいる様子。このままリリアーナの近くに暗殺の実行犯がいたのでは、王女に迫る身の危険も、より一層高まってしまいます。
暗殺を企てた暗部組織を撲滅するか、ヴェグガナークから一掃し、リリアーナが安心して過ごせるようにしましょう。
クリア条件:1.暗殺に使われた毒物の手掛かりを探そう 1/? Next→
・街で情報を入手する 0/100%』
――あれ。
今回、全体のフェーズ数が伏せられてる。
どれくらいのフェーズでクリアになるのか、これじゃわからないな……。
もしかしたら、いつかのヒュージトレントのときみたいに、そのフェーズでの成績次第で分岐する感じになるのかな。
先のページを見ても、ある程度進めて言ったら、その先は『前のフェーズの成果により、ここから先の内容は変化します』と出てきて、見れないようにされてたし。
これは、場合によっては大変そうなクエストになりそうだ。
私達がそれぞれクエストウィンドウで受注ボタンを押すと、それでクエストイベントが進んだようで、王女は早速と言わんばかりに最初の手掛かりを私達に話し始めた。
「それでは、今私が持っている手掛かりをお話いたしますわね。あのケーキに混入されていた毒は、特殊な製法で調合される、自然界に実際に存在する猛毒を人の手によって再現させたような毒なんですの」
「そうなんですか」
「えぇ、そのように聞いていますわ。白き御使いの口づけ、と呼ばれる猛毒でして、服毒すれば数日以内の死は免れないとか……」
白き御使いの口づけね……。大層な名前が付けられたものだ。
んで、それが特別な調合で作られる猛毒だから、関与した暗部組織の拠点を見つけ出すならきっと手掛かりになる、と。
「それから、こちらもお渡ししておきますわ」
「これは?」
それは、なにやら紋章のようなものが掘られた木の円盤のようなものだった。
何かのエンブレム、といえばいいのかな。
所属組織を表す木札、とも見て取れなくはない。
「事件が起こった後、取り急ぎ従者たちの身辺調査を再度行おうとしましたの。そうしましたら、従者の一人が別の者となり替わっていたことに気づいたのです」
「そうだったのですか!?」
それは初耳だ。というか、そんなの良く気づいたな……。
「一応、これでも王族ですからね。その人が偽物に成り代わっていた時のための次善策は、取っていましたの。まさか、こんな形で役立つとは思いませんでしたが」
それがなんであるかは、極秘事項なので教えてもらえなかったが、そういう策も用意していたことで、相手を撤退させることには成功したらしい
ただ、見抜いた時に軽い戦闘行為に発展してしまったというようなこともあったらしく。
「その時に相手が落としていったのが、こちらのエンブレムになりますわ。このエンブレムから、今回私の暗殺を企てた暗部組織がどこであるか、当たりをつけることができましたの」
「なるほど……」
「ただ、相手がなんであるかわかっただけで、具体的な拠点までは私もわかってはいませんの。立場上、そして今いる従者たちの人数の関係上、私自身が動くわけにもいきませんし……公爵家にも話は通しましたが、それでも限度はありますからね」
「あはは……公爵家の私兵たちも、決して弱いというわけではないんですけどね……」
「存じておりますわ。ですが、今回は相手も精鋭揃い、しかも王国内でも屈指の規模を誇る暗部組織でしょうから数も揃っているはず。頼り切ることもはばかられますの」
それで、私――この場合は公爵令嬢としての私ではなく、プレイヤーとしての私に協力を依頼してきた、というわけか。
まぁ確かに、基本的に死んだらそれまでのNPCと違って、私達は普通に倒れてもリスポーンできるからねぇ。
しかもデスペナもこのゲームは所持金が25%失われる程度と割とあっさりとしていて、すぐに復帰できるし。
銀行システムもあるから、ある程度お金が溜まったら銀行に預けるプレイヤーがほとんどというこのゲームにおいて、そんなデスペナなどないに等しく。
まぁ、あれよね。強敵に挑むにしても、ギリギリの戦力で玉砕覚悟の突撃をかますプレイヤーも数多くいるし。
NPCからそんな都合のいい存在扱いされても、別におかしいことではないだろう。
何はともあれ、最初の手掛かりを得た私達は、早速スラム街の調査に乗り出すことにした。
スラム街の調査は、思いのほか苦戦した。
というのも、どうやら今回のクエストのターゲットになっている暗部組織。
どうやら、スラム街のNPCからも恐怖の象徴として知られているらしく、話を聞こうとしてもあれこれ話をそらされた挙句、逃げられてしまうのだ。
「…………どうする?」
これでは聞き取りをしようにもできない。
鈴が、やれやれといった感じでそう聞いてくるのも当たり前だ。
今回、私は久々に鈴も一緒のパーティメンバーに含める形で行動している。
その代わりに、斥候役として召喚している斥候三姉妹は、今日は二人ではなく一人に削っているけどね。
出会うNPCの全員が、遭遇して早々逃げ出す、というわけではないものの、ケーキに混入されていた『白き天使の口づけ』や『謎のエンブレム』の話を持ち出すと、そそくさと逃げて行ってしまうので結果として話にならなくなっている。
これは、切り口を改めないといけないかもしれない。
唯一の救いなのは、私達が成果を上げられなくても、組んだユニット内で誰かが得られた成果は全員に共有される点だろう。
私達だけ先のフェーズに進めない、ということがないのは救いだ。
――が、それでは私のゲーマーとしてのプライドが許さない。
少なくとも、一つくらいは成果を上げたいところである。
「……私達は、私達にできることをするしかないね。事前に聞いた感じだと、『歩く』系のスキル持ってるのは私達だけみたいだし。そっち方面で、何か見つからないかどうか頑張ってみよう」
「…………そうだね。そっちでいってみよう」
それから、私達はNPCに聞き込みを続けるのではなく、周囲になにか隠された情報がないかどうか、見回しながら歩いてみることにした。
すると、早くもその手掛かりを見つけることに成功した。
「――鈴。これ見て」
「え――これって、まさか――!」
そこは、スラム街の一角に不自然に存在する自然公園のような場所。
足元は柔らかい土や草花でおおわれ、周囲を秋色に変わりつつある木々が取り囲む。
木々の根元には、見るからにきれいな白いキノコも生えたりしていて、安らげそうな空間が広がっていたのだが――。
私達はそこに生えている野草やキノコがすべて、毒草であることに気づいたのだ。
それも、ただの毒草というわけではなく、そのほとんどが『白き天使の口づけ』に使用する素材であることが分かってしまった。
「まさか、探し方を替えたらいきなりこんな大当たりを引き当てるなんて……」
「……待って。喜んでいる場合じゃない。囲まれた!」
「……あぁ、そりゃそっか。こんなのがあるってことは……」
ここ、敵の重要設備の一つってことじゃない
私達、もしかしなくても超絶大当たりを引き当てちゃったってことだよね。
「おいおい、例の毒の素材がなくなりそうだったから補充しに来たら、なんか高く売れそうな女どもが迷い込んできてるじゃねぇか」
「へっへっへ……おい、お嬢ちゃん達、こんなところでなにをしているんだい?」
「てめぇら、一人たりとも逃がすんじゃねえぞ。全員牢屋にぶち込んで、ここで何をしていたのか優しく聞いてやらねえといけねぇんだからよぉ」
こういう状況ではお決まりの常套句を宣うNPC達。
相手は10人以上の大所帯で、全員レベル40台後半。対して、こちらは50台前半。ただ、鈴がクラスアップ後でレベルが下がってしまっているのがちょっと痛い。
人数的に考えても、ちょっとこれはこちらの分が悪いかな。うまく切り抜けられればいいんだけど……。
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