100.毒
リリアーナ王女の満足げな笑みを見れば、ファーストコンタクトは成功と断定してもいいだろう。
あとは、この後お茶菓子を飲み食いしながら王女との会話をつないでいけばいいだけ。
リリアーナ王女のことだから、やはりその話題は冒険に関するものに振り切れるだろうと踏んでいた私だったが、まったくもってその通りだった。
リリアーナ王女は全員に紅茶が行きわたり、茶会の開始を宣言するや否や、早速こう口火を切ってきた。
「ふふっ、ようやくハンナさん達の冒険のお話が聞けますわね。ハンナさん、早速ですがあなた方がこれまで体験してきたことについて、いろいろお話をお聞かせくださいな」
「わかりました」
う~ん、リリアーナ王女のあの顔。まるで獲物を狙うハンターのような目つきだ。
王女というからにはやっぱり、貴族令嬢達と同じように普段から窮屈な生活を送らされているだけあって、何かと窮屈な生活を送らされていたんだろう。
王侯貴族の令嬢にとっての世界というのは、きらびやかな夢のようなものを想像しがちだけれど、実情は本当に身の回りの狭い範囲だけ、というイメージがこのゲームを始めて、令嬢教育を受け始めてから根付き始めてきたし。
娯楽に飢えているのはきっと間違いない。
とあれば、基本的にリリアーナ王女は聞き手に回るばかりになるかもしれない。
特別報酬条件はともかく、成功させるだけならやはりやりようはありそうだ。
「とはいえ、そうね……いきなりいろいろお話を、と言われてもどこから話せばいいのか、というのもあるでしょうし、とりあえずは最初から話してくださるかしら」
「最初から、ですか」
確かに、どこから、という迷いはあったけれど、王女の話しぶりからして最初からだろうな、と考えていた私は、即座に頷いて、それから最初の頃はどうしていたかな、と自らの記憶を辿っていった。
ファルティアオンラインを始めて、私は最初に何をしていたかな……。
キャラメイクをして、それから初めてのログインをしたらチュートリアルが始まって――うん、そのあたりから話していけばいいだろう。
とりあえず、私はゲームを始めて、チュートリアルが始まったころから順に、ざっくりとした内容ではあるが語っていった。
「――――なるほど。異邦人というのは、こちらの世界に来てすぐ、私達の元に現れるのではなく、ある程度はこちらの世界のことを知るための特別な空間に飛ばされるのですね」
「そのようです。私も、ハンナ様付きの侍女であるミリスさんとその件についてお話したことがありますが、どうやら選んだクラスに応じた説明をその空間で受けるそうですね」
「ふむ……つまり、今後も現れるであろう異邦人も、ある程度はこちらの世界のことわりを知った状態で現れる、ということですわね」
「そういうことになるかと」
チュートリアルに関しては、なにやらリリアーナ王女とサイファさんの間で議論が交わされた模様。
ま、チュートリアルは二人も議論を交わした通り、通常のゲーム空間とは異なるサーバで行われるからね。
チュートリアル中は、例え王族という肩書きを持ったNPCであろうとも、干渉することは不可能だろう。
王族、などというユニーククラスでスタートするような人でも現れない限りは。
「それで、そのちゅーとりある? が終わってからは、どうなさったんですの?」
「チュートリアルあちらの世界での友人と共に初めての冒険に出かけました。ただ、その時はこの世界での自身の重要性、というのですかね。身分のことをまだ計りかねていまして、背後から襲撃者の手痛い一撃を受けてしまったりもしましたが」
「えぇっ!? 大丈夫でしたの!?」
「はい。幸いにも友人や、私が連れていた護衛達の手によって難なく討伐されましたから」
「……私もその話は初めて聞いた。よく死に戻りしなかったね」
「あはは……フィーナさんやヴィータさんにはほんと、最初の頃からすごく助けられてるなぁ」
「はぁ……聞いているこちらといたしましては、冷や冷やさせられますわ。それが護衛の仕事ならば仕方がないこととはいえ、彼ら彼女らの心労を増やす行為はあまりいただけませんわね」
ありゃりゃ……さすがにこの話はショックが大きすぎたかぁ。
リリアーナ王女の高すぎるレベルもあってか、私のMTLは一気にイエローゾーンに入ってしまった。
それから話があっちこっちへ飛び交い、その日のうちに鈴と一緒に薬師として動き始めてから順調に売り上げを伸ばし続けていったこと。
あまりにも順調すぎたために、早々に出店する必要性に見舞われたこと。
エレノーラさんに困ったことがあったら相談するように言われていて、出店のことを相談したら課題を出されたこと。
そして、初めての妨害クエストで同行していた樹枝六花の助けもあり、無事にお店の工事の邪魔をしていた暗部組織を撃退したことなど、ゲームを始めてから今に至るまでの話を、準を追って話していった。
時間的な兼ね合いもあるから、少しざっくりとした内容にはなったけどね。
それでも、リリアーナ王女は、私や鈴の話が進むごとに、驚いたり、おかしそうに笑ったり。さっきみたいに、やれやれといった感じであきれ返ったり、心配そうにこちらを見たりと、ころころと表情を変えていたが、総じてかなり楽しそうに私達の話を聞き入っているようには見えた。
あと、ついでにサイファさんはことあるごとに頭が痛そうに抱えて、MTLゲージが乱高下していた。
う~ん、サイファさんは普段私達と一緒に探索に出かけているから、ある程度は耐性ついていると思ったんだけど……気のせいだったかな。
一応、半分以下になったりはしてないからいいけど、ちょっと様子を見ながら話を進めていった方がよさそうだ。
そうして、鈴とサイファさんの様子を伺いつつ、私は鈴と一緒にこれまでの冒険譚を騙っていたのだけれど――ウィリアムさんやエレノーラさんの要請により、サイファさんがこの屋敷にやってくる話に差し掛かったところで、唐突にそのトラブルは発生した。
その異変に最も最初に気付いたのは、鈴だった。
侍女さんに取り分けてもらったお茶菓子の一つを手に取った鈴が――唐突に、うん、と声を上げたのだ。
手に取ったお茶菓子をちょん、と人差し指で突く。取得可能なアイテムの詳細表示を呼び出すアクションである。
そのウインドウの内容をざっと確認したらしい鈴は、急に表情を硬くしてこう言ってきた。
「……これ、食べちゃダメな奴だ……。麻痺毒入ってる」
「なんですって!?」
下手をすれば、それだけで終わってしまいそうなトラブルが発生してしまい、和気藹々としたムードが一転してしまうことになってしまった。
鈴の言葉に、王女殿下は自身の皿にも取り分けられている、同じお茶菓子――見た目イチゴが乗っかったカッティングケーキをじっと見る。
とはいえ、見た目は普通のケーキにしか見えない。
侍女さんもこれには戸惑いを隠しきれないようで、
「失礼ながら、今この場でお毒見させていただきます」
と、リリアーナ王女用に取り分けられていたケーキの一部をフォークで切り取り、口に含む。
瞬間。
「――――っ!?」
侍女さんが、声にならない声を上げる。
同時にその侍女さんの簡易ステータスを示すインジケーターが表示され、ランクこそ最低ランクではあるものの、麻痺を示すアイコンが表示されるにまで至った。
つまり、このお菓子には紛れもなく麻痺毒が含まれているということ、それがこの侍女さんを通じて王女にも伝わったわけである。
慌てて侍女さんは、備えていたらしい小瓶を取り出して、その中身を飲み干す。
「…………どうやら、このケーキには強力な麻痺毒が仕込まれていたようです。大変申し訳ございません、直ちに代わりの物をお持ちいたします」
「なんですって!?」
二度目の『なんですって』。その言葉と同時に私達のMTLゲージはVTゲージへと戻ってしまい、社交バトルは中断というとんでもない事態になってしまった。
もちろん、社交バトルの報酬もパー。骨折り損のくたびれ儲け、大問題である。
「……王女殿下。茶会は直ちに中断を。他にも毒が盛られているかもしれません」
「そう、ですわね。ハンナさん、誘っておいて申し訳ないのだけれど、そういうことだから、お茶会はここまでにしましょう」
「わかりました。それでは、本日はお茶会にお誘いいただきまして、ありがとうございました」
なんだかんだで楽しかったはずのお茶会が一転して、とんでもなくきな臭い話になってきてしまった。
しかも、安全なはずのホームエリア内で、だ。
茶会前のお話でふと考えた、ホームエリア内で唐突に発生するトラブルがキーとなって発生するイベントやクエスト。
その足音は、きっとすぐそこまで迫ってきている。
それと新たな騒動の予感も。
きっと、このクエストまたはイベントは、これで終わりじゃない。
多分、これは始まり。このクエストまたはイベントを境に、クラスシナリオがより一層核心へと迫っていく。そんな気がする。
「ハンナ様、とりあえず私達は自室へ戻りましょう」
「そうですね、サイファさん。鈴も行こう。きっと、クエストかイベントがくるよ。それも多分、特大のが」
「特大の…………!」
鈴も、今回この場にいるのが王女と会って、すぐに私のクラスシナリオに絡む、とても重大ななにかが起きているのだということを察したようだ。
すぅっと真剣な面持ちになって気を引き締めた鈴と一緒に、私はリリアーナ王女にもう一度挨拶をしてから、自室へと戻っていった。
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