99.王女との茶会

 ヴェグガナークの公爵家邸、王女用に用意された一室。

 そこで、私と鈴、そしてリリアーナ王女で、非公式ながらお茶会が開かれることになった。

 先程店からここに連れてこられた時は令嬢教育をサイファさんに替わってみてくれる、とは言ったものの、あくまでもそれは名目でしかないらしく。

 本当は、私と一緒に話をしたかっただけらしい。

 なお、リリアーナ王女も急に思いついたことだったようなのでお茶会、と言っても準備には少々の時間がかかるらしく、こちらも心の準備含め、いろいろと整えるだけの時間はもらえることになったため、一旦私の私室に戻ってサイファさんを呼ぶ余裕ができたわけである。

 ちなみに、私だけでは不安だからとサイファさんを呼びたいとリリアーナ王女に行ったら、二つ返事で了承してくれた。

 普段サイファさんと一緒に冒険にも出かけていることから、サイファさんの話も聞けるなら聞きたい、とのことだった。

「いつになってもお嬢様は戻って来られませんし、急に呼ばれたかと思えば王女殿下が王女殿下とのお茶会に誘われたと言いますし……本日はなかなかに刺激的ですね」

「ごめんね、ミリスさん。それにサイファさんも」

「謝罪は不要ですよ、ハンナ様。王女殿下からのお誘いとあれば、正当な理由もなく断るのは失礼に当たりますからね」

「そうですね」

 サイファさんは、何にせよ失礼に当たるようなことがなくてよかったです、と胸をなでおろすようにそう言った。

 これに関しては、ミリスさんも同じ意見のようで、私達の服を着せ替えながら頷いた。

「……ドレスはこのような感じでよいでしょう。あとは鈴様ですね。鈴様には……こちらのドレスでどうでしょう。髪はアップにして、仕上げにこちらの簪を付ければいい感じかと」

「そうですね。ありがとうございます、ミリスさん」

「いえ。仕事ですので沖になさらないでください」

 失礼な、私だってもうそこそこは礼儀作法が身についてきていると思うんだけどなぁ。

 それから、サイファさんはふむとおとがいに手を当てて、慎重に考えながらこうも言ってきた。

「今後はこの屋敷に王女殿下が滞在していることもあって、こういうケースは増えてくるでしょうね。ハンナ様、鈴様に置かれましては、今後も可能であれば王女様からのご要請には可能な限りお応えできるように、日ごろから備えておくことをお勧めいたします」

「それは……今回みたいな、急な茶会とかに誘われて予定が狂う可能性があるかもしれない、ということですか?」

「それもありますが……どこにでもよからぬ輩というのは出てくるものですからね。最悪、暗殺騒ぎなども起きないとも限りません」

「えぇ? そんなことまで起こるかなぁ……?」

「考えすぎ、ではないでしょうか」

 鈴と顔を見合わせて考える。

 ゲームシステム上、屋敷の中にまでその手の敵性NPCが現れるようなことはないと思うのだけれど。そもそも屋敷全体が、私のホームエリアという扱いになっていることもあるし。

 これほどに大規模なホームエリアもないわけではなく、お金さえあれば個人プレイヤーで持つことも十分に可能だと前にナビAIが言っていたのを私は覚えている。

 それに、それほどの資金であれば、今なら大抵の大手クランなら常に保持で来ていてもおかしくはない。

 王都には貴族街に貴族の家に紛れてクランハウスがいくらか立っているみたいだし。

 ――とはいえ。

「いや、あり得ない話、でもないのかな……」

「ハンナ?」

「ほら、夏休みの終わり際に、ゴリさん達の拠点で雇っているNPC絡みのクエストイベントがクランハウスで発生したって言ってたじゃない?」

 ハウスが大きければ大きいほど、プレイヤー達のみで管理するのが難しいものになってきて、そういうときほどNPCの手を求めるケースは多くなってくる。

 そしてNPCを雇っていれば、当然そこにはクエストや大小様々なイベントが発生する余地が生じてくる。

 つまり、そういった要素を介してホームエリア内でもプレイヤー達を害する要素がある以上、ホームエリアにいても絶対の安心はできないのがこのゲームの難しいところなのだ。

 ――まぁ、あくまでも発生するのはクエストやイベントなので、プレイヤーには無駄な出費や徒労など、あっても間接的な被害にしかならないケースしかないんだけど。

 ただ、そういう事情もあってか、サイファさんの行っているそれはあながち間違いでもない、と私はふと考えたのだ。

 ただ、現状ではまだ打つ手がないのも事実。

 何も起きていない以上、何かに備えることもまた難しい。

 あえて言うなら、無理難題なクエストが発生してもいいように、装備や各種消耗品の準備を整えておくことくらいしかできることはない。

「……しばらくは、様子見かな」

「今は何も起きていない以上、後手に回るしかないもんね」

「せめて相手が次に打ってくる手が分かれば、対策の立てようもあるのですが……」

 対策……対策か……。

 そういえば、昨日のクエストで見かけた王女に差し向けられていた暗殺者って、暗殺者というからにはやっぱり暗部系のNPCなんだよね。

 暗部といえばスラム街。

 もしかしたら、スラム街を探してみれば何かわかるかもしれない。

 明日以降、ヴェグガナークや王都のスラム街を探索してみるのも、もしかしたらいいのかもしれないな。


 リリアーナ王女の私室に向かい、歩いていく。

 屋敷内でも、王女専用の区画に変更されているあたりまで近づくと、屋敷内では普段見かけないような装いのNPC達が廊下の端に立っていたり、見回りのためか歩いているのが見える。

 あと、この辺りに来る途中でも、ヴェグガナルデ公爵家で雇っている侍女やメイドたちとは異なる意匠の服をまとった侍女さんやメイドさんもいたけど、その人達は王女直属、リリアーナ王女が連れていた人達ということになる。

「本当に王女様専用の場所ができたんだね……」

「えぇ。……大丈夫だとは思いますが、念のため言っておきます。みだりに、この辺りを歩いていてはいけませんよ? 守らなければ最悪、犯罪者として捉えられても文句は言えません」

「わかりました。この辺りには今後、何もなければ近づかないようにします」

「そのようにしてください」

 私も、リリアーナ王女からこの辺りを顔パスで通っていいとは言われているけど、何もなければやっぱり近づくのはよした方がよさそうではあるんだよね。

 ――主にフラグとかの兼ね合いで。

「……つきましたね」

「はい。……、」

 サイファさんに視線で促されて、私はコクリ、と頷く。

 ――社交バトルが開かれる領域へと侵入しました。

 ドアに近づくと、そんなシステムアナウンスが流れた。

 リリアーナ王女は非公式と言っていたけれど、やはり王女との茶会ともなれば社交バトルは避けられないか……。はたして、今回の『成功条件』は一体何になるのやら……。

 ドアノッカーを掴んで、三回ほどドアをノックすると、しばらくたってから王女付きの侍女さん――リズさんが現れて、私の姿を確認すると、恭しくカーテシーをしてくれた。

「Mtn.ハンナ様、お待ちしておりました。ただ今王女殿下にお伝えしますので少々お待ちください」

「はい」

 一旦リズさんが引っ込んで、もうしばらくたってから再度リズさんが現れて、入室を促される。

 そうして、すでにテーブルについて私達を待ち望んでいたリリアーナ王女を視線に入れた瞬間、今回の社交バトルの各種条件が開示された。

 ……っと、鈴が突然のことで驚いちゃってるね。

 とりあえず、視線で大丈夫かどうかを確認する。……うん、大丈夫みたいだ。

 私と視線が合うや否や、コクン、と頷いてウインドウに視線を落としたし。

 私もさっさと確認しないと。

 ――社交バトル:対戦相手 リリアーナ・フェアルターレ Lv.99 他2名

 ――成功条件:山田鈴以外のMTL1以上を維持せよ

 ――特別報酬条件:山田鈴のMTL2以上を最後まで維持し、茶会を成功させろ

 ――敗北条件:山田鈴以外のMTLが0になり、茶会が中断する

 ――特殊条件:山田鈴 MTL下限1(今回限定)

 あ、そっか。鈴もそういえば固有ステにTLKがあったっけ。

 ……ってこれ、特別報酬条件無理難題じゃない?

 鈴の今のレベル的に、明らかに特別報酬条件は達成させる気がないのが分かった。

 ただ、最後のを見て、もしかしたら誰かのフォローで鈴のMTL値が終了直前で50%以上まで回復すれば、結果として特別報酬条件を達成することもワンチャンありかな、くらいには考えられなくもなかったけど。

 まぁ何はともあれ、一番はこの社交バトルの成功条件を達成することだろう。

 条件を確認し終わった私と鈴は、ウインドウを消して王女のもとまで近づく。

 そして、ある程度近づくと揃ってカーテシーをして、リリアーナ王女に挨拶をした。

「王国が誇る麗しき花にご挨拶申し上げます」

「改めて、この度はお茶会にお誘いいただきまして、ありがとうございます」

「王国が誇る麗しき花にご挨拶申し上げます。私の急な参加の要望にもお応えいただき、恐悦至極にございます」

「ごきげんよう、ハンナさん。それに鈴さんも。今日は急なお誘いに応えてくれてありがとうございます。サイファさん、ハンナさん達は未だこういった席には慣れていないようだから、フォローはよろしくお願いするわね」

「はい。かしこまりました」

 私がまず、挨拶をすると、リリアーナ王女はニパァ、とまさに大輪の花のような笑みを浮かべて、私達にそう言ってきた。

 サイファさんにこれから王女との茶会に臨むにあたって、普段の挨拶に変わってこうするとよい、とアドバイスをもらった結果だが――なかなかによさそうな感触を得られてよかった。

 まずは第一関門突破、といったところかな。

 王女にいざなわれるまま、私達はそれぞれ違う席へと腰を下ろした。

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