98.王女、お店に現る!?


 鈴との報告会を終わらせて、入浴や就寝支度を整えた私は、再びゲームにログインする。

 そして、ベッドから起き上がってミリスさんに挨拶すると、ミリスさんが一通の手紙を差し出してきた。

 どうやら、私がロレルナーク周辺に出かけている間に、王都の屋敷に届けられた手紙らしい。

 誰からだろう、と差出人を確認してみると、手紙をよこしてきたのは先日お茶会出会ったばかりのドリスさんからだった。

 さっそく中身を取り出して読んでみる。

 この前もらったお茶会のお誘いの時のように、しゃちほこ張った文面で読みづらいことこの上なかったが、要約すると薬草の共同研究の件について話を詰めていきたいので、次の土曜日にこの屋敷に来たいとのことだった。

 別に断る理由もないし、向こうも学生で私もリアルでは学生ということでスケジュール的にも完全に合致しているので支障があるわけでもなし。

 私は二つ返事でOKを出すことにした。

 とはいえ、ミリスさんに代筆してもらうわけにもいかないようで。

 サイファさんに相談したところ、私自身で手紙を出すことになった。

 まさか手書きで書かないといけないのか、と陰鬱な気分になりかけながら、用意された便箋とインク瓶、羽ペンのセットを前にしたところで、何とソフトキーと入力フォームが出現。

 自分で手紙を書かないといけないことに変わりはないようだが、書く分には手書きではなくキー入力で文面を打ち込んで行けば位だけであることが判明してしまった。

 ――とはいえ。

 もらった手紙にあるような、しゃちほこ張った貴族然とした手紙なんて、書けるわけもなし。

 サイファさんに相談しながら、私は四苦八苦しつつも何とか手紙の文面を完成させることに成功したのであった。

「…………こんなのを、今後は何枚も書かないといけないなんてぇ……」

「貴族に生まれた者の義務ですね。ハンナ様は少々事情が異なりますが……それでも、こちらの世界では貴族の娘として活動していくことになった以上、その義務から逃れることはできないということです」

「うぇ~……」

 ちなみに。

 もし仮に、『公爵令嬢Lv.100』とPCLv.100を達成して、公爵家縁者的なクラスにチェンジすることができたとしても、お茶会や夜会などの社交界への参加義務は当然ながら発生する。

 貴族の女性の戦場からは、どうあっても逃れられないらしい。

 さて――手紙で思いのほか時間を取られてしまったけれど、ようやっと夜の自由時間を楽しむことができるようになった。

 時間的には――うん、二時間くらいは楽しめそうかな。

 ということで、私はヴェグガナークのアトリエ・ハンナベルにファストトラベルして、調合三昧をすることにした。


 そして翌日。

 この日は日曜日だったので、サイファさんによる令嬢教育が一日を通して行われる予定の日。

 とりあえず、サイファさんからは先にアトリエに行って、ポーション類の補充をすることを優先して構わないと言われているので、手早く商品を補充していった。

 昨晩ミリスさんと一緒に開発した、アクアフェアリーの鱗粉を混ぜたリフレッシュポーションと、リフレッシュハイポーション。

 その効果は既存品よりも確かに優れていた。


【リフレッシュポーション】×5 消耗品/エリクシルポーション

リフレッシュ薬効(中)、探索復帰(VT回復小)、デバフ予防(短×2)、エリクシル薬効(小)

 各種異常回復ポーションの混合液にエリクシルパウダーを投入し、効果を一纏めにしたポーション。

 気絶した仲間を戦線復帰させる効果もある。また妖精の鱗粉が持つ力により、デバフを予防する効能が長続きするようになっている。

 職人が作ったポーションの中ではなかなか品質が高い。

品質指数:1312/1350


【リフレッシュハイポーション】×5 消耗品/エリクシルポーション

リフレッシュ薬効(大)、探索復帰(VT回復中)、デバフ予防(中×2)、エリクシル薬効(中)

 各種異常回復ポーションの混合液にE-POTベースβを投入し、効果を一纏めにしたポーション。

 気絶した仲間を戦線復帰させる効果もあり、妖精の鱗粉が持つ力によりデバフを予防する効能が長続きするようになっている。

 一般市場に出回るポーションの中ではとても品質が良い。

品質指数:1349/2025


 鈴にこれを見せたら目を白黒させながら、私にも作らせてほしいと素材をせがまれた。

 断る理由もないし、普通に渡したけどね。

 さて――不足していたポーション類をお店に並べて、ついでに新しいリフレッシュポーション二つも店頭に並べると、私は王都へとファストトラベルするべく、メニューを開いた。

 そして、ファストトラベル画面を開き、王都の屋敷の自室を選び――いや、選ぼうとしたところで、

「お嬢様、お客様がお見えです」

「え? あ、うん。わかったわ、今行く……」

 ちょうどいいタイミングで客が来て、私はファストトラベルを中断せざるを得なくなってしまった。

 公爵家が用意してくれた店員NPCは、誰もが優秀だ。だから、私も鈴もたまに売り場に顔を出す以外は手放しでもいられたんだけど……こうして私のところに店員NPCが来るということは、店員NPCでは対応が難しい客が来たということだ。

「今行きます、ね…………?」

 厄介なプレイヤーじゃなければいいんだけど……。

 そう思って売り場に出た私を待っていたのは、

「ごきげんよう、ハンナさん。なかなかいいお店ですわね」

「リリアーナ、王女殿下……」

 Oh、なんということでしょう。

 まさか来るまいと思っていた王女様が、店まで押しかけてくるだなんて……。

「よかったら、お茶でも一緒に飲まないかしら。そちらにいる方も、よければご一緒に」

 ちらり、と見てみれば、同じタイミングでファストトラベルで王都に戻ろうとしていたらしい鈴もなんだとばかりに売り場に出てきていたらしく。

「ハンナ…………」

「鈴……ごめん」

 巻き込むつもりはなかったんだけど、巻き込んでしまったようだ。

「えぇっと、私、この後王都の屋敷で令嬢教育を受ける予定でして……」

「あら、ちょうどよかったではありませんの。でしたら、私が直々に見て差し上げますわ。さぁ、行きましょう」

「え、あ、ちょ――」

 どうやらこのお姫様、なかなかにいい性格をしているご様子。

 私の手を掴んで、有無を言うことは許さないと言わんばかりに引っ張って連れて行こうとする。

「ハンナと一緒にいた、そちらの方……お名前は?」

「あ、鈴と言います。山田鈴です」

「そう。スズさんというのね。ハンナと一緒に行動しているのだから、今後は貴族と触れ合う機会も多くなるはず。一緒にマナーを見てあげるから、来なさい」

 私にはどちらかというとやんわりとしたお誘いムードがまだ出ていたのだけれど、鈴相手となるとさすがに平民と貴族――いや、最早王族か――の越えられない壁があるせいか、やけにとげとげしい、強制力を伴った命令を下している。

 鈴も、さすがにこれは断れないと察したらしく、『わかりました。ご相伴させていただきます』と観念したように私とリリアーナ王女のところまでやってきた。

 ちらり、と私のことを恨めしそうな顔で見てくるけれど――さすがに、こればかりは私も謝らないといけないかなぁ。

 まさか、こんなにも直接的に接してくるとは思わなかったもん。

 そうして、私と鈴は、王女と一緒にヴェグガナークの屋敷へと向かって歩いていくのであった。

 王女は、お忍び服で来ていたらしい。

 昨日は大層な装飾が付いた、紫色がベースカラーのドレスを着用し、パリュールも上はティアラにイヤリング、胴部も装飾が施されたベルトや黄金のバングルなど、全身にアクセサリを取り付けていたが、今日はイヤリングとベルト、バングル以外は身に着けていなかった。

「……歩きで来ていたんですね」

「えぇ。ヴェグガナークの屋敷を直に歩いてみたい、と思いましたから。ハンナさんのお店に向かったのは――」

「私のではなく、私と鈴のお店です」

 ちょっと失礼かもしれないけれど、これだけは譲れないので訂正させてもらった。

「あら、御免なさいませ。えっと、ハンナさんと鈴さんのお店に行こうと思ったのは、案内してくれた侍女がそのように紹介してくれたからなの」

「そうだったんですね」

 チラリ、と王女が鈴を見る。

 ゲーム内での立場を考慮してか、それとも先ほどの王女の言葉遣いを考えてか。

 並んで歩くように言われた私と違って、鈴は数歩後ろを歩いてついて来ていた。

「失礼ですが、鈴さんとはどのようなご関係ですの? 随分と親しそうな感じでしたが……」

「えっと……」

 どうしよう。言っちゃった方がいいのかな。

 鈴にメッセージで相談する。

 鈴からはすぐに返事が返ってきて、私に任せる、という短文を送り返してきた。

 私に任せる、か……それじゃあ、鈴と私の関係性については、今のうちに明らかにしておいた方がいいかもしれないね。

 というか、先ほどの王女の鈴に対するとげとげしい言葉は、さすがに私にも堪えがたいものを感じさせた。

 さすがに身内がああも厳しく言われるのを黙ってみてはいられないよ。

「鈴なんですけど、実は昨日話題に出した、双子の妹です」

「…………え?」

「鈴は昨日話題に出した、あちらの世界での私の双子の妹なんです」

「……えぇ!? そ、そうだったのですか!?」

「はい、そうです」

「……………………にわかには信じられませんけれど、確かに雰囲気が似ていると言いますか……」

 わかるものなんかね、そんなの。

「鈴さん、先ほどは不躾な言い方をしてしまって申し訳ありませんでしたわ。お詫びさせてください」

「あ、いえ……それほど気にしているわけでもないので大丈夫です」

 鈴は、わたわたとしながらも王女の先程の強い当たり方については不問にすることに決めたようだ。

「ですが……あちらの世界におけるハンナさんの双子の妹さんですもの。こちらの世界でも、ほぼ同等の扱いをしなければならない相手ですわ。さすがに何のお詫びもなしとはいきません。王族として、きちんと非礼を詫びなければなりませんわ」

 う~む、これは、鈴は王女のお詫びはどうあっても受け取らないといけないみたいだね。

「わかりました。謝罪を受け容れます」

「……はぁ。ハンナさんも意地悪ですわね。まさか鈴さんが話にあった、双子の妹さんだとは思ってもいませんでしたわ。異邦人の不思議、というものですわね」

 王女はしみじみ、といった感じでそう呟いた。

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