96.王女を連れてヴェグガナークへ
誤解を解て、王女様と再び相対する。
「私ったら、なんてはしたないことを……。本当に申し訳ありませんでしたわ……」
王女様は、しょんぼりとした様子で、そう謝罪してきた。
今、私は王女様の誘いで王女様と一緒の馬車に乗っていた。
突発性のクエストでよく確認していなかったが、実は王女様を助けてそこで終わり、というわけではなく、ヴェグガナークにあるヴェグガナルデ公爵家邸にきちんと送り届けることで、初めてクリア扱いになるらしい。
送り届けるといっても、私は『走る』系のスキルなんて取得できないので馬車に同乗。サイファさんも同じく同じ馬車に乗り、ミリスさん達従者NPCは別の馬車。
私やサイファさんの護衛達は、『走る』系のスキルを持っているので、自分で走ることにしたようだ。
聞くところによれば、馬がいないから、というのももっともな理由なんだけど、騎士さん達は馬に乗っている人もいるらしいけど、『走る』系のスキルを持っていれば、馬に乗るより走った方がとっさの事態に対処できるので、そちらの方が望ましい、という理由もあるらしい。
どおりで、フィーナさんやヴィータさんが馬に乗っている姿を見たことがないわけである。
ちなみにプレイヤー達も馬に乗ることはできる。乗り物扱いで、優良だが街で借りることができるのだ。
なんなら、テイマーならモンスターをテイムして乗り物代わりにすることもできる。
私はもちろん乗ったことはない。
基本ドレスでスカート装備だしね。馬に乗れることができないのだ。
「では、改めて自己紹介いたしますわね。フェアルターレ王国が第一王女、リリアーナ・フェアルターレですわ。以後、お見知りおきくださいませ」
「改めまして、Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデと申します。体はエリリアーナ様のものですが、一応異邦人、という感じになってます」
「はい……話は、ヴェグガナルデ公爵家でお世話になるという話が決まった際、お父様より手紙にて伝えられています」
「そうでしたか……。まだ、貴族社会に不慣れですが、至らない点はこれから学んでいきますのでよろしくお願いします」
「えぇ。私も微力ながら、Mtn.ハンナさんが立派な淑女になれるよう、助力させていただきますわね」
淑女になれるように助力するって……。
サイファさんにエレノーラさん。これ以上はもういらないと思うんだけど……まさか、リリアーナ王女まで参加してくるのかな。
「……それにしても、今回の一件で、やはりあの子は愚兄になり果てた、というのを確信できましたわね」
「愚弟って……第一王子様のことでしょうか」
「そうなりますわね。一応、私は王位継承権的には第三位に落ち着いていますが、エリィの一件があって、お父様も大層起こっているようでして……。もうアルバートお兄様には次期国王など任せられないと言って、王位継承権を凍結したのですが……」
「はい、話は伺っています」
ちら、とサイファさんに視線を送る。
私はこの前のお茶会が社交界関係で初めての活動だったし、そもそもプレイヤーということで普段はフィールドの探索で忙しくてあまり王城やらなにやら、そっち方面の情報は聞いていないし、調べてもいない。
なので、その手の情報のソースは完全にサイファさんやエレノーラさん任せになっている。
まぁ、メインクラスである『ヴェグガナルデ公爵令嬢』も最終ランクまで上昇して、後はクラスアップミッションが発生するのを待つのみとなってしまったのだし、こうして実際に王城関係者と対面する機会にまで発展してしまっているという実情もある以上、避けたいと思っている上位クラスになるのを防ぐためにも、私もそろそろ本腰を入れて社交界などで王城関連の情報を探っていく必要がありそうだな、とは思い始めている。
やはり、自分の身を守るのは、なんだかんだで自分しかいないんだな、ってね。
「あとは、その件で、リリアーナ王女殿下の身に迫っている危険なども聞いています」
「そう、ですわね……まぁ、それに関しては、聞き及んでいなくても、先ほどのアレを見ていただければ、よくわかっていただけたとは思いますが」
「あれ、やっぱり第一王子殿下が送ってきた奴らなんでしょうかね」
「おそらくですが、このタイミングですとその可能性が高いかと私は思っていますわ」
まぁ、そうなるかなぁ、やっぱり。
とはいえ、この後はもう襲撃は一度たりとも発生せず、私は馬車の中でリリアーナ王女との世間話に講じるばかりだった。
戦闘が少しでもあれば、フィーナさん達も参戦するだろうから結果として私のもとにも経験値は入ってくる。
しかしバトルリザルトのウインドウが出てこないということはつまり、戦闘が一度も発生していないということを示している。
リリアーナ王女との世間話は、主に三つ。
一つは、リアルの世界での話。
私に双子の妹がいることを伝えたら、それだと私だけこの世界で貴族として扱われていて、鈴が平民扱いという状態なので動きづらいだろう、という話になり、鈴に準貴族でも叙爵を進言してみよう、という話が持ち上がったりもした。
鈴はそう言ったことを気にしていない様子だったし、そもそも隣国に自由に探索しに行ったりできなくなってしまい、逆に嫌がられてしまいそうだからできればやめてほしい、と伝えると、それならば仕方がないか、とすんなりと引き下がってくれたけど。
それから次に、私自身の話について。
主に、私のゲーム内での今後の展望について話を聞かれたけれど、どこかの家に婚姻を申し込むとか、オリバー君に変わって次期当主の座を継ぐのを狙うとか、そういった気持ちがないこと。
そして、ゆくゆくは『公爵家縁者』となり、自由気ままなゲーム内ライフを目指していることを話したら、
「なるほど…………。しかし、それはなかなかに惜しくもありますけれどね……」
と、なにやら思案気な顔で呟いていたのが少し怖い感じがしたけれど、きっと気のせいだと信じたい。
何かをたくらんでいそうな意地の悪そうな微笑を浮かべていたのもきっと見間違いに違いないだろう。
あとは、冒険の話についてだ。
純粋に、貴族令嬢らしからぬ動き方をしている私の話は、王城の中で、あるいは隣国の学園の寮で、蝶よ花よと大事に育てられた彼女としては実に興味深い話らしい。
やがて話題が尽き始めた頃になると、リリアーナ王女は大きなあくびをしてそのまま椅子にもたれかかって寝息を立て始めた。
普段はこうしたことはあまりないが、襲撃にあったからか精神的に疲れた部分もあったらしく、できれば寝かしておいてほしいとリリアーナ王女付きの侍女さんから言われて、こくこくと私は頷く。
ヴェグガナークの街まで、馬車であと十数分の位置まで来ていたのが、せめてもの幸いだったと言えよう。
そうして屋敷に到着し、ポーチの下に馬車が入ったところで、お付きの侍女さんがリリアーナ王女をゆすって起こした。
「リリアーナ王女殿下。ヴェグガナルデ公爵家邸につきました。お目覚めくださいませ」
「…………ん……」
リリアーナ王女は、ぼんやりと声を上げて、とろんとした目で周囲を見渡す。
やがて私に視線を合わせて、
「リリアーナ王女殿下、ヴェグガナルデ家の屋敷に到着しました。馬車を降りましょう」
私がそう言えば、彼女もそれでようやっと状況を理解したらしく。
顔を真っ赤にして、わたわたとし始めた。
お姫様らしく、やっぱり馬車の中で居眠りしているのを他人に間近で見られるのはとても恥ずかしいのだろう。
絶対に他言無用ですからねっ! と釘を刺されてしまったのは言うまでもない。
屋敷内の応接室で、私はウィリアムさんと並んでリリアーナ王女と対面している。
どうやら、ウィリアムさんは夏休みの期間中にはすでにリリアーナさんをヴェグガナルデ家で保護する話について聞き及んでいたらしく、準備は進めていたらしい。
すでに客間の一室はリリアーナさん用に改装されており、その部屋がある区画には屋敷の中でも限られた者しか入れないように厳命されているらしい。
ちなみに、私も当初はリリアーナ王女の許可がその都度必要になる、予定だったのだけれど――応接室に来るまでの間に、リリアーナ王女から直々に無期限の入室許可が下りたので、私は大手を振って(?)王女の部屋に入ることができるようになった。
さすがに鈴達はNGで、区画に近づいただけで犯罪者として扱われてしまうらしいけど。
一応、付近には昼夜問わず護衛の騎士が立っているそうなので、近づけば警告は出されるだろうけど――ログアウトしたら、夕食の席で鈴には説明しておいた方がいいかもしれない。
「リリアーナ王女殿下、王国が誇る麗しき花にご挨拶申し上げます」
「ヴェグガナルデ公爵、この度は私を受け容れてくださり、ありがとうございます。父から話が行っているかとは思いますが、本日よりこの屋敷でお世話になることとなりました。公爵におきましては迷惑をかけるかと思いますけれど、いろいろと適宜を図ってくださいますよう、よろしくお願いいたしますわ」
「はい。なにか不都合がございましたら、私か、屋敷の者にお伝えくださいませ。何なりとご用命にお応えする所存にございます」
「えぇ。期待しておりますわ。……あと、ここへ来るまでの間に、早速ながらハンナさんのお世話になってしまいましたの。それで、よければ彼女に褒美を与えたいと思っているので、この後彼女をお借りしますわね」
「はい、どうぞお連れなさいませ。ハンナ、よく王女殿下をお守りしたな。よくやった。あとで私からも褒美を渡すとしよう」
「ありがとうございます」
「では、私は少々疲れましたので、これにて失礼いたしますわね」
「はい。ごゆっくりとお休みくださいませ。――王女殿下が部屋にお戻りだ。ご案内差し上げなさい」
「かしこまりました。リリアーナ王女殿下、こちらへどうぞ」
「えぇ。案内、お願いいたしますわ。ハンナさん、報酬を渡しますので、あなたも一緒にいらして」
「わかりました」
リリアーナ王女に言われて、私も席を立つ。
サイファさんに教えてもらった通り、リリアーナ王女の左後ろ、三歩くらい離れて後をついていく。
そうして向かった先は――うん、屋敷の一番端っ子の方。
屋敷内のアトリエがある別館とはほぼ正反対の方にある区画だ。
この辺りは、もうすでに護衛の騎士さん達によって厳重に警備がされているらしく、物々しい雰囲気となっていた。
ただ、まぁその区画の入り口付近で、リリアーナ王女が早速私に出した無期限の入場許可について触れていたから、しばらくしたら私は顔パスでここを通れるようになるだろう。
それから数分間、さらに歩いて私達はリリアーナ王女用に用意された客室へと到着した。
廊下から見た限り、ドアの装飾などは他の部屋のものとは変わらない。
ただ、室内の調度品や家具、寝具などは私が普段使っているものをはるかに凌駕するような、とても高級そうなものに変わっていたけど。
「よい部屋ですわ。ハンナさん、後でヴェグガナルデ公爵に改めてお礼を言っておいてくれるかしら」
「わかりました。伝えておきます」
「お願いしますわね。……それじゃあ、約束の報酬をお渡しいたしますので、ソファに座ってお待ちくださいませ。――リズ」
「はい。ただ今お持ちいたします」
リズと呼ばれた侍女さんが、部屋の片隅にあったチェストから小箱のようなものを取り出すと、それを大事そうに携えて私達のもとに戻ってくる。
そして、その小箱をローテーブルの上に静かに置いた。
リリアーナ王女は、それを受け取るとゆったりとした動作で蓋を開けた。
中に入っているのは……ん、なんだろ。宝石か何かかな。とてもきれいに光を反射しており、素人目に見てもそれがとても高い品だとわかってしまった。
「こちらが、今回の行程で護衛を買って出てくださったハンナ様への報酬として選んだ品になりますわ。ありあわせのもので申し訳ないのですが、今渡せるものですとこれが限度となってしまいますの。どうかお許しください」
「いえ、大丈夫です。ありがたくお受け取りいたします」
リリアーナ王女が、どうぞ、と促してきたので、私はそっと手を触れて、それを箱から取り出す。
詳細画面で見てみると、どうやら素材扱いのようだ。
う~ん、あいにくと私にはそっち方面のスキルがないからわからないんだけど、アスミさんに渡せば何かわかるかな。
とりあえず、ドレスの装飾には使えそうだったので、アスミさんに渡して頼んでいるドレスに使ってもらうことにした。
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