95.予感的中


 学校が始まると、週末は一日中ゲームにログインできる貴重な二日間になる。

 日曜日は一日を通して令嬢教育に費やされる曜日なので、そう考えると土曜日の時間の価値はさらに跳ね上がってくる。

 せっかくなので今日はロレルナークという、イエンスとの国境に最も近い城塞都市――の周辺を探索してみようと思っている。

 私自身はロレルナークには一度も行ったことがないものの、実は新国家リリースに伴い、スタート地点候補ではないがいつでもファストトラベルできる特殊ランドマークに変更されているため、ほぼノータイムで移動することができるようになったらしい。

 なのでこの機会に、これまではマップの端ということもあって、交通の便という意味からも訪れる機会に恵まれなかったこの近辺も探索しておこうと思ったのだ。

 決して、新国家リリースに沸き立っている他プレイヤーに触発されたわけではない。

 ちなみに本日、鈴とアスミさんは私とは別行動。

 アイドル兼配信者という都合上、やはり新国家リリースという一大イベントを逃すことはできないらしく、今日は一日を通してフリーになったということで、(食事休憩などを除いて)朝から夜まで枠を取っているらしい。

 樹枝六花のみんなからもそうだけど、鈴やアスミさんからも、イエンスの感想は聞かせてもらえることになったので、入国できない私としてはそれで満足するしかないだろう。

 めちゃくちゃ未練あるけどね。

「ん~、なんとなくだけど、どんより曇ってて嫌な天気だなぁ……」

「雨が降ってくるかもしれませんね。傘を持って来ましょう」

 連れてきていた斥候三姉妹の内、エルミナさんがそう言って一旦離脱。

 ややあって、フリル付きの傘を携えて戻ってきた。

「……この辺りは少し手ごわい敵が多いね」

 スタート地点候補の地方都市から大分離れている土地とあってか、街道を外れると途端に結構強いモンスターが襲ってくる。

 ノベリア川と呼ばれる、隣国との国境にもなっている大きな河川。

 その付近にある、ノベリア川西岸と題されたこのエリアでは、フロッグマンやリバーマーマンなどの初見の敵がかなり生息していた。

 特に危険だと思ったのは、フェアリー種というこれまた初見の種族の敵。

 アクアフェアリー種は体長が50センチメートルほどとかなり小さいので、近接戦に持ち込めばそれこそ素手でも楽に倒せるモンスターだ。

 が、フェアリーという名前からも察せられる通り魔法特化の戦闘能力を有しており、またある程度近づくと氷壁やアイシクルバリケードと呼ばれる迎撃系の魔法を使ってくるため、容易に近づかせてくれない。

 かといって弓矢などではターゲットが小さいので当てづらい上に、こちらも魔法で応戦しようにも魔法特化なモンスターだけあってほぼノーダメージという鉄壁ぶり。

 リバーマーマンとタッグを組まれようものなら、アクアフェアリーが遠距離から魔法でこちらのパーティ全員の行動を阻害しつつ、リバーマーマンが各個撃破を仕掛けてくるというとんでもない劣悪コンボが見舞われかねないほどである。

 雷属性魔法による広範囲攻撃ならどうか、と思って使ってみたこともあったのだけれど、これにはなんと『ピュア・クエリア』の魔法で楽々と防がれてしまい、結局有効打にはならなかった。

 最終的に、サイファさんが弓矢の範囲攻撃アビリティで強引に押し通してくれたものの、私はほとんど役に立てなかった。

「おのれ……アクアフェアリー許すまじ……」

「ハンナ様はアクアフェアリーとの相性がとても悪いですからね。無理もありません」

「……私も、何か魔法に頼らない遠距離攻撃手段を持つべきなのかな」

 まぁ、このゲームではそんなの、弓矢以外にはあり得ないんだけど。

「弓矢もその人によって得手、不得手が明確に分かれる武器ですから、スキルがあっても相応のセンスがなければお勧めはできませんよ?」

「……そうなんですよねぇ…………」

 DEXがあればある程度の追尾機能がついてくれるとはいえ、飛距離はATK次第。ATKが足りなければ飛距離も伸びず、結果として追尾機能があっても宝の持ち腐れ。

 私は根っからの魔法使いビルドなので、そもそも弓矢はあまり使えないだろうことがはっきりとわかり切っていた。

「アクアフェアリーは私が対処しますので、そう落ち込まないでください」

「ありがとうございます、サイファさん」

「いえ……。それに、アクアフェアリーの素材は弓や矢の素材にはもちろん、それ以外にも様々な用途がありますからね。確か……薬師にとっても、かなりいい薬効が備わっている良素材と聞いた覚えがありますが……」

「はい、そうですね。リフレッシュハイポーションの素材候補になり得ますので、多めに持っておいて損はないかと」

「素材候補……っていうことは、最低限必要な素材ではない、ということ?」

「そうですね。リフレッシュハイポーションに投入すれば、予防効果の有効時間が長期化するので、手に入れる手段があるのなら入手しない手はないかと存じます」

「へぇ。それはすごいね」

 予防効果の有効時間が伸びるのかぁ。

「それって、他のバフ効果にも有効だったりするの? 例えば……そう、ATKブーストとか」

「ATKブーストの延長効果があるのは、ファイアフェアリーやブレイズフェアリーというモンスターの鱗粉ですね。他にも、VTの自然回復力を上昇させるならリーフフェアリーやフォレストフェアリー。MPの自然回復力を上昇させるならウィンドフェアリーやバーストフェアリーなどと、それぞれ持っている薬効成分は違います」

 う~ん、なんというか面倒くさそうだなぁ。

「そういった類の複数の薬効を持つ素材なら、それこそ精霊たちと交流を図って譲ってもらうしかないでしょうね。それでも、幾分かわかれるかとは思いますが」

 なるほどねぇ。素材集めも、なかなかどうしていろいろ冒険しないと高ランクの物は手に入らないってことだね。

 まぁ、まだしばらくは、そうしたものの出番もないだろうし。

 今は、手に入る素材をいかに生かせるか、そこが問題ってわけか。

「とりあえず、手に入れられるだけ手に入れて、それで来週になったらアトリエでいろいろ試してみようかな」

「そうするのが一番かと存じます」

 とりま、ここで手に入る野草類の多くは、デバフ系の素材の中でもそれなりに強力な成分を持ったものが多い。

 アクアフェアリーの鱗粉という素材は、それらの野草類が自生していることを鑑みても、ある意味では状況に合致した(?)素材ということになる。

 これは、次の調合三昧ではリフレッシュハイポーションの量産がメインになりそうだね。


 それから、お昼休憩のために一旦屋敷に帰還してログアウトする。

 鈴はまだゲーム中だったらしく、私は一人で昼食となった。

 とりあえず鈴の分も用意しておいて、ラップをかけて冷蔵庫に入れておく。

 そうして自分の分を手早く食べ終えると、片付けを済ませてゲーム内へと戻った。

 ゲーム内でもまた、満腹度がかなり減っていたのでミリスさん特製のサンドイッチを食べてお腹を満たす。

 今日のサンドイッチは、リバシア効果のバフ付きだった。

 おかげで、フィールド上に隠されていたレア素材を、しばらくの間取り放題になった。

 うきうき気分で先ほどと同じく、ノベリア川西岸で探索を行う。

 今度はリバシア効果も乗っかっているので、さっきよりもさらに採取重視だ。

 そうしてしばらく素材採取とモンスター狩りを続けていると、不意に【空間把握】スキルの感知可能範囲の隅っこの街道上に、何台かの馬車の気配を感知した。

 周囲を中立タイプのNPCが取り囲んでおり、またそれを取り囲むように敵性の存在が多数。

 ただ事ではないと感じた私は、サイファさんに振り向く。

 サイファさんもすでに感知していたらしく、私に頷いてこう言ってきた。

 見れば、サイファさんの頭上にはクエストマークも出ていた。突発性の、何かのクエストが発生したのだろう。

「ハンナ様にもわかりましたか。あちらの方角に、何やら襲撃を受けているらしい馬車の集団がいるようです。いかがいたしますか?」

「もちろん向かいますよ。いい報酬がもらえるかもしれませんしね」

「まぁ。少々逞しすぎませんか、ハンナ様。ですが、ただで動こうとしないのは貴族令嬢としても、いい心がけですね。……それでは、参りましょうか」

 素材集めを兼ねた探索は一時中断して、私は謎の集団救出クエストに挑戦することにした。

 パッとマップで確認した当たり、ここから走って現地に向かうより、ちょっと離れた場所にあるランドマークから走った方が距離的にも地形的にも近いことが判明。

 ということで、そのランドマークにファストトラベルし、襲撃現場へと全力疾走した。

 どうやら私の判断は功を奏したようで、草陰に隠れていた伏兵らしき暗部系NPCを倒すことに成功した。

 ――暗部系のNPCか……。

 となると、襲撃を受けているのは何らかの要人系のNPCかな。

 サイファさんから聞いた、王女様をヴェグガナルデ家で匿うという話を思い出して若干警戒心が生まれたものの、ここでクエストを放棄するのも何か後々響いてきそうな気がして怖かったので、大人しくクエストを達成することにした。

「ミリスさん、リフレッシュポーション。念のため、デバフは予防しとかないと」

「そうですね。こちらをどうぞ」

「ありがとう」

 幸いにも、暗部系NPCはここ最近私の特性に誘われてやってくる奴らよりも数周り弱く、それこそレベル30程度しかない連中ばかり。

 サイファさん達も私と同じく、リバシア効果の付いたミリスさん謹製サンドイッチを食べていたため、サイファさん達にはほかにもいるらしい伏兵達を任せて、私達は現在進行中で馬車を襲っている暗部系NPC達を倒しに行くことにした。

「何奴ッ、その髪飾りに耳飾りは、まさか――」

「話は後です、今はこいつらを倒しましょう!」

「そうですな! ものども、思いもよらない援軍が来たぞ! 〈声援〉この機を逃すな!」

「〈激励〉潜んでいる伏兵には別の人が対応中です、皆さんは目の前の敵に集中を!」

 騎士風の鎧を着た男性NPCが【声援】スキルでバフを掛けてきたが、私の方がより上のスキルを使えるので、問答無用で上書きさせてもらう。

 最近はTLK値の上昇に伴ってCTが効果時間を下回り、掛けなおしさえ忘れなければ常に〈激励〉バフを維持できるようにまでなっている。

 事前に伏兵で相手のレベルはわかり切っていたものの、私達が相対した敵はその伏兵よりもさらに弱い、20レベル台前半。

 現状だともはや敵にすらならないほどだったが、こいつらはダメージよりもデバフ攻撃が厄介なので気は抜けない。

 私はデバフ予防で効かないけど、周りの騎士さん達には有効かもしれないし。

 クエストの評価に直結するみたいだから、評価点を稼ぐならできるだけ騎士さんと敵NPCとの距離には気をつけておかないとね。

 そんな事情もあって、やや緊張感をもって戦っていたものの、それでも敵の弱さから数分程度でクエストはクリアとなり。

 私達は、改めて騎士さん達と話をした。

「ヴェグガナルデ公爵家が令嬢、エリリアーナ様とお見受けいたします。この度は勇気ある援護に感謝いたします」

「いえ、この程度でしたらお構いなく。それと、私はMtn.ハンナ・ヴェグガナルデです。エリリアーナさんは……その、」

「……あ~、そうでしたな。そういえば、その話を王女殿下から聞いていたのを、すっかり忘れていましたな。誠に申し訳ありませんでした」

 王女!?

 やっぱりこの馬車、王女様を護送していた馬車だったんだ!

 ――不意に馬車の扉が開いて、中から人が出てくる。

 そのNPCは、私のゲーム内でのアバターモデルがかすんでしまうほどの綺麗な女性で。

 その目が私を認めると、ハッとしたような顔になり、次いで今にも泣きだしそうな表情になって、私に向かってこう言ってきたのであった。

「エリィ! あぁ、会いたかったわエリイィィー……!」

 ……ちょっと待て、あんたもなんかい王女様や!

 心の中の全私が突っ込みを入れたのは、言うまでもなかった。


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