94.新学期、騒動の予感


 さらに数日が立ち、新学期が始まる9月1日となった。

 ちなみにゲーム内でも本日が学園の新学期の開始日らしい。エレノーラさんから聞いた話だ。

 私には関係のない話なんだけど。

「華ちゃんおはよう!」

「おはよう、佳歩ちゃん」

 佳歩ちゃんと久々に学校で挨拶をする。

 リアルで佳歩ちゃんと会うのは、とても久しぶりだ。

「今日は始業式で午前中だけだね」

「だねぇ……ゲームにはインできないけど」

 時間が経つのも早いもので、ファルティアオンラインもサービスを開始してからそろそろ3か月が立とうとしていた。

 それに先立ち、公式発表で早くも二回目のアップデートが今日行われている最中なのだ。

 四半期経過を記念して、と銘打たれた今回のアップデートでは、新フィールドとして国が丸々一つ分、実装された。

 そう、国一つ分の広大なフィールドである。

 位置的には東隣で、ヴェグガナルデ公爵領とロレーリン侯爵領に隣接している。

 いずれの領からも移動でき、ヴェグガナークからは海路も利用できるなど、交流は盛んな設定のようだ。

 それに伴い、フェアルターレにもいくつかシナリオイベントやその他サブイベントなどが追加されるらしい。

 新しい国にも、スタート地点候補は各地域に存在する。

 フェアルターレと同じように、その地方ごとの特色も設定されているため、クラスとの兼ね合いから考えて選ぶ必要が出てくるだろう。

 ネット上では、隣国のどの地方がフェアルターレのどこに該当するのか、早くも検証班が調べる算段を付け始めている。

 ある程度は公式発表で出回っているとはいえ、やっぱりプレイヤーたちの目で直接確かめられた情報の方が確度は上だからなぁ。

 まぁ、私の場合は、例によってクラスの制限があるから隣国へは勝手に行くことができないんだけど。

「今日の夜、樹枝六花全員でシーエンフィック王国に行こうと思ってるんだけど、よかったら華ちゃんも一緒に来ない?」

「あ~、それね。私も行ってみたいなぁ、とは思ってるんだけど……」

「何かクエストとかイベントとかやってる最中で行けなかったりするの?」

「クエストとかイベントとかじゃなくて、クラスの制限で、かなぁ。多分だけど、シーエンフィック王国には入れないと思う」

「そうなの? ……あ、もしかして貴族関係の制限?」

「うん。ナビAIに聞いてみるけど、多分? チュートリアルの最中に、ウィリアムさんからいろいろ言われてるんだ」

 要人警護とか、何かあれば戦争の火種になりかねないとか。そんなようなことを言われてしまえば、さすがに少し警戒もしてしまうし。

「そっか。じゃあ、私達だけで見に行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい。フェアルターレに戻ってきたら感想聞かせてね」

「もちろんだよ」

 こうなると、樹枝六花のみんなとはしばらくお別れということになる。佳歩ちゃんも、ゲーム内で会う機会はしばらく先ということになりそうだ。

 まぁ、私も私で今はクラス絡みのイベントが忙しくなりそうな気配がしているから、どちらにせよゲーム内で会っていろいろ一緒に遊ぼう、というのは難しくなるかもしれない。

 その辺りは、MMOの醍醐味でもあるだろう。

「華ちゃんの方はどうかな。確か、ランクアップしたんだよね」

「うん。と言っても、メインの『ヴェグガナルデ公爵令嬢』は未だに初期クラスのまんまで、クラスアップはしていないんだけどね」

「そっかぁ」

「でも、クラスアップミッションが解放されたって出たから、多分そのうちクラスアップするかもね」

「公爵令嬢でクラスアップかぁ……どんな感じなのかな」

「なんからしいといえばらしいことを聞いてはいるんだけどね。クラスシナリオに則った感じだと、オリバー君から次期当主の座を簒奪したり、令嬢らしくNPCとの政略結婚ルートに走ったりとかもあれば、今のまま突っ走れるところまで突っ走って、公爵家縁者として『なあなあ』な状態で完結させたりとかもできるみたい」

「結婚!? ゲーム内のこととはいえ、そんなの間であるんだ!」

「うん、あるみたいだよ。そうなるとどんな風に変わるのか、そこまではわからないし、そっちルートには行きたくもないから目指さないけど」

 今後は活動の方向性次第で普通に釣書とかも来るんだろうけど、そういうのには一切答えない所存である。

「ゲーム内で結婚かぁ……うわぁ、なんか重苦しい話になってきそう……」

「だよねぇ。まぁ、あとはどういう風に動いていくのかまでははっきりわかってないけど王位継承争いに参加するルートもあるみたいだし、よくわからない謎の上位クラスもあるみたい」

「いろいろあるんだねぇ」

「うん、そうみたい」

 まぁ、謎の上位クラスに就いては触らぬ神に祟りなしといったところだろうか。

 なにせ、他がろくなことにならなさそうな上位クラスばかりなのだ。

 ???と伏字になっているその上位クラスとて、そうでない保証はどこにもない。

 それからほどなくして担任の先生が来て、SHRが始まる時間となったので私達の話はそこで打ち止めとなった。

 そして時間はあっという間に過ぎて、同日の夜。

 私がゲーム内に入ると、ログインルームでナビAIに早速アップデートのことについて話を振ってみた。

「隣国に行けるかどうか、ですか……。それでしたら、Mtn.ハンナ様は通常の状態ではほぼ不可能ですね」

「やっぱりそうですか」

「はい。例えば、政略結婚をするような方向性で進めて言った場合。他国の王族や公爵家に嫁ぐなどすれば、最終的には大手を振ってシーエンフィックの領地に踏み入ることができるようになります」

「それ、そうなったが最後で、逆にフェアルターレに戻ってくることできなくなりません?」

「そうですね。他国の貴族の夫人や王族の妃になるわけですから、必然的にそうなりますね」

 それダメじゃん。

 あとは、クエストやイベントなどで他国に行く必要がある時は、一時的に他国へ行くことができるようにはなるらしい。

 私の場合は、そのクエストやイベントなんかの次いでに見て回るくらいしかできなさそうだね。

「ま、今のところフェアルターレだけでお腹いっぱいだし、別にいいんだけどね」

「はい。フェアルターレだけでも、お楽しみいただける要素がたくさんありますからね。Mtn.ハンナ様にはぜひとも、フェアルターレ内を隅々まで楽しんでいただければと思います」

 ま、それが可能になるには、少なくとも更なるレベル上げと、装備の更新が必要になってくるだろうけどね。

 それに、装備の更新となればもちろんお金も必要だ。

 フェアルターレの秘境に行ける日は、まだかなり遠い未来になりそうだね。

 私はシーエンフィックには普通の手段では入れないと分かっただけでも収穫があったので、トモカちゃんに早速メッセージを送ることにした。

 この日は令嬢教育がある水曜日だったので、ログインしても探索する時間があるわけでもなし。

 その分、明日沢山フィールドを見て回るんだ、と宣言したら、サイファさんに呆れられてしまったのは言うまでもない。


 そうしてやってきた翌日、木曜日。

 本日から授業も始まったので、夏休みが始まる前と同じく平日のログインは基本、夕食を食べ終わってからのみとなる。

 ログインしてヴェグガナークのお店に移動し、不足しているポーションの補充をささっと終わらせたら、私は足りなくなっている素材を集めにヴェグガモル旧道に行くことにした。

「……そういえば、隣国のことについて、ハンナ様はあまり気になさってないのですね」

「隣国?」

「はい。なんでも、隣国でも異邦人の受入体制が整ったとか。国内にいる異邦人の殆どは、その隣国へと向かっているようなのですが」

 サイファさんからそのことについて触れられるとは思ってもいなかったな。

「気にしたことで、私は行けるわけでもないですからね。そのあたりは、のんびりとマイペースにやらせてもらうだけですよ」

「なるほど。すでに割り切れているのですね。少々、安心しました」

「行きたいって騒ぎ立てると思いました?」

 行けないと確定した時点で、それほど興味はそれほどなくなっている。

 それよりかは、クラスレベルやPCレベルを効率よく挙げられるエリアを探す方がいい。

 いつまでもただの『公爵令嬢』のままだと、いずれ社交界絡みのイベントで強制的に政略結婚させられるかもしれないし。

「ところで……隣国といえば、隣国の学園に留学していた王女殿下が、そろそろご帰還なされるとか」

「そうなの?」

 王女の帰国ね。

 王女様自体も気になるけど、このタイミングなのも気になる。

「夏休み中に帰ってきてなかったんですか?」

「理由はいくつかあると聞いています。我が国の学園では四月に学年度が始まりますが、王女殿下が行っていたシーエンフィック王国の学園では九月からが基本、という違いが一つ。これにより、若干ですがバケーションの期間にズレがあるようです。あとは、第一王子と第二王子の諍いに備えて、というのもあるそうです」

 継承権争いか……ここにも響いてくるんだね。

「陛下はすでに第一王子を再び立太子させるお気持ちはないそうですから、第二王子が謀殺されれば、必然的に王女殿下に継承権の第1位が回ってきます。それに備えてのことかと」

 そういうことかぁ。

 でもそれって……、

「第一王子にバレたら、王女様の身も危ないのでは?」

「はい、そのとおりですね。ですから、暫くの間はヴェグガナルデ公爵家で身を隠しつつ、密かに教育を行われるそうです」

 え?

 それって、私も巻き込まれるやつなんじゃ……。

 なんだか、一気に冒険女王という上位クラスが迫ってきているような気がして、私はその場で少しフラフラしてしまった気がした。

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