92.ドリスさんとの交渉


「それにしても、異邦人の方々にもだいぶ慣れてきましたわね。最初は礼儀もなっていない方ばかりだと思っていましたが、中にはキチンと相手を敬うような方もいるようですし」

 あぁ~……最初のアウェーな流れを乗り切ることができたと思ったら、またよくなさそうな流れが。

 ただ、今回は完全にこちらに逆風というわけでもなく。

「そうですわね。それに……彼らがいることによる諸々の影響も、決して悪い物ばかりでもありませんし」

「えぇ、まったくですわ。フェルペンスなど、異邦人の方が来て以降、より高クオリティの品が市場に流れるようになり、負けず嫌いの職人たちが燃え上がって生産能力が大幅に底上げされましたわ」

「我がロレール高地でも、その傾向はありますわね。ロレール高地を拠点にする異邦人の方々は、特に食に並々ならぬこだわりを持つようで、我々では思いつかないような料理も出回るようになりましたわ」

「それでしたら、なんでしたかしら……はんばーがー、でしたかしら。異邦人の方々のように、大口を開けてかぶりつくようなはしたないマネはできませんが、それでもあの濃厚な味付けはやみつきになりますわね」

 とまぁ、意外と好印象を抱いている面もある様子だった。

 ハンバーガーの存在については、王都でそれを広めたプレイヤーがいるようで、主に食通の貴族たちを中心に、幅広い層に新しい食文化としてゲーム内世界に広まりつつある様子がうかがい知れた。

「私の、モルガニアガーデンにおいても薬師を目指す異邦人の方々がいっぱい来てくださいまして。そうそう、今までは地方の中でも大自然の奥地や秘境に行かないと取れないような素材すらも出回るようになり、モルガニアガーデンの主産業であるポーション類の品質もかなり向上してきておりますわ」

「まぁ、それは素敵ですわね。ポーションの品質の向上は、国力にも直結する部分がありますからね。王室の方々もきっとお慶びになりますわね」

「えぇ。お父様も、国王陛下から大きな期待を寄せられていると、毎日舞い喜ぶような勢いでいらっしゃいます」

 と、こんな感じで異邦人関連の話も最初はよくなさそうな流れに向かいそうだったが、直にその影響力の高さや方向性においては、むしろかなりの評価を得ていることがここでわかった。

「そういえば、お父様といえばハンナ様。ハンナ様に対して、お父様から感謝のお言葉をお預かりしていたのをすっかり忘れておりましたわ。申し訳ございません」

「へ? 私に、でしょうか」

 一体なんだろうか、と首を傾げていると。

「はい。我が家の宿願であった、古代の錬金術。その復活の方法を、ハンナ様以下、複数の方々の研究により解明されたとミリスさんから聞いております。その節は、本当にありがとうございました」

 あぁ、あれね。

 結果的にミリスさんの宿願をかなえる形になったけど、私としてはアスミさんの手伝い、というイメージの方が強かったんだよねぇ。

 それに、ひらめきと、後は勘に頼っていた部分が大きかった。ようは、成功したのは運がよかっただけだったりする。

 ここまで感謝されると、むしろちょっと困惑してしまうまであるから、さっさと話題を替えさせてもらおうかな。

「お気になさらないでください。たまたま試した方法がうまく行っただけなのですから」

「それでも、長年の謎を解き明かしていただいたことは間違いありませんから。一族を代表して、改めてお礼申し上げます。何か私共に手伝えることがあったら、お申し付けくださいませ」

 おっと?

 これは早くも、あのことについて話をする機会に恵まれたかな。

「ドリスさん……。それなら、早速ですがドリスさんに、というかモルガン家に一つお願いしたいことがあるのですが、いいでしょうか」

「はい。早速ですが、お伺いいたします」

 私は、先日ルルキアの丘に探索しに行ったこと。そこで、バフ効果の薬効を秘めた薬草を見つけたこと。毎度ルルキアの丘に探索しに行くのも面倒なので栽培しようと思ったら、ミリスさんに問題点を示されたことなど、薬草の研究をし始めていることと、そこに至るまでの敬意をドリスさんに説明した。

 すると、ドリスさん達は――なぜか、顔色をさぁっと悪くして、口をパクパクさせ始めた。

 なんならMTLゲージが一気にレッドゾーンに突入するほどのダメージを与えてしまったようだ。

「は……ハンナ様、よくあのような危険地帯に足を踏み入れてご無事に生還なさいましたね……」

「危険地帯?」

 お茶会に参加していた私と主催者のドリスさんを除く二名、そのうちの一人が私の身を案ずるかのようにそう言ってくる。

 この人は、ドリスさんと同じ伯爵家で、フェルペンスの領主であるフェルペナード伯爵家の令嬢だ。

「そうですわ。ルルキアの丘といえば、数多のモンスター達が拠点を構える、王都近郊でも冒険者でなければ足を踏み入れることができない危険地帯。そのような場所に足を踏み入れるなど、とても私達にはできませんもの……」

「私は、領都にほどなく近い地域にある魔物たちの拠点ならば、一人でも対応はできますが……さすがに、ルルキアの丘は一人では対処できませんわね。その辺りは、さすがは異邦人、といったところなのでしょうか」

 フェルペナード伯爵令嬢に続き、今度はロレーリン侯爵令嬢がそのように続けてくる。

 ロレーリン侯爵令嬢といえば、サイファさんが自身のことのように自慢していた姪だと記憶している。

 サイファさんが太鼓判を押すだけあって、なかなかに武闘派の令嬢のようだ。

「ちなみに、レベルをお伺いしてもよろしいでしょうか。クラスレベルではなく、あなた様ご自身のレベルです」

「私のレベルですか。それでしたら……レベル49ですね」

 私が自身のレベルを言うと、私以外の令嬢たちは皆驚いたような顔をして私の顔を眺めてくる。

 聞いてきた張本人の、ロレーリン侯爵令嬢は、

「レベル49……もうそのようなレベルになっていらしたのですね。やはり、異邦人の方はレベルが高くなりやすいのでしょうか……」

 と考え込むようにそう言った。

「私達はモンスター達と戦うような機会になかなか恵まれないから、仕方ないのかもしれませんわね。私も、器用さを高めるためならモンスターを倒した方が効率がいいのはわかっているのですけれど……さすがにまねできそうにはありませんわ」

 その辺は、やはり仕方がない部分もあるかもしれないけれど。

 基本的に、NPCは与えられたその役割に応じて、レベルアップ時の成長力にかなりのばらつきがあるというのが私が感じた印象だ。

 この令嬢たちがどのような役割を与えられているのかまではまだ把握しきれていないけれど、ロレーリン侯爵令嬢以外は確実に戦闘が絡むような役割を与えられているわけではないのは見てすぐにわかる。

 さすがにそれでモンスター達と戦ってみろというのは無謀に過ぎるだろう。

「そのあたりはやはり、戦闘が得意な方に護衛してもらって、パワーレベリングをしてもらうのが一番かと思います」

「パワーレベリング……ですか」

「はい。まぁ、簡単に言えば……自信よりも戦闘慣れした人に着いて行って、経験値のおこぼれをもらうやり方と言いますか……」

「まぁ。そんなのズルすぎますわ」

「確かにそうかもしれませんが……単純にレベルを上げたいだけなら、効率という面ではこれ以上はない方法です」

「確かに、パワーレベリングはモンスター達との戦いから縁遠い令嬢や淑女たちのレベルを上げるには最適の手段かもしれませんね」

 ロレーリン侯爵令嬢は、さすがにある程度の理解力はあるみたいだ。

 まぁ、それを受け入れるかどうかはもう彼女たち次第なので、私の知ったことではないけど。

「それで、ドリス様。話を戻しますが、そのルルキアの丘で取れる薬草類の生育方法の研究なのですけれど。我がヴェグガナルデ家でも、自領を拠点とする薬師の今後のために、研究を始めようと動いている最中なのですが、もしよければモルガン家との共同研究というのはいかがでしょうか」

「そう、ですわね……」

 ドリスさんは、真剣に考えこんでいる。

「ハンナ様。薬草類の研究に関しては、モルガン家の権益を損なう可能性があることについては、考えているのでしょうか」

「はい。考えております。むしろ、だからこその共同研究なのです」

「なるほど……聞けば、ハンナ様も薬師として動いているとのことでしたし……その腕前は、かなりのものと聞き及んでいますから、いずれは独自に着手することになっていたでしょうね」

「いえ、むしろ今がまさにその時、ともいえるでしょう」

 ドリスさんが考えている間に、フェルペナード伯爵令嬢とロレーリン侯爵令嬢が予想していた点について早くも問いただしてきた。

 が、こちらとしてもそのあたりは考えていたことであり、それを少しでも和らげるための話なのだと言ったら、二人は納得したように頷き、ドリスさんが結論を出すのを見守り始めた。

 結論を出すこと数分。その間に、ドリスさんのMTLは徐々に削れて行き、やがてそれが尽きるころになると、ようやっと決心したかのように顔を上げた。

「確かに、それは悪くはない話だとは思います。……むしろ、モルガン家に黙って研究をされていた方が問題だったと思いますわ」

「ということは……」

「はい。条件次第では、その話を受け容れましょう」

「条件、というと……」

「先ほどの、パワーレベリングの話ですわ。話にも上がりましたように、私達貴族令嬢は、基本的に戦いからは縁遠い身なのです。私も例外ではなく、未だにレベル25なのです」

「そう、なのですか……」

「はい。女当主が少ない理由でもあるのですけれど……このままでは、次期当主としても立つ瀬がありません。ですから、ハンナ様には今後、私のレベル上げに付き合っていただきたいのです」

「はい? えっと、まぁ……いいです、けど……」

 思ったのとは違う条件が来たなぁ。

 交換条件として私が考えたのは、アスミさんの所属をモルガン家に、とかそういうような感じのことを言われるとばかり思ってたんだけど……まさか、パワーレベリングを所望されるとは思ってもいなかったなぁ。

「では、ぜひともお願いいたします」

「わかりました。詳細は後日、話し合うことにしましょう。私もしばらくは王都を拠点にしてにいると思いますので、都合がいいときに王都邸にお越しください」

「ありがとうございます!」

 ふう……ドリスさんのMTLが若干だけど回復した。

 これで、茶会失敗は免れた。

 いやぁ、チャンスだと思ったけれどなかなかに際どかったなぁ。


 それからは当たり障りない話が続き、気づいたらお茶会は誰のMTLも0になることなく終了の時間となった。

「さて、お時間もだいぶたってしまいましたし、今日はこの辺りでお茶会を終わりたいと思いますが、皆様はいかがでしょうか」

「えぇ。私も賛成ですわ」

「私もです。久々に皆様といろいろお話ができて、楽しかったですわ」

「私も、これが初めてのお茶会でしたけど、楽しくお話しできたと思います。また、どなたかお誘いいただければと思います」

「えぇ、きっと、機会があればご招待させていただきますわ。……では、本日はご招待いただきまして、大変ありがとうございました」

 ロレーリン侯爵令嬢を筆頭に、全員でドリスさんに挨拶をする。

 ドリスさんもまた、挨拶をして、私達は順番にいつの間にか迎えに来ていた馬車に乗って、それぞれの家の屋敷へと帰路につくのであった。

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