91.いきなりアウェー


 案内された先にあった、屋敷の庭園を一望できるテラス。

 遠目に見える、ドリス・モルガンさんと思われる、私とはまた違う意匠のドレスを纏った少女に目をやった瞬間、


 ――社交バトルが開かれる領域へと侵入しました。

 ――あなたは今回が初めての社交バトルへの参加となるため、チュートリアル戦となります。

 ――これより、社交バトルのチュートリアルを開始します。


 突如、そうシステムアナウンスが流れると同時に、目の前にウインドウが表示される。

 それは、ファルティアオンラインを始めた初日に見ていこう、久しく目にしていなかったチュートリアルのウインドウだ。

 エレノーラさん達と今回のお茶会に向けて連日練習してきたとはいえ、ぶっつけ本番になると思っていた私にとって、これは降って湧いたような話だった。

『チュートリアルEX:社交バトルで勝つためには

 あなたのこれまでの活躍により、あなたは社交界に出入りすることができるようになりました。これに伴い、社交バトルが解禁されます』

『社交バトルでは通常の戦闘と同じように戦闘相手として現れたNPCと戦い、勝利することでPC経験値とクラス経験値、社交界に関連したスキルの経験値を入手することができます。また、参加した社交界イベントでの戦績によっては報酬がもらえるなどの副次的な特典もあります。招待されたり、自ら開いた際には良い戦績となるように頑張りましょう』

 ふむふむ……ゲームの一番最初で受けたチュートリアルと同じように、特殊なサーバに飛ばされて、表示されたチュートリアルの文章を読み終わるまでは、一時的にすべてのNPC達が待機状態になる仕組みみたいだね。

 これは助かる。ゆっくりと考える時間ができたわけだしね。

 肝心の内容だけど、これまでにもスキルや装備品などで散々出てきた『社交バトル』という文言、実際にそのシステムの概説を見る限りでは、確かに戦闘行為の一環、という位置づけに置かれているみたいだ。

 ただ、

『社交界バトルで戦闘相手として対峙したNPCとは、もちろん通常の戦闘と同じような方法で戦うわけではありません。社交の場で戦うのですから、武器はあなた自身の身振り手振りや言葉となり、身を守る盾となるのも同じくあなたの話術が中心となります』

 と続いているように、ただ体を張って殴り合いをするんじゃなくて、言葉と言葉の応酬で相手を精神的にKOさせる、という精神戦がメインになるという感じだ。

 これはまた、私の苦手分野が来たなぁ。

『社交バトルでは、通常の戦闘で重要となるほとんどの能力値は直接的にかかわらなくなります。最も関係するのはTLK値とMND値の二つとなります。VTについても、社交バトルでのVTともいえるMTL《メンタル》値に一時的に置き換えられます。VTと同じく、MTLがなくなると社交バトルで敗北扱いとなりますので注意しましょう。なお、MTL値はTLKとMNDの合計値によって決定されます』

 うわっ、マジで!?

 急いでVTゲージを確認してみる。

 確かにVTゲージはなくなっており、代わりに明るい紫色のゲージが出現していた。

 ご丁寧にMTLと書かれていて、通常時とは異なることが明確に示されている。

 現在のMTL値は、もちろん満タン。数値的には、2055ポイントとなっている。

 これがどれくらいなのかは、実際にこの後社交バトルをしてみないとわからない。

 なんにせよ、今は久しぶりのチュートリアル中なので、先に進めないとだ。

『なお、社交バトルでは必ずしも相手のMTLを0にすることが勝利条件とは限りません。ほとんどの場合においては、自身のMTLゲージを0にしなければ成功となり、自身のMTLゲージの残りと、相手に与えたMTLダメージに応じた経験値を獲得できます。ごくまれに相手のMTLゲージを0にするなど、特殊な条件が求められることがありますので、条件はしっかり確認するようにしましょう』

 チュートリアルのメッセージウインドウは、その文章で途切れた。

 う~ん、そっかあ。ただ相手のMTLを0にすることだけが大事なんじゃなくて、いかに相手のMTLをも維持するか――つまり、社交の場を乱さずにいられるのか、というのもかなり重要になってくるわけかぁ。

 結構気を遣いそうだなぁ。

 チュートリアルメッセージは途切れたが、ボタンが『次へ』だったのでこれでチュートリアルが終わりというわけではなく、案内途中で待機状態だったNPCも動き出したことから、続きは茶会会場についてから、ということなんだろう。

「ドリスお嬢様。ヴェグガナルデ公爵令嬢が到着なさいましたので、ご案内してまいりました」

 メイドさんがそう言うと、すでに私達の存在に気づいており、しかしあえて無言を貫いていたドリスさんらしき人が私に視線を合わせてくる。

 そのタイミングで、システムアナウンスが再度流れる。

 ――社交バトル:対戦相手 ドリス・モルガン Lv.25他2名

 ――成功条件:MTL1以上を最後まで維持し、茶会を成功させろ

 ――敗北条件:誰かのMTLが0になり、茶会が中断する

 なるほどね。さっきのメッセージ通り、面倒くさそうな条件が早速きたわけだ。

 第一目標としては私自身も含めた全員のMTLを気にしつつ、話をしていかないといけないわけだ。

 とりあえず、そのまま突っ立っているだけというのも問題なので、私はその場で自己挨拶をした。

「お初にお目にかかります。ヴェグガナルデ公爵家が長女、Mtn.ハンナです。本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます」

「……………………」

 私が、ここ一か月間の間ずっと練習し続けていたカーテシーでしっかりと礼までしてみると、ドリスさんはほぅ、とこちらを見たまま固まってしまった。

 ――あ、なんかダメージが入った演出が入った。しかもドリスさんの頭上に表示されたゲージがそれなりに減少した。

 なんだこれ、身振り手振りや言葉が武器になるってさっき出てたけど、本当にカーテシーしただけでMTLを削れるんか!

『おめでとうございます。直前の何らかの行動が相手の心に響き、MTLを減少させることに成功しました。このように、社交バトルでは様々な行動がバトルしている相手のMTLに影響を与えます』

 何が原因で相手のMTLを削れたのかは教えてはくれないらしい。

 しかし、確かに普通のバトルとは趣が大きく異なるのは今の一瞬だけでもよくわかった。

 そして一つだけ断言できることがあるとすれば、社交バトルというのはかなり入れ込んだロールプレイをしている人向けのシステムだということだろうか。

 それは新たに表示されたチュートリアルウインドウの、続きのメッセージを読んで思ったことだった。

『ただし、今回はうまく相手のMTLを減らすことができましたが、相手に反論の口実を与えるなど、付け入るスキを与えてしまうとカウンターを受けてしまい、こちらのMTLを減らされたり、カウンターをしてきた相手自身のMTLを回復されてしまったりとよくない結果となってしまうこともあります。社交バトルの際には一挙一動に注意し、よく言葉を選んで話すようにしましょう』

 つまり、私で言えば、良くも悪くも『ヴェグガナルデ公爵令嬢』というキャラにいかになり切れているかによって、だいぶ社交バトルの難易度が変わってくるということに直結してくる、ということだろう。

 なんかこれ、本当に面倒くさくないかな。私がロールプレイしない派って言うのもあるのかもしれないけど、明らかにプレイヤーのタイプを選ぶ要素だよね。

 まぁ、これも用意されているゲーム性の一つっていうわけだから、別にゲーム全体が悪いというわけではないんだけど。

 人によってはバッチリはまり込んで、癖になる人もいるんだろうけど……私には、やっぱり不向きかな。この社交バトルって。

 ユニーククラス的に、向き合わないといけない要素だっていうのはわかるんだけど。

 視線の先では、ドリスさんがやっとこさ復帰したのか、ハッとした表情で取り繕うかのように言葉を発し始めた。

「え、えぇ。こちらこそ、本日は来ていただいてありがとうございます。まだ他にお呼びいたしました皆様がご到着しておりませんので、皆様がご到着になるまで、お席にてお待ちくださいませ」

「えぇ、ありがとうございます、モルガン伯爵令嬢」

「ドリスで大丈夫ですよ。ヴェグガナルデ公爵令嬢」

「でしたら、私もハンナで大丈夫です、ドリスさん」

「ありがとうございます、ハンナ様」

 私が様付で呼ばれたのに対し、私はドリスさんのことをあえてさん付けで呼んだのは、サイファさんからの指導によるもの。

 ゲームの舞台であるこの世界では、基本的に貴族同士でも上下関係がはっきりとしている。

 だから、所有している爵位や実家、あるいは婚族の爵位が上の相手には敬意を示して呼ばないといけないし、逆に相手よりも自分が上の立場なら、どれほど親しくても敬うようなことはしてはいけないらしい。

 じゃないと周囲に示しがつかないとか、体面的な問題があるとか、まぁなんとも面倒そうな暗黙の了解があるんだとか。

 何はともあれ、出だしは好調のようだ。

 それからほどなくして、他にも招待されたらしい貴族令嬢のNPC達が、一名ずつテラスへとやってきては主催者であるドリスさんに挨拶をしていく。

 私以外の人達は、ドリスさんと同等の伯爵令嬢か、あるいは一つ上の侯爵令嬢。

 いずれも、私に対しては様付だが、私からは様付はせずにさん付けで呼ぶべき相手だ。

 そうして、お茶会に呼ばれたらしいメンバーが全員揃うと、改めてドリスさんが挨拶をして、茶会のスタートを宣言した。


「それでは皆様、お待たせいたしました。人もそろいましたので、そろそろお茶会を始めさせていただきますね。本日はご足労いただきまして、誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそこの度のモルガン家主催のお茶会にご招待いただきましてありがとうございます、ドリスさん」

「ここにいる皆様のほとんどは、サマーバケーションに入る前に、一度学園の寮のサロンでお話をして以来ですわね」

「そうですわね。Mtn.ハンナ様を除きましては、そうなりますわね」

「わたくし、未だに信じられませんわ。あのお淑やかで貴族令嬢の鑑だったエリリアーナ様がお亡くなりになられたなんて」

 おぅ、皆私を胡乱げな顔をして見つめてくるね……。

「でも、雰囲気からしてどこか違うのですよね……」

「えぇ。エリィ様は、普段は規律を重んじるあまり厳格な部分はあったものの、基本的には選民思想もなく、どなたにもやさしく接していた方でしたが……どちらかといえば、やはり貴族令嬢らしい方でしたから」

「私は、今の……Mtn.ハンナ様も、噂を聞く限りではいいお方だとは思うのですが……その、どう接したらいいのかいまいちわかりかねますわ……」

 う~ん、ここにいるみんなが私のことをどう見ているのか、いまいちよくわからないけれど、どことなくアウェイな感じがするのは気のせいかな。

 じわじわとMTLも減り始めてきているし……何か反論はすべきなんだろうけど……。

 でも、うかつに話に入り込むのも藪蛇な気がするし……どうしよ。

 私がどう答えようかと悩んでいると、不意にパンッ、と音が鳴る。

 なんだと音が鳴った方を見れば、ドリスさんが柏手を打って傾注を促したようだ。

「皆様、エリリアーナ様や今のMtn.ハンナ様には思うところがおありでしょうが、エリリアーナ様のことについては起きてしまったことなので考えても栓無き事。話に聞く限り、エリリアーナ様とMtn.ハンナ様は姿かたちは同じであれど、中身は全くの別人なのですから、議論を交わすなどはしたないと私は思いますの。皆様はどう思われますか?」

 ドリスさんの言葉に、私を除く貴族令嬢のみんながハッとしたように私の方を見て、申し訳なさそうな顔を向けてくる。

 ――同時に、7割ほどまで減っていた私のMTLも、急速に回復して満タンになった。

 どうやら、ドリスさんがフォローしてくれたようで、私以外の貴族令嬢たちにMTLダメージを与えつつ、私のMTLを回復してくれたようだ。

「ドリスさん……ありがとうございます。……、ドリスさんが話された通り、私はエリリアーナ様ではありません。また、エリリアーナ様のことも、まだほとんどわかりません。ですが、ここにいる皆とは今後良い関係でありたいと思います。まだこちらの世界に来始めて間もなく、貴族社会にも慣れてはいませんが、よろしくお願いいたします」

 ドリスさんが私に対する批評を止めてくれたので、私もそれに乗る感じで、エリリアーナさんという元居た人物ではなく、今の『私』を見てほしいのだということを相手に伝える。

 ちょっと余裕がなくなってたから、貴族令嬢らしさとかを考える間もなく、ただ丁寧語で離しただけだったけど……。

 どうやら、私が言った言葉自体は、皆の心に響いてくれたらしく、MTLゲージをさらに減らすことに成功したようだ。

「そう……そう、ですわよね」

「私ったら、なんでそんな当たり前のことを……。エリリアーナ様とMtn.ハンナ様は別人だと、わかっていたはずですのに……」

「Mtn.ハンナ様、エリリアーナ様と比べるようなことをしてしまい、申し訳ありませんわ。お詫び申し上げますわ」

 ほ……切り抜けることにも成功したみたい。

 これで、やっと落ち着いて茶会に臨めるようになった感じかな。

 とはいっても……お茶会が始まって早々にこれじゃあ、先が思いやられるなぁ。

 チュートリアルだからとタカをくくっていたけれど、これはチュートリアルでももしかしたら敗北――つまりMTL全損もあり得るかもなぁ。

 これ以上は後れを取ってなるものか、と私は内心気合いを入れなおし、次の話題に移り始めた令嬢たちの話に耳を傾けた。

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