89.新従者NPC参入のお知らせと王都へ拠点移動、再び
執務室に入ると、エレノーラさんは書類の山と絶賛格闘中のようだった。
「……あぁ、来たのね。ごめんなさい、少々故あって、先に終わられられることを終わらせておこうかと考えていたところなのよ」
「はぁ……」
尋常じゃないくらいの書類の量に圧倒されていた私だったが、ひとまずはその言葉に納得しておくことにした。
しかしなんだろう、いろいろあって、の『いろいろ』の部分は。
「オリバーから話が来てね。そろそろ課題について終わる見込みが出てきたそうだから、王都に行く支度をし始めているところなの。これもその一環ね」
「えっと……そうなると、エレノーラさんも王都に向かうんですか?」
「そうなるわね……。一応、少し経ったらまた戻ってくる予定で入るけれど」
「そうなんですか」
まぁ、何をしてくるのかはわからないけれど、私には頑張ってください、としか言えない。
そう思って、口を開こうとしたところで、
「関係ないって顔をしているけれど、もちろん今回はあなたにも王都について来てもらわないと困るわ」
「え?」
そう言われて、思わずキョトンとしてしまう。
私もエレノーラさん達に着いて行くの?
「何か意味があるんでしょうか、それ」
「大アリね。そろそろあなたにも冬の社交シーズンに開かれるデビュタントに向けて、本格的に動き出してもらわないと困る時期だもの」
あぁ……デビュタントか……。
ついにそれに向けた動きも始まるわけか。
今回のお茶会の話も急に降って湧いたように感じたけれど、それならこれに関してもその一環なのかもしれない。
ただ……そうなると気がかりなのは、お店のことや例の薬草のことに関してだ。
せっかく動き出したころなのに、これでは少しやりづらくなってしまうのではないかとちょっとだけ不安があった。
ただ、エレノーラさんはこれに関しては私だからこそ大丈夫だろうと踏んでいたようだけど。
「あなたにはふぁすととらべるという異邦人特有の移動手段でいつでも王都とここを行き来できるみたいだし、別に拠点を王都に移しても問題はないと判断したのだけれど……問題あるかしら」
「………………いえ、特にはないです」
ファストトラベルのこともしっかり考慮された上での話だった
確かに私達プレイヤーはファストトラベルで訪れたことがあるランドマークのある場所へは自由に行き来することができるし、何ならこの前の公式イベントが終わって以降は王都を含む主要都市ならば行ったことがなくてもファストトラベルできるようになっている。
つまり、王都とヴェグガナークが離れているから、店の運営に支障が出そうだとか、例の薬草のことに関してとか、そういうのはまったく理由にならない。
それどころか、
「そうそう。あなたが雇用した人達だけれど、ヴェグガナークに到着したらとりあえずあなたの下に付けようと思っているの。あなたが主導でやることなのだから、当然それが一番のはずよね」
「うぇ!?」
ちょっと、そこまでは想定外だったんだけど!?
いや、別に悪い意味でとかそういうんじゃないし、薬草のことに関しては私主導にされてもおかしくはない話というか、エレノーラさん自身が『自分は手伝うだけ』という意向をすでに示しているから想定していた通りなんだけど……。
もしかしてこれ、【側近召喚】スキルのテイム枠に3人追加される?
うわぁ……本当にうわぁ、だ。
しかもこれ、私のテイム枠に加わるって言うことはさ……。
「彼らに余力があれば、他のことでもやらせたいことがあったら任せてみなさい。あなたも少しは上に立つ者としての心構えを覚え始めないとね」
うん、本当に新しい従者NPCが増えることが確定してしまった。
しかも地味~に欲しい人材なのがまた憎めない。勝手にテイム枠を潰されたことは業腹ものだけど、公爵家お抱えの庭師さんに作業の合間に温室を見てもらうのにもそろそろ限界がき始めていた頃だったし、手伝ってくれる人は欲しかったところなのだ。
本当に欲しいときに欲しい人材が来てくれるよね、クラスシナリオって。
そういう仕組みなのかな、それとも。
「ハンナちゃんへの話は以上になるわね。私とオリバーの出発は明日になるけれど、ハンナちゃんはどうするのかしら?」
「どうする、といいますと?」
「私達に着いて来るのか、来ないのかよ。私はどちらでも構わないわ、あなた達なりの予定という者もあるでしょうし、ふぁすととらべるで王都にも一瞬で行くことができるのでしょう?」
「まぁ、そうですが……」
「なら、明日からの数日は令嬢教育の中休みのようなものと思えばいいわ。私達が王都に着いたら、また付き合ってもらうけれどね」
「わかりました。それじゃあ、その間は自由にさせてもらいます」
「えぇ。サイファさんにもそのように伝えておくわね。まぁ、普段の令嬢教育は通常通り行ってもらうようにも伝えておくけど」
あぁ、そっちはそっちで別問題か……。
それからエレノーラさんは、鈴の方へと視線を移した。
そう言えば鈴にも話があるって言ってたよね。
鈴には何の話があるんだろ。
「後は、鈴さんも呼んだ理由なのだけれど、これは二人に今の話に伴う意思確認をしておきたくてね」
「意思確認……ですか」
「えぇ。王都に店を移転させるのか、それとも今後もヴェグガナークで店を継続をしていくのか、の意思確認よ」
う~ん、確かにその意思確認は必要かもしれないけど……今さっきエレノーラさんが話に持ち出してきたように、ファストトラベルのことを使えば別に移転なんてしなくても問題はないと思うんだよね。
「ふぁすととらべるを使えば、別にどこに店を構えようと問題はないとは思うけれど……それは客のターゲットを異邦人達に限定した場合。私達、この世界の住民にはそんなの基本的には使えませんからね。必然的に、近い場所にある薬屋を頼ることになるわ。私達貴族の場合も、お抱えの薬師はいないでもないけれど、非常時の場合にはやはり、街中にある薬屋にはお世話になるものだし……」
「つまり、この世界の人向けにもポーションとかを展開するなら……」
「この機会に、王都に移転するのもありといえばあり、ということですか……」
「そういうこと。あなた達のお店の場合は異邦人の人達に対する売り上げの方が割合としては多いから、考えるまでもないかもしれないけれど、移転する考えがあるなら今のうちに、と思ってこのタイミングで話をさせてもらったわ」
ん~、まぁ確かに売り上げで言えばプレイヤー達からの収入の方が割合としては上みたいだし、その点では考えるまでもない、かな。
鈴の方を見てみても、やはり私と同じ意見のよう。
「お店に関しては、ヴェグガナークのままでいいかなって思います」
「変に移転して、皆を困らせるのもそれはそれでちょっと迷惑だと思いますし」
「そう。わかったわ。それじゃあ、お話は以上よ。あなた達からなにもなければ出て行って構わないわ」
「わかりました」
私達はエレノーラさんに挨拶をして、その場を後にした。
退室後、私達は図書室へと戻ることにした。
鈴はやや早歩き気味だ。
少しでも早く【博識】を覚えて課題を達成したいということらしく、いやに張り切っていたしね。
――でも気になるのは、いつの間に【知見】スキルに到達したのかという点についてだ。
あれだけさんざん派生条件に悩んだ【知見】だったのに、気づいたらもう【博識】への派生直前まで来ていただなんて。
一体どんな裏技を使ったんだか。
「裏技なんかじゃないよ。ただ、スキル名が示している通り【知見】を広めたり深めたりしただけ」
「どゆこと?」
「つまりね。【言語】スキル使って、ゲーム内で本を読むこと。それに加えて、呼んだ本の内容に合致するような行動をとったり、関連する情報を別ルートで取得したりすること。それを繰り返すことで、【知見】スキルへの派生条件は初めて整うみたい」
「へぇ~……」
鈴が言ったように、本当に【知見】を広めたり深めたりしないといけないスキルだったんだねぇ。
「私の場合、ある程度本が読めるようになってからは、【調合】関連の本を重点的に読むようにしていたのが一つの鍵になったのかも」
「あぁ、それは確かに近道になりそう」
「あとは、【歩く】スキルを習得したこともあるかもね。おかげで薬草類の知見を深めている、あるいは広めていると判定されたのもあったみたい」
なるほどねぇ。
とにもかくにも、それらの行動が積み重なってノルマが達成されて、【知見】スキルがゲットできた、と。
でも、それでもう【博識】スキルに行くというのはいくらなんでも早すぎる気がするんだけどなぁ。
「【知見】そのものの成長条件に付いては、多分ハンナが一番よくわかると思う。【知見】の派生先の、【博識】スキルを一足先に使ってるわけだし」
「あ~……あ、なるほどね。納得したわ」
【博識】スキルそのものは、本などを読んだり探索したりして知識を蓄えたり、蓄えた知識を使うことで成長していく。まぁ、要はいろいろな行動によってちりつも形式で成長していくのが【博識】スキル。
その前身である【知見】スキルにも当然同じことが言えるわけで、公式イベント中にもあれこれあわただしく動き回ったことで急速に成長していったということのようだ。
毎日のお店の運営でもそれは言えることで、特に何百というポーションを一挙に調合することは、【知見】スキルの段階ではかなりの経験値の取得源となっていたようだ。
「まぁ、そういうわけだから、私ももう少ししたら課題、達成できる見込みだから。そうしたら、ゲーム内で軽くお祝いしよう」
「うん!」
さてさて、それじゃあ私も【博識】スキルのレベルを上げるために、どんどん本を読んでいきますかね~。
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