84.樹枝六花のクラスアップミッション


 翌日は鈴が数日振りに一日フリーとなったため、久しぶりに配信も何も絡まない、プライベートでのログインを二人ですることになった。

 私は今日から一週間、ずっと令嬢教育をすることになったのだけれど、連日行うこともあって逆に詰め込み過ぎもよくないということで、一日当たりの令嬢教育の時間は数時間程度に抑えられることになった。

 それに、内容もどちらかといえば実践編に近く、エレノーラさんと一緒に実際のお茶会形式で行う感じだった。

 感想は……うん、適当に世間話をしながらお茶を飲んだり、お菓子食べたりしただけだった。ちなみにお茶菓子はやっぱり甘くておいしかった。それにレアドロ率アップとかエウレカ効果とか、貴重なアイテムががっぽり稼げそうな長時間バフがてんこ盛り。

 料理系のスキルを育てている人ならこういうバフもつけられるんだろうけど、あいにくと私は専門外。

 よって、こういう料理系アイテムを食べることができる機会が地味に増えたとあって、ユニーククラスと真面目に向き合う理由がまた一つ、出来上がってしまった感じだ。

 午後になって、冒険に出かけるために合流した鈴からうらやましがられてしまった。

「むぅ……ハンナだけずるい……」

「そう言われると思いまして……こちら。ハンナ様やエレノーラ様にお出ししたものと同じお茶菓子をご用意させていただいております」

「ミリスさん、さすが」

「いえ。これも仕事の内ですから」

 とりま、鈴が今日の令嬢教育の時に私が食べたのと同じお菓子をもぐもぐ食べるのを横目に見ながら、私はティーテーブルの椅子に座って何か資料を読み進めているサイファさんに話しかける。

「サイファさん、それは何の資料なんですか?」

「ここ最近のモルガン家の様子について取りまとめたものになります。ミリスさんは家を離れてそれなりに時間が経っているようですし、文通などで内情はある程度把握しているようですが、客観的な資料は多い方がよいかと思いまして」

「えっと……」

 鈴と二人、その意図が読めずにミリスさんに視線を送る。

 ミリスさんは、仕方がないですね、と言いたそうな顔になって、その意味を説明してくれた。

「ドリスさんが開かれるお茶会に赴かれるのでしょう? でしたら、お茶会の際にお嬢様からお話を振ったり、逆にモルガン家絡みの情報からお嬢様に関係する話へと転換させたりと、相手の家のことを調べるだけでもお茶会での立ち回りが変わって来るものです。サイファ様がせっかくご用意してくださったのですから、有効活用されるのがよろしいかと存じ上げます」

「なるほどねぇ」

 要約すると、あらかじめヒントを渡しておくから、実際のドリスさんとのお茶会では可能な限り最善と思われるお話をして来い、ということかな。

 かなり難題吹っ掛けてくるよね。

「実際のところ、どうなのでしょう」

「そうですね。ミリスさんに先日頂いた情報と照らし合わせても、それほど違いはなさそうです。しいて言うなら、やはり私は完全に外部の者ですからね。ミリスさんほど詳しい情報は、集めることができていない、というのが実情です」

「それって、意味あるの?」

 今度は鈴の質問。

 サイファさんがせっかく集めた情報も、ミリスさんが持っている情報よりも詳しくないのならば、はっきりいて徒労に終わったんじゃないか、というその質問の意図は、私でも推し測ることができた。

「あるなし、という意味では十分にあります。やはり、こうした情報はいくつかの視点から吟味した方が確度が上がりますからね」

「……そういうものなんだ」

「そういうものなのです。誤った情報を基に話を繰り広げようとしても、恥をさらすだけになってしまいますからね。可能であれば、持っている情報の信頼性は最大限に引き上げておきたいものです」

「ふぅん……」

 なんとなく心当たりがあるのか、鈴は思案顔になりながら残っているお菓子にフォークを突き刺し、一口に食べきってしまった。

 アイドルということで実際にそういう裏事情にももしかしたら触れたことがあったのかもしれない。

 私もゲームのこととはいえ、今後は自分でもそう言うことができるようにならないといけないのかな、と心の中でちょっぴり不安になりながらも、本日のフィールド探索の準備に取り掛かるのであった。


 さて、場所は変わって王都フェア・ル・ティエール。ゲームの舞台となっているフェアルターレ王国の中心地にやってきた私達は、本日ここの冒険者ギルドで樹枝六花と待ち合わせをしていた。

 ちなみに、私達はファストトラベル先として王都内のランドマークを登録してあるから王都ではお世話になっていないものの、実は公式イベントの最中にあった、未登録の地方都市(=スタート地点候補)へとファストトラベルできる特殊ランドマークが、何気にまだ残ったままになっている。

 これは公式イベントが終了する際にそのまま撤去される予定だったらしいのだが、イベント終了の翌日になって復活を果たした。

 理由は、街道場には最弱クラスのモンスターしか出てこないとはいえ、時間をかけずに他の地方へと簡単に移動できる手段がなくなってしまうのはもったいないという声が大きかったかららしい。

 まぁ、さもありなん、といったところだよね。

 一度便利なものの味を占めてしまったら、それに縋りたくなるのが人の性っていうものだし。

 私自身、なんだかんだでイベント期間中にランドマーク登録できた地方都市は、王都以外ではイベントボスと戦ったレクィアスくらいのものだし。

 他の地方に楽に行けるようになるのであれば、それ以上にありがたいことは今は考えられない。

「んで、今日は樹枝六花の方から用事って、なにかな」

「うん、実はクラスアップミッションに付き合ってほしいんだよね。イベントが終わったことだし、そろそろメインクラスも次の上位クラスに上がっていこうか、っていう話になっててさ」

「クラスアップかぁ……」

 私が知っている範囲でのクラスアップというと、調合師系のクラスアップミッションくらいしかない。

 とはいえ、すでにクラスアップ要件を満たしていたので自動的に達成扱いになってしまって、私自身よくわからないんだけどね。知り得る限りだと、多分特定のポーションを完成させたりとか、どんな形であれ自分の店舗を持ったりとか、そういった感じの内容であるのは確かだろう。

 まぁ、ランクアップやクラスアップをするにつれて、その系統のクラスとしての立場を確立させていくような感じになるのは間違いないのかもしれない。

「んで、クラスアップミッションの手伝いをしてほしい、と。まぁ、今は午後なら問題なく空いてるから大丈夫だけど」

「ほんと!? よかったぁ。実は今回のクラスアップはさぁ、これまでにない感じのだったんだよね。掲示板見ても、他の人達も似たようなのが来てたから、こんな感じなのかな、って納得はしてるんだけどね」

「どんな感じだったの?」

 チャレンジの内容を聞いてみると、全員がバラバラの内容を掲示されたものの、大雑把に見れば大体が皆に求められているのは一緒だった。

 まずマナさんは『指定された等級以上の魔法を指定された回数発動し、敵を倒すこと』。敵の種類は問わないらしいから、とにかく回数を稼げば問題ないということのようだ。が、その回数が尋常ではないらしい。はっきり言って、探索しながらでは何日かかるかわからないそうだ。

 ということで、動く敵性NPC召喚装置(マナさん談)である私を引き連れてフィールドを移動したいというのが彼女の言い分である。

 敵性NPC召喚装置はちょっとひどいなぁ。まぁ、言ってることは確かかもしれないけど。

 続いてまねきねこさんの条件は『護衛』、つまり出発地の街から別の街までチャレンジで指定したキャラクターを守りつつ移動するのがクラスアップ条件。

 ただ、護衛対象のテーマが問題で、『特定以上の資金力を持つ店の店主キャラクター』か『貴族ランク1:準男爵以上を有するキャラクター』となっており、似たような条件を掲示されたプレイヤーの大半は護衛系のクエストを受けるか知人の店持ちプレイヤーに協力を仰ぐことでランクアップを達成したらしい。

 まねきねこさんの場合は『条件を満たすキャラクター』を掲示されてこそいるものの、『指定したキャラクターがPCだった場合は、そのプレイヤーが戦闘に参加した時点で失敗』という追加条件があることから、別にPCかNPCかは問わないらしい。

 身近な貴族ランク持ち兼、店持ちPCということで私に白羽の矢が立ったわけか。

 しばらく見ないうちに全身黒づくめになってしまったノアールさん。条件は『パーティを組み、パーティ単位での先制攻撃を指定回数連続で成功させる』という結構厳しそうな条件が出てきた。

 こちらもマナさん同様、回数がえげつない。よって、彼女同様、私を引き連れて行動することで、回数を少しでも稼ぎたいという心積もりのようである。

 ヒーラー担当のマリナさんは、クラススキルでもある【回復魔法】系のスキルでは習得できない、神官系の回復魔法を習得すること。

 サイファさんの従者の一人である、オフィーリアさんを頼りにしているそうだ。

 サイファさんにも声をかけないといけないね。

 あとはトモカちゃんと、この前知り合ったばかりの樹枝六花最後のメンバー、メリィさん。

 トモカちゃんは樹枝六花の中では比較的簡単な部類で、【激励】のバフ効果を25名(従魔など含む)を超える人数に対し、同時に付与することらしい。つまり、26人以上いなければならない。

 トモカちゃんもここ最近になって【統率】が派生して、【指揮】になったから、可能といえば可能らしい。

 が、肝心の人数が足りない。

 私が私以外全員従者のパーティを一つ。トモカちゃんも従魔で同じようにパーティを一つ。

 さらに樹枝六花の残りのメンバーでちょうど25人。となると思ったんだけど、トモカちゃんは8体しかまだテイム枠がないんだとか。

 というわけで、結果的に私と鈴、アスミさん。それに私の従者とサイファさんの従者に、樹枝六花勢。全員総出でようやっとクラスアップ要件を満たすことができる計算になる。

 う~ん、トモカちゃんのはトモカちゃんで、かなりえげつない条件が来たね……。実質、レイドクエストでも受けろ、と言われているようなものじゃない、これ。

 んで、樹枝六花唯一の、DL勢であるメリィさんは、これが初めてのクラスアップということもあって、条件は非常に簡単。ただ、4人以上のパーティを組んで一定以上のレベルの敵を倒すのみ。

 私が一緒に行動していれば、そんな敵はわんさか出てくるだろうことが予想されるので、そのあたりは特に問題はない。

 しいて言えば、やはり彼女自身のステータスだろう。

 私と一緒にいるということは、今の彼女にとってはそれだけ強いNPCが襲ってくるということなのだから。

 まぁ、なにはともあれ。

 全員がそろって、一気にクラスアップするのであれば、私達とパーティを一緒に組んで、擬似的に護衛クエストみたいなことをするのが一番、ということになったわけである。

 さて、それじゃあ早速サイファさんを呼んで話を聞いてもらうことにしましょうかね。

「お呼びでしょうか、ハンナ様……おや、樹枝六花の皆様ではありませんか。ご一緒だったのですね。探索のご相談でしょうか」

「それがね。実は――」

「なるほど。それなら、ちょうどよかったではありませんか。ハンナ様も次のステップに進むために、令嬢らしい移動方法というのを復習してみてはいかがですか」

 おぉう、ちょっと藪蛇だったかな。

 まぁ、私のはランクアップチャレンジじゃなくてただのクエストとしてだけど……これはこれで、成功時のご褒美がかなりいいね。

 注意したいのは、まねきねこさんの『護衛』対象に鈴とアスミさんも追加されてしまう点だろう。

 二人には一応確認撮っておかないと。

 オッケーらしい。二人も報酬に目がくらんだみたいだ。

 それなら、受けないと逆に損だよね。私たち自身は、何も労せずに破格の報酬を受け取れるんだし。

 クエストウィンドウを再度確認して、何も問題がないことを確認して、私は受注ボタンを押した。

「……クラスアップミッションって、普通はただクラスアップするだけで無報酬のはずだったんだけど……それが、成功すればクラスアップできるだけじゃなくて、こんな豪華な景品まで獲得できるなんて……」

「あはは、私もちょっと似たようなこと考えてたよ」

 ともあれ、こうして樹枝六花のみんなのクラスアップのために、私は護衛(される)クエストを受けることになったのであった。

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