3:新フィールド解放は事件の匂い!?

社交界への進出を見据えて

83.お茶会への招待状


 ヴェグガナルデ公爵家の王都邸ほどではない者の、それでも貴族街に広大な敷地を有する、とある伯爵家の敷地。

 庭園を見渡せるように配置された、屋敷二階のテラス。

 と言っても、ここはヴェグガナークの屋敷にある庭園ではない。

 というか、そもそも私が今いるのはヴェグガナルデ公爵家の私有地というわけでもない。

 今私は王都のとある伯爵家のお屋敷にお邪魔している最中なのだ。

 そのとある伯爵家、というのが――

「それでは皆様、お待たせいたしました。人もそろいましたので、そろそろお茶会を始めさせていただきますね。本日はご足労いただきまして、誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそこの度のモルガン家主催のお茶会にご招待いただきましてありがとうございます、ドリスさん」

 そう、ミリスさんの実家にもあたる、モルガン伯爵家である。

 今は八月も下旬。

 クラスレベルやPCレベルが上昇したためか、はたまた他に要因があるのかは不明だが、公式イベントが終了してからこっち、シナリオイベントが立て続けに発生しまくってしまい、気づけばこうして初めての茶会に参加させられるほどにまで話が発展してしまったのだ。


 ――話は、公式イベントが終わってから数日後の時間までさかのぼる。


 公式イベントの終了は、私と鈴のプレイスタイルにも一つの節目を与えるきっかけとなっていた。

 というのも、鈴はすっかりおざなりになってしまったレッスンや他のアイドルとしての仕事などに追われることとなり、ゲームもそこそこの頻度でしかプレイできない状態となってしまったのだ。

 というわけで、私は公式イベント終了後してからしばらくの間はソロでアトリエ・ハンナベルを切り盛りしながら、冒険したり新しいポーションのレシピを探したりすることになっていた。

 もちろん、配信の枠が取れた時などは鈴も一緒にログインしよう、という話にはなっているのだけれど。

 ともあれ、そうした事情もあり、私はミリスさん達、仲間になってくれたNPCとともにソロらしくないソロプレイをのんびりと楽しもうとしていたのだ。

 ――しかし、その『のんびりと』という考えは即座に打ち砕かれることになる。

 それは、公式イベントが終了して3日後のことだった。

 この日は、元々令嬢教育が入っている日だったので、今日の『授業』は何だろうなぁ、と思いながらログインしたのだが――いつものようにゲーム内での自室に到着した私を出迎えたのは、ミリスさん――ではなく、エレノーラさんだった。

 この時点で、私はなにかゲーム内での環境がまた一つ大きく変わるであろうことを察知。

 こうしてエレノーラさんが来るということは、ユニーククラス関連でなにかしらの大きなイベントが起こる予兆であることを、私はもうすっかり憶えてしまっていた。

「えっと、エレノーラさん。おはようございます。こうした形で会うのもなかなか珍しいですね」

「そうね。普段は、起きている状態のあなたと話すことが多かったから、こういうのはやっぱり新鮮ね」

 今までにも何度かあった気がするけど、やっぱりそれほど頻度は多くなかった気がするから、確かに新鮮といえば新鮮か。

「とりあえず、聞いてほしいことがあるのだけれど…………う~ん、先に食事をとってもらってからの方がよさそうね。あなた今すっかりお腹が空いている顔をしているわ」

「え…………あ゛!」

 エレノーラさんの言葉を聞いて、私は昨晩満腹度がギリギリの状態まで調合三昧をしていたことを思い出した。

「ミリス。とりあえず何か食べれるものを用意なさい」

「かしこまりました」

 頷きながら消失していくミリスさん――おそらくは厨房へ向かった――を見送りつつ、私は姿勢を変えてベッドに腰かけ、改めてエレノーラさんに視線を向けた。

「ミリスが戻って来るまでの間に一つ聞いておきたいことがあるの。この前の騒動の時、あなたは一時的に王都を拠点にしていたようだったけれど、どこかの家の方と話をしたり、依頼を受けたりはしたかしら」

「えぇっと、確か……はい、何人か、した気がします」

「そう……。道理で、エルディス伯爵をはじめ、複数の家の方々からお礼の品を渡されたはずね」

「うぇ!? そうだったんですか!?」

「えぇ。敵対している家というわけでもないし、一応素直に受け取ったのだけれど、そういうことだったのなら、受け取っておいて正解ね」

 中には受け取ってくれなかったことをネタにネチネチと攻撃してくるような輩もいるから、と少々悩んだりもしたらしいが、そういうことなら問題なし、とエレノーラさんは言った。

「いただいたものに関しては、あとでミリスに渡しておくから、彼女から受け取りなさい。一応、害のある物ではないことは確認済みだから、その点は問題ないはずよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「……まぁ、公爵夫人としては、ここであなたに敵対する貴族だった場合のことを考えて、みだり他家の者から依頼を受けたりしないように、と釘をさしておくべきなのだけれど――」

「うげっ」

 そこは気にしてなかったなぁ。と、この時少しだけドキッとしたのは内緒である。

 といっても、さすがは公爵夫人なエレノーラさん、そんな私の心情などお見通しらしく、くすくすと笑って気にしなくても大丈夫よ、と言って許してくれた。

「あなた達異邦人は、相手が敵対しているかいないかに関して、なにかしらの判別方法を持っているみたいだからね。おそらくだけれど大丈夫、と信じているわ」

「それは…………ありがとうございます、でいいんでしょうか」

 一応、巧妙に敵対者であることを隠しているようなNPCの場合にはあまりアイコンによる判別方法は意味をなさないのだけれど……。

「まぁ、だまされたらその時はその時ね。フォローはするでしょうけど……サイファさんからは、令嬢教育で何かしらのペナルティが課せられるでしょうね」

「あぁ……容易に想像できますね」

 切れ長の目を据わらせて、厳しい語調でやれああしなさい、やれこうしなさいと言ってくるビジョンが明確に思い浮かんでしまって、思わずむふっ、と笑ってしまった。

「あらあら、まったくどんな想像をしているのかしら。いけない娘ね」

「あ、すいません」

「いいのよ、今はプライベートな時間なのだからね」

 そんな感じでミリスさんが食事を持って戻って来るまで、私はエレノーラさんとしばし他愛ない話をして時間を潰した。

 そしてミリスさんが戻って来ると、私はベッドからティーテーブルへと場所を移し、エレノーラさんと向かい合う形で座ってそれらを食べ始めた。

 ちなみにミリスさんが持ってきたのはパスタ料理だった。

 やや白めの黄色いソース……テーブルに載せられたそれを、まずはお皿に触れて調べてみる。

 なるほど、カルボナーラか。何気に私の大好物だ。

 とはいえ、エレノーラさんが見ている前なので、私はサイファさんに教えてもらったテーブルマナーを守って、ゆったりとしたペースでそれを食べ進めていった。

 そんな私を見守っていたエレノーラさんだが、半分ほどまで食べたところで、急にこんなことを言い出した。

「そうそう。そろそろ、オリバーが夏休みの終わりが近づいてきたということもあって、王都に戻るころなのだけれど、実はあの子、色恋沙汰にかまけていたせいで成績が悪かったみたいで……」

「あぁ~……」

 なんとなくだけれど考えられる話ではあった。

「それで、王都に戻る前に追加課題を急ピッチで終わらせることになってしまって。おかげですっかり予定が狂ってしまったわ……」

「あはは……」

「…………人のこと、笑っている場合かしら。あなたは、大丈夫なのかしら? 確か、あちらの世界では普通に学生なのよね?」

「そ、そうですね。一応、今は私も夏休み期間中ですけど……」

「そうだったわね。でも、あなたにも宿題とか出ているのではなくて?」

「一応、出てはいますね……この前の騒動の時にも続けていたので、すでに終わらせてはいますけど」

「それは何よりね。なら、問題は無さそうかしら」

 それから、エレノーラさんはなにやら思案するような顔になって、私が食べ終わるのをじっと見守り続けた。


 食事を終えて、満腹度を確認する。……うん、ほぼからっぽだったゲージは八割がた回復している。

 この分なら、数時間は放っておいても大丈夫だろう。

「失礼いたします。こちら、下げますね」

「あ、はい」

 ミリスさんの部下の侍女さんに寄って、食べ終わってからっぽになった食器が片付けられていく。

 やがてテーブルの上がきれいに片付くと、エレノーラさんが汚れていないことを確認してから、一枚の便せんを私に手渡してきた。

 これは――私宛の手紙……それも、NPCからの手紙だ。

 差出人は、ドリス・モルガンさん。

 ――モルガンって、もしかしなくてもミリスさんの関係者だよね。

 視線でミリスさんに確認してみる。

「ドリスさんは私の従妹になります。……とはいえ、歳は17歳で、私とは6歳ほど離れておりますが」

「そうなんだ……」

 というか、ミリスさん23歳なんだ。意外と若いね。

 や、見た目からしてオバサンとかそういう感じじゃないのは確かだったんだけど。

「モルガン家は現在男性の後継者候補がいないので、長女にあたるドリスさんが次期当主候補となっています。そのため、今は名のある貴族やより高位の貴族と渡り・・を付けている最中なのです」

 おそらくだが、この手紙の内容も、それに絡む内容だろうとミリスさんは予測を立てた。

 う~ん、となるとこういう令嬢もののストーリーではありがちな、お茶会のお誘いか何かかな。

「エレノーラさんは、中身は?」

「見てないわ。あなたに最初に見てもらおうと思ってね。ま、私もこの時期にドリスさんが手紙を送ってくる理由といえば、大体があなたと会って話をしてみたいか、そうでなくても当家と直接のつながりを作っておきたい、ということでしょうと辺りを付けているけれどね」

 なるほどねぇ。

 ん~、とりあえず中身を読んでみるか。

 えぇっと、なになに……【博識】スキルで日本語に変換されて読めるの、ありがたいよね~。おかげで滞りなく読むことができるよ。

 数分かけて、数枚にもわたってしゃちほこばってしたためられたそれを読み終わる。

 内容的にはエレノーラさんやミリスさんが考えていた通り、私と会って話がしたい、そして次期当主としてヴェグガナルデ公爵家とつながりを作っておきたいということだった。

「エレノーラさんやミリスさんの言う通りでした。私と会ってみたい、と」

「やはり、そうだったのね」

「ですね」

 エレノーラさんも、満足げに頷いている。

 そして、やはりそろそろ頃合いということかしら、と頬に手を当てて何か思案顔になった。

 そのままややしばらくの間、硬直。やがて、悩み事に答えが出たのか、一つ頷くとそれならば、と私にこう言ってきた。

「それならば、そのお茶会に出てみなさい」

「……え?」

「だから、お茶会。出席しなさい。どのみち、今はやることもほとんどないのでしょう?」

 やることもほとんどないって……確かにそりゃほとんどないけど……。

「いきなりすぎませんかね」

「いきなり、ということもないわ。サイファさんからも淑女教育の進捗の報告は来ているけれど、おおよそ好成績。この分で行けば、礼節や話術といった分野では。あとはより多くの経験を積ませていくだけだろう、と言っていたわ」

「…………なんだかんだいって、私達の冒険について来てただけのような気もしなくもないけど……」

「それももちろん把握しているわ。先週はあの騒動のせいでおざなりになっていたけれど、なんだかんだ言って最後の最後ではサイファさんにしごかれていたし」

 確かに……。

「それに、あの騒動の中でも、あなたは街の中など、この世界の人の目がある場所では令嬢らしさを損なわずに動いていたと聞いているわ」

「そうですね。はしたなく走ったりなどもしていませんでしたし……出会いがしらの挨拶なども、基本的にカーテシーを用いていました」

 う~ん……言われてみれば、ここ最近は挨拶をするときにもゲーム内では基本、カーテシーしかしてないような気がする。

 サイファさんやミリスさんの監視の目を気にするうちに、すっかり習慣付いちゃってたんだなぁ。

「後はお茶会や夜会などのマナーだけれど、それについてはまだサイファさんもまだ何も言えないようね……」

「そうですか……」

「ま、そのあたりについては私も手伝うし、今日から一週間くらい、しっかりと見につけて行きましょうね」

「わ……わかりました……」

 なんか、有無を言わさせないような感じがするし、ここは頷いておいた方がよさそうだ。

 かくして、私の次のステップはこうして幕を開けたのであった。

 それから、私はお店に顔を出しに行こうと席を立つ。

 と、そこへエレノーラさんが待ったをかけてきた。

 まだ何かあるのかな。

「そういえば、私があなた達に出している課題については、どうなっているかしら」

「課題……?」

 課題……って、何か出されてたっけ……。

 なんだろう、すごく大事なことを忘れ去っているような気がするのだけれど……。

「お嬢様、お店を出すにあたって奥様から出されていた課題のポーションや、鈴様の【博識】スキル習得の件です」

「ああっ、それだ! イベントのせいですっかり忘れてた!」

「いべんと……? あぁ、この前の騒動のことね。……まぁ、あなたも大活躍だったみたいだけれど、大事な取引のことを忘れてしまうのは大幅な減点対象ね。しっかりなさい」

「はぁい……」

 しっかりと釘を刺されてしまった……。

 しっかし、課題のポーションかぁ。

 クエスト一覧から再確認してみる。

 うん、最終フェーズの半分まで進めてて、後は品質指数の条件を満たすエリクシルポーションを納品するだけだったんだよね。

 求められている品質指数は1200以上。今はエリクシルポーションなら、最大で品質指数1350までのエリクシルポーションを作れるから、問題ないといえば問題ないだろう。

 必要な中間素材も、今は高品質のものを揃えているから、簡単に1200まで到達できるようになってきているし。

 ――とはいえ、あくまでも下から2番目のランクのポーションであることに変わりはない。

 トップクラスのプレイヤーが使うには、数を持たないと心許ないくらいだろう。

 それでも、このゲームの使用上、どんな回復量のポーションでも需要は尽きないのは確かなようなんだけれど。

「とりあえず、お嬢様の腕前ならもう作れるでしょうし、手早く済ませてしまってはどうでしょうか」

「うん、そうさせてもらうよ」

 この後、そう時間を置かずに私に対して出されていたお店関係のクエストは、無事に達成となった。

 これで、あとは鈴が【博識】スキルを習得できれば、お店の売り上げは私と鈴にそれぞれ満額入ってくることになる。いよいよ、資金源としても充実してきた感が出てきたかな。


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