85.王城のドロドロな内情


 どうせだからということで、私は例の『フォーマル』なドレスに着替えて樹枝六花のクラスアップミッションに同行することになった。

「ふわぁ……ハンナちゃんのそのドレス、すっごいね」

「装飾がたくさん取り付けられているというか、装飾にしか目がいかないというか……」

 まぁ、言わんとすることはわかる。

 装飾が多い、と言ってもフリフリドレス、というわけではない。随所に宝石やらなにやら、光物がちりばめられているという感じだ。

 だからなのだろう、このドレスで攻撃を受けた場合、TLKボーナスが減少してしまうのは。

 耐久度という数値をいくら修復して、見た目だけは完全に元に戻せたとして、破損してしまった装飾を完全に戻すことはできない、という意味なのかもしれない。

 まぁ、このドレスで近接戦をするなんてこと、そうそうないだろうと思うけど。

 というか、私のバトルスタイル自体、後方からの戦闘支援なんだし、前線に出ることなんてめったにないしね。

 ともあれ、これで私側の準備は整った。

 あとは樹枝六花のみんなが装備品やら消耗品やらの確認をすれば終わり。

 出発すれば、クエストにもなった今回の彼女たちのクラスアップミッションは次のフェーズへと進行するため、補給物資も自分たちでどうにかしないといけなくなってしまう。

 クエストというか、まねきねこさんのチャレンジのクリア条件の一つに、『出発後に護衛対象からのサポートを受けるのも禁止』というのがあったからだ。

 つまり、護衛が始まったら、私達から物資を補給することはできなくなってしまう。

 必要なものがあれば、今ここで申告してもらわないといけないわけである。

 クエストとなったことで、護衛対象に鈴やアスミさんも追加されてしまったことがここで災いしてしまっている感じだ。

「…………補給しておきたい物資は大体こんなものかな。……しっかし、よくこれだけのものを持ち運び出来ているよね、ミリスさん……」

「カチュアやエルミナ、カリナの三人もついこの間、『侍女見習い』にクラスアップしましたからね。純粋に、彼女たちに任せられる荷物の量が増えた、というのが大きいと思います。私一人ではやはり限度がありますからね」

 カチュアさんやエルミナさん、カリナさん。斥候三姉妹はメインこそ『熟練暗殺者』だが、サブクラスにはメイド系のクラスを持っているらしく、それが『侍女見習い』に成長したとのこと。

 補給物資を持ち運べる量が増えたということは、総じてチーム全体の持久力が上がるということで、喜ばしい限りである。

 ちなみに出発地はここ王都。

 目的地は、王都にほどなく近い場所にある、ルーカッドという宿場町に決定した。

 最初は樹枝六花のみんながタクモという別の宿場町へ行こうとしたのだけれど、サイファさんが待ったをかけて、ルーカッドに変更した次第だ。

 タクモは宿場町であることに違いはないのだが――そう、いわゆる『大人向け』の施設が裏通りに立ち並んでいるらしく、私達には少し早い街なんだとか。

 行ってはダメ、とは言わないけれど、私にはモルガン家の人との茶会も控えている以上、あまり醜聞のもとになるようなことは控えてほしいという願いもあるらしく。

 そう言うことならば、と樹枝六花のみんなもルーカッド行きを了承した次第だ。

「…………なんというか、暇だね」

「暇ですねぇ」

「暇だよね~」

 準備を終えて、早速ヴェグガナルデ公爵家の王都邸を出発した私達。

 若干大きめの馬車には、私や鈴、アスミさんにサイファさんのほか、ミリスさんとセシリアさんも同乗している。

 話し相手には事欠かない……とはいえ、さすがに話題も無限とは言えない。

 あれこれ話を展開するのにも限度があり、気づけば話題がなくなって馬車内を沈黙が支配し始めてしまっていた。

「……私も戦いたい。他のプレイヤー達に、かなり遅れをとってる気がする……」

「次のイベントに向けたメディア展開やミニライブ。それに向けたレッスンや事前準備諸々で、ここ最近はゲームにログインできる時間が限られていましたからね」

「鈴も結構忙しそうにしてたもんね。でも、少しは時間が取れるようにはなりそうなんでしょ?」

「まぁ、ね……話もまとまってきたからね」

 なんでも、夏休みの最後の方で、鈴達シグナル・9はちょっと大きめのライブイベントを開く予定なんだとか。

「そういえば、彼女たちは今回のこの行程が次の段階へ進むために大いなる存在から与えられた啓示なのだと言っていましたね」

 大いなる存在って何だ、大いなる存在って。システムとかGMとかのことかな。

「そうですね。メリィさん以外は、3度目のクラスアップということで、かなり厳しめの条件が出されているみたいですけど」

「えぇ。しかしこれで、彼女達も高位冒険者の仲間入りということにもなります。そうなれば、醜い嫉妬心から彼女たちに害意を持つ者達も出てきますから……今までのようにとはいかなくなってくるかもしれませんね」

「それって、私みたいにこの世界の人達がいつどこからでも襲い掛かってくる可能性があるって言うことですか?」

「その認識であっています」

 う~ん、つまり樹枝六花のみんなにも、私が散々苦しめられてきた特性【敵多き身の上】が追加されるって言うことだよね。

 そのクラスによって条件は変わるとは言えど、それまでと同じように街の中を歩くこともままならなくなるというのは、少しとはいいがたい不自由さが生まれる。

 それとなく、樹枝六花のみんなに伝えておいた方がいいのかな。

「あぁ、そうでした。ハンナ様も、次の茶会の成果次第によっては、次の段階に行っていただくのもありかもしれませんね」

「え? それって、私もクラスアップするってこと?」

「いえ。普通のクラスに例えるならば、単純にランクアップするだけです。お嬢様は、貴族令嬢ですから。貴族令嬢には貴族令嬢らしいクラスアップ基準があるのです」

 なんだろう、貴族令嬢らしいクラスアップ基準っていうのは。

 少し気になるところだけど……それってつまり、他の人がどんどんクラスアップする中で、私達ユニーククラス持ちはなかなかクラスアップできないって言うことだよね。

 ……いや、厳密には違うかな?

 実際問題、同じユニーククラスでも、盗賊団の頭領というユニーククラスを持ってゲームスタートとなったゴリムラさんは、一か月でクラスアップしたみたいだし。

 ――もしかして、ユニーククラスの中でもレアリティの高いクラスほど、その条件が厳しくなる、とか?

 だとしたら、私のクラスアップ条件は相当厳しくなるか、条件自体は厳しくなくてもそこに辿り着くまでが難関、ということになるのかもしれない。

 なんにせよ、上位クラスには上がれないことだけは確かだ。

「ちなみに、いくつか例を挙げてもらえたりします?」

「まぁ、ありがちなもので言えば、他家や分家の令息と婚約し、そこから婚姻……というのが一例ですね」

「こん……っ!」

 私じゃなくて鈴が驚いてどうすんのよ。まぁ、私も同じく驚いているけど。

 アスミさんもこれには目を丸くして驚きを隠せないでいる。

「ゲーム内でとはいえ、結婚しないとクラスアップできないなんて……」

「うへぇ……さすがにそれはなんかやだなぁ……」

「あくまで一例です。あるいは、お嬢様が次期当主の座をオリバー様から奪ったり――あとは前にも話しましたが、お嬢様にも一応は王位継承権がございます。つまり……そういう場合でも一応クラスアップということにはなるかと思います」

「私に女王になれと……?」

 こくり、とミリスさんとサイファさんは頷く。

「あとは、一度令嬢として育ち切ったところで、一生独り身を貫くと誓いを立てるならば、公爵家血族というクラスになります。この場合はクラスといっても称号に近いものなので、サブクラスに切り替えることも可能になるなど、ある程度の融通は聞くようになりますね。とはいえ、貴族の家の者であることに違いはないので、完全になくすことはできませんが」

 へぇ。そう言うことも一応は可能なんだ。

 令嬢として育ち切る……言い換えれば、『ヴェグガナルデ公爵令嬢』のクラスレベルを100にして、その後のことを聞かれた際に独り身を貫く、といえばユニーククラスで固定になっているメインクラスが変更自由になるってことかな。

 なら、私が目指すのはそこってことになるのかな。

 う~ん、なんとなく道筋が見えてきた気がする。

 問題は、果たして周りのNPC達がそうなることを簡単に許してくれるかどうか、だよねぇ。

 公爵令嬢っていう立場だし、何かと利用価値がありそうだし……いろいろ理由を付けて、はいそうですか、と頷いてくれなさそうな気がする。

 それに気になるのは王子関係の話だ。

 一考に音沙汰の一つもないけど――忘れがちだけど、第一王子(元王太子)の元婚約者、という厄介な筋書きだって無効になっているわけではないのだ。

 今後のクラス限定シナリオの進行次第では、絶対に王位継承争いに巻き込まれそうな気がしてならない。

「……ハンナ、それフラグじゃないよね…………?」

「筋書き……というか肩書き、ですかね。なんか、フラグじゃない、って否定しきれない気がするんですけど……」

「……いやいやいや、大丈夫でしょ。いうて私の継承権、第4~5位くらいだって言ってたし」

 今の王位継承権は、確か元王太子が第6位に転落してて、第1位は第2王子。第2位が王女で、第3位が私のゲーム内での父ことウィリアムさん。

 まぁ、ウィリアムさんが継いだ場合は一時的なものになるだろうから、またすぐに継承問題が出てくるんだろうけど、その時はその時だ。

 んで、第4位がオリバー君で、5位が私、という感じだ。

 私のところにそう言った話が来るかどうかは、甚だ疑問なところじゃないかな。

 とは思ったものの、サイファさんが言うには今の情勢を考えるとなかなかに現実味を帯び始めてきているのも事実らしい。

「実際にはそうですが、オリバー様の醜聞がなくなるわけでもありませんからね。本人がそのマイナス分に引け目を感じていたり、次期公爵家当主という肩書きを盾にしたりして王位継承権を放棄すれば、王位継承権の第4位はハンナ様ということになります。というか、それとなくお聞きしたことがありましたが、オリバー様はすでに王位継承権を放棄する方向で決めているようですよ?」

「うえっ!?」

「そして現在第3位の公爵閣下。ウィリアム公爵閣下は一応第3位とはなっていますが、それは国王陛下が王位を継承する前にお隠れになってしまった場合を考慮してのこと。そうでなかった場合は順当に子世代へと継承されることになりますから……」

 つまり、私の王位継承権がもう一つ繰り上がって、第3位になってくる、と……。

「第3位といえばスペアのスペアですが……今の不安定な情勢からすると、そうとも言い切れない、というのが実情です」

 サイファさん、実はそれとなく文通やら何やらで王城の様子をうかがっているらしい。

 それによると、どうやら今王城では王太子の座から引き下ろされたという第一王子が不服を申し立てているが国王は取り合わず、なにやら不穏な動きをし始めているらしい。

 ……不穏な動きって……いやいや、本当にちょっと、マジでやめてほしいんですけど?

「もしかして、このまま第1王子と第2王子の間で王位継承権争いが起きたりとか……」

「さて……私には何とも言えませんが。第2王子は側室の子であり、しかも母親の生家が伯爵家ということもあって、貴族の派閥の間では立場が弱いですからね。少なからず不満を抱えている第1王子派の貴族に担ぎ上げられて王位継承争い、というのは十分にあり得るかと」

 うわぁ……。

 もしかしなくても、やっぱり私、条件次第では王位継承ルートもありって言うことなのかぁ。

 ゴリムラさんにユニーククラスのクラスアップのことについて詳しく聞いておいて、ある程度制御できそうなら先手を打っておかないと大変なことになりそうだ。

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