80.VSタ・ロース・レプリカ チャンスタイムからの激闘


 タ・ロース・レプリカが、その巨大な岩の塊を放つまで、5分。

 その間に100万ものダメージを与えないといけない。

 それは、同時に私達プレイヤーにとっても一つのチャンスでもあった。

 あの攻撃の準備動作に入っている5分の間は、少なくともタ・ロース・レプリカは何もしてこない。

 熱波も一時的に解除されているため、継続ダメージを気にすることなく全力でタ・ロース・レプリカに攻撃を放つことができるようになったのだ。

 そのため、前衛の人達はこれ幸いにとどんどん隙が大きい大技をタ・ロース・レプリカに放っていった。

 後衛組も、どんどん威力の高い水魔法を放っていく。

 私は今まで使用していた〈アイスランス〉が一番強い魔法だったので、引き続きそれを使用することになったけれど、やることに変わりはないので、一緒になって〈アイスランス〉をMPが許す限り連発していった。

 ただ、一つだけ違う点があるとすれば、それは熱波攻撃があったせいで使用できなかった、ブリザードポーションを使用できているという点。

「私が作ったブリザードポーションの効き目は、都合がいいことに4分強。つまり、この5分間、ノーリスクでブリザードポーションを使える!」

 ということで、私は鈴に一本手渡しつつ、自分でもその冷たくて一気飲みできないポーションを飲み干してから攻撃を始めた。

 MPが付きそうになった段階で、ミリスさんがMPポーションを出してくれるので、実質MP切れはない。

 補給担当がいるというのは、それだけで心強いものである。

 タ・ロース・レプリカは、頑強そうなその外見にふさわしく、防御力や魔法防御自体はかなりに高めに設定されているようだ。

 それでも、100万という数値には最初こそ驚いたものの、どんどんノルマが減っていくのを見て、全プレイヤーが次第にノリノリで攻撃を加えていくようになった。

「意外といけるものだね」

「うん」

 クエストミッション開始からはや3分が過ぎようかという頃になって、すでにダメージノルマは残り2万を切っていた。

 1分辺り20万以上が平均ノルマといったところだったが、現状では1分くらいの余裕をもってミッション達成となりそうな勢いだった。

 考えてみれば、それもそのはずか。

 この参加プレイヤーの数。

 一人当たりが与えられるダメージがどれだけ微細なものだったとして、それでも10万という数値はこれだけの人数の前にはあまりにも低すぎる数値としか言えない。

 前衛組など多すぎてどうなることかと思ったが、どうやら一か所に多くのプレイヤーが密集した場合は、平等性と持たせるためにプレイヤーの視界にとらえられる他プレイヤーの数に制限がかけられるようになっているらしい。

 これによって、私達プレイヤーにとっては、どれだけプレイヤーが密集していても数十人程度しか憑りついていないようにしか見えない状態が維持されていた。

 なので、見た目に反してかなり早い速さでダメージノルマが消化されていっているのである。

 気になったのは、消化されてどんどん減少していくダメージノルマに対して、VTゲージには一切変化が見られないことだろう。

 これだけダメージを与えているにも関わらず、VTゲージは一切減少していない。

 おそらく、クエストミッション中による特殊な処理が入っているからなのだろうけど――ミッションが終わった後で、与えたダメージがそのまま入るのか、それとも失敗したら与えたダメージはなかったものとして無効となるのか。

 その辺りは、少々不安要素ではあった。

 ともあれ、クエストミッションで与えられたノルマも残りわずか。

 ここまで来れば、ミッション失敗になる方が難しいだろう。

 相変わらず、タ・ロース・レプリカはあの巨大な岩の魔法を維持するだけで、一切の反撃をしてこようとしてこないし。

「残り一万。あと1分半もあってこれなら、余裕だね」

「だね」

 この私達の見立ては正しく、数十秒後にはダメージノルマを示していた敵VTバーの下の数値も0を示した直後にマイナス表記になったうえで100万まで改めて上昇、そしてそれがそのままダメージとしてタ・ロース・レプリカにのしかかるようにして落下した。

 そう、落下である。

 タ・ロース・レプリカは、その100万ダメージを受けて、堪らなさそうにのけ反るような怯み動作をした。

 それであの巨大な岩の塊の魔法も制御を失ったのだろう。

 そのまま、のけ反ったタ・ロース・レプリカの上にそのまま落下し、100万という大打撃に加えてさらに50万もの大ダメージを受けた。

 もちろん、ミッション達成報酬によるスタンもついた。

 それも10分間もである。

 当然、これを逃す私達ではなかった。

 前衛も、そして後衛も、それぞれが弱点である釘があるらしい、足のかかと部分を狙って攻撃を一斉に加えていく。

 私はというと、このボスバトルに加えて昨晩の試作品タ・ロース戦で【水魔法】と【空間干渉】が急成長したことにより、それぞれ新しいアビリティを取得。

 さらに、【空間干渉】で、〈デュアルスペル〉とそれ以外の魔法干渉系アビリティを同時に使用できるようになったので、利便性が一気に高まった。

 ここへきてそれが都合のいいタイミングで解禁されたこともあり、こぞってここでそれを連発していくのであった。

「〈デュアルスペル〉オールセット、〈トリプル・フリーズショット〉!」

 〈デュアルスペル〉使用からの、〈トリプル〉で3倍にした〈フリーズショット〉の発動。

 都合、六倍になったそれが、一気にタ・ロース・レプリカのかかとに向かって飛んでいく。

 タ・ロース・レプリカは、それで見事に全身凍結が入ったらしく、スタン中はさっきの全身凍結の早期解除も働かないのか、凍結解除までの時間も実にゆったりしたものだった。

「やった! また凍結が入った!」

「さすが。やっぱり、その改造したグローブ、とても強くなってるね」

「えへへ~。アスミさんのおかげだよ。ありがとう、アスミさん」

「いえいえ。私も、お役に立てて何よりでした。ハンナさんには迷惑をかけてしまった自責の念もありましたし、これで少しは返せましたかね」

「十分すぎるよ!」

 まぁ、確率的には6発なら大体9割以上の確率で発動するからね。

 もちろん、あくまでも確率の話だから、実際には失敗する可能性だって十分あり得るんだけど。

「あ……弱点部位を破壊できたみたいだね。解除不能の出血状態が付いたよ」

「お~、ああなるともう、時間の問題かもね」

 先ほどの〈デュアルスペル〉とほかの干渉計アビリティの併用解禁は、それだけ大きな意味合いがあった。

 そんな感じで、クエストミッションは私個人としては一つの大きな転換点となったのは確かだった。

 だが――さすがはボスというべきか、やはり一筋縄ではいかない敵だった。

 クエストミッションの完了によって付与されたスタンは特別仕様だったらしく、全身凍結状態になってもスタン状態のタイマーは動いたまま。

 つまり、どれだけ全身凍結を重ね掛けしてそのデバフを維持しようとも、その特別スペックのスタン状態はいずれ解除されてしまうことになる。

 そうなると発熱攻撃もまた息を吹き返すことになり、全身凍結もあまり意味をなさなくなってしまう。

 やはり、試作品タ・ロース戦とは違い、最後まで気を抜けないボスであるのは確かだった。

 しかしながら幸いだったのは、クエストミッションが始まる前からもある程度部位ダメージが重なっていたのか、スタン中に弱点を破壊できたことだろう。

 タ・ロース・レプリカのVTは、徐々にだが継続ダメージによる目に見えた減少をし始めている。

 あとは前線が崩れないように、私達後衛組がフォローを続けていれば問題なく倒せるはずだ。

 ――そう。この時は、私もそう考えていたのだ。

 しかし、実際にはそうたやすくはいかなかった。

 タ・ロース・レプリカのVTが残り3割を切り、レッドゾーンに入るころになってくると、タ・ロース・レプリカはこれまでの発熱攻撃や投石魔法による遠隔攻撃に加えて、頭部の目にあたる部分からもビームのような攻撃を放つようになってきたのだ。

 このビーム攻撃が非常に厄介で、これは私達プレイヤーよりも、後ろにあるレクィアスの中を重点的に狙ってくる。

 イベントのワールドクエストは、都市防衛戦も兼ねており、拠点防衛率が低下すれば当然全体の報酬が減ってしまう。

 つまり、地味に厭味ったらしい攻撃をしてくるようになったのである。

「敗北が近づいてくると、都市部に的確な打撃を与えてクエスト報酬を満額もらえないようにしてくる……さすが、悪辣な設計になってる」

「言ってる場合かな!?」

 すでに、都市防衛率は70%を切っている。

 しかも、ほぼノータイムで放てることが災いして、私達後衛組に向けて放つ投石攻撃も苛烈さを増して積極的に放ってくるものだから、手に負えない状態に拍車がかかっていた。

「……あの目が、あの目さえ潰せれば……」

 解禁されたばかりの〈フリーズショット〉で頭部の凍結を狙いつつどうしたものかと攻めあぐねていると、サイファさんが急にそんなことをつぶやき出した

 サイファさんも、目からビームを止めようと何度も矢を放っているのだけれど、そのたびに報復と言わんばかりに投石魔法が放たれてくるから、彼女自身攻めあぐねていた感はあったんだけれど。

 NPCといえど、やはり何もできないでいる状態というのは苛立ちを感じてしまう者なのだろう。

 それから数秒と待たないうちに、サイファさんは何かを閃いた顔になって、アスミさんにバッ、と向き直る。

「アスミさん、確か【魔法干渉】スキルが使えたはずですね」

「え!? はい、そうですけど」

「急いで、【毒魔法】の〈アシッドショット〉をこの矢筒に付加してください!」

「……っ!? わ、かりました!」

 そうか――。

 アシッドショット単発だと、威力が低すぎるから、ダメージに乏しい。

 アスミさんも頑張ってはいるんだけれど、やはりスキルレベルの低さは私同様、どうしようもない。

 だったら、他の人に代わって攻撃してもらえばいいだけの話だったのだ。

 結果として貢献度は下がってしまうものの、全体の報酬が減らされてしまうよりははるかにましな判断だった。

「〈エフェクトエンチャント・アシッドショット〉」

 アビリティの効果をそのまま消耗品などの道具に付与する、魔法干渉系アビリティの初期アビリティ。

 それにより〈アシッドショット〉の効果が矢筒を介してその中に入っている矢すべてにアシッドショットが付与されると、サイファさんは急いでそれを何本もつかみ、全て一緒くたに一回の射撃でタ・ロース・レプリカに向けて放った。

「〈マルチロック〉〈ツイストショット〉」

 サイファさんが使用したアビリティに寄って、そのすべての矢が、タ・ロース・レプリカに向かってゆく。

 放たれた矢は、寸分もたがわずに断続的にビームを放ち続けている目に命中し、二回に分けて行われたその攻撃によって何発分ものアシッドショットの効果が付与された。

 そうして、数分も経つ頃には両目からの都市部への直接攻撃は一切放たれなくなった。

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