79.VSイベントボス タ・ロース・レプリカ 出現


 それから30分くらい経つと、フィールドボスラッシュも終わりが近づいてくる。

 しかし、それは終わりではなく、むしろここから先こそが本番といえるのが今回のレイドボスバトルだ。

 すでにその巨大な金属製のゴーレムの上半身が前方に見えており、重量感溢れる足音がここまで聞こえてくる。

 樹海の木々を倒しながらここへと向かってくるそのゴーレムは、それだけで昨晩の試作品とは比べ物にならないであろうことがよくわかる外見だった。

 そのゴーレムの名はもちろん、タ・ロース。

 今回のイベントボスの真打ちとして出現したそいつは、タ・ロース・レプリカとして試作品とは別に名づけられており(試作品は厳密には『タ・ロース?』と疑問符付きの名前だった)、名前からしてもまた昨晩戦ったやつと性能が違うだろうことが伺えるものとなっていた。

「…………あんなのと、戦うの? あの大きさは想定外なんだけど……」

「マジであれ大きすぎだよね……」

「下手したらあれ、踏まれただけで即死もあり得るんじゃないですかね」

 考えたくはないけど、その可能性は十分ありそうだ。

 前線組は早くもに攻撃をしようと走り寄っていく。

 けれど、発熱による熱波攻撃も試作品の奴より段違いらしい。

 熱波のランクが高いと、どうやらVTの継続ダメージに伴い最大VTも徐々に減少していくため、回復も阻害されるようだ。

 対策なしに突っ込んでった人はタ・ロースの歩行に伴う地響きによるダメージも合わせて、あっという間にVTが減らされてリスポーン地点送りとなってしまった。

「いや、強すぎでしょあれ」

「……ここにいてもこの暑さですか。氷冷薬の効き目にも限度があるでしょうし、あれがこれ以上近づくとそれにも期待は持てそうもありませんか……。致し方ありませんね」

 ミリスさんが何やらそう呟くと、見覚えのある傘を取り出しつつこう言ってきた。

「お嬢様、フォーマルドレスにお召替え頂きたく思います。あれならば、この傘と氷冷薬の効き目とも合わせて、ほぼ確実に熱波を防ぎきれるでしょう」

「ミリスさん自身は?」

「ご心配なく。どのような過酷な状況でも対応できるように、侍女のクラススキルには【環境耐性】スキルがありますので」

 【環境耐性】スキルは、【熱波耐性】スキルと【寒波耐性】スキルを特殊派生させた、特定のクラスの固有スキルなんだとか。

 『侍女』とか、メイド系とか、そう断言しなかったのはそれ以外にも習得できる可能性があるクラスがあるからだろうか。

 なんであれ、ミリスさん元々は貴族令嬢だっただろうに、よくそんなスキルを習得できるまでになったよね。

 とはいえ、確かにミリスさんのVTを見てみれば、熱波の影響はそれほど受けていないであろうことがうかがい知れる。

 嘘ではないことはすぐにわかった。

「この暑さは少々想定外でしたね。セシリア、私にも同じように夏場用のドレスを」

「かしこまりました」

 サイファさんも、涼しそうな、露出がやや多めの(ゲーム内基準での)フォーマルドレスを着用して、改めて弓を構えなおした。

 傘を持ち出していないのは、多分弓を使うのに妨げになりかねないからだろう。

 その代わりサイファさんは、アスミさんに傘を差してあげるようにとセシリアさんに指示を出していた。

 少しでも熱波ダメージを減らせれば、という心遣いがそこには感じられる。

「そろそろ〈チャージ〉始めとく?」

「うん、そうしようか」

 熱波対策があらかた終わったところで、いよいよ私達も攻撃の準備に取り掛かる。

 魔法の射程に収まるまで、まだそこそこ距離がある。

 ということで、私達は〈チャージ〉と〈デュアルスペル〉で魔法を放つ下準備を始めた。

 使う魔法はもちろん、〈アイスランス〉である。

 そうして、タ・ロース・レプリカが十分近づくのを私達はじっと待ち続けた。

 ――――――まだまだ。

 ――――もう少し。

 あと、ちょっと――今ッ!

「〈チャネル1リリース〉〈アイスランス〉!」

 ヒュンッ! と、鋭い音を鳴らして氷の槍は空気を貫きつつタ・ロース・レプリカへと向かって突き進んでいく。

 鈴が放った、ワンランク上の水魔法〈フリーズショット〉も同じように向かっていった。

 私達が放った攻撃は、他のプレイヤー達が放った水属性魔法に紛れて見えなくなってしまったが、おそらくはタ・ロース・レプリカに命中して少なからずダメージを与えたことだろう。

 真のイベントボスということもあって、そのVTの減りはここにいる魔法使い全員が一斉に魔法を一発ずつ放ったとしても、眼に見えたダメージは与えられない。

 それでも、何ミリかはVTを減らすことに成功し、タ・ロース・レプリカの歩みを止めることには成功したようだ。

「…………!? 来る――投石魔法だ!」

 今の魔法攻撃で、タ・ロース・レプレイ化のヘイトが私達後衛陣に向けられたか……。

 タ・ロース・レプリカの投石魔法は、ノータイムでその効力を発揮し、無数の巨岩の嵐となって私達後衛組へと降り注いできた。

 ――さすがは真打ち。投石魔法も単体向けじゃなくて、エリア対象になっているのか。それに一発ごとの岩の大きさがかなり大きい。当たったら大ダメージ間違いなしだ。

 さすがにこれだけの量を防ぐことなんて私にはできないし、とりま私達の方に向かってくる岩にのみ着目し、扇子でパリィを試みることにした。

 どうやら試作品よりも若干弾速は遅いらしい。それに伴って、パリィボーナスで引き延ばされる時間の倍率も、試作品タ・ロースの時よりもかなり低い――つまりそれほど引き延ばされていない状態だ。

 それに、タイミングエフェクトも数秒間続いたから、エリア化したことに伴い一撃当たりのパリィの難易度は低下したということなのだろう。

 そんな弱々な魔法などパリィボーナス盛り盛りの私には届くはずもなく、あっけなく打ち返すことに成功したその巨岩は、投石魔法を放ったタ・ロース・レプリカ本人(?)へ向かってまっすぐ帰っていった。

 ――ゴウゥン……!

 打ち返された投石魔法の巨岩をもろに受けたタ・ロースは、試作品と同じようにスタンが入った。

 どうやら凍結までは入らなかったようだが、スタンが入っただけでもありがたい。これで熱波攻撃も一時的に止むだろうから、前線組がダメージを与える助力にもなるはずだ。

 もちろん、私達後衛組も黙ってみているわけではない。

 それぞれが使える最高位の水属性魔法を、〈デュアルスペル〉も用いて可能な限りクールタイムを減らしたうえでタ・ロース・レプリカに叩き込んでいく。

 私が放っている〈アイスランス〉は、クールタイムも中位の一番下にあたるとあって、私の高いTLKがあればほぼノータイムで連発可能。

 〈デュアルスペル〉を使って、二発同時にどんどん放っていった。

「お嬢様、MPハイポーションを。鈴様とアスミ様にはエリクシルハイポーションです。お飲みください」

「ありがとう」

「助かるよ」

 MPハイポーションをごくごくッ、と飲み干しながら、私は視線の先に移るタ・ロース・レプリカを眺める。

 今しがたの水属性魔法の連発に寄って、タ・ロース・レプリカには全身凍結が入っていた。

 しかしやはりイベントボスだけはある。ファルオンでも一、二を争う凶悪デバフである全身凍結への対策はしっかりとなされているらしく、解除までのカウントが十倍の速さで減っていっている。

 本来なら1分と持つはずのそれが、僅か6秒程度で解除されてしまうほどには弱体化されてしまった。

 それでも、しばらくは水属性魔法に弱体化がかかったので、まったくの無意味、というわけではないみたいだけど。

「やることは変わらないね。MPも回復したし、〈アイスランス〉の連射、再開するよ」

「待って。なんか様子がおかしい。なにか強い攻撃が来る可能性が高い」

「え――――あ、本当だ……」

 というか、何あの巨大な魔法陣は。

 色からして、あれはさっきの投石魔法と同じく、土属性の魔法であることに違いはないのだろうけど。

 魔法陣に、黄土色の光の粒子がどんどん集まっていく。それに伴い、魔法陣の中央に巨大な光の球が形成されていく。

 そうして、その光の球が魔法陣を埋め尽くすほどにまで成長したかと思えば――その中から、先ほどの投石魔法とは比べ物にならないほどの岩が現れた。

「う、そ……あれ、本当に放つつもりなの……?」

 あんなの当てられたら、それこそここら一体のプレイヤーなんて、ひとたまりもない。

 ゴクリ、と唾を飲み込む音。それは私か、隣に立つ鈴か。はたまた後ろで傘を差してくれているミリスさんか。それはわからなかった。

 ただ、その唾を飲み込む音が聞こえたのとほぼ同時に、私達の眼前に一つのウインドウがいきなり開かれた。

 ――クエストミッション!

 ――タ・ロース・レプリカの敵意がとあるプレイヤーに対して一定値以上蓄積されました。

 ――これより5分後に、タ・ロース・レプリカが持つ最大級の攻撃が放たれます。この攻撃はクエストに参加しているすべてのプレイヤーに残存VT80%分の最大VTダメージを与えます。

 ――なお、減少した最大VTは、10分後に元に戻ります。

 ――回避方法は魔法をジャストパリィし、タ・ロース・レプリカ自身にあて返すしかありません。

 ――発動を防ぐために、タ・ロース・レプリカのVTを一定値以上削り、スタンを発生させましょう。

 まさかの回避ミッションが入った!

 それと同時にボスのVTゲージのすぐ下に、ミッション達成までに減らさないといけないVTが数字で表示される。

 その数値、なんと100万ポイント。

 私達の攻撃が、一体どれくらいダメージを与えられているのかはわからないけれど、100万ものダメージをタ・ロース・レプリカに与えないといけないというのは、相当きつそうに思える。

 それでも、どうにかしてそれを超えるダメージを与えなければ、私たち全員が窮地に立たされてしまうだろう。

 私達は、魔法発動のために動作を停止したタ・ロース・レプリカに対して、一斉攻撃を始めた。

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