78.VSイベントボス タ・ロース・レプリカ 前哨戦
イベント八日目の午後。
いよいよ、イベントボスが始まろうという時間帯だ。
私達が王都のヴェグガナルデ公爵家邸にログインした時には、まだイベントボスは登場していないらしく、掲示板を見てみても緊張感が高まっている感じこそあるが、まだボスが出てきたというような情報は出回ってはいなかった。
ゴリムラさんもイベントボスがどのあたりに出てくるのか、そこまでは情報をとってこれなかったらしく、ボスの出現ポイントについては不明なまま。
私達は、今か今かと街で待ちながらも、その時に備えるしかできない状態だ。
そうして、ログインしてから大体一時間くらいが経った頃だろうか。
街の外で偵察を行っていたらしいプレイヤーの一部が、掲示板上にイベントボスらしい巨大な敵の姿を捕らえたスクリーンショットをアップし始めた。
「これは……マップで言うと、レクィアシス火山の方かな……」
「多分、そう。王都からだと、やや南西部になる。結構、遠いね」
となると、イベントボスに挑むのに一番近い町は、レクィアスということなるのか。
さっそくレクィアスにファストトラベルしてみる。
すでに掲示板経由で情報を掴んだプレイヤーが多数いたらしく、レクィアスの広場はプレイヤー達でごった返していた。
これは大変だ。私達も、はぐれないように気をつけないと。
さて、肝心のタ・ロースだが、現在はレクィアシス火山のふもとの南側にある、レクィアシス樹海をこちらに向かって疾走している段階だという。
レクィアスの街からは、南西の方角になる。
タ・ロースは、その南西の樹海から現れてくるということだろう。
けど、樹海――また樹海から出てくるのか。
もしかしたら、樹海に生息するモンスター達が、タ・ロースから逃げるためにスタンピードよろしくレクィアスに押し寄せてくるかもしれないし、そうなれば昨晩の二の舞――モンスター達の大群からの、ボスとの二連戦という流れになる可能性がある。
「情報が出たのは五分くらい前。まだ、それなりに距離は開いていると思うんだけど」
「最後の目撃地点は樹海の中ほどか……。だとすると、まだレクィアシス樹海からは出ていない可能性が高いね」
とはいえ、レクィアスから樹海までの距離自体、それほど離れているわけでもなし。
うかうかしていれば、すぐにでもタ・ロースは目に見える位置まで迫ってくるだろう。
「…………ん? なんだろう、なんか鐘の音が……」
『敵襲――! モンスターの群れが襲ってくるぞー!』
『スタンピードだ! くそっ、何の予兆もなくなんで急に!』
続けざまに衛兵たちがどこからともなく表れては、そんなセリフを吐きつつ門の方へ――おそらくは詰所や見張り台の方へと向かっていく。
それと同時に、昨日に引き続き都市防衛戦の『ワールドクエスト』が発行された。
やれやれ――やっぱり、モンスター達の大群との戦闘があり、か……。
ここまで昨日の焼き増しにしなくてもいいと思うんだけど。昨日、あれほど前哨戦やったばかりだっていうのに。
とはいえ、始まってしまったものは仕方がない。
我先にと衛兵たちに続いて街の門からフィールドへと出ていくプレイヤー達に混ざって、私達も街の外へと出ていくのであった。
レクィアスを囲う防壁の外は、すでに樹海から押し寄せてきたモンスター達と、それを迎え撃つプレイヤー達でごった返していた。
昨日のような、待っていれば自動的にポップして、それを倒し続けていればいいというようなものではなく、まさに入れ喰い状態といった状況だ。
「大混戦……」
「ほんとですね。これ、私達出る幕ないんじゃ……」
「でも、奥の方からどんどんモンスターが押し寄せてきてる。このままじゃ押し切られて城壁にダメージ入っちゃうんじゃない?」
街の近くで戦っている人も、少しずつモンスター達を押し戻すように前進していってるし。
そうして、少しずつではあるけど最前線で戦っている人達のもとへ後方のプレイヤー達がどんどん合流していって、というような感じだ。
「とりあえず、私達は私達なりの戦い方でやっていこう」
「うん」
「そうですね」
とりま、護衛達には守りを固めてもらって、私はいつも通り後方から近くにいるモンスターに片っ端から魔法を放っていく。
なんだかんだでやはりついて来てくれているサイファさんにも後方からの援護を任せて、彼女の従者さん達にはそれぞれの得意分野で頑張ってもらうことにした。
というかサイファさんの従者三人はやっぱり主人がサイファさんだからか、私があれこれ指示してもサイファさんに確認をとるというワンクッションが入ってしまうのである。
無論、私とサイファさんではサイファさんの命令の方が優先されるので、そうであればやはり始めから本来の主人であるサイファさんに任せてしまった方が効率がいいのである。
「サイファさん、突き合わせてしまってすいません」
「王国の有事ですから、貴族として当然の責務です。それに――ことが済んだら、またしっかりと令嬢教育に励んでくれるのでしょう?」
「……頑張らせていただきます」
「ならば結構です。――最善を尽くさせていただきます。【鼓舞激励】ルシアーナ、これは持久戦よ。前に出過ぎないで、可能な限り体力を温存。オフィーリアはバフで全員のサポートを。余裕があれば魔法で攻撃。アリスティナはいつも通り敵の注意を引きつけなさい。セシリアはミリスさん達と連携し、補給物資を逐次皆さんに配給なさい。」
『はっ!』
サイファさんの指示に従い、ルシアーナさん、オフィーリアさん、アリスティナさんの三人がそれぞれの持ち場に付く。
最初に私が攻撃を仕掛けたのは、赤いリザードマンみたいなモンスター。
火山地帯など、暖かい場所によく生息しているこいつらはリザードマンではなく、リトルドレイクマンというモンスターだ。
ヴェグガモル旧道にいたフィールドボス――の、雑魚敵バージョンである。
雑魚敵と言っても、こいつらは一応ドラゴン系のモンスターに入るためか普通にブレス攻撃を放ってくる。
火属性のブレスは、服や法衣、そして木製の杖や盾など可燃性の装備品の耐久値にもダメージを加えてくるので、ドレスを着て戦闘を行う私達にとっては天敵ともいえる相手だった。
そいつらになぜ初っ端から戦いを挑んだのかといえば、それは――
「よしっ、ブレス食い止めたよ!」
「よくやってくれました、ハンナさん。これで終わりです」
と、まぁそんな感じで、今にもその大損害を与えてくるブレスを放とうとしていたからである。
いやぁ、陣形を整えたと思ったらまさか少し遠くから火を吐こうとしてる奴がいたじゃない?
もう、『やばっ』て思って、とっさに〈アイスランス〉を放っちゃったんだよね。
したらちょうどよくその大口開けてる頭部にあたっちゃって――そいつ自体は、まぁそれがクリティカルになって、一撃で倒せたんだけど、なんかリンクしちゃったみたいで、一気に四体くらい同じ敵が来ちゃったんだ。
しかも剣持ちに槍持ち、それに盾持ちまでいてバランスが取れているのなんのって――本当に、最初っからとんでもない外れくじを引いちゃった気分だよ。
「とはいえ、これで止まってなどいられませんね。敵はまだたくさんいます。どんどん倒していきましょう」
「ですね」
その後も私達は、ホットスライムの上位種であるファイアスライムや、レクィアシス樹海に生息している赤みがかったトレントことレッドトレント。
そして火山地帯でも相変わらず通常営業のゴブリンたちを相手に、ひたすら戦闘を仕掛けていった。
やがて昨日の戦いがそうだったように、ある程度モンスターを倒していくと一つの節目を迎えることになる。
通常のトレントよりも巨大な体躯。
そして、ある程度ダメージを与えると枝を揺らして、爆発する木の実を落としてくるその巨大なトレントは――
「ヒュージトレント……ボスクラスがここで出てきたか……」
「それだけじゃないよ。あっちにいるのはイダノア丘陵のフィールドボス、グラススライムだし、あっちにはドレイクマンの姿もある」
「逆方向にはブレイズスライムやレッドドレイクなどこの辺りのフィールドボスも混ざっていますね」
「でも、これが切ったってことは、これを乗り切ると今度はいよいよ、奴が来るって言うことでもありそうだよね」
「だね……」
さしずめ、新しく迫ってきたこのウェーブは、フィールドボスラッシュといったところか。
街からそれほど遠くないところにいるボスから、少し離れた場所に生息している、中堅クラスの入り口くらいの強さを持つフィールドボスまで、おおよそ今各種攻略サイトに出ているフィールドボスの中でも中の下くらいまでに位置する奴らがピンからキリまでそろい踏みしている。
これを乗り切るのは、少し骨が折れそうである。
「まぁ、目の前に現れたというのもあるし、私達はまず、このデカいトレントから倒そっか」
「ですね」
「何気に因縁のある相手……でもあるしね……」
こいつが現れたから、私は厳しい令嬢教育をやらされる羽目になったわけで――いや、逆に言えばこいつがいなければサイファさんは来なかったということでもあるのか。
まぁ、なんいせよ――因縁のある相手ということには違いない。
「あの時と同じ強さかどうかはわからないけど――私達も、あの時とはもう大違いなんだから――サクッと行かせてもらうよ!」
「――――――ッ!」
ヒュージトレントが、形容しがたい鳴き声でもって私達を威嚇してくる。
私達はそれに対して、ヒュージトレントの弱点である火属性魔法で答えた。
ヒュージトレントは堪らなそうにその巨体を揺らして――一気にVTが三割を切る。
そしてカウンターの、木の実落としを放ってきた!
あの時と同じ、煙幕の木の実だ。
一気に視界が悪くなる。ヒュージトレントだけ、じゃなく――他のボスと戦っているプレイヤー達も巻き添えにして、その樹の実から出た煙幕は広がっていき――
「させませんよ――『ブラストアロー』!」
「――――――ッ!?」
近くにいたサイファさんが、完全に見えなくなる前にヒュージトレントに向けて矢を放つ。
その矢に沿う形で、突風が吹き荒れて撒き散らされた煙幕はまとめて吹き払われ――ヒュージトレントは、再びその体躯を露わにした。
「サイファさん、ありがとうございます!」
「いえ。それほどでも――とどめをお任せしても?」
「もちろんです! 〈ファイアランス〉!」
天使族の里に行く際、ロレール連峰で覚えたばかりのそれを、ヒュージトレントに向けて放つ。
火魔法の中でも中位の魔法の入り口とも言われるその魔法は、寸分たがわずヒュージトレントの顔の眉間に的中。
ヒュージトレントは、光の粒子となって消え――私達は、何気なく相対することになった相手をあまり苦戦することなく倒したおかげで、確かな成長を実感することができた。
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