73.イベントボスに備えて
「ハンナさん、調合錬成についてまた新しいことが分かりましたよ!」
そう言いながらアトリエに入ってきたのは、アスミさん。
昨日に引き続き、ロレススパイダーの氷結毒やブリザードスライムのコアなどを集めて、イベントボスで後衛職向けに配布できるようにブリザードポーションを量産していたら、やや興奮した様子で彼女がやってきた。
昨晩からサイファさんと一緒に調合錬成関連で研究を続けていたらしいけど、なにか進展があったらしい。
話を聞いてみると、どうやら昨日試していたのは調合錬成でできる生産行為の内、『昇華』と呼ばれるものだったらしい。
「昇華、ね……。そう言えば、普通の錬金術だと、『昇華』は、素材アイテムを上位の素材アイテムに作り替える感じの生産行為なんだっけ?」
「そうですね。それで大体あってます。ただ、昇華とは言いつつも、逆に下位アイテムに変換する『変換』もシステム的には『昇華』に含まれますけど」
ふんふん、なるほどね。
それが普通の錬金術、と。
「調合錬成の場合も、同じような感じなのかな」
「普通に素材を上位アイテムに昇華させたり、下位アイテムに変換したりする場合はそうですが……それ以外にも、エウレカドリンクとエリクシルパウダーをルケミカ融和剤と一緒に使うことで、装備品の特殊効果を昇華させることもできるみたいなんです」
「なにそれ、凄いんだけど!?」
それはとてもすごい発見ではないだろうか。
鍛冶師やウッドクラフト、裁縫師にレザークラフトなど、それ専門の生産職の存在意義を疑ってしまうほどのぶっ壊れ性能なんじゃないかな。
「もちろん、制限はあります。昇華できるアイテムに制限はありませんが、調合錬成によって昇華したアイテムはリメイクポイントというものが溜まっていきます。対応するスキルのレベルがそのリメイクポイント未満だった場合は、対応スキル未習得と同じ扱いになってしまうみたいなので、無制限にとまではいきません」
「そうなんだ……」
それから、そのリメイクポイント、同じ装備品を対象にして回数を重ねると、その装備品のリメイクポイントはどんどん累積されていくという制限もあるらしい。
つまり、どのような仕様でそのリメイクポイントがたまっていくかはわからないけれど、調合錬成でお手軽強化、というのも数回に留めないといけないようだ。
ここぞ、というときにその特殊効果の消化をする必要がある、というわけだね。
「傾向とか、あるのかな」
「まだ何とも言えませんが……とりあえず、既存の効果の大枠を保ったまま、その質を高めるのであればリビルドポイントはそれほどたまらないことは確認できています。ただ、まったく新しい特性を点けると、あまり役に立つともいえない屑効果でも、一気に10ポイントもたまったりとかも普通にするみたいなので、基本的には既存の効果を高めたいとき向けかもしれませんね」
なるほど、ポイントの貯まり方にもある程度の方向性はあるわけか。
それなら、今の内はまだポイントの貯まりにくい昇華の仕方に留めておくべきだろう。
私は少しだけ考えてから、普段使いの扇子を差し出して、ふと考え付いたことが実行できるかどうかを聞いてみた。
「これらの素材を使って、この扇子と、あとこの手袋に水魔法の威力を増幅する効果とかって、付けられるかな」
イベントボスで水属性の魔法が有効だと言うなら、それらを増幅できる効果が装備品にあればより優位に事を運べるはず。貢献できるはず。
そう考えて申し出た次第である。
なお、差し出した素材はロレススパイダーの氷結毒やブリザードスライムのコアに始まる、ロレール連峰のモンスター素材。
それから、出来立てほやほやのブリザードポーションである。
「え? う~んと、やってみないとわかりませんけど……いいんですか?」
「失敗しても、装備自体はなくならないんでしょ?」
「はい。それはわかっていますけど……」
私がいない間に色々進展があって、今話している『特殊効果昇華』では失敗しても装備品は失わない、などという法則もその話の中には含まれていた。
つまり、失敗しても武器を失うリスクはないのだから、安心して預けることができる。
「失敗したら、使った素材の方はなくなってしまいますので……」
「それは必要な素材にもよるかな……」
「ちょっと、確かめてみますね」
「うん。こっちの調薬スペースの鍋の方がいいかな」
「う~ん……うん、大丈夫みたいです。扇子もこれなら携行用の鍋でも十分いけそうです」
アスミさんが、扇子をルケミカ融和剤に浸けて、問題ないことを確認できたようだ。
それからいくらかウインドウを弄って、水属性を増幅できるような効果をつけられるかどうか確認し始めた。
「う~ん……ハンナさん、扇子系のスキルのレベルは今どんな感じです?」
「今? 【鉄扇】が【鉄扇術】に派生したばかりで、まだレベル一けた台だけど……大丈夫そうかな」
つい昨日、【鉄扇】が規定のレベルに到達し、派生可能となったので派生させてしまった。
それがちょっと裏目に出てしまったかな。それなら、扇子に新しい特殊効果をつけるのはあきらめるんだけど。
「……それなら、いけそうですね」
大丈夫だったらしい。
「一応、リメイクポイントが60以内なら、【鉄扇術】がどんなレベルでも問題なく使えるみたいです」
「ならよかった」
ちなみに第1スキルだとリメイクポイントそのままのレベルが要求され、第2スキルだとレベルの125%までのリメイクポイントに対応。そして第3スキルで150%。第4スキルでレベルの二倍のリメイクポイントまで対応できるらしい。
いずれも派生に最低限必要なスキルレベルが加算された状態での計算となり、例えば今の私の【鉄扇術】の場合だと、【扇】から【鉄扇】に派生する際に10レベル必要で、さらに【鉄扇】から【鉄扇術】に派生する際に【鉄扇】のレベルが30必要だったから、合計するとレベル40になる。
【鉄扇術】は第3スキルなのでレベルの150%までのリメイクポイントなら許容範囲内となり、少なくとも現状ではリメイクポイント60ちょっとまでなら十分扱える範囲内のようだ。
「付けられるのは、扇子には『凍てつく合気』と『氷精の祝福』、手袋には『氷姫のお仕置き』『氷精の祝福』『氷精の友情』ですね」
「どんな効果になった?」
「こんな感じです。って、見えますかね」
「うん、見える見える」
それぞれの装備についた効果は、こんな感じである。
まずは扇子から。
【雷光の扇】武器/扇子
武器タイプ:扇子/扇子・鉄扇・魔鉄扇
装備効果:ATK+、DEF+、TLK+、MND+
New!【凍てつく合気】
武器パリィにボーナス。金属製の武器と打ち合った際に相手にMAGに依存した水属性のダメージを与え、さらに一定確率で装備凍結を付与する。
この武器で敵を攻撃した際にMAGに依存した水属性の追加ダメージを与え、当たった部位に対し一定確率で部位凍結を付与する。
これらの効果が発動した場合、一定確率で相手に全身凍結を付与する。
New!【氷精の祝福】
【水魔法】スキルを40レベルブースト。
【氷魔法】スキルを20レベルブースト。
【凍結魔法】スキルを10レベルブースト。
いずれかのスキルを所持していた場合、火属性の攻撃を武器防御、またはパリィすることで無効にできる。
いずれのスキルも持っていなかった場合、【火属性耐性20】と同等の効果を得る。
うん、十分強い。
次にお仕置きロンググローブの方だ。
【お仕置きロンググローブ】装飾品/腕
装飾タイプ:服/フォーマル
装備効果:MP+、ATK+、DEF+、MAG+、MDF+、DEX-、TLK++、MND++
シリーズ効果:臨海の姫君
New!【氷姫のお仕置き】
あらゆる攻撃に対し、MAG依存のダメージを追加する。この追加ダメージの半分は、相手のあらゆるダメージ軽減能力を無効にする。
さらに一定確率で全身凍結か命中部位に対する部位凍結のいずれか、または両方を付与する。相手の耐性の影響を受けるが、少なくとも20%の確率でこれらの状態は発生する。
装備品を直接攻撃に用いない限り、この効果が発生してもこの装備品の耐久度は減少しない。
New!【氷精の祝福】
【水魔法】スキルを30レベルブースト。
【氷魔法】スキルを15レベルブースト。
【凍結魔法】スキルを5レベルブースト。
これらのスキルを習得している場合のみ、この効果は発動する。
New!【氷精の友情】
装備者の攻撃により発生する水属性のダメージが20%アップ。装備者が受ける火属性のダメージが20%アップ。
装備者のMPを10秒に付き2%回復する。
【熱波耐性】、【寒波耐性】をそれぞれ20レベルブーストし、所持していない場合は所持していないスキルのスキルレベル20分相当の効果を得る。
うわぁ、これまたすごい効果が付いたなぁ。
手袋の方は、火属性ダメージを受ける際にデメリットが出るようになってるけど、今後は後衛にシフトしていくようになるだろうし、近寄られなければ問題だろうから、たいしてデメリットにならないだろうし。
十分すぎるほどの成果だよ。
「いずれもリメイクポイントは50程度で収まっていますから、十分装備できるかと思いますけど、どうです?」
「……うん、大丈夫。どれもきちんと特殊効果が発動してるよ」
「それならよかったです」
さてさて、それじゃあ早速だけど、試し打ちがしてみたいよねぇ。
果たして、これらの改造装備を使って、どれくらい火属性の敵に優位性を保てるのかどうか。その検証が大事だよね。
「ん~、レクィアスにでも行ってみるかな」
「あ、いい考えですね。あそこは、西部が火山というだけあってか、出てくる敵もおおよそ火属性の敵みたいですし」
「アスミさんもそう思う? それじゃ、早速行ってみよう」
「私もついていってもいいですか? 少しでもレベル上げが死体ですし、それについでに職人ギルドとかでモンスター素材のクエスト受ければ、一石二鳥になりますし」
「うん、もちろんいいよ。一緒に行こう」
そうして私達は、ちょうど氷冷薬の数を揃え終わった鈴と一緒に、改造したばかりの装備品を試しにレクィアスへとファストトラベルした。
レクィアスは、その特色上冒険者ギルドでは街の中の依頼が多数を占めている。
効率よく街の外の依頼を受けるなら、職人ギルドなど、モンスター素材を必要としている場所で依頼を受けるのがベスト、という掲示板の情報に従って、私達は職人ギルドへと赴く。
そこで、イベントポイントなどを稼ぐためにクエストを受注してからモンスター狩りに行くのである。
「火属性でお勧めのモンスターは……あ、これなんてどうかな。あとはこれとか」
鈴にも軽く説明して、火属性のモンスターを探していることを伝えると、彼女は一つ頷いて早速いくつかピックアップしてくれた。
まずはお馴染みスライム系から、ホットスライム。その名の通り、温かい(と言ってもぬるま湯程度)体の赤いスライムだ。
倒すとこれまたお馴染みのスライムゼリーと、ホットスライムの核を落とす。
それからミニドレイク。小型火竜のウロコか小型火竜の肉に加えて、小型火竜のブレス器官という素材を落とす。
小型火竜のブレス器官は、アスミさんが調合錬成に使うことで、【寒波耐性】を一時的に得ることができる『保温薬』というポーションが作れるらしい。
小型火竜の肉でも同じことはできるから、多分重要なのは『出汁』的な何かなんだろう。
「ハンナ、新しい武器? だっけ。使い心地はどう?」
「新しい武器じゃなくて、特性を新しく付けただけの既存の武器だけど、まったく別の武器みたいだよ。今までとは水属性の威力が段違いって感じ」
「ならよかった。錬成した甲斐がありましたね」
一応、レクィアシス火山の三合目付近でモンスターを狩っていたのだけれど、この辺りだと鈴の水魔法では、1発では倒せないことが多かった。
が、鈴よりも実際のスキルのレベルが低い私がやってみたところ、いずれの敵も水魔法ならワンパンで倒せてしまった。
扇子や手袋を改造した結果は上々といえるだろう。
「私達がこれまでに集めた情報によれば、ボスは水属性が弱点みたいだし。これなら、かなり貢献できそうだよ」
「いいな……。アスミさん、私にも同じの作って」
「えぇ……ハンナさん、素材は……」
「まだあるから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。う~ん、同じように作れるかどうかはわからないけど、何とかやってみますね」
こうして、私達三人はイベントボスに備えた準備を着実に整えていった。
装備にもイベントが終わった後にも役立ちそうな効果を付けたし、ポーション類に関しても可能な限りの在庫は整えた。
あとは、イベントボスの出現を待つばかりである。
――そして。
イベントはついに終盤戦、七日目へと突入した。
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