71.調査だ! ゴリアテ傭兵団!


 そして、夜。

 結局、広大なロレール連峰での行軍は夕方までかかかることになり、天使族の里にたどり着いたのは夕食の時間ギリギリになってからのことだった。

 や、距離自体は最後に立ち寄ったランドマークからそれほど離れていたわけじゃなかったのよ。

 ただ、結構険しい場所に里があったおかげでなかなかに回り込まないといけなくて、とても一筋縄とはいかなかった。

「結構な時間になってしまったわね……」

「つか、道中の敵、結構厳しくなかったか?」

「それもそのはずだよ。ここ、4合目だもん」

 ロレール連峰は、標高が高くなるにつれて強いモンスターが出てくるような仕様になっているらしい。

 私達がいる4合目は、適性レベル45以上……つまり、今の私と同じくらいのレベルの敵が、わんさか出てくるような場所だ。

 消耗も、かなり激しくなってくる。

 それだけではない。

 私達に降り掛かってているさらなる悪条件は、もう一つあった。

 リバシアリキッドの効果だ。

 リバシアリキッドの効果は、12時間だった。

 つまり、今日いっぱいは、魔法によるバフを使うことができない。

 バフポーションでなんとかやりくりはしていたか、私達もバフポーションに関しては量を揃えているわけではないので、限度があった。

 最終的に、サイファさんに道を切り開いてもらって、それでどうにかなった、という感じだ。

「サイファさん、ごめんなさい。足手まといにしかならなくて……」

「ハンナ様が悪いというわけではありません。そもそもハンナ様は直接の戦いには不向きでしょうし……。〈バーニングウェイブ〉で足止めをしてくださいましたし、それだけで十分役立てていましたよ」

「ああ。サイファさん意見には全面同意だ。ハンナちゃんの足止めがなかったら、サイファさんはもちろん、俺達もアビリティの硬直時間を突かれてやばいことになっていたかもしれないしな」

「ここ、結構斜面が厳しいからね。一撃でももらったら、命取りだよ。そういった意味でも、敵を近づけることなく対処できたのは非常に大きかった。ハンナちゃんたちが来てくれなかったら、サイファさんもいなかったし、私達だけじゃここまでこれたかどうかわかんないよ」

「伊達に軍門の出ではありませんからね。この程度ならまだ余裕です」

 あはは。お陰で随分と助けられています。

 ともあれ、無事に天使族の里にたどり着けたのだからひとまずは結果オーライ。時間も時間なので、一旦夕食や風呂などのための休憩時間を挟むことにし、私達は一旦ログアウトすることになった。


 そして迎えた夕食後のログイン。

 天使族の里でゲームを再開した私達は、まずはそれぞれが受けているクエストを進めるためにいったん分かれることにした。

「サイファさん、私達はどうします?」

「そうですね……とりあえず、まずは急な来訪となってしまったことの謝罪も兼ねて、一旦里長のところまで行きましょう。ハンナ様、一応フォーマルドレスに着替えておいてください」

「わかりました」

 里の中は、階段があるなど道中よりも道が整備されているため、道中よりも歩きやすい地形となっている。

 装飾があり、さらにふんわりとしたドレスでもそれなりに歩けるだろう。

 宿屋でミリスさんに着せ替えさせてもらってから、私達はサイファさん案内のもと、里長が生活しているという里の中でもひときわ目立つ建物へと向かった。

「おや、これはサイファ・ロレーリン様。本日はいかがなされましたかな? 確か、ご来訪の前触れはなかったかと存じ上げますが」

「里長様。不躾にも突然のご来訪となりましたこと、まずはお詫び申し上げます。ですが、近日国内で発生しております事件に天使族も関係していると知り、いてもたってもいられなくなってしまったのです」

「おぉ、そうでしたか。サイファ・ロレーリン様のお心遣い、痛み入りますぞ。……して、そちらの方々はどちらさまでしたかな。うち一人は、は確か我が里からヴェグガナークへと嫁いでいった里娘の子だったと記憶しておりますが」

「はい。その通りにございます。皆さん、ハンナ様から順にご挨拶を」

「わかりました」

 私は、速やかにこの場にふさわしい名乗り方を考えてから、身振り手振りに気を付けつつ口にしていった。

「エレノーラ・ヴェグガナルデが娘、Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「山田鈴と申します。よろしくお願いします」

「えと、えとえと、アスミと申します。よろしくお願いします」

 鈴は私と行動することが多いからある程度はこなれた感が出ており、まだ素人の域を出ない私が見ても様になっている感じがする。

 アスミさんは、初々しいねぇ。私も最初はあんな感じだったのかな。

「うむ、よろしく頼む。……ふむ、そちらの二人は異邦人だな。それに……これは面白い、エレノーラの子も肉体はそのままに、異邦人へと変貌しているとは……これも、何かの奇跡の賜物ですかな」

「そうかもしれませんね。……さて、それではそろそろ本題へと入りたく存じますが、よろしいでしょうか」

「はい。お伺いいたしましょう」

 世間話もそこそこに、サイファさんは素早く本題へと入っていった。

 天使族の里長の人も、サイファさんが何を聞きたいのかはすでに検討をつけているのか、少し前かがみになって聞く姿勢に入っている。

「ありがとうございます。とはいえ、どこから話したらいいものか……」

 サイファさんは、そこまで行ってから不意に言葉を止める。

 横目で様子をうかがうと、どうやら少し悩んでいるようだ。

 ここは、私が話すべきかな……。

 邪教崇拝者の目的にあたりをつけたとはいえ、その根拠はギリシア神話由来のもの――率直に言って、彼らが言うところの『異邦人』由来の知識なのだから、サイファさんが説明しようにも言い表し方に困るのは必至だろう。

「そうですね。まずは、そもそも今回の話に私達がたどり着くまでの話に遡るのですが……」

 私は、ゴリムラさんから誘いを受けて邪教崇拝者の拠点の一つを潰したこと。そしてその後で王都地下水路の拠点も調査のついでに潰し、そこで邪教崇拝者が狙っているらしい巨大ゴーレムのことについて知ることとなったこと。

 そして、その内容がリアルに存在するギリシア神話に出てくる自動人形タロスというものに似ていることに気づき、その動力源である『神の血』と今多発している天使族の失踪事件(=大量死)と何か関係があるのではないか、と思い至ったことなどを話していった。

「……むぅ……巨大ゴーレム、に自動人形タロス、とな……両方とも私達には聞き覚えのあるものですな。さすがは異邦人、考え方が我々とは違う視座にあるようだ」

 おぉ、どうやらうまくいったっぽい?

「里長様。そもそもごーれむ? というのは一体何なのでしょう。ハンナ様たちの話を聞くに、ゴレイルのようなものだとは認識しているのですが……」

「うむ。その認識でおおむね違いはないでしょうな。ゴレイル、というのは時代の変遷に伴い、訛りが生じてできた言葉。いうなれば、ゴーレムとゴレイルは道義なのです」

「そうだったのですね……」

「そしてハンナ様の話に合った、自動人形タロスとやらにも聞き覚えはありますな。かつて、この地の人の民と神達との距離が近しかったころ、海の向こうの神々に従う遠き異国の民たちからこの地を守るために、この地の神々が下賜されたとされる青銅製のゴーレム、タ・ロース。邪教崇拝者達が狙っているというタウ・ロウスというのは、おそらくはそれのことでしょう」

 う~ん、見事に繋がったねぇ。

 鈴の予想、今回も見事に的中しちゃった。

 さすがは鈴、シグナル・9の頭脳って言われるだけのことはあるね。

「資料に会ったという機能と、ハンナ様の言う異界の神話に伝わる自動人形タロスの特徴も、私達に伝わるタ・ロースの特徴とおおむね一致しております。しいて言うならば……動力源は神の血ではなく、その身に神性を宿すものの血となっていることでしょうな」

「神性……?」

「待ってください、それだとつまり――」

「うむ。そう言うことでしょう。別に我々天使族の地上世界での肉体の血でなくても、例えば神官などの血であったとしても動力源としては事足りる、ということでしょうな。もっとも、その場合はパフォーマンスという観点から難があるでしょうが」

「そう、だったのですね……各地でここ数日急増している、神官の失踪事件の全容もこれでわかった気がしました」

 うわぁ、そんな事件も裏ではあったのか。

 何気にすごい大事件になってるじゃないの。

 ともあれ、これで倒すべきイベントボスの正体にもおおよそあたりが付けられた。これはすごく大きいことだ。

 とりあえず、サイファさん的には里の様子がそれほどいつもと変わりないと知って安心できたのか、ほっとした様子でいつもの感じに戻っていった。

 私達も大いに収穫あり、ということで、一旦ゴリアテ傭兵団との待ち合わせ場所である、ランドマークのある広場へと戻ることにした。


 私達のクエストは、サイファさんが満足できたということで、これにて終了となった。

 それはよかったのだけれど、問題はゴリアテ傭兵団が受けたというユニーククラス絡みのイベントクエストの方だった。

 どうやら彼らの次のフェイズは、この山のどこかにあるという、タ・ロースの密造現場を発見するという内容だったらしい。

 天使族の話から、それらしい情報はすでに集まっているという話だったが、その場所というのがとにかく問題だった。

「まさか、ロレール連峰の反対側。フェロー盆地に拠点を構えていたとは……」

「今度はフェルペンスにファストトラベルか。本当にあちこちに跳びまわらないといけないな」

 フェロー盆地は、フェルペンスがあるフェルペノス山脈と今私達がいるロレール連峰との山間にある渓谷――フェロー渓谷にあるという。

 それもロレール連峰側にあるらしく、渓谷というからには川もある。つまり、フェルペンスから行くにしても、ここから行くにしても結構道のりがある。

「とりあえず、いけるところまで行って、後は明日以降っていう感じだな。ハンナちゃん達はどうするよ。参加してくれるって言うなら、うれしい限りだけど」

「ハンナ様。今回の一件、私はやはり天使族のことが気になります。できれば、最後まで見届けたく思うのですが……」

 サイファさん、やっぱり天使族絡みだと若干身近な存在だったせいか、乗り気になるみたいだ。

 うん、サイファさんが乗り気だし、できれば参加はしたいところなんだけど……明日も平日だし、宿題がまだもう少し残っているから、最初からというのはやはり難しい。

「私達は……午前中は宿題やんないとだから、参加するとなれば午後からかな」

「うげっ、しゅ、宿題か……そういや、そろそろ始めないと夏休み後半、地獄見そうだな……」

 私が何気なく言った言葉に触発されたのか、ゴリムラさんを筆頭に大半の傭兵団のクランメンバーが『そういえば俺も』『私もそろそろ』とざわめき始めた。

 さすがにこれはまずい、とゴリムラさんとあてなさんは考えたらしく、二人は頷き合ってから、明日の予定を変更した。

「わかった、明日は俺も宿題に取り掛かり始めるから、午後からにするか……。いいかテメェら、午前中から宿題ほっぽりだして抜け駆けなんて許さんぞ?」

「それはクラマスもでしょ」

「クラマス、きちんと宿題やれよ? いつも夏休みの終わりの方になって、ヒィヒィ言ってんのクラマスなんだからさ」

「わ……わぁってるっての!」

 ありゃぁ、こりゃゴリムラさんが一番宿題進まなさそうだなぁ。

 バツが悪そうにするゴリムラさんに、もしわからないところがあったら、ゲーム内にデータ持ってきてくれれば私も手伝うと申しでたところ、それはすごく助かる、ととてもありがたがられたのは別の話である。


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