69.イベントボス考察の末に
クエストを報告すると、とりあえずは資料の調査結果が出るまでは待機ということになり、ゴリアテ傭兵団のみんなは解散して各自で気になったクエストを順次受注し、街中や王都の外へと向かっていった。
私達はどうしようかな……。
結局、さっきの戦いはほとんど消耗することなく勝利を収めることに成功したから、まだ用意しておいたアイテムがたんまりと残っている。
だから、戦闘が絡みそうなクエストでも問題なくこなせるんだろうけど……どうしよう。
依頼の掲示板を眺めてどれを受けようかと悩んでいると、横合いから鈴がこれなんてどうかな、と一枚の依頼書を持ってきた。
「これは……王都地下水道の調査?」
「うん。イベント限定クエストで、報酬も段違い。推奨レベルも20とかなり低く設定されてる」
レベル20なら、アスミさんも十分対応できるレベル。
従者も含めて平均30以上の私達なら、余裕でこなせるだろう。
「内容は……なるほどね。今日の午前中から解禁されたクエストか」
依頼内容としては、ここ最近、王都の水源にもなっている地下水道に、怪しい人物が出入りしている光景が幾度となく目撃されているので、その調査を行ってほしいというもの。
ゴリムラさんが受けていた、ユニーククラス絡みのクエストほどではないだろうけど、明らかにイベントシナリオに絡んでいそうなクエストでもありそうだ。
「ね。面白そうだし、受けてみない?」
「うん、いいかもね」
「私も、これでいいんじゃないかなと思います」
「なら、これで決定だね」
そうして、私達が次に受けるクエストは決まった。
王都地下水道は、王都の水源を担っているというだけあって、幾重にも張り巡らされているようだった。
今回のクエストも、何の指針もなしに調査を始めれば困難を極めたことだろうけど、さすがにそれはなく、きちんと調査指針というか、具体的にどの入り口から入ればいいのかというのはきちんと示されていた。
候補に挙がっていたのは、平民街にある地下水道への入り口のいくつかと、平民街と貴族街を隔てる城壁の直下にある水堀にある入り口。いずれも平民街の地下に潜り込むような形であるため、怪しい集団のたまり場となっている場所もおそらくは平民街の直下にある可能性が高いようだ。
というか、平民街と貴族街は、地下水路でも直接は繋がってなくて、一度貴族街の外周を囲う水堀から外に出ないといけないみたいだからね。
早速、それらのうちの一つに赴いて、水路がどのような感じなのかを確認してみると、整備用の通路も水路に沿う形で存在していた。
どうやら、水の中を進んで行く必要はなさそうだ。
もっとも、中がどうなっているかまではまだわかんないんだけどね。
攻略掲示板をチラ、と覗いてみた限りでは、一種のダンジョンになっているためか、中に入るまではマップ情報は一切明かされないし、マップ自体が開示されてもダンジョン内では部屋や区画などの名前は実際にその場所に赴かなければ伏せられたままなので、手探りで探索をしていく必要があった。
そう、本来なら手探りで探索する必要があった、はずなのだけれど。
「王都の地下水路のことならば、私でよければ引き続きお付き添いいたしますよ。地下水路内の構造把握は、王妃教育の中にもありましたからね」
ということで、私達はサイファさんがついてきてくれたおかげで、最初からその3Dミニマップで全容が開示された状態でのスタートになった。
迷路のように張り巡らされたこの地下水路を、一から探索する必要がなくなっただけでもありがたい。
……にしても、なんで王妃教育でこんな場所のことを学ぶ必要があるのか、そのあたりは気になるところだよね。
気になってサイファさんに聞いてみたところ、思いのほかしっかりとした理由が付けられていた。
「王都はいわば国王陛下のお膝下。究極的には、王都の治安を守っているのは王家ということになりますからね。どのような問題が起きてもいざというときに指揮が取れやすいように、王都の構造は地上はもちろんのこと、地下構造までみっちりと叩き込まれることになります」
地下水路も、そのうちの一つであるとミリスさんは言う。
それと――万が一というときのための抜け道を把握するためにも。
抜け道、か。そこまでは考えが及ばなかったな。
「それに、今回の一件、もしかしたら我々貴族にとっても他人事では済まないかもしれませんからね」
「え?」
それはどういうことだろう。
地図上では、少なくとも地上では貴族街を取り囲む水堀で、地上の通路はもちろん、地下水路も平民街と貴族街は切り離されているように見えるんだけど。
「王族の抜け道に関して、チラリと触れましたでしょう。貴族街から平民街へと抜ける
そうだったんだ。
地図上では橋のように見えたし、実際に通った時もそれほど気にしていたわけじゃないから普通に橋という認識で通っていたけど、実際には橋ではないみたいだ。
貴族街を囲う水堀は、ぐるりと貴族街の周りを一周しているように見えて、実は平民街とつながる通路でそれぞれ区切られているということなのだろう。
なんにせよ、なかなかに複雑なつくりをしているのは確かだ。
そして、何気なく選んだクエストが思いのほか大変そうだったことにちょっぴり忌避感を抱く。
「なんにせよ、受注してしまったものは仕方ないし、入ってみよう」
「そうだね」
「サイファさんがいるおかげで最初から全体像が把握できている、というのは助かりますね。ハンナさんさまさまです」
あはは……。
厳密には私のおかげじゃなくてサイファさんのおかげなんだけど……まぁ、この際はもうどっちでもいいや。
とにかく、難関の一つであるマップの全体像の把握をスキップできた私達は、怪しそうな開けた場所を目指して進んで行った。
水路内に潜んでいる敵は、ビッグラットやリザードマンが中心だった。が、今はイベント中ということもあってか、それ以外にもゴリムラさんが受けていたクエストでも出てきた敵性NPC、邪教徒たちも出現。
それだけでなく、イベントシナリオに関わる重要な情報と思われる資料も発見されて、私たちなりに今回のイベントで出現するイベントボスの推測もある程度は立てられるまでに至った。
というわけで、出現した敵のレベル的にも何か問題が発生するでもなく、さっくりとクエストを終わらせることに成功した私達は、ギルドに報告してから王都邸の私の部屋に集まり、いろいろと推論を立ててみることにした。
早めに対策を立てれば、それだけ有利にボス戦に挑むことができそうだからね。
「ん~、見つかった資料には伝承に出てくる幻のゴレイル――イベントタイトルにもなっている、幻のゴーレムに関する記述が書かれているみたいだね」
「そうだね。……投石系の魔法に、近づくと発熱して熱波ダメージの地形効果を生み出す特性。……なんか、ゴリムラさんのクエストでちらっと出てきた『タウ・ロウス』の名前も合わせると、そのままギリシア神話の『自動人形タロス』を彷彿させるなぁ」
「自動人形タロス?」
なんだろ、そのファンタジックなマジックアイテム。
そんなのギリシア神話に出てくるんだ。
「ギリシア神話の中でクレタ島を守護していたという自動人形だね。一日に三回島を走り回って、島に近づく外敵の船を石を投げ当てて沈めたりめたり、近づいてきた奴らを熱した体で抱き締めて焼き殺したりした、らしいよ」
「へぇ……よく知ってるね」
「まぁ、鈴はシグ9がシグ9になる前の、シグナルジュエル初期の頃にいろいろ頑張っていましたからね……」
鈴とアスミさんが遠い目になる。
まぁ、私も視聴者側だったけど、鈴の頑張っている姿は画面の前でよく見ていたからわかる。
駆け出し時代のほろ苦い思い出、という奴だ。
「んで、自動人形タロスだったとしたら、弱点もわかり切っているよね」
「そうだといいんだけどねぇ……。その弱点に、どうやって近づくかがネックになるよね……」
もし、イベントボスがその自動人形タロスだったとして、私はその弱点? がわからないんだけど……。
「ギリシア神話だと、その自動人形タロス? って奴には明確な弱点があるんだ」
「うん。踵の部分に釘が刺さってて、それを抜くと動力源にもなってる神の血が流れ出て機能停止しちゃうんだって」
神の血って、何気に恐ろしくないかなそれ。
ゲーム内でそれが出てくるとして、多分自動人形タロスそのものが出てくるわけじゃないだろうから、動力源も何か別のものに差し替えられている可能性はあるけど……。
「もしタロスがモチーフだったとして、神話と同じように足の釘を抜けばスリップダメージを与えられるとするなら……動力源は一体何を使ってるんだろう」
「資料にはなかったけど……気にはなるよね。どこかで、それに関するクエストも出てそうな気はするけど」
「あぁ、確かに……」
ん……?
ふと二人の配信のコメント欄に視線を向けると、その中に気になるコメントが流れていることに気づく。
『ロレリアのギルドで受けられるクエストの中に、天使族の里の調査クエストがあった』ね。
どうやらロレール連峰のどこかにあるらしい天使族の地上の拠点として使われている里で、集団失踪事件が発生したのでそれを調べてほしい、というクエストがあったらしい。
調査を進めていくうちに、怪し気な研究施設にたどり着き、そこで天使族の多数の遺体も発見される……というとても鬱展開なクエストなため、あまり人気がなかったらしいのだが……ここでその話が出てくると、いかにも意味ありげなクエストだったように思える。
――って、ちょっと待って。
確か私のゲーム内の種族は、人間と天使のハーフで、そのうち天使なのは母にあたるエレノーラさんで……。
つまり、エレノーラさんは何か情報を掴んでいる可能性がある?
「ちょっと、エレノーラさんに話を聞きに行ってみるのもいいかもしれない」
「え…………あっ!?」
どうやら、鈴は思い至ったらしい。
一方のアスミさんは、まだエレノーラさんとつながりが薄いのではっきりとはわかっていないようだが、それでも私達の様子からただ事ではないと思ったのだろう。
かくして、何気ないイベントボスの考察タイムは、思いもよらない人物へとたどり着き――そして、結果的に私達は再びゴリアテ傭兵団のみんなと合流することになるのであった。
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