64.ルケミカ融和剤


 イベント三日目、月曜日。

 今日は、午前中は鈴と一緒に宿題に取り掛かり、午後からのイベント攻略となった。

 今日のイベント攻略は、

「今日はどうする?」

「とりあえず、職人ギルドに行ってみよう。私たち向けの依頼がいっぱいあるかもしれないしさ」

「賛成です。足を引っ張らないように頑張りますね」

 とそんな会話もあり、職人ギルドで依頼を受けることになった。

 途中でNPCから依頼を受けるというようなことは考えていたらきりがないので、ファストトラベルで直接平民街の中央広場に移動し、そこから職人ギルドへと移動することに。

 何気に私、職人ギルドに行くのは、ゲーム全体を通して今回が初めてなんだよね。

 ヴェグガナークの職人ギルドも、結局は外観だけ見て終わっちゃったし。

 一体中はどんな感じなんだろう。

 ちょっとワクワクしながら、私は鈴達と一緒に職人ギルドのドアを開けて中へ入っていった。

 内部は――う~ん、意外と冒険者ギルドと変わらない……? いや、違うところもあるのか。

 立札とか掛札とかが設置されていて、『登録はこちら』とか『依頼の受付はコチラ』とか、いろいろ案内されているのが見える。

 どうやら生産職向けの貸しスペース的なものもある程度は用意されているらしく、1時間当たり何Gとかそういった料金表も書かれていたりした。

「ヴェグガナークのも、大体こんな感じだった、かな。あっちは、やっぱりもうちょっと小ぢんまりしてるけど」

「そりゃあ国の中心部には敵わないでしょ」

 とりあえず、依頼掲示板らしきものがあったので、それを眺めてみる。

 どうやら、鍛冶師や裁縫、木工などのスキルの方向性別に掲示板が分けられているらしく、薬師向けのものも専用の掲示板に取りまとめられていた。

 どれがいいかなぁっと――お。これなんか、報酬が結構よさげだね。

「ルケミカ融和剤の納品、か」

「初めて聞くアイテムだね。どんな道具なんだろう」

「よろしければ、ご説明いたしますがいかがいたしますか?」

 ミリスさんが私達にそう聞いてくる。

 う~ん、私はどっかで見たことがあるんだけど……って、そうだ、『ファルティアの特殊な混合ポーション図鑑』に載ってたんだった。

 ――ん? 『ファルティアの特殊な混合ポーション』……?

 ちょっと、待って。

 そういえばファルティアの特殊な混合ポーションには、一体なんて書いてあったんだっけ。

 気になる用語は書かれていたんだけど、えぇっと……なんて書かれてたんだっけ。

 さすがに何週間も前の話だと、ちょっとおぼろげだけど……錬金術に関することがチラリ、程度にだけど書かれていた気がするんだよねぇ。

「これ、何に使うポーションなんだっけ?」

「ルケミカ融和剤は、武器や防具、装飾品など、装備品の作成時に添加物として使われますね。ルケミカ融和剤に素材を浸してから製作することにより、素材が持つ代表的な特殊効果はもちろんですが、普通では引き出すことができない、潜在的な特殊効果まで引き出すことが可能になります」

 あぁ、確かに、【調合】系スキルのレシピ一覧にはそんなことが抜粋されていた気がする。

 スキルのレシピ一覧ではフレーバーテキストらしきものは省かれることが多いけど、用途自体はきちんと記載されるのだ。

「これ……気になるなぁ。なにか、【調合錬成】に関してわかる気がする」

「そう、ですか……? 私は、これに関しては以前試したことがあったのですが、眉唾だと断定できるような結果しか出てこなかったので、錬金術との関連性については眉唾物としてすでに切り捨てているのですが」

「まだ試しきれていないこともあるかもしれないじゃない? とりあえずいろいろ試すついでに依頼も受けてみよう」

 さすがに単純なフレーバーテキストの可能性も捨てきれないわけではないけど、まことしやかに書かれているとどうしても気になってしまうのが性というもの。

 私も【調合錬成】はやってみたいし、もしその時が来た時のために今できることはやっておきたかった。

 私の言葉に、アスミさんも同調する。鈴も興味を引かれたのか、こくこくと頷いていた。

「……わかりました。お嬢様たちがそうおっしゃるのであれば、私に否やはありません。……それに、あの時は私一人でしたが、今は皆さまがいらっしゃるのですからね。なにか、新しい発見があるかもしれませんし」

 決まりだね。

 私はルケミカ融和剤の納品依頼を掲示板からはがし、あらためて依頼書を見てみる。

 達成条件はもちろん、ルケミカ融和剤の納品。それだけなら簡単なように思えるけど、その数はなんと驚異の50個。

 この量を納品してほしい、と言われると大抵のプレイヤーはちょっと腰が引けてしまうだろう。

 まぁ、実際には据え置き型の調合器具で2~3回同じ調合を繰り返せば、数はすぐに揃ってしまいそうな量でしかないんだけど。

「ルケミカ融和剤は、携行用の調合器具で1回の調合につき1個作ることができます。液量の目安としては、大体――といったところでしょうか」

「じゃあ、アトリエ・ハンナベルにある調薬スペースの鍋を両方使っても、5セットはかかりそうですね」

「そうですね。全員で作るなら、お嬢様と鈴様が調薬スペースの鍋で4回ずつ。アスミ様は携行用の調合器具残りの個数。私も手伝いますから、実際にはアスミ様にあてる生産ノルマも5個かそれ以下になるでしょう。調合器具も、私は自前の物がありますから問題はないかと思われます」

 おぉ! それはありがたい。

 というわけで早速その依頼を受付で受注し、私達はミリスさんのアドバイスのもと、一旦王都の屋敷のアトリエに寄って調合器具を回収してからアトリエ・ハンナベルへとファストトラベルした。

 アトリエ・ハンナベルへは、今日もログインしてすぐに、ポーションの補充で一回訪れているので、店員からは何か忘れものでもあったのかと驚かれてしまった。

 軽く事情を説明して、何かあったら呼ぶように伝えて私達は私用の工房へと移動する。

「さて、と。それじゃあミリスさん、改めてルケミカ融和剤について教えてくれる?」

「はい。ルケミカ融和剤は素材に備わる特殊効果を、作り手の意思に沿う形で最大限に引き出す効果があります。通常は服飾雑貨や武具、家具などを作成する際に素材に塗布する、あるいは素材そのものを融和剤に浸すなどして使用されます。製作にはエリクシルパウダーなど、エリクシルポーション類の原料となりうる素材に、リバシアリキッド、セパレタリキッド、エウレカドリンク。この四つが必要となります」

 なるほどね……。リバシア草以外は、どれも調合して作る中間素材になるわけか……。

 結構工程が膨らみそうだね、これ。

「さらに、セパレタリキッドにはエリクシルパウダーとリバシアリキッド、そして水が。エウレカドリンクにはリフレッシュポーションとエリクシルポーション、リバシア草、ハピネスポーションが必要となります。ハピネスポーションはニセテンシダケとバクショウダケ、そして水で作ることができますが、こちらはやや揮発性の高い毒薬なので扱いにはお気をつけください。少量吸い込んだだけで毒に侵され、継続的に体力や魔力を消耗してしまいます。それに強めの幻覚作用に加え、錯乱効果もありますからかなり危険です」

 マジでか……。そんなものを必要とされるって、とんでもないポーションだね、ルケミカ融和剤って。

 というか、エリクシルポーションとかはある程度在庫をストックしてあるけど、ハピネスポーションは作ったすらことはない。

 リバシア草はいいとして、ニセテンシダケとバクショウダケは倉庫にあったかな。……あ、あるんだ。いつの間に採取してたんだろ。

「とりあえず、一通りの素材を用意するところから始めよっか」

「そうですね。私が皆さんにお教えするにしても、材料がなければ始められませんしね」

 まずは初耳のポーションの一つであるセパレタリキッド。

 材料はエリクシルパウダーとリバシアリキッド。

 リバシアリキッドはリバシア草のリバシア効果を抽出して凝縮したもので、リバシア草を複数個煮るだけの単純作業で出来上がった。ミリスさんが言うには高ランクのエリクシルポーションやリフレッシュポーションの素材を作るのに必要となって来るらしい。リバシアリキッド自体もルケミカ融和剤の素材になっているから、多めに作っておかないといけない。

 なお、リバシアリキッドはポーションとしても有能だった。

 ただしリバシア草数個分の成分を抽出したものなので甘ったるく、飲むなら覚悟が必要という説明があったので、その時が来ないことを祈るばかりである。

 その後調合したセパレタリキッドは、既製品に振りかけてハンマーなどで壊すことで、元となった素材にリサイクルするという恐ろしくも不思議な効果を持っていた。

 ちなみにこれ、生ごみとか野草とか生鮮素材とかに使うことで、簡易的な堆肥の作製にも使えるんだとか。もはや何でもありだな、それ。

 そして服用すると体内の毒素を分解する作用があるらしく、解毒剤と同じ『解毒作用』もデフォルトで付いてくる。ただし味は最悪らしい。

 これ飲むくらいなら普通の解毒剤飲むかなぁ。

 次に作ったのはエウレカドリンク。の、素材になるハピネスポーション。

「お嬢様、念のためにこちらをお飲みください。皆様も、予防のためにこちらを。あと、換気のために窓を開けさせていただきます」

 そうだった。ハピネスポーションの完成品は揮発性があるから、予防策を取っておかないといけない。

 ミリスさんの指導を受けながら、ニセテンシダケを煮出し、薬液にその成分が完全に抽出されたのをウインドウで確認してからそれを取り出す。

 あとは魔法で冷やしたら完成。

 揮発性が高いとのことだったので、そのままリバシア草などのエウレカドリンクの調合に必要な他の材料と一緒に改めて鍋に放り込んで、さっさとエウレカドリンクへと変化させてしまった。

 余った分は倉庫行きだ。

 エウレカドリンクはバフポーションの一種だった。

 飲むとカンがよく当たるようになるらしく、【歩く+60】、【散歩+40】、【観光+20】のうち、持っているスキルに応じた効果が発揮されるという、生産者にとってはとてもありがたい効果を持っている。ちなみにスキルを三つとも持っていない場合は、【歩く30】と同等の探索バフを受けられるらしい。

 残りの【歩く+30】はどこ行ったんだ。

「【歩く】か……。実は私も、【歩く】を取得してみた」

「そうなの? いつの間に……」

「ハンナとアスミさん見てたらうらやましくなっちゃって。NPCから直接受けれる、隠しクエストのことが広まったら一気に攻略Wykiの激アツスキルにランクインしたし」

 うわ、そんな事態にまでなってたんだ。

「ちなみに、【走る】スキルも注目を集めてる。こっちは単純に街から街までの移動時間が短縮されるだけじゃなくて、成長すれば盾持ちの攻撃スキルにも使えるしね」

「あぁ、なるほど……」

 【走る】スキルに関しては、私も知っている。【歩く】スキルと正反対を行く印象のスキルだったので、軽く調べてみたことがあったのだ。

 あいにくと、私はユニーククラスの制限を受けて取得できなかったのだけれど、【走る】は【走る】でなかなかの良スキルだったはずだ。

 その上位スキル【走破】は走っている最中に攻撃を繰り出すことで、物理攻撃に強力なノックバック効果が追加されるようになる。

 しかもこのゲーム……盾は意外なことに防具ではなく武器として扱われる。つまり、盾を構えながら敵に向かって突進すると――まぁ、そういうことである。

 なんてことはなさそうなネーミングのスキルが、実は強力無比な性能を持っている。ファルオンではそういったスキルが意外と多いみたいだ。

 ――閑話休題。

 エウレカドリンクとセパレタリキッド。そして作り置きしてあるエリクシルパウダーに、リバシアリキッド。

 これで、ルケミカ融和剤を作るための材料はすべてそろった。

 ミリスさんが言うには、後はこれらのポーションを混ぜれば出来上がりらしい。

「さて、と。それじゃ、後はこれをひたすらかき混ぜるだけだね」

「混ぜるだけだからすぐに終わる……」

「でもこれ、私だとCPが結構きついですね……」

「こちらにお茶を入れておきますから、適度に小休止を入れながら取り掛かりましょう」

 ミリスさんのお茶にはCP回復効果があるからね。短期集中作業をするときには結構重宝するんだよね。

 調薬スペースの鍋を使うと一度の生産個数の多さに応じて消費CPにも倍率がかかる。3倍の個数なら2.5倍強の、5倍の個数を生産するなら4倍の消費CPとなる、といった感じだ。

 一応、大量生産ボーナスとして消費率が若干低くなるとはいえ、それでも消費率は携行用調合器具の80%程度にしかならない。

 つまり、調薬スペースを使うにしてもそれなりのCPは必要となるというわけである。

「地味に助かります」

 アスミさんの現在のCPはすでに100を上回っている。

 ルケミカ融和剤の製作に最低限必要なCPは30だから、確かに途中で小休止は入れたほうがいいだろう。

 さて、と。それじゃ、早速素材をまぜまぜしていきましょうかね。

 残りの工程は、作った中間素材を鍋の中に全部投入して、ただかき混ぜるだけらしいし。

 別室で調合をする予定の鈴達を送り出して、私は今作ったばかりのポーションたちを手に取り、ルケミカ融和剤の調合を始めた。

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