63.王都へ行こう


 冒険者ギルドに鉄鉱石を納品して、その足で私は一旦店に帰ることにした。

 すると、鈴もちょうど帰ってきたところのようだった。

「お疲れ、ハンナ」

「鈴もお疲れ様。どうだった?」

「意外と迷った。結構、王都は道が入り組んでる」

「あらら……しっかり道が整備されてそうな感じだったんだけど、そうでもないのかね」

「ううん。そういう意味では、確かに整備はされてたんだけど……単純に表通りと言えるような場所でも、分岐が結構多くて。雑多とした街並み、というのかな……」

 あ~、そういう……。

 私が王都に行くときは、注意しないといけないな。

 入り組んだ街並みということは、それだけ迷いやすい。つまり、移動に時間がかかりがち。

 ということは、私の場合それだけ敵性NPCからの襲撃も多くなるということに繋がる。

 街を歩くだけで疲弊させられるなんて嫌だし、そうなる前にイベント期間中を有効活用して、可能な限り王都の街並みを調べまわる必要がありそうだ。

「クラスがらみのイベントやクエストで王都に行かないといけなくなった時のことを考えると、ちょっと今のうちに王都のことを知っておきたいかな」

「それなら、午後からは王都を中心に活動してみる?」

「あぁ、いいかも。普段とは違う場所で活動するのも、それはそれでオツなものだったし」

「王都は王都で、いろいろなクエストがありそうですしね。じゃあ、午後からは王都でクエストを受けていきましょうか」

 何気なくポツリとこぼした私の言葉により、急遽今日の午後からは王都で活動することになってしまった。

 とりま、このことについては一応ウィリアムさん達に伝えておいた方がいいかもしれない。

 なんか、私のユニーククラスのバックストーリー的に、王都に行くこと自体が少なからず波紋を起こしそうだし。

 というわけで、早速エレノーラさんのもとへ行って、急な王都行きを伝えた。

「またずいぶんと急な話ね……。幾分には構わないわ。でも、お店のことはどうするの?」

「あ、ファストトラベルができるのでそこは問題ありません」

「そう……なら、念のために王都邸のあなたの部屋もこの際に使えるようにしておきなさい。今後王都に用事ができた際に、何かと便利でしょう」

「王都邸……」

 そう言えば、そんなのがあったんだっけ。

「王都邸って、どの辺にあるんでしょう」

「そういえば言ってなかったわね。リサ、王都の地図をここへ」

 例によって、エレノーラさん付きの侍女リサさんが流れるような動作で近づいてきた。

 彼女の手によって机の上に広げられた地図には、なるほど鈴が言ったように、碁盤の目というよりは蜘蛛の巣のように複雑に絡み合う道路が示されている。

 王都の街並みは、地図上で見る限りではおおよそ三つの城郭によって構成されているようだ。

 一番内側、つまり最も奥まった位置にあるのはおそらく王宮や離宮など。

 そこから人区画外側に出ると、比較的大きな建物が立ち並ぶ区画。

「ヴェグガナルデ公爵家の王都邸はここよ。貴族街の中でも、最も王城に近い場所」 

 公爵家の王都邸は、その比較的大きな建物が立ち並ぶ貴族街の、城門にほどなく近いところにあるらしい。

 というか、指し示されたところ、かなり広大な敷地のように見えるんだけど?

 地図上でエレノーラさんが指し示したのは、王城の中でも中央部に近い部分。

「一応、あなたのことや鈴さんとの関係性のことは伝えてあるから、行けば二人は顔パスで通してもらえるはずよ。ただ、アスミさんに関してはその限りではないわね」

「やっぱりそうなりますか……」

「えぇ。残念ながら、話を通していませんからね。許可証を準備するから、向かうなら午後にしてくれると助かるわ。そうしてくれたなら、アスミさんも貴族街への入場はもちろん、我が家の王都邸へも顔パスで出入りできるようになるはずよ」

「お気遣い、ありがとうございます」

 ふぅ……二人が王都邸に入れるかどうか、そのことを気にするのすっかり忘れてた。

 エレノーラさんがうまく取り計らってくれて、助かったよ。

 ……でも、王都かぁ。

 これってもしかすると、、下手をすると婚約破棄をしてきたっていう王太子と鉢合わせすることにもなるんじゃ……。

 そうなったときのために、ちょっとだけ警戒はしておいた方がいいかもしれない。一応気に留めておこう。

 それからお昼休憩をはさんで午後。私達は出かけ支度を整えると、アスミさん用の許可状を携えて王都へとファストトラベルした。

 持ってきたものは、いつもの冒険セットと、あと屋敷のアトリエで使っていた携行用の調合器具。

 いつでも取りに戻れるとはいえ、やっぱりないと不便だからね。こればかりは、すぐに使えるところに置いておきたいのだ。

「ひとまずは、ヴェグガナルデ公爵家のために用意された離宮へと向かいましょう」

「そうだね」

 イベント限定のものではない、正規のランドマークに触れて王都の南広場を登録してから、私達ははるか遠くに見える王城へと向かって歩き始める。

「王都で生活している者達も、大多数の人は何かしらの問題を抱えているようですね。やはり、今の王国内では、何かが起ころうとしているのかもしれません」

「だろうね……」

 実際にはイベントのタイトルからして、絶対に何かが起こるのは確かなんだけど……それがどういうストーリーで動いているのかはまだ全然つかめていない。

 ただ、掲示板上では各地の遺跡で邪教とらしい集団をクエストで討伐したり捕縛したりした、という報告が上がっているから、遺跡がキーになっているのは確かなんだろう。

 ――というか、弟君のクエストの時も遺跡がキーになっていたんだけど、また遺跡か! って感じだよね。

 まぁ、イベントのテーマ的にそうなっても仕方ない感じはあるんだけど。

 そんな話を挟みつつフィーナさん、ヴィータさん先導のもと、私達は王都の中央広場から数十分の時間をかけてようやくヴェグガナルデ公爵家の王都邸へと到着した。

 にしても……。

「改めて見てみると、本邸も屋敷と言いつつどことなくお城か宮殿かっ! って突っ込みたくなるような規模だったけど、こっちもこっちで大概だねぇ」

「だねぇ」

 とうか、ウィリアムさんの実家がこっちなせいか、本邸よりもこちらの方がはるかに大きく見える。

 いや、実際にこちらの方が大きいんだろうな。

 別邸、ここじゃなくて公爵領の屋敷じゃないの?

 そう思わずにはいられない規模だった。

「そして、こちらにも温室とアトリエはありました、と……。なんか調合器具まで備え付けられているし」

 ちょっと使い古した感じがあるし、これもエリリアーナさんのお古なんだろう。

 さすがに調合器具の手入れはされていなかったらしく、すぐに使用することはできなさそうだったけれど、マナランプを入れ替えたり、フラスコなどの容器を洗浄したりすればまた使えるようになるから、あとでメイドさん達に洗浄を依頼しておこうかな。


 軽く屋敷内を見学し終わった私達は、王都邸のアトリエにあった調合器具の洗浄や整備を使用人たちに依頼した後、早速王都の探索に出かけることにした。

「さて、と……それじゃあ、早速王都をぶらりと歩いてみますか?」

「ん、時間は有限だし、そうするべき」

 私も鈴に同感であるイベントは未だ7日あるとはいえ、さすがに悠長に構えていてはもらえる報酬が減ってしまうしね。

 王城の城門前にランドマークがあったので、まずはそれに触れて登録しておく。

 それから、私達はまず貴族街を散策してみることにした。

 先程通ってきた時もそうだけど、貴族街でも意外と貴族や貴族の従者と思われる住民NPC達が外を出歩いていた。

 貴族たちは自分の脚ではあるかない、と思っていたが、ファルティアオンラインの世界ではそうでもないようだ。

「さすがに、ずっと屋敷に籠っていたり、馬車などに頼ったりしていたら歩けなくなってしまいますからね。貴族街であれば、ある程度の治安の良さは約束されていますし、近場の店であれば普通に出歩く方が多いですよ」

 なるほど。そういうものなのか。

 言われてみれば確かに、SECUREの表示も150とイベントでなかったとしてもギリギリDENGERにはならない程度の数値を示していた。

 貴族街は、ゲーム内で貴族になったプレイヤーにとっても活動しやすいようなフィールドになっているようだ。

「もっとも、そうであっても、貴族の令嬢や婦人は、出歩くならば午前中が中心ですけれどね。そう考えるとハンナ様の今の行動は論外なのですが……まぁ、異邦人、ということで大目に見させていただいてます」

 ありゃ。そうだったんだ。

 とはいえ、さすがにそのあたりは考慮してもらえないとできることがなくなってしまう。

 こちとらリアルでの活動もあるんだし。

 ――っと。向こうから歩いてくる貴族の男性NPC、頭上にイベント限定クエストのマークがついてるね。しかも白オーラが出てるってことは報酬がいいクエストってことだし、ちょっと話を聞いてみようかな。

「そこの方。少々お話に付き合ってはくださいませんか?」

 ちょうどいい距離感を目測で図りつつ近づいてから、貴族令嬢らしい口調でその男性NPCに語り掛けてみる。

 サイファさんのスパルタレッスンのおかげで、ここ最近はこんな口調もすらすらと出てきてしまうんだよね。

「おぉ、これはこれは、ヴェグガナルデ公爵令嬢ではありませぬか。もう、療養は済んだのですかな」

「はい、おかげさまで」

「なるほどなるほど。これはよき報せでございますな。ヴェグガナルデ公爵令嬢が異邦人として覚醒なされた話は聞き及んでおります。療養も済み、ここまで貴族らしい振舞いができているとあらば、そろそろデビュタントも近いやもしれませぬなぁ……」

「いえ。今は未だ、そのような話は私のもとには来ていませんね」

 ちら、とサイファさんに視線を送る。

 サイファさんは意を受けたらしく、私にそのあたりの話がどうなっているのか説明をしてくれた。

「これから先、徐々に他家の茶会やパーティなどに赴いて顔を広めつつ、コボルトの月かラットの月にはデビュタントを考えているとのことです」

「そ、そうなんですか……」

 すでにもう話は動き始めていたのかぁ。

 いや、ダンスのレッスンとか入ってきたし、さすがにそうなんじゃないかなぁ、とは思っていたんだけどさ。

 あらためてその話を聞くと、いよいよクラスシナリオが動き始めているんだなぁ、と実感させられるよ。

「おぉ、そういえば申し遅れておりましたな。私はエルディス伯爵家が当主、キース・エルディスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」

「これはご丁寧にありがとうございます。私、Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデと申します。以後よろしくお願いいたします」

「はい。よろしゅうお願いいたしますぞ」

 ふぅ……挨拶はまぁ、こんなものかな。さて、本命はこれからだね。

「それで、エルディス伯爵。何やらお困りのご様子でしたが、何か御悩み事でもございませんか?」

「おぉ、ヴェグガナルデ公爵令嬢は聡いですな。野外ゆえ顔には出さぬように心がけていましたが、まさか見抜かれてしまうとは……いやはや、情けないですな……。実はまさに仰る通りなのです。今朝になっていたずら盛りのせがれがポーションを保管していた箱を落としてしまいましてな。近々貴族仲間たちと行う狩りにこのままでは支障が出てしまうというに、昨日から続く王国内での混乱騒ぎ。果たしてどうしたものかと悩んでいた次第なのです」

 なるほど、そう来たかぁ。

 クエストの内容は、ハイポーションをVT、MPそれぞれ25個とリフレッシュポーション、そしてエリクシルポーションをそれぞれ10個の納品。

 ハイポーションに関しては『解毒作用(微~)』付きの効果指定まである、けど……これらのアイテムなら、今の私と鈴ならもう作るのはお手の物。

 アスミさんも、私達がフォローすれば十分可能だろう。

 私達は二つ返事でこれを受けることにし、屋敷に戻って早速調合することにした。

「……はぁ、ビックリしました。まさか、ハンナさんがあそこまで見事なロールをかますなんて……」

「まぁ、伊達にサイファさんのスパルタレッスン受けてるわけじゃないからね」

「ハンナ、VRヒュプノかかってない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。多分、かかってたとしても軽度だろうし」

「それならいいんだけど……」

 VRヒュプノシス。かかると結構面倒だっていう話聞くしね。

 リアルでの生活にも支障が出るほどではないと思うし、まだ大丈夫だとは思うけど、深くMtn.ハンナ・ヴェグガナルデというキャラに入れ込み過ぎないようにうまく自分をコントロールしないといけないよね、この辺りは。

 さて、それじゃあ早速調合だ!

 私と鈴はヴェグガナークのアトリエ・ハンナベルから持ってきた調合器具を。

 アスミさんも【調合錬成】スキルがクラススキルに含まれていたためか、チュートリアル報酬の中に始まりの調合器具があったらしいので、それを使ってもらっている。

 とはいえ、始まりの調合器具ではできることもかなり限定されてしまうので、帰って来る途中にNPCショップの雑貨屋で購入したマナランプを組み込んで、駆け出しの調合器具にパワーアップさせているけどね。

 アスミさんは申し訳ないから出世払いでもきちんと支払う、と言い張っているけど、私は別にそれほど気にはしていない。

 数万くらいなら、お店で一週間くらい頑張れば、エレノーラさんへの利益還元を差し引いても十分取り戻せる程度だからね。

「アスミさんは、ハイポーションはまだ作ったことないですよね」

「もちろんですよ~。まだ普通のランクのポーションですら作れるようになって間もないというのに、その一つ上のランクなんてさすがに早すぎますよ」

「あはは……作り方自体は、そう難しくはないんですけどね」

 何を隠そう、ただ普通のポーションを作る工程の中に、冷却した後ですり潰したヒルアベリーを加える、という工程を付け加えるだけなんだし。

「ね。試しに作ってみない?」

「えっと、それじゃあ試しにやってみますね……」

 アスミさんは、緊張した面持ちでまずは普通のポーションを作るのと同じ段取りで調合をしていく。

 そして、最後普通のポーションであれば、魔力を付与するタイミングでコルダウンの魔法で冷却し――そしてあらかじめすり潰しておいたヒルアベリーを投入し、さらに味付け用のオレンの実で味を調える。

 最後に魔力を付与すれば――うん、完成!

「おめでとう、アスミさん。VTハイポーション5個、完成だね」

「やった! サポートありがとうございます、ハンナさん!」

「いやいや、ほとんどアスミさん一人でできてたじゃん。私はアドバイスしただけだし」

「そうですね。アスミ様、見事なお手前でしたよ」

 照れくさそうにするアスミさんを、私達はその後しばらくの間ほめたたえた。


 ――ちなみにエルディス伯爵のクエストは貴族というだけあってさすがに割高だった。

 さすがは白オーラクエスト、報酬は半端ない。

 これからも白オーラのクエストを見かけたら、真っ先に受けていかないとね。


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