62.ゴリムラさんとの再会


 樹海の休息所では、満腹度の回復を兼ねた休憩をしているプレイヤーがそれなりにいた。

 ヴェグガノース樹海では、木の実や野草もちろんのこと、トレント以外に野獣系のモンスターも出てくるので、そいつらを狩るなりしても食材は手に入る。

 アイーダの森よりも、満腹度的にはコスパがいいのだろう。

 キノコだけは、食用キノコに似たデバフ解除ポーション用の素材(いわゆる毒キノコ)を採ってしまうこともあるから注意が必要だけど。

 キノコは他の素材と違って、鑑定性能のあるスキルがないと判別できないからねぇ。

「お? ハンナじゃないか」

「え? あ、ゴリムラさん。どもです」

 休息所から北に向かおうと地図で方角を確認していると、少し離れたところから私を呼ぶ声が。

 誰だと言わんばかりに声のした方を見てみると、そこには昨日、オープニングセレモニーの時に出会ったばかりの人相の悪そうなアバターのプレイヤーがいた。

 傍らには、ちょっと大柄な女性プレイヤーの姿もあった。

 女性プレイヤーさんは銀色の髪をポニーテールにしており、眼は碧眼。

 レザーメイルとマントを身にまとい、弓と矢筒を持っていることから弓術士であることが伺える。実際のクラスはちょっとそれだけじゃわからないけど。

「ゴリさん、この人は……って、お嬢様じゃん!? こんなところで何してんの?」

 お嬢様って……掲示板での私の呼び方じゃない、それ。

 まぁ、今さらどうこう言ってもおさまるような感じでもないので、もう掲示板での呼び方にはノータッチでいくつもりだけど。

「あ~、私達はイベントのクエストで鉄鉱石と銅鉱石を取りに……」

「あぁ。ギルドに張ってあった奴な。あれも結構ポイント稼げるからな」

「あーね。あれか。私達も、いくつか依頼を一気に受けてて、その中の一つにそれと似たようなのあったんだよね。ついさっき採掘終わったばかりだよ」

「だな。今はトレント倒して木材集めている最中だったんだが、満腹度がヤバくなってきちまったんでな。休憩がてら、相方の手料理を堪能してたところだ」

「た、たんのうって……」

 おやおや、女性プレイヤーの方がなんか顔を赤くしちゃってるよ。

 ちょっとだけ異性として意識してるのかな。

「っと、せっかく会えたんだし、自己紹介とフレンド登録しておきましょうか」

「ですね。知っているみたいですけど、私はMtn.ハンナといいます。よろしくお願いいたします」

 軽くカーテシーをして挨拶する。

 女性プレイヤーはひゅ~、と口笛を吹いてすごいわね、と褒めてくれた。

「見事なまでのロールだね。さすがはNPCに厳しく躾けられてるだけはある」

「あはは……苦労させられてます」

「まぁね~。鈴ちゃんの配信介して見させてもらってるけど、私は正直勘弁だなぁ。お嬢様生活って言うとあこがれるものがあったけど、その実態を垣間見させられたような気分で、今はちょっと遠慮したいかな……」

「ですよね~」

 わからないでもないよ、その気持ちは。

「私はあてなっていうんだ。ひらがなであてな。ギリシア神話の女神の名前じゃなくて、単純に名前を切り抜いただけなんだけどね」

「あぁ、そうなんですね。でも、それでアテナってなるのもなかなか珍しい気はしますけどね」

「うん。友人知人からも、珍しい苗字だってよく弄られるもん」

 それは……大丈夫なのかな。

 まぁ、飄々としているし、気にしていないみたいだから大丈夫なんだろう。

「ゴリムラさん、もしかしてクラン『ゴリアテ傭兵団』の『ゴリアテ』って……」

「おう。もしかしなくても、俺とこいつのPNから取ったんだ。ちなみにクラマスは俺じゃなくてあてなだけどな」

「…………、おかげさまでこいつの手下たちから姐さん呼ばわりされちゃってて、ちょっとうっとおしいけどね」

 まぁ楽しくやらせてもらってるよ、とからからと笑う。

 うん、やっぱりユニーククラスもプレイの仕方次第では、十分楽しめるんだよね。

 ……いろいろと制約は付き纏うけど。

 ゴリムラさん達とは、それから少し話をして、そのまま別れた。

 なんでもゴリムラさん。今回のイベントで、ユニーククラスということでなにやら重要な役回りを与えられているらしい。

 まだ詳しい内容は本人にも伝わっていないし、そもそも『詳細はその時になればわかる』程度のことしか言われてないようなのでゴリムラさん自身もあまり要領を得ていないが、ようは公式イベントも時間が進んでくると、ゴリムラさんはユニーククラス関連で思うように動けなくなる可能性があるらしいのだ。

 そんな事情があるため、ゴリムラさんと彼に協力しているあてなさんは、今のうちに精力的に動き回っているらしい。

「ハンナは、何かそういった話は来ていないのか?」

「私のところには何も来てませんね」

 ナビAIも何も言ってなかったし、運営からもメッセージは届いていない。

 何かあればメッセージなりなんなり来るはずだから、おそらく今回は私は無関係でいられるということなんだろう。

 もしかしたら今後の公式イベントで、私にも同じ話が来るのかもしれないし、この話は気に留めておいたほうがよさそうだね。


 ゴリムラさん達と別れた私達は、改めて地図で方角を確認した。

「さてと……北は、あっちか……」

 それから、満腹/飢餓度のゲージも確認する。

 ん~、まだ少し満腹度が残っているとはいえ、少し心許なくなっているかな。

 このままだとじきに飢餓度ゲージに変わって、時間とともにフィジカルが低下していってしまう。

 そうならないうちに、何か食べておくべきだね。

 私はミリスさんに手を差し出す。

「ミリスさん、いつものサンドイッチくれる?」

「かしこまりました」

「ありがとう」

 ミリスさんは、毎日私がログインするまでに、こうしてサンドイッチを用意してくれているのだ。

 おかげで、ファルオンを始めてからこっち、私は満腹度に困るようなこともなかった。

 夏休みに入ってからは、時間が余った時に自分で厨房に入って作ることもあったんだけど、ミリスさんが作るサンドイッチにはやっぱり敵わないんだよね。

 やっぱり侍女だから、なのかな。スキルの差もあるんだろうけど、同じ貴族のはずなのにおかしいね?

「アスミさんも、はい」

「ありがとうございます。私も結構ヤバめだったんですよね」

 さて――彼らをしり目に眺めつつ私は休憩所をスルーして、サンドイッチを片手に当初の目的通り休憩所から北へと一直線に向かって歩いていく。

 途中、ポーションの素材になるアイテムをかき集めることももちろん忘れない。

 そうしてしばらく進んで行くと、遠目に切り立った崖がそびえているのが見えてきた。

「見えてきましたね」

「うん。でも、位置的にはもうちょっと東の方かな……」

 とはいえ、崖を見失っても仕方がないので、私達は一度崖の手前まで抜けることにした。

「……あ。あれかな、あの穴。どう思います、アスミさん」

「多分、そうじゃないかなと。一応、マップに印付けといたんですけど、大体この辺りですし」

 とにかく、入ってみよう。

 穴の中は――う~ん、こうもりだらけ。

 一度みんなに目と耳をふさいでもらって、フラッシュバンの魔法で一掃した。わかりやすく爆音に弱くて助かったよ。

 にしても、こうもりの羽って、なんに使えるんだろうね。

 被服? 裁縫にでも使えるのかな。

 とりあえず、ドロップした以上はもらっておくことにする。

 時間が空いた時にでも、ホーキンさんに持って行ってみよう。

 肝心の鉱床はというと、私の目論見が見事に的中。【観光】スキルの効果によって、私の視界にはしっかりとつるはしのマークが表示されていた。

 それも1か所や2か所なんてものじゃなく、そこかしこに点在している。

 多分、ここが例のちょっとした鉱脈ってやつなんだろうね。

 早速、手近な採掘ポイントにピッケルを大きく振りかぶって突き立ててみる。

 ――ガァン!

 硬質な音が洞窟内に響く。

 ぽろぽろと崩れ落ちてきた石を拾い上げてみると、それは確かに鉄鉱石として入手アイテムウインドウには表示された。

 ちなみに採掘するだけなら、別に【採掘】スキルは必要ない。

 【採掘】スキルは採掘できる隠しポイントが可視化されるという効果だし、隠しポイントでなくても目に見える鉱床はいっぱい露出してるからね。

 そう言った鉱床からも、有用な鉱石類は多々手に入る。

 まぁ、そりゃ【採掘】スキルの有無で言えば、素材の採取という意味ではあった方が効率はいいんだけど。

 あと、私やアスミさんの場合だとそもそも【歩く】系のスキルがあるから、【採掘】スキルがなくても問題なく隠し採掘ポイントを発見できちゃうんだよね。

 【歩く】スキルがクラススキルで発現しなければ、ここで【採掘】スキルが日の目を見ることができたんだけど……世の中、何とも世知辛い話である。

 まぁ、そんなわけでお荷物スキルとなってしまった【採掘】スキルではあるけれど。

 成長させていけば、ゆくゆくはスキルポイントを生産してくれるので、採掘中はやっぱり控えから出しておくことにした。

「うん、うまく採れそう」

「お嬢様には採掘の才能がおありだったのですね。エリリアーナお嬢様にはありませんでしたし……ハンナお嬢様ご自身の才能、ということなのでしょう」

「そういうことだね」

 とりあえず、クエストの分の鉄鉱石以外にも、また何か必要になることがあるかもしれないし。

 ミリスさんに頼んで、彼女が持てる分だけ採掘してから帰ることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る