61.話はどこまでも飛躍する
翌日、イベント二日目。
「今日は、南東区に行ってみよっか。冒険者ギルドにも足を運んでみたいな」
「うん。いいかもしれない」
「ここは港町ですけど、付近に自然が多いせいか意外と森林地帯でのクエストが多いんでしたっけ?」
「そうですね。ただ、一応スラム街の治安がゲーム内でもトップ3に入るほど悪いので、スラム関連の依頼も結構あるみたいです」
「へぇ。レクィアスとモルガニアを足して2で割ったような感じですね」
「まさにそんな感じ」
ということは、レクィアスはスラム街関係のクエストばかりって言うことか。
冒険者ギルドでも街内部で完結してしまうほどスラム街関係のクエストが多いって、やっぱりスラム街の治安の悪さワースト1位は伊達ではないみたいだね。
――というわけで、私達は街の南東の方へと移動していった。
もちろん、途中で何か面白いクエストが見つかるかもしれないので、今日もファストトラベルは使わずに屋敷から歩いて移動している。
「南東区は、掲示板に出てる情報によれば、冒険者ギルドと船舶ギルドで周辺の依頼が取りまとめられてるみたい」
「というか、大体の街区の依頼は、ギルドに集まってそうだけどね」
「そうでもない。西区では住民用の共用掲示板に周辺の住民NPCからの依頼が集まってるし、南西区では南西門の詰め所がその役目を担ってるみたい」
「北区は、やっぱり公爵家だね」
「うん。屋敷の敷地付近にある詰め所に向かうプレイヤー、結構見かけるもんね」
北区には商業ギルドもあるんだけど、商業ギルドはこのイベントで狂ってしまっているらしい流通網を鎮静化するために、公爵家と一緒になって奔走しているらしい。
イベント絡みのバックストーリーが絡んでいるのか、それでも衛兵という人材が余っている公爵家が、ギルドや掲示板の代わりを担っているのだろう。
「他の街でも、領主がいる地方都市とか、中央にあるアステラド城下町は複数の公共団体がクエストを取りまとめてるみたい」
「わかりやすいクエストは、大体はそこに行けば受けられるわけか」
「そういうことだね」
ただ、中にはやはり、昨日私達が受けたみたいな、住民から直接受ける隠しクエスト的なものも多数ちりばめられている。
そのことを昨日、初っ端から鈴の配信を介して私が早々にその事実を拡散してしまったために、プレイヤーたちのおおよそ半分くらいは住民NPC達に凸しまくって、誰がどのようなクエストを出しているのかを確かめに奔走しているらしい。
掲示板の様子を見るに、すでにその成果はそれなりに上がってきているようだ。
ちなみに、昨日鈴の配信で私やアスミさんが暴露してしまったことについては、鈴のもとに運営から連絡がきたらしく、それも織り込み済みであるとのことでお咎めなしだったそうだ。
これを機に日陰者のスキルにも目を向けてもらえたらいいな、という魂胆もあるらしい。
さすが、運営も使えるものは何でも使うスタイルみたいだ。
「早速BOXガチャ引いてみたんだけど、これがなかなかに私にとって、痒い所に手が届く采配で。しかも外れ枠のゲームマネーも、金欠気味の私にとってはとてもおいしい報酬」
「そうなんだ。私もあとで見てみよう」
BOXガチャは、まだ中身を確認してないんだよね。
一応、メニューの『イベント報酬』からBOXガチャを開けば回すことはできるんだけど。
「にしても、こうして歩いているだけで、やっぱりいろんなNPCがクエスト出してるな……あり? 道を走り回っている人にもクエストマークがついてるね」
しかも、光撒き散らしてるし。
これは良クエストを出してくれるNPCのサインなんだけど――あいにくと、相手はダッシュで走り去っていってしまった。
こちらは、例の令嬢教育イベントのおかげで歩幅と歩行速度に制限がかかっている(破ろうと思えば破れる)ために、追いつくことはほぼ不可能だ。
なんなら、制限破ってもハイヒールを履いてるから、例え走ってもそれほど速さは出ないだろうし。
「本当? だとしたら、追いつきたいところだけど……」
「追いつけそう?」
「……無理。見た感じ、SPDが圧倒的に足りない。そもそも、私たち全員履いてる靴は細めのヒールだし、それほど速力出せない。多分、ルートを監視して把握して、どこかで待ち伏せしないと捕まんない」
「だねぇ。とりあえず、今は保留でいっか」
「うん。時間は……よし。明日、今より少し早いくらいの時間に、もう一度見てみよう」
そうして、私達は再び冒険ギルドへと向かって歩き始めた。
20分ほどかけてたどり着いた冒険者ギルドの中はいつも以上ににぎやかで、人をかき分けて進まないと掲示板のところまではたどり着けないほどだ。
「はぁ、やっとたどり着けた」
「予想はしてたけど、すごい人だかり……」
「とりあえず、受けるクエスト選んじゃおっか」
二人して素早く、張り出してある依頼書に目を通していく。
やがて、それぞれ一枚ずつ異なる依頼書を手に持ち、受付を待つ行列の最後尾へと並んだ。
「鈴が選んだのは――ポーションの運搬か」
「うん。王都のギルドまで、届けてきてほしいって」
「なるほどね。私が選んだのは、これ」
「…………鉄鉱石の納品か……」
鉄鉱石などの鉱石類は、鉱山などに行かなくてもそこら辺の鉱床などをピッケルで掘れば、そこそこの頻度で見つかると掲示板には書かれてたしね。
どの鉱床から何が出てくるかはわからないので、確実性が欲しいのならやはり鉱山に行くのが一番、とのことだったけど、私には一つ秘策というか、手掛かりが得られそうなスキルがあるからね。
これを選んだのだ。
「あ、ハンナさんは私のと似てますね。私は鉄鉱石じゃなくて銅鉱石でしたけど」
「ありゃ。ほんとだ」
まさか似通った依頼が別個で出されていたとは思わなかった。
まぁ、よくよく見てみれば依頼人は別のNPCだったから仕方ないことなんだけど。
効率よく終わらせるために、私達は二手に分かれることにした。
王都にファストトラベルする鈴を見送ってから、私は似たような依頼を選んだアスミさんを連れて、ヴェグガナークの南西区へと向かって歩き始めた。
南西区へ向かったのは、採鉱するために必要な道具、ピッケルがなかったからだ。
職人ギルドでピッケルを購入した後はその脚でひとまず屋敷に戻り、ミリスさんを伴って図書室へ向かう。
探すのは、ヴェグガナルデ公爵家の領内のことが詳しく書かれた本。
掲示板を見るのもいいし、フェルペンスに直接行ってみるのもいい。
だけど、街の近場に鉄鉱石が取れるような場所があるなら、そこで掘るのもありかな、と思ったのだ。
図書室に入ると、そこにいたのはサイファさん。
冒険に出ないのなら、とサイファさんは昨日今日と屋敷の中に籠っていたのだ。
ちなみに本日が日曜日だというのに令嬢教育をやっていないのは、どうやら今回の騒動で異邦人、つまりプレイヤーたちが活発に活動しだしているかららしい。
基本的に、私に令嬢らしい動きを求めてくるサイファさんではあるものの、やはり異邦人に対する最低限の節度みたいなものは保っているらしく、今回みたいな公式イベントの時はとやかく言ってくる気はないらしい。
「あ……おはようございます、サイファさん」
「おはようございます」
「はい。ご機嫌麗しゅう、ハンナ様、アスミさん。今日は、鈴様はご一緒ではないのですね」
「さすがに、いつも一緒というわけでもないですよ。今日は、別々のクエストを受けたんです」
鈴のことを聞いてくるサイファさんに、私は今日は一緒ではない理由を軽く説明する。
ちなみにサイファさんがアスミさんのことをさん付けで呼び、鈴の子とは様付で呼ぶのは、多分だけどウィリアムさん達に鈴とのリアルでの関係を説明しているからだろう。
サイファさんは貴族云々の上下関係には厳しいところがある反面、そういった複雑な事情には柔軟に対応してくれている。
でも、アスミさんにはそういった事情が一切ない。だから『さん』づけに留めている、といったところなのだろう。
「なるほど……。ハンナ様ご自身は、何かその関連で調べものですか?」
「そうですね。領内で取れる鉱石類のことを調べに」
なるほど、とサイファさんは頷く。そして、ふむ、と顎に手を当てて図書室内を軽く見回す。
「以前と配置が換わっていないのであれば……――」
彼女は少し歩いて、とある棚の前で止まった。
「…………ありました。こちらの資料を調べるのが手っ取り早いでしょう」
「早いですね……」
「えぇ。ハンナ様の今後の選択次第では、こうした資料も整えておく必要がありますからね」
「そうなんですか?」
「はい。とはいえ、公爵閣下はハンナ様の意思を最大限尊重する、とも仰っていましたから、変に気負う必要もないかと存じ上げます」
つまり、私の選択次第では領主ルートもある、ということか。
「ちなみにですが、ハンナ様には王位継承権もあることは伝わっていますか」
「うぇ!?」
「ええ!?」
私に王位継承権!? そこまで話が飛躍するの!?
「その顔は、公爵閣下はご自身の出自をハンナ様にはお伝えしていなかったのですね……」
「待って、サイファさん。ウィリアムさんってただの公爵じゃなかったの!?」
や、そもそも公爵という爵位自体に『ただの』公爵というのもすごくおかしい気がするんだけど、でも今ばかりはそういうのを許してほしい。
「はい。ハンナ様の仰る通り、ウィリアム様はただの公爵閣下ではございません。通常、公爵というのは王の血族にこそ与えられる爵位となりますが、例外的に王の二等親――つまり、兄弟姉妹にあたる方々にはもう一つの『公爵』が与えられます。俗にいう『大公』、プリンスやプリンセスと呼ばれるものですね。まさに、ウィリアム様がそれにあたります」
つまり、ウィリアムさんは王様の弟さん、もしくはお兄さん……!
あわわわわ…………どうしよう、なんでいつもこう、とんでもない爆弾がポンっと転がり込んでくるのかなこのユニーククラスは。
「というか、プレイヤーに王位って継げるものなのかな」
アスミさんがそうこぼす。
それに関しては私も同感だけどね。
サイファさんはこれに関してはサイファさん自身どう言うこともできないと頭を振るばかり。
「それを決めるのは現国王陛下であり、ウィリアム様であり、そして本人であるハンナ様です。私がどうこう言えた話ではありませんね」
「そうですか……でも、そうなっても私には選ぶ余地はあるんですね?」
「そうですね。……とはいえ、実際にその時が来たら、もう実質王位につけ、と命じられているようなものですが。それくらい、国王の言葉には重みがありますから」
サイファさんはそこで言葉を切って、それからこうも言ってきた。
「なんにせよ、ハンナ様の継承権は弟様に次いで第5位程度のかなり低い序列ではありますが、現在の情勢を考えると十分可能性がある、というのも否定できない話ではあります。気に留めておく程度ですが、意識は持っておいた方がよろしいかと存じ上げます」
「あまり聞きたくなかったなぁ、その話は……」
「まぁ、まだずっと先のことですので、今考えていても仕方のないことでしょう。可能性は限りなく薄くなってきているとはいえ、現状では未だに第一王子殿下が王太子。その次には第二王子殿下、王女殿下と続いていますからね。ハンナ様がご即位されるケースは、かなりのレアケースであると私は存じます。……さて。長々と話をしてしまいましたね。それでは、私は私で調べものがありますので」
「わかりました。えっと、資料ありがとうございます、サイファさん」
サイファさんにお礼を言ってから、私は読書机に座って資料を開いた。
資料の一枚目はヴェグガナルデ公爵領の地図で、どのあたりにどの鉱床があるのかが一目でわかるようになっていた。
――ふぅん。
鉱石類と聞くと、やっぱり今現在ファルオンで公開されている王国内だと、北西の鉱山街フェルペンスが有名だけど、意外とこの辺りでも鉱床自体はいたるところに点在しているらしい。
中でも、ヴェグガノース樹海の北端にある、ノリズマ高台の崖下では鉄鉱石の鉱床がよく見つかるという。
領をあげて採掘をするほどではないが、ちょっとした量が欲しいくらいなら十分間に合うくらいの埋蔵量を持つらしい。
「――なるほど。ヴェグガノース樹海の北端か……」
「調べ物は、終わったようですわね」
「あ、はい。おかげさまで……」
「礼には及びません。では、こちらの資料は私が戻しておきますので、ハンナ様はハンナ様がなすべきことに集中なさるのがよろしいかと」
「ありがとう、サイファさん」
「いえ。では、お気をつけてお出かけくださいませ」
サイファさんは、私が広げたままにしていた地図を手早く畳むと、そのまま資料の束の一番上に戻して、それを元の場所へ返しに向かう。
それを見送りながら、私はヴェグガノース樹海の中央部付近にある、樹海の休息所へとファストトラベルした。
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