60.イベント限定クエスト


 そこら中からクエストを求めて走り回る、プレイヤーたちの声が聞こえてくる。

 聞こえてくる会話のほとんどは、鈴たちのセレモニーについての話。

 そのほぼすべてが好印象で占められていて、オープニングセレモニーが大成功だったことは言うまでもないくらいだった。

 その余韻に後押しされてか、みんなイベントクエストを求めて必死の形相で大通りを走り回っている。

 私達は、そんな中をゆったりとした歩調で進んでいた。

 というのも、こうして街中を歩いているだけでも、サイファさんからの言いつけでミリスさんがしっかりと監視しているし、サイファさん自身も魔法で監視をしているらしいから、下手に他のプレイヤーと同じように走り回ることができないのである。

 ちなみに、イベント開催中ということで、私達はファストトラベルは使用せず、様子見も兼ねて屋敷から徒歩で表に出でてきた。

 ――のだけれど……。

「う~ん、早速にぎわってる。みんなで考えて、ホットスタートにした甲斐があったよ」

「あれ、あのゲリラライブ、鈴たちで考えたやつなんだ」

「うん、そうだよ。もともとは、セレモニーと言っても私達でイベントの概要を説明するだけだったんだ」

「でも、それだけじゃ例え私達がセレモニーの進行役を務めても、単調過ぎて場が白けちゃうと思って、みんなで考えたんですよ」

 なるほどねぇ。

 つまり、あれは鈴達なりに運営側の立場になって考えた、アイドルとしての秘策だったというわけか。

 確かに、この感じ……ちょっとばかり浮足立っているというか、興奮が抜けきっていないというか……。セレモニーの余韻は十二分に残っていそうだった。

「…………ん~、それにしても、イベント限定クエストって、どうやって受けるのかよくわかんないなぁ……。こうしてみてるだけじゃ、特にいつもと変わりないように見えるけど……」

「そうかなぁ……」

「ハンナには、いつもと違って見えるの?」

「うん。仕草はいつもと大して変わってないけど、なんかそこらじゅうで頭の上にクエストマークが浮かんでいるのが見えてるよ。紫色の、『EVENT!!』っていう文字がマークにかぶさっているから、多分これが目印なのかも」

 屋敷から広場までの道は商業区ということもあって、店主系のNPC達が受注主として選ばれているようだ。

 イベント期間内は何らかの理由で彼らの店がトラブルを抱えてしまい、解決しない限り営業に支障が出たままになってしまうのかもしれない。

 私がそんな考察を口にしていると、鈴はすごい、と目を見開いて私を見つめてきた。

「なんで私には見えなくて、ハンナには見えてるんだろう……」

「私だけじゃなくて、アスミさんにも見えてるんじゃないかな。どうですか、アスミさん」

「私にも見えてますね。ハンナちゃんが言うように、頭上に紫色の『EVENT!!』が確かに出てます」

「アスミさんにも……どういうこと?」

「簡単だよ。【歩く】スキルの効果」

「…………あぁ、そういえばそんなのハンナはクラススキルで発現させてたっけ……って、そんなにすごい効果あったんだ、それ」

「うん、そうだったみたいだね」

 私もこれ見て初めて知ったよ。

 内心、ちょっとびっくりしたしね。

「あと、一部の人は白い光の粒子が出ていたり、逆に黒いもやもやに包まれていたりするから、それも何か関係があるかも」

「あら。それは私には見えませんね……あ、【歩く】が派生可能ですね。【散歩】にしてみましょうか。うわっ、これ凄いですね。ハンナちゃんと同じように、白い光とか黒い靄が見えるようになりました」

 うはぁ、さすがは【歩く】スキル、成長が早すぎるなぁ。

 もう【散歩】スキルになっちゃうなんて。私もうかうかしていられないや。

「なんかかなり優遇されてるね。ハンナは、ついに公爵令嬢の本懐発揮?」

「多分?」

 とはいえ、その逆に、初期状態にあった特性や最初のランクアップで追加された特性が徐々にパンチを効かせてきているから、素直に喜べない実情もあるんだけどね。

 レベルなんて、もう10レベル近くもブーストされてしまっている。おかげで純粋なプレイヤーレベルの上昇が他の人よりも遅れつつある状態だ。

 ……さて、それじゃ早速、物は試しに目についた店の店主さんに話を伺ってみるとしますかね。

「あの、すいません」

 話しかけたのは、白い光の粒子を散らしていたおじさんのNPC。

 並んでいる商品は武器らしく、真新しい剣やダガー、槍などが店内に立てかけられているのが見える。

「おぅ、いらっしゃい。って、あなたはエリリアーナお嬢様ッ、いや、今はもうMtn.ハンナお嬢様でしたね。んで、うちになにか用ですかい? 買い物なら、いつも通りできるけど……」

「あ、いえ……なんか、すごくお困りの様でしたので。なにか、私共にお手伝いできることでもないかと」

「あぁ、やっぱりわかってしまいましたか。中身が変わっても、やっぱりお嬢様はお嬢様なんですね」

「あはは……。まぁ、まだ修行中の身ですけどね。……それで、何を困っているのでしょうか」

「いやぁな。実はうちは武器屋じゃなくて鍛冶屋でな。自分で打った剣をそのまま売ってんですがね……」

 あちゃぁ、これは外れだったかな。

 私、そっち方面のスキルは全然育ててないや……。

「実は炉の温度を高めるのに使うイグニ・グレネードが不足気味になっちまいましてなぁ。一応普通の石炭でもできないことはないんですがね……さすがに環境汚染がなぁ。んなもんで、どうしようかなぁと悩んでいたところなんです」

「そうだったんですね。えっと……イグニ・グレネード……」

 あれ? なんかそんなようなアイテムのレシピ、前に見たことがあった気がするな。

 もしかしたらこれ、どうにかできるんじゃない?

「ちょっと、できるかどうか考えてみますね」

「おう。ものがものだし、貴族のお嬢様にはもしかしたら難しいかもしれません。なので、できたらで構いませんですぜ」

 う~ん、イグニ・グレネードかぁ……。

「ミリスさん、作り方わかる?」

「はい、知っております。ただ、人の多いところでひけらかすようなものでもないので、屋敷に戻ったらお教えいたしますね」

「あはは、それもそうだね」

 それじゃあ、早速屋敷にファストトラベルして……ん、っとその前に。

「おじさん、もしよければ、石炭か何か、火薬に使えそうなものもらっていってもいいですかね」

「火薬に使えそうなもの? それなら、この前異邦人の人が持ち込んできたこれなんてどうですかい?」

 そう言って差し出されたのは、『グレネードナッツ』。

 ヴェグガノース樹海に素材集めに行くと、トレントからそれなりに手に入ることがある木の実だ。

 木の実といっても火薬カテゴリーに対応した特殊な木の実で、食材としては使うことができない素材だ。

「これなら私もいくつか持ってますよ」

 使い方に困っていて、死蔵していたからね。

 品質も、まだ新鮮なものがいくらか残っていたはず。

「あぁ。イグニ・グレネードは、これに石炭の粉末と、後は燃料に使えそうな粉末と調合技術があれば作れるはずだ」

「あぁ、そういえばそんなレシピだったかも……」

 【調合師】スキルのレシピ一覧で確認してみたけど、うん。やっぱりそれであってた。

 念のためにミリスさんにも聞こうかなと思っていたんだけど、スキルのレシピ一覧にあるなら、その手間は省けたかな……いや、でも一応ミリスさんに教えてもらいながら作った方がよさそう。

 一応危険物だしね。

「わかりました、何とか調合してみますね。ちょっと待っててください」

「おぅ。……なぁ、メイドさん。このお嬢様が無茶しないように、見張ってちゃくれませんかね」

「もちろんです。お嬢様は当家になくてはならない存在ですので」

 有無を言わさず頷いたミリスさん。

 そんなに私、信用ないかな。

 まぁいっか。

 私達は早速ファストトラベルでアトリエに移動して、『イグニ・グレネード』を作ってみた。

 アドバイザーにはいつも通りミリスさん。

 火薬には心得がないといっていたが、レシピがあれば別とのことだったので、ありがたく協力をお願いした次第だ。

 そうしてミリスさんに協力を仰いで完成したのが、こちらのアイテムである。


【イグニ・グレネード】×2 消耗品/投擲物

紐付き爆弾(10秒)、激しい爆発(中)、飛び散る破片(小)、燃え盛る紫炎(中)、温度上昇(特大)

 可燃物と火薬を石炭の粉末に混ぜ、容器に詰めた炸薬。

 V-POTベースの効果は、さすがに燃焼速度の方が早すぎて発揮できないだろう。

 職人が作る品の中ではよく見かける品物。

品質指数:961/1200 ☆4

対応カテゴリー:(投擲物)、(爆発物)、(粉末)、(燃料)、(火薬)

生産者:Mtn.ハンナ・ヴェグガナルデ


「私も、できた」

「お。どんな感じ?」


【イグニ・グレネード】×2 消耗品/投擲物

紐付き爆弾(10秒)、激しい爆発(中)、飛び散る破片(小)、燃え盛る紫炎(中)、温度上昇(特大)、燃焼長持ち(中)

 可燃物と火薬を石炭の粉末に混ぜ、容器に詰めた炸薬。

 V-POTベースを配合したことで特殊魔力変化を引き起こし、治療効果が持続性延長効果へと変わっている。

 作り手にとっては持てる限りの技術をすべて出し尽くした、作成時点では正真正銘の最高傑作。

 市場で見かける中では少し効果が高い品物。

品質指数:450/450 ☆2

対応カテゴリー:(投擲物)、(爆発物)、(粉末)、(燃料)、(火薬)

生産者:山田鈴


 おー。

 鈴も割といい感じにできてる。

 というか、品質指数がマックスに到達しちゃってるよね。

 私も、かなり高い品質のものができてしまったし。

 原因は言うまでもない。私が作り貯めしておいたV-POTベースだろう。

 あれの品質指数は試行錯誤を繰り返して、品質指数を可能な限り高めてあるからねぇ。

「私のもいい感じにできましたよ。ほら、こんな感じです」

 どれどれ、とアスミさんの完成品を見てみる。

 アスミさんのは……うん、こっちも大体いい感じだ。品質指数、743。スキルや職業補正など、補正の兼ね合いか若干最大値には届かなかったものの、ほぼ上限と言っていいくらいの品質。

 アスミさんも昨日一昨日の調合三昧で、だいぶ調合のコツをつかんで来たみたいだね。

 なにはともあれ、これで必要な個数は揃ったし、鍛冶屋の店主さんのところに早速納品しに行こうかな。

「作った個数が、ちょうど納品個数とぴったり同じなのが残念。フィールドに出て、クリーチャーで試してみたかったかも」

「また後で作って、暇な時に試してみればいいでしょ。さ、納品しに行きましょ」

 この後、クエストを受けた店主さんからも絶賛されて報酬が上乗せされ、三人そろってにんまりしたのは言うまでもない。

 私達双子はこんな感じで、公式イベントで快調なスタートダッシュを切ったのであった。


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