2-2:双子の妹は公式アンバサダー!? イベント開催編

新しい仲間とユニーククラス:ディーラー

54.アトリエ・ハンナベルの初日


 アトリエ・ハンナベルは初日に行った式典という名の開店キャンペーンが響いたのか、鈴のネームバリューもあって大繁盛。幸先の良いスタートダッシュとなった。

「やっぱり、アトリエがすぐ近くにあると、効率が違うね」

「そりゃあ、ね……」

 売り切れそうなアイテムがあったらすぐに調合して補充できるし。

 まぁ、材料がある限りではあるけど……なんというか、公爵家肝いりという扱いになってしまっているためか、人材がとんでもないことになっている。

 どうや斥候担当として選んだ三人が昼間はお店の運営維持に奔走しているらしく、午前中私達がいない時間を使って、材料を調達してきてくれているんだとか。

 昼過ぎにログインしてくると、それなりの量の材料がそろっているし、何なら材料が切れそうなタイミングで新しくカチュアさん達斥候組が補充してくるし。

「お嬢様。斬れそうな材料を追加で補充しておきますね」

「足りない材料や欲しい材料があったら、おもーしつけください!」

「お嬢様。こちら、私達でまとめた本日分の売り上げ明細と、市場をリサーチした結果の調書になります」

「ありがとう」

 というか、従者になってくれたNPCがとてつもなく役立ちすぎるんだよね。

 普通の使役職とは明らかに違う点として挙げられることの一つなんだろうけど、こうしてみてみるとNPCを召喚対象として『雇う』のはすごいことなのだなぁ、と実感させられる。

 あ、そうそう。

 私と鈴がお店を開いたことで変化したことの一つとして、私のサブクラス『薬師II』のクラスがクラスアップした、というのにも触れておかないといけないね。

 ちなみに、『薬師II』から『店持ち薬師(ランク0)』になったのは私だけ。

 鈴は先月のゲーム公式告知配信の時に浅木プロデューサーが語った『クラスチェンジは非推奨』というアドバイスを律儀に守っているらしく、未だに『薬師II』のままである。

 なお、普通の『薬師』から『店持ち薬師』になる条件は、ただ一つ――クラス名が示す通り、自分の店を賃借、購入問わず所持することである。

 借りるならまだしも、購入となればそれなりに費用が掛かるため、普通のプレイヤーであれば賃貸でこれをクリアし、ある程度お金が溜まってからその店舗を購入するというのが一般的。

 中には体験版とかでお金を予め稼いでいたおかげで、正式版でそれほど時間をかけずに店舗を購入できる人もいるらしい。

 あとは私と同じく、何かしらのクエストや薬師のクラスシナリオの報酬で手に入れた、という人も少なからずいるらしい。

 これは圧倒的少数派だが、私はそれらの中でも比較的店舗経営スタートが遅いようだ。

 つまり、探せば店を無償入手できるクエストも(難易度はどうであれ)用意されているということ。

 戦闘に自信のあるプレイヤーなら、こちらを選択する手もあるんだという、もっぱらの掲示板での噂である。

 さて、閑話休題。

 私達は、カチュアさん達姉妹の次女であるエルミナさんが置いていった売り上げ明細と調書を手に取り、軽く目を走らせてみる。

 お店関連の資料に関して、従業員かそれに準ずる住民を雇っていれば各種資料を紙束に纏めて渡してくれ、それらはキーアイテムとして入手できるようになっている。

 さらに、そのキーアイテムの詳細画面を開けば、【言語】スキルがなくてもグラフや計算書などが表示されるという親切設計にもなっているのだ。

「ん~、開店初日ということで、始まりのポーションと普通のポーション。それにハイポーションをそれぞれ売りに掛けてみたけど、やっぱり一番大きかったのは品質を落とした始まりのポーションと、高品質の普通。次点でハイポーションっていう感じかな……」

「始まりのポーションについては、やっぱりDL勢の人かな」

「多分ね」

 とはいえ、品質を落とした、というのは私達レベルでの話。

 すでに開始から2か月たっている初期陣営の実からすれば、品質を極限まで落としても150くらいが下限となってしまっている。

 最初の頃に鈴が『100越えですでに高品質』と言っていたのは伊達ではなく、普通のポーションで品質100越えはスタートしたてのプレイヤーにとっては高級品でしかないのだ。

 最初から高品質に手を出す人は少数派。

 ほとんどの人は、その身の丈にあったものしか買っていかない。すなわち、他のプレイヤーの店で売られている始まりのポーションの方が、割とよく売れているという調査結果がそこにはあった。

 私達の売っているポーションは、やはりミリスさん仕込みなせいかどうあっても高級路線になってしまうようである。

「まぁ、こちらはこちらで住み分けができているみたいだから申し分なし。ほら、これ見て」

 鈴が指し示したのは、夕方以降のポーションの売り上げグラフ。

 午後の前半ではまだメインの客層は第2陣以前のプレイヤーが中心であるかのような売れ方だったのに対し、夕方が近づくにつれてDL勢向けにと用意した始まりのポーション(私達Ver.)が徐々に上向きになり始めてきていて、夜になってからは留まることを知らないと言わんばかりの伸び方だった。

「ある程度資金が溜まって、レベルも上がって来たプレイヤーだと、よりコスパのいいものを求める傾向にある。そういった、効率重視のプレイヤーに向けた販売をしていけばいい」

 なるほどね

 それなら確かにポジティブになれる。

 それから、そろそろ時間もいい頃合いになってきたのでログアウトしようか、というようなタイミングになって、この日最後の私達目当てのお客さんがやってきた。

 樹枝六花のみんなである。

「やっほ、ハンナちゃんどう?」

「掲示板で見たけど、結構反響あったみたいじゃない」

「DL勢の人、割と驚いてたみたいだよ。NPCの店だと思って入ってみたら、プレイヤーのお店だったって」

「ほらこれ、掲示板。質問掲示板でも話題に取り上げられてるよ?」

 まねきねこさんが見せてきた掲示板の画面を、どれどれと覗いてみれば――なるほど確かに話題になっているようだ。

『NPCのお店だと思って入ってみたらPCの店だったw テイム済みマークがついてるんだけど、NPCってテイムできるのか?』

『ワイ店持ち鍛冶職。職人第3クラスになると【護衛召喚】っていうスキルが手に入るぞ』

『北区にあるドレス着たプレイヤーの店なんだけど、この店もそうなのか?』

『そのプレイヤーはちょっと特別。初期設定でランダム選んで貴族令嬢引き当てた強運(悪運?)の持ち主。最初からNPC召喚スキル持ち』

 うん、お店のことから始まって、徐々に徐々に私というプレイヤー一個人の話題に変わっていってるね。

 ――あ、なんか流れが変わって憐れまれるようなコメントがちらほら出てきたんだけど。

 私は静かに目をそらして、まねきねこさんから離れた。

「あはは…………まぁ、明らかに一人だけ別のジャンルのゲームやらされている感は否めないもんねぇ、ハンナちゃんのクラス」

「令嬢教育とか、ホント乙女ゲーム系とかそっち方面に振り切ってない?」

「いいの。そういうところはあるけど、代わりに限定クエストとか、いろいろこのクラスじゃないとできないことだってあるんだから」

 まねきねこさんが痛いところを指摘してくるけど、正直そのあたりはもう目をつぶるしかないだろう。

 それに、今となってはもう捨てきれないほどに優良なクラスとなってしまっているのだ。

 今更捨てキャラにできるはずもない。

 貴族令嬢関連のクエストやイベントについては、もうそういう役割ロールとして割り切るしかない。

「……そういえばさ。樹枝六花って、なんで樹枝六花なの?」

 私のことをこれ以上突っつかれてもしょうがないので、今度は私から樹枝六花のみんなに対して話を振ってみた。

 話題は当然、樹枝六花の樹枝六花たるゆえんである。

 樹枝花というからには、六人のメンバーでなければおかしいはず。

 なのに、私は五人としかあったことがない。

 あとの一人は一体誰なんだろうか、という疑問は当然湧いてくる。

「あ~……まぁ、あと一人は、今日はちょっと用事があってたまたまインできなかったみたいでね~。明日からは来れるみたいなんだ」

「そうなんだ」

「うん。まぁ、今までハンナちゃん達が会ったことないのにもちゃんとした理由もあって、実は第1陣第2陣とチャンスを逃して、仕方なくDL版で開始するしかなかったっていう事情があるんだけど、ね」

 あ~、そういう……。

 確かにそれは、運次第だもんなぁ。

 そう言うことなら見かけなくても仕方がないか。

「んで、ハンナちゃん鈴ちゃん。私達にもポーションを売ってほしいんだけど、どういう感じ? 購入制限とかあるのかな?」

「あ、うん。とりあえず、始まりのポーションは一人30個まで。普通のポーションも品質をおさえたやつは30個までだけど、普通に作った奴は20個くらいまでかな」

 あとは、ハイポーションはまだ数が揃っていないので一人10個まで。

 エリクシルポーション、リフレッシュポーションもあまり数を作れていないので、一人3個までと制限をつけさせてもらっている。

「ん~、それじゃ、各種とも限界まで買わせてもらおうかな」

「ありがとうございます。では、お会計は――」

 樹枝六花のみんなは上得意様になりそう。

 それから、一言二言話して樹枝六花は退店していき、私達は彼女達を最後に本日は裏方へと下がっていった。


「お疲れさまでした、お嬢様。こちら、本日分の収支の計算書と、お嬢様、鈴様それぞれの取り分です」

「私の取り分はすでに差し引いてもらってあるから、そのまま持って行ってしまっても大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 うん……なんとなくわかっていたことだけど、あれだけよくれたにしては、割と少なく感じる。

 エレノーラさんに半分以上を持っていかれるのは、やはりちょっと痛い。

 あと、従業員として配置されていたNPCの分は、きちんと給料として計上がされており、それだけで粗利の内の数割が差し引かれていた。

 都合上、私や鈴に入ってくるゲームマネーは、総売り上げよりもかなり少なくなっていた。

 それでも、結構な額にはなっているんだけどね。

 とりあえず、総合的な評価を見るのはこんなところでいいでしょ。

 総売り上げに関しては、エルミナさんが渡してくれた資料とほとんどというか、先ほどの樹枝六花のみんなが買っていった分の差しか違ってないみたいだしね。

 問題はやっぱり内訳よね。

 何が売れて何が売れなかったのか、そのあたりははっきりさせないといけない。

 私は再びエルミナさんの資料に目を通す。

「始まりのポーションの売れ行きが悪いのは、それだけDL勢が来ていない、って言うことなのかな……」

「それもある、けど……理由はやっぱり品質、かな」

「品質かぁ……」

 私達が作るポーションは、ミリスさん仕込みの高品質品。

 スキルが成長したり、より適正な調合法を習得したりすると、どうあっても品質を落とすのにも限界が出てきてしまう。

 結果として、低品質と言いながらも実際にはスターター向けとするにはハードルが高いポーションしかできていないのだ。

 先ほども言ったように、私達の店のポーションは、高級路線という傾向に走っている。

 ならば、相応の売り方をしないとやっていけなくなるということでもある。

「まぁ、そのあたりはこれから考えていけばいいよ」

 とりあえず、効率厨と呼べるような人達は、少しレベルと資金が集まれば、本格的に高級路線へと行きつけの店を替えてくるはず。

 それを、私達が狙えばいいだけの話。

「そういった意味では、本当の戦いは明日以降かもしれない。カチュアさん、引き続きリアルタイムでの市場調査、お願いできる?」

「…………、わかりました。可能な限り、尽力いたします」

「ありがとう」

 鈴の言葉を受けて、カチュアさんは私に視線を向ける。

 えっと、私の許可を求めているのだろうけど――そんな律儀にしなくても、鈴のお願いにはノータイムで答えちゃっても大丈夫だよ?

 私の言葉に、カチュアさん達は少し考えるようなそぶりを見せてから、『わかりました。状況に応じて、そのようにします』と頷いた。

 うん、これで多分、円滑に動いてくれるはず。

 ……だよね?


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