53.アトリエ・ハンナベル


 翌々日。

 オリバー君捜索によって持ち越しとなった令嬢教育も乗り切ることができ、私は無事に週末を迎えることができた。

 ちなみに昨日の令嬢教育は何とダンスレッスンだった。

 ダンスレッスンといっても、アイドルたちが踊るようなダンスではなく、社交ダンスの方だ。

 一昨日の一件がきっかけとなって、オリバー君との仲も改善。

 なんと、昨日の令嬢教育の最中にオリバー君が私の部屋に様子見にやってきたのだ。

 それがサイファさんの何かしらの琴線に触れたらしく、

「せっかく殿方が来てくださったのですから、この機を逃すわけにはいきませんね。オリバー様、ご協力をお願いいたします」

 とサイファさんが頼み込んだことで、めでたく社交ダンスをやらされる羽目になってしまったのである。

 ちなみに社交ダンスでも私の筋は意外とよかったらしく、無経験故にいろいろダメダメな部分はあるものの、磨けば珠となるだろう、との評価だった。

 まぁ、これでもリズム感覚は自信あるし、学校の体育の授業でも、体操系では毎年高評価をもらってるからね。

 この辺りにはまぁ、自信はあったんだけど。

 ゲーム内だから、【ダンス】スキルによる補正もあるだろうし。

 なんにせよ、このことに関しては生活上の姿勢の矯正に始まって、令嬢らしい言葉遣いやカーテシーなどの礼節、茶会などの席におけるマナーなど数週間にわたってやらされてきたけど、ついにそれも入ってきたかぁ、ってしみじみ思ってしまったなぁ。

 ――っと、違う違う。今はそんなことはさておいて。

 その社交ダンスの指導を乗り越えた翌日の、本日土曜日。

 今日は7月の末日。

 覚えているだろうか。今日は私と鈴がゲーム内で開く予定の店の、竣工予定日である。

「ハンナ、お待たせ。確か、今日がお店の完成する日だったよね」

「そういえばそうだったよね。……ミリスさん、その件で何かエレノーラさんから聞いてる?」

「はい。鈴様が合流されてからお話するよう託っております」

「あ、そうだったんだ」

 ミリスさんが私に話して、私が鈴に話して。っていう、二度手間にならないようにというエレノーラさんなりの気遣いなのかな。

 ミリスさんによれば、お店自体は完成したので、後はお披露目をするだけとのこと。

 ただ、一応公爵家所縁のものが開く店ということなので、ちょっとした式典のようなものを、と考えていたらしい。というか、公爵家の対面を保つためにも、それは必須だと言われてしまった。

 つまり、再び令嬢として動かないといけないイベントが来てしまったわけである。

 そしてそれにはスケジュールを合わせる必要もあったらしく、私達の都合のいい日を一度聞かせに来てほしい、とのことだった。

 う~ん、これは鈴のスケジュール次第になるのかな。

「お二人が薬師として一端となられる、大事な儀式でもあるのです。令嬢教育のことは一旦置いておき、都合のいい日をお二人ですり合わせるべきでしょう」

 サイファさんもこれには余計な茶々は入れない方針のようで、これで完全に鈴のスケジュール次第となった。

 かくして、三者三様――ならぬ、六者六様・・・・の視線を向けられた鈴は、居心地が悪そうにしながらもそれなら、と申し訳なさそうに口を開いた。

「明後日、月曜日がちょうどいいと思う。ちょうど、その日はDL勢がゲームに参入してくる日だし、私達も私達で、すでにゲーム始めてるメンバーはウェルカムイベントをそれぞれのチャンネルで企画するように言われてたから」

「えっと、それで大丈夫なの?」

「もともとは二正面作戦みたいな感じで、DL版解禁日は店舗はハンナに任せて、南東区で露店を開く予定だったんだけど、ね。ちょっと事情は変わっちゃうかもだけど、イベントとしてはより特別感が大きくなる分、こっちの方がいいと思う」

 なるほどね。

 それなら、そういうことで話を勧めることにしよう。

 鈴の話を聞いた私は、即座にそれをエレノーラさんに伝えるべく行動に映る。

 まずは、エレノーラさんに向けて先触れを出さないとね。

 私は、部屋の隅で待機していた一人の侍女に声をかける。

「カチュア」

「はい、ご主人様」

「エレノーラさんに伝言、今からお店の式典の日程について話がある、と伝えてきて」

「かしこまりました」

 私の命令を聞いたその侍女――カチュアさんは、軽くカーテシーをすると、その場からまるでかき消えたかのように見えなくなってしまった。

 実際に彼女はとあるスキルにより、短距離ではあるが転移したのだ。


 ――例のクエストで、私に渡される報酬。それが、彼女を含む三人の従者だった。


 その三人の従者は、クエスト中に救助した元奴隷の人達。

 元奴隷の人達、といっても解放した人はそれなりの数がいるため、それらの人数の中から冒険に連れて行きたい、一緒に冒険したいと思う人を、三人まで自由に選びなさいといわれた形である。

 通常、私が冒険に連れていくためのサポーターとして選んで契約をするなら、彼ら彼女らに渡す給金も公爵家持ちではなく私持ち、という約束になっていた。

 ただ、今回はクエストの達成報酬という体になっているので、契約金も給金も、全て公爵家持ちということにしてもらえた。

 なんというか、太っ腹だなぁ。と思ってしまったのは私だけではないと思うんだけど、気のせいかな。

 ちなみに面談にあたっては、【淑女:公爵】と【貴族】スキルが大いに役立った。そのスキルによって相対した相手のベースフィジカルやスキルを覗くことができたのである。

 そうして相手のベースフィジカルとスキルの二つを見ながら鈴や樹枝六花のみんなと相談した結果、選択したのは元奴隷達の中でも邪魔者の始末をやらされていた暗殺部隊の三人の少女達だ。

 アジトに潜入した時に、ちょうど最初に相対したメイドさんがカチュアさんだった、という何とも運命的な話もこれにはちょっと関係あったかもしれない。

 彼女たちは三姉妹で、普段はメイドとしてスラムのアジトの維持管理も任されていたので、メイド――というか私付きになるのだから侍女かな?――になる下地自体はある。

 そして元暗殺者ということから護衛としても役立つ、ということでエレノーラさんも満足し、暗殺者としての技量も、ユニットを結成していない状態ではノアールさんでも気配を感じることができないほどの実力者ということもあって、カチュアさん達を選択した。

 あの時気づけたのは、ひとえにユニットを結成し、サイファさんというジョーカーがいたからこそだろう。

 やはりサイファさんはナーフ対象になるんじゃないかな。

 公式イベントの時に今の性能のまま使用可能だったら、私は最悪チーター扱いされそうだよ。


 まぁ、そんなことはさておいて、だ。

 鈴とパパっとスケジュールのすり合わせをして、そのまま迅速にエレノーラさんへと話を通したことで、私と鈴のポーションショップ――『アトリエ・ハンナベル』の開店式典は、無事に8月2日と決まることとなる。

 間に8月1日を挟むこととなったが、予定が2日に決まったことでこの日の令嬢教育は予定通り行われることに。

 午前中からみっちり行われ、社交ダンスとパーティに参加した際のマナーなど、いよいよ本格的な社交界関係の教育が始まってきたことにちょっぴり戦々恐々としながらも、その日の令嬢教育も無事に終了。

 そうして迎えた式典当日。

 私と鈴は、公爵家がわざわざこの日のために密かに用意したらしい、新しいドレスに着替えて完成したばかりの真新しい店舗『アトリエ・ハンナベル』へとファストトラベルした。

 『アトリエ・ハンナベル』は、鈴にとっては初めてのホームとなるほか、私にとっても共有のホームとなる部屋もあるため、それぞれが自由にファストトラベルできるのである。

「…………動きにくい」

「鈴様は、こちらの世界で標準的なフォーマルドレスを着たことがないのでしたね……。いつものドレスにお召替えなさいますか?」

 今は鈴に付き従ってフォローをしていたサイファさんの侍女セシリアさんが、少し心配そうな目をしながらそう聞いた。

 しかし、鈴は気丈にふるまって、問題ないと首を横に振る。

 本当に大丈夫なのかな……。

 フォーマルドレスって、リアルでよく知られるフォーマルドレスと違って、ファンタジーRPGなこのゲーム内では貴族たちが見栄を張るためか、いろいろな装飾が盛り付けられていて結構重たいのだ。

 私達が、主に鈴のドレスのことで心配をしていると、カツ、カツ、と店の奥からエレノーラさんがやってくる。

 エレノーラさんも今日はいつぞやのガゼボでの茶会の時のように正装をしてきており、なんとその格好のまま本日限定でお店の売り子として手伝いをしてくれることになったのである。

 ちなみにサイファさんも同様だ。

 開店当日は店がかなり混雑するだろうから、その対策である、といわれればそこまでなのだけど――果たしてそれで公爵当主の夫人やら隣の領主の実姉やらが出張ってきていいものなのかね。

 ちょっとそのあたりは疑問に思ってしまったのだけれど、ドアの外のざわつき具合を聞くに、結果としてそれに甘んじるのが正解のようである。

 つまりは――多分、二人の提案を跳ね除けたら私達は忙殺されるの確実である。

 いくら、店員で雇われているNPCがいるとはいえ、だ。

 やはり、開店当日くらいは私達が店内にいないと話が務まらないだろう。

「さて。そろそろ時間ね。二人とも、準備はよろしくて?」

「はい」

「ん……問題ない」

「では、張り切ってまいりますわよ……」

 エレノーラさんが、店内から入り口に向かって左のドアを。

 サイファさんがエレノーラさんと同じく、正装した状態で右のドアを、ガチャッ、と開放する。

 そしてその間を、私達が緩やかな動作でくぐり、今か今かと開店の時を待ちわびている群集の中心へと進んで行った。

 そして――いよいよ、その時を声高らかに宣言した。


「お待たせしました。『アトリエ・ハンナベル』、ただ今開店です!」


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