52.オリバー君の解放とクエスト達成


 その後、執務室で奴隷密売組織の首領の死体から檻の鍵を入手した私達は、残党達にやられないように最低限の警戒をしながら、オリバー君の待つ第1格納庫まで戻った。

「……姉様? まだ、脱出していなかったのですか 早くしないと、捕まってしまいますよ?」

「その心配はないよ。もう、この拠点も壊滅状態にあるからね」

 言いながら、私は檻の鍵を見せびらかすようにぶらぶらと揺らして、束ねてあった鍵のうち仄かに明滅していた鍵を檻の錠前に差し込み、くるりと回した。

 檻の鍵は、カチャンとあっけなく開放される。

 そして私が檻の引き戸を開けてあげると、オリバー君はおずおず、といった感じで中から出てきた。

「…………まさか、姉様がそんな危険なことをなさる方だとは思ってもいませんでした」

「そりゃあ、こちらの世界では一応姉っていうことになっているしね。弟を助けるためならまぁ、これくらいはするでしょ」

 いや、まぁゲームだからこその話ではあるんだけどねー。

「そう、ですか…………」

 オリバー君は、何を思ったか顔を俯かせて、まるで噛み締めるかのようにそう呟いた。

「何はともあれ、まずはここから出て屋敷に戻ることを考えませんか? 残党もまだ残っている以上、話をするにはいささか危険な場所であることには違いありませんし、なによりオリバー様はハンナ様とつながりがありません。異邦人特有の転移がオリバー様に使えない以上、屋敷に戻る時間も考えねばなりませんからね」

「それもそうですね。というわけだからオリバー君。何か話があるなら、続きは屋敷でね」

「……わかりました。それでは…………姉様はじめ、この場にいる皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうか公爵家の屋敷までよろしくお願いします」

「はいは~い。任せといて」

 ――クエストの進行により、オリバー・ヴェグガナルデがクエスト終了までの間、一時的に【側仕え召喚】で召喚できるようになりました。

 うぉい!?

 【側仕え召喚】さん、それはさすがにどうなのかな!?

 実の弟を側仕え召喚の対象にするってどうなの!?

 って、突っ込みたいところではあるんだけど。

 オリバー君が一時的にでも召喚対象に入ってくれたってことは、つまりオリバー君を連れた状態のまま、ファストトラベルもできるようにもなったってことなんだよね。

 なんなら、ユニットメンバーにもGUESTでオリバー君の名前が入ってきてるし。

「あらら……まさか令息がゲストでユニットに入って来るとは」

「でも結果的にはオーライじゃん。これでファストトラベルもできるようになったんだし、圧倒的に時短だよ!?」

「というか、このままだと時間的にどっかのランドマークでログアウトする必要もあったのだし、それを考えればまさに神降臨」

 マナさん、まねきねこさん、ノアールさんにも似たようなメッセージが届いたらしく、樹枝六花のみんなも図ったかのようなその采配に歓喜の声をあげている。

 そんな中で、異邦人と本格的に触れ合うのはこれが初めてらしいオリバー君は、きょとんとした顔で私達の顔を見回してくる。

「ふぁすととらべる、というのは何なのでしょう」

「あぁ、そういえばオリバー君は私達プレイヤーとまともに動くのはこれが初めてだったね。えっと、要するに――」

 私はオリバー君にファストトラベルの概要をわかりやすく教えた。

 そして、今なら一時的にではあるがオリバー君のことも召喚できるようになっているので、巻き添えに近い感じで一緒に転移できるということも。

 すると、オリバー君から心底うらやましそうな表情で『ずるいです、姉様』となぜか恨みがましい眼で見られてしまった。

「その力があの時あれば、俺もあんな奴らに捕まらずに済んだのに…………」

 あぁ、ね。

 そういうことか。

 確かに、オリバー君が連れ去られそうになった時、プレイヤーが使っているファストトラベルがオリバー君にも使えていたなら、連れ去られるということもなかったんだろうけど……これはちょっと勘違いしてるかなぁ。

 残念ながら、私が召喚可能になったからといって、オリバー君自身が自由に使えるわけではないんだよね。

「残念ながらオリバー様。オリバー様がハンナ様の召喚対象に加わったところで、異邦人たちの使う転移能力が使えるようになるというわけではありませんよ?」

「そうなのですか?」

「はい。あくまでも、私達はそのおこぼれにあずかれる程度。一緒にいるときに、彼女たちの行く場所に一緒に連れて行ってもらえる程度でしかありません」

「そう、なのですか……」

 なんだ、がっかり。

 私が細く説明をする前にサイファさんからそう告げられたオリバー君は、そんな心境が聞こえてきそうな勢いで項垂れるのであった。


 ファストトラベルで屋敷に戻ると、私達は早速ウィリアムさん達のもとへオリバー君を連れて行き、クエスト達成の報告をしに行った。

 といっても、ウィリアムさんの執務室に入ったところでオリバー君が一緒にいれば何も言わずとも即座にわかってしまうので、私達はただオリバー君をウィリアムさんの前に連れて行くだけになっちゃったんだけどね。

「オリバー、よくぞ無事に戻った。……うむ、少々やつれているが、命に別状はなさそうで何よりだな」

「オリバー! あぁオリバー、よく無事でいてくれたわね。ありがとう……本当に、ありがとう……」

 執務室には、エレノーラさんもいたらしく、オリバー君捜索のことでいろいろ話し合いをしていたところへ私達が戻ってきたという感じらしい。

「父上……母上…………」

 オリバー君も、さすがにあんなところに閉じ込められては参ってしまったようで、しおらしくしていた。

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」

「色々話すべきことはあるが……まぁ、今はお前の無事を喜ぶべきだ」

「ひとまずは、お部屋に戻ってゆっくりお休みなさい。何かあったら――あぁ、そうだったわ。オリバー付きの従者は全滅してたんだったわ。ならば、侍女の中から一人、あなたに宛がうから、その侍女に申し付けなさい」

 ウィリアムさんはオリバー君をいたわるように肩を叩き。

 一方のエレノーラさんは、若干困ったようなそぶりを見せつつも、声色はやはり柔らかい。

 てっきりオリバー君のことをしかりつけるかと思ったけど、少なくとも今この場でということはないようだ。

 それからほどなくして臨時にオリバー君に宛がわれる侍女さんが到着し、彼女案内のもとオリバー君は彼の自室へと戻っていった。

 ウィリアムさん達はというと、残された私達に視線を向けて、『さて』と意識を切り替えてくる。

 どうやら、このこのままクエストの評定へと移行するらしい。

「この度のオリバー救出、ハンナをはじめ、皆見事な手腕だった。文句のない働きぶりだったよ」

「襲撃現場の特定に関しても、かなり迅速かつ的確な推理を披露してくれたわね。……ただ、欲を言えばもう少し、考えを纏めてから話をしてほしかったけど」

 ウィリアムさん、エレノーラさんの順に発表される今回のクエストの評価。

 同時に、私達の手元にもより明確に数値化、そしてランク化されたクエスト成績のウィンドウが表示された。

 ふむふむ、クエストの達成までにかかった時間はSランク。最高評価で言うことなしのようだ。

 ただ、エレノーラさんが言っていたように推理パートのミスはかなり惜しかったらしく、100点中70点となってしまった。

 特別報酬が確定するのは85点以上らしいことも明記されており、つまるところ特別報酬がもらえるかどうかは時間の評価に基づく運次第ということになる。

 キーワードの分析にせよエレノーラさんへの推理の披露にせよ、一回で正解すれば+10点となったらしいが、一度でも間違った問題は得点が得られないという鬼畜仕様。

 詰まる話、あの時3人が間違えた時点で、特別報酬は運次第となることが確定しまったのである。

 ――あ~、お願いだから特別報酬、来て……。

「なんにせよ、皆ご苦労だったな。報酬は働きに見合うだけのものを用意させてもらうから、期待しておいてくれ」

「追加の報酬もありますから、ぜひ受け取ってちょうだいね。今回の皆さんの手腕、本当に見事な者でしたわ」

 やった! 追加報酬ってことは、特別報酬が確定したってことだよね!

 やっぱり、この報酬をもらうまでの間の時間はとてもドキドキするよね。

 気になるなぁ、一体どんなのがもらえるんだろう。

 それから、私達は全員で夕日が眩しい庭園を見渡せるテラスへと移動してお茶会としゃれこむ。

 今回ばかりはエレノーラさんもマナーは気にしなくてもいいと言ってくれたので、私も気楽に参加させてもらった。

 しばらく談笑していると、やがて侍女が大勢やってきて箱を7つほど周囲に置き、自らはその後ろに立った。

 ――あれ? 私の分は?

「お待たせハンナちゃん、そして皆さん。お待ちかねの、報酬の引き渡しと行きましょうか」

 パンパン、と箱のすぐ後ろで控えていた侍女たちが、一斉に上蓋に手をかけた。

 しかし、まだ蓋は開かない。

「ハンナちゃんや鈴さん、そして樹枝六花の方々には今回多大な迷惑をかけてしまったのだから、それに見合うだけの代価を用意させていただきました」

 エレノーラさんが言い終わり、そして『開けなさい』と命じたところで、ようやっと用意された箱のふたが侍女たちによって開かれた。

 中に入っていたのは――どうやら、ほとんどの人は武器や防具だった。

 私にはなぜか用意されていないので端折るが、マナさんには大きな宝玉が付いた長大な杖と本のようなもの。

 まねきねこさんには今使っている盾よりもかなり頑丈そうな盾と、一対のグローブ。

 ノアールさんには短剣と弓が用意され、マリーナさんにはメイスのようなものとペンダントが引き渡される。

 そしてトモカちゃんには私が持っているのと同じような長さと形状の鞭が与えられ、鈴には真新しい調合器具とこちらも本のようなものが用意された。

 箱自体もアイテムとして入手できるらしく、鈴にとってはちょっとした作業台にもなりそうなので一石二鳥にもなった。

 い~なぁ、私も新しい調合器具が欲しいなぁ。

「ハンナちゃんに関しては、今ここでは引き渡せないから、また後で――そうね。可能であれば、夜にでも私のところへ来てもらえると助かるわ」

「え? あ、はい。わかりました」

 今ここで渡せない物って、なんだろうね。

 鈴や樹枝六花のみんなに視線を合わせても、彼女達も皆目見当がつかないらしく、皆首を傾げるばかり。

 かくして、私だけ妙に不完全燃焼になりながらも、こうしてオリバー君失踪事件は幕を閉じたのであった。


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