51.VSフレッシュゴレイル


 フレッシュゴレイルの攻撃パターンは見たところ、他のゲームで言うところのゴーレム系の敵らしく物理攻撃偏重といったところ。

 ただ、一撃当たりの威力が大きいので、もし私が狙われれば、パリィしなければ間違いなく致命傷を負うだろう。

 そして厄介なことに、ミリスさんは解呪に必要なポーションを調合することができないので、解呪するには樹枝六花のヒーラーであるマリナさんか、サイファさんの護衛の一人であるオフィーリアさんに頼るしかない。

 さらにもう一つ厄介なのが、このフレッシュゴレイルが使用してくる呪いの効果が『スキルの封印』と『VT回復逆転』だったということ。

 アビリティは、スキルによって得られるものだ。

 ということは、アビリティの源泉であるスキルを封じられれば当然解呪の魔法――『デ・イスプ』を使えなくなる。

 同時に、『VT回復逆転』により、ポーションでもVTを回復できなくされてしまうので、そうなったらもう死に戻りは確定となるだろう。

 つまり、この二人はこの戦いの生命線ということになる。

 ヒーラーという事実以上に、この戦いでは『解呪』できるという事実が何よりも重要なのだ。

「サイファさんは牽制を。決してマリナさん、オフィーリアさんのいる方に近づけないようにしてください」

「もちろんです。アリスティナは私と一緒に。ルシアーナ、オフィーリアのことは任せましたよ」

「了解」

「お任せくださいませ、サイファ様」

 盾持ちが全員ヒーラーの護衛に回ってしまうと、前衛にタンカーがいなくなってしまう。

 最低限、二人は欲しいところだとして、残りの盾持ちは盾タンカーのまねきねこさんと盾持ち軽剣士のフィーナさん。

 となると、もう一人のヒーラーであるマリナさんを守るべきは私ということになりそうだ。

「護衛お願いね~、ハンナちゃん」

「これでどこまでできるかはわかりませんけど、扇子と【鉄扇】スキルはパリィが命のスキルですからね」

 声援系バフが途切れないよう、サイファさんとタイミングを合わせつつ適宜【激励】で効果時間を延長しつつ、私達はヒーラー二人を主軸とした耐久戦へと体勢を整えていった。

 幸いにも、ここは棚がたくさん残っている格納庫。障害物はたくさんある。

 ここの棚は他の格納庫とは違い、なぜか床に固定されたままの状態でまるまると残っているのだ。

 一部の棚に紙束が寝かせた状態で無造作に置かれているところからすると、もしかしたら資料保管庫として使用されていたのを、昨日の一件でここへ逃げ込んだ後隠蔽のために慌てて破棄していった――という感じなのかもしれない。

 とにかくそうした事情から、遠隔攻撃でちまちまとフレッシュゴレイルを削るには事欠かないし、前衛組も棚板の間から剣を突き入れて攻撃する等して、とにかくダメージを受けないように立ちまわっている。

「こいつ、アンデッド系みたい。ハンナちゃん、鈴ちゃん。火魔法で焼いちゃおう」

「おけ」

 トモカちゃんがテイマーのクラススキルによって敵の能力を鑑定したらしく、弱点を教えてくれた。

 トモカちゃん自身はこの戦いでは魔法系のアビリティを使用できる狐系のモンスターを召喚しており、後衛に回っていたのだ。

 火属性が弱点と聞いて、私と鈴は現在使える火属性魔法の中で最もコスパのよい魔法を放った。

「〈ファイアスピア〉!」

「〈ファイアショット〉! 〈ヒートウェイブ〉!」

 鈴は、魔法職ではないので魔法を使用するとCTがフルでかかってしまうので魔法の連射は苦手。

 一方の私は、これでも貴族令嬢ということでTLKの上昇が早く、武器や防具にもTLKボーナスが山盛りなので、すぐにCTが解除される。

 つまり、本職の魔法使い並みにMPが許す限り打ち放題なのだ。

 ――まぁ、肝心のMPの底が浅いから、どのみち長い間連射するのは無理なんだけどね。

 仕える中で最も威力が高いファイアショットの魔法で敵のVTを削りつつ、ヒートウェイブで相手の動きを封じる戦法。

 ただ、ヒートウェイブはやはりゴーレム系やアンデッド系に同じく拘束効果はイマイチらしく、ダメージ自体は不通に入っているもののあまり動きに変化はなかった。

 これなら、普通にファイアショットを連発したほうがよさそうである。

 私達が棚の隙間からヘイト値を稼いでフレッシュゴレイルの動きを事実上封じていると、やがてフレッシュゴレイルのVTもいよいよ半分を割り込むところとなり――

「ォォォォ―――――――――」

 か細い雄たけびのようなものをあげつつ、周囲に黒い霧のようなものを撒き始めた。

 これは――呪い!?

 まずい、室内全体を覆いつくすような勢い!

 マリナさんやオフィーリアさんは!?

「あら~、これはちょっと困ったわね~。しっかり呪いをもらっちゃったわぁ。……あらら? オフィーリアさんはどこかしら」

 マリナさんは、相も変わらずのんびりとした雰囲気でしっかりと今の呪いの霧を浴びてしまったと言っているが、オフィーリアさんはどうなってしまったのだろうか。

 ここからは棚が邪魔でうかがい知ることができない――

「…………あれは……?」

 ちらっと入口の方を覗いてみれば、部屋の外、扉のところで陣取っているアリスティナさんの向こう側にいつの間にかオフィーリアさんが移動しているのが見えた。

「〈サークル・デ・イスプ〉!」

「あら、オフィーリアさん達賢いわ~。まさか部屋の外に退避していたなんて~」

「まったくだね」

「とりあえず、私も。〈サークル・ヒール〉~」

 うん、よかった。

 呪いを受けたおかげでフレッシュゴレイルを抑え込んでいる二人もピンチに陥っていたけど、回復が間に合って持ち直したみたい。

 再びしっかりと盾を構えて、フレッシュゴレイルの呪い付きパンチを片っ端から防いでいってる。

 盾に受ければ盾は呪われるものの、ボーナス自体は生きているらしく、どっしりとした守りはさっきのような部屋全体を呪うような攻撃でも来ない限り、まずないとみてよさそうだった。

 そうしてピンチを乗り越えたところで、私達は後半戦へと移っていった。

 呪いの霧が解禁された後、フレッシュゴレイルの攻撃パターンにも若干の変化が見られ、パンチによる呪い付き物理攻撃のほかに、黒い呪いの弾を撃ち、私達後衛を狙撃するという別パターンが加わることになった。

 これにより、私達も油断することができなくなり、より一層緊張感をもって戦う必要が出てきている。

「……きた、呪いの弾だ」

 と、思っていたそばから私の方に呪いの弾が飛んでくる。

 どうやらこの攻撃、ヘイト値に一切関係なくランダムで選ばれた対象が狙われるらしく、それもどちらかといえば離れているほど呪いの弾が飛んでくる率は高くなるようだ。

 私はアリスティナさんやオフィーリアさんと同じくらいフレッシュゴレイルから距離を取っているため、こちらに飛んでくる呪いの弾の数は、彼女たちと同じくらい多くなっていた。

 どんどん私に近づいてくる呪いの弾。

 やがて5メートルを切ったあたりでパリィボーナスが発揮され――瞬間、私だけ周りの世界が遅くなったかのような感覚に捕らわれる。

 いや、遅くなったかのような、ではなく相対的には実際に遅くなっているのだ。

 パリィボーナスによって時間加速がされ、最適なタイミングでパリィできるようにシステムアシストがかかったのだ。

 残り4メートル、3、2……1!

「やっ!」

 パシィン……と、パリィ成功時特有のエフェクト。

 弾けるような音とともに、呪いの弾はフレッシュゴレイルへと跳ね返っていく。

 パリィに成功したので、私自身に呪いが降りかかることもなく、扇子にも異常はなし。

 盾によるガードではなく、武器ガードでもなく武器パリィに成功した場合に与えられるボーナス。それがこれだった。

 弾いたのが魔法だったなら、それをそっくりそのまま相手に跳ね返すことができる、リフレクト効果。

 ただ、今回は相手がアンデッド系にも属するということで、せっかく弾いた呪いの弾もあまり効き目はなかったんだけどね。

「やっぱりすごいわねぇ、ハンナちゃんのパリィセンスは」

「私のはシステムアシストもかかってますからね。瞬間的にですけど、時間加速がかかるんです」

 もちろん、その倍率は相手が放った攻撃の速さにもよるけど、今のところは先ほどやった時みたいな倍速より下になることはほとんどないといってよく、事実上私はセンスでパリィに失敗したことはゲームを始めて間もないころを除けばゼロといってもいいほどだった。

 やがてフレッシュゴレイルのVTがレッドゾーンに入った段階で、2回目の呪いの霧。

「あ……また、あの攻撃が来るね。よぉし、今度は私だって守っちゃうよ」

 私は扇子をバッと開くと、とある【鉄扇】スキルのアビリティを発動する。

「〈リフレクトファニング〉」

 リフレクトファニング。

 それは、通常では弾くことができないような、例えばさっきあったような催涙ガスみたいな攻撃に対してタイミングよく扇子を振るうことで、まるでパリィをするのと同じような感覚でその攻撃を跳ね返すことができるようになるという自己バフアビリティ。

 使うのはこれが初めてだったけどパリィボーナスはしっかり乗るらしく、呪いの霧が私達のもとまで近づいてきたタイミングで再び時間加速が行われたため、私はタイミングを逃すことなく霧を跳ね返すことに成功した。

 呪いの霧は、一度跳ね返せば周囲からもよって来なくなるようで、私やマリナさんの周囲だけぽっかりと穴が開いたかのようになっていた。

「これは……霧が晴れない?」

 私の隣にいたことで、同じく呪いの霧から免れたトモカちゃんが絶望したかのような声でそう呟く。

 私も一瞬そう思ったものの、よくよく見てみればフレッシュゴレイルからは途切れることなく霧が発散されているのではなく、断続的に噴出しているのが見て取れた。

 ――正確には、定期的に呪いの霧を発動しているんだ。

 でも、それが分かったところでどうすることもできない。

 定期的に訪れる、リフレクトファニングによる時間加速。

 アビリティとしての〈リフレクトファニング〉の効果が切れたところで、次期に私達も攻撃はできなくなってしまう。

 そうなる前に、倒しきらないといけない。

 最後の最後で、本当に厄介なことをしてくれた。

 マナさんも同じことを考えたらしく、呪いを受けた彼女は一旦部屋の外まで退避し、オフィーリアさんの治療を受けながら声を張り上げて皆にこう指示を出してきた。

「前衛は、守りを捨てて全力で攻撃! この霧はもう倒さないと晴れそうにない!」

 現状で攻撃できるのは、前衛で戦っている数人と、サイファさん。あとは、リフレクトファニングが切れるまでなら私と鈴、トモカちゃんの従魔もおそらくは可能だろう。

 あとは、部屋の外で呪いの霧から免れたオフィーリアさんと、彼女の解呪を受けたマナさん。

 けれど、倒しきるまでに果たして前衛が持つかどうか……。

 前衛の盾持ちが二人とも、VTを7割以上保ってくれていたことだけが、幸いだった。

 前衛職たちが棚の間から剣を突き入れ、猛攻を盾で軽減しながら反撃を入れ、そしてサイファさんが矢を放ち、私はリフレクトファニングの合間に魔法を打つ。

 そして、部屋の外からオフィーリアさんによる神聖魔法も飛んで来る。

 特に神聖魔法の効き目は著しかった。

 それが決め手となり――4発目の神聖魔法が浴びせられたところで、ついにフレッシュゴレイルのVTが底をついた。

「倒した……? やった、倒した!」

 霧でよく見えないが、VTゲージは確かにからっぽになってから消滅したのを見届けた。

「まったく~、あんなに危険なボスが出てくるなんて、最後の最後まで油断ならないクエストだったわぁ。誰かしら、推理・追跡系クエストだから、ゆったりできそうだ~って言ったのはぁ」

 う~ん、それはマリナさん自身だった気がするんだけど……。

 かくして、私達は無事にクエストボスを倒すことに成功。

 まさに激戦ともいえるボス戦を戦い抜いたメンバー全員でお互いに称賛し合いながら、執務室へと戻るのであった。


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