50.『月の拠点』の最奥へ
「オリバー君!」
私は、オリバー君の声がした方向へと向かって走っていく。
そして、並んだ檻のうちの一つに手をかけて、私はその中を覗き込む。
少々やつれたように見えるものの、そこには確かにオリバー君が閉じ込められていた。
「大丈夫? 助けに来たよ」
「なんで来たんですか。こんなところにいたら、姉様だって捕まっちゃいますよ?」
「私は心配いらないよ。仲間たちと一緒に来たんだし」
話をしているうちに、他のみんなも私に追いついてくる。
私は、ノアールさんと立ち位置を譲って、彼女に鍵開けができるかどうかを頼んでみた。
少し手を当てて、やがて彼女はふるふる、と首を横に振った。
「この檻の鍵は、専用のキーアイテムじゃないと開けられないみたい。多分、クエストボスか何かがどこかにいると思う」
そっか……。
これで鍵をこじ開けてオリバー君を、なんてそう簡単にはいかないよね。
あらためてオリバー君に視線を向けると、オリバー君もオリバー君で首を横に振る。
「残念ですが、俺にも鍵がどこにあるのかは不明です。でも、それでも構いません。姉様はこんなところにいないで、さっさと安全なところに退避してください」
なんてことを言ってくるけれど、結局のところオリバー君からはヒント無し。
ということは、やはり私達で鍵のある場所を探し出さないといけない。
「仮にも奴隷を保管しておく場所なのですから、管理しやすい場所に保管しておくはず。通常であれば、この部屋のどこかか、でなければこの拠点を取りまとめる者の部屋が怪しいと思うのですが……」
サイファさんの言葉には私も同感だ。
ただ、わざわざオリバー君の檻の鍵をこじ開けるような行為を禁足事項に設定しておいて、すぐ近くに鍵があります、というのはそれはそれで筋が通らない気がする。
ということは、やはりサイファさんが言うように、この拠点の取りまとめ役が使っている、執務室のような場所が一番怪しそうだ。
「あ、そうだ。役に立つかどうかはわかりませんが、こちらをお持ちください。奴らがこの檻の前で落としていったものです。きっと、脱出の役に立つでしょう」
そう言ってオリバー君がぼろ布のような服の中から取り出したのは、数枚の紙束。
開いてみるとそれは、この拠点の見取り図のようだった。
私にはわからないので鈴に見てみると、彼女は読めないと首を振る。
どうやら、このマップの文字を読むためには、先ほどのこの部屋の文字とは違い、きちんと【言語】系スキルを求められるようだ。
「う~ん、この見取り図では、一番下の階を第1層としたときに、私達が今いるのは第3層っていうことになっているみたい。で、首領室って書かれている部屋があって、それが最上階の第5層になるみたい」
「なるほど。では、まずはそこを目指してみましょう」
そうして、次の目的地が決まった私達は最上層を目指して再び探索を始めることになった。
遺跡内部は、やはりクエストダンジョンというだけあって先へ進むごとに敵の攻撃が険しさを増してくる。
そうした中で頼りになるのは、やはり私が召喚可能なNPCのなかでも段違いの強さを誇るサイファさんからのバフだ。
私のスキルではないので詳細は『???』で伏せられてしまっており、残念ながら見ることができていないので推測でしかないけど――その効果は、バフがかかっている際に付くアイコンを見る限りでは、【激励】スキルで得られるバフ効果(能力値上昇効果。ただし【激励鼓舞】の方がワンランク上)に加え、あらゆるスキルのCT減少、パリィボーナス上昇、MP継続回復に前衛職にダメージ減少の効果付きと、【激励】スキルが成長によって発現する新効果をパワーアップして引き継いだような効果となっている。
これのお陰で私達が受けるダメージは相当に減っているし、サイファさんが【激励鼓舞】のCT中でも私が【激励】を使えば【激励鼓舞】の効果を上書きせずに効果時間だけを延長できるので、実質【激励鼓舞】を維持した状態で攻略出来ていた。
これが一番大きかったかもしれない。
そうでなければ、多分遺跡ないランドマークを利用した屋敷への一時撤退回数はおそらくそれなりにかさんだだろうし、そう考えるとサイファさんがいる、いないで全然状況が変わってきてしまうのがすぐにわかった。
サイファさんのおかげもあり、私達は敵の厳しい応酬に遭いながらも、順調に歩を進めて遺跡の最奥、最上層の首領執務室の前へと到着した。
どうやら、この執務室手前の一角もランドマークになっているらしく、触れてみると『旧ヴェグガニア皇国遺跡群・南部遺跡内部指揮官室』として登録された。
指揮官室――いかにも、敵の頭が使っていそうな響きである。
「……何人か、いるみたい」
「そうですね……。オリバー様をお救いするには、この中を検める必要があります。戦闘になるのは避けられないでしょう」
「うん、そうだね……」
ただ、問題はこの先に何があるのかだ。
遺跡内部もほぼ全体を通して探索が終わったが、その最中には鍵らしきものは見つかったもののアイテムとしての反応はなく、未だにそれらしいものは見つかっていない。
ゆえに、あるとすれば後はこの部屋の中しかない。
他の場所の調査が終わっている以上、鍵があると思われる場所は後はここしか残っていなかった。
「気になるのは、NPC――人以外にも、敵性反応があること」
「気配からして、人ではないのは確かです。なにか、こう……無機質な感じがします」
無機質……とういと、ファンタジーRPGではおなじみのゴーレム系の敵とかかな。
そういえば、掲示板でもまだゴーレム系の敵は出てきたっていう情報が出てきていないんだよね。
山の中とか、結構潜んでいそうな気がしなくもないんだけど。」
とりあえず、こんなところで議論していも何も始まらないし、私達は意を決して部屋の中へと入っていった。
部屋の中では、見たことのある敵性NPCが部屋の中央で待ち構えており、突入した私達をパチ、パチ、パチと拍手で出迎えてきた。
それは、称賛のための拍手というより、どちらかと嘲るための皮肉を秘めた拍手のように見える。
「よくぞここまで到達しましたね。その実力、そしてこの『月の拠点』への入り方を見抜くその慧眼。あなたに対する評価を改めましょう。蛮勇という評価は取り消して、それが勇気であると認めて差し上げます」
ですが、と男はそこで言葉を切る。
「それでもあなた達はここで死ぬ。こちらに控えているこのフレッシュゴレイルはただのゴレイルではありません。攻撃と同時に相手の生気を奪い、自らの傷を回復し強化まで行います。つまり、あなた達が傷つけば傷つくほど、こちらのゴレイルは強くなる」
言いながら指し示られたのは、なにやら成人男性よりも頭一つ分大きい、大男――男といっていいのかすらわからない外見だが――だった。
その大男の肉体はつぎはぎだらけで、何かを縫合などによりくっつけたまがい物の肉体でいあることが十分にうかがい知れる様相だった。
大男――の格好をしたフレッシュゴーレム(このゲームではゴレイルというらしい)は、男NPCが腰に挿していた鞭を振るうことで待機状態が解除され、敵対状態へと移行した。
「さぁ、試作品一号、あちらにいる侵入者を返り討ちにしなさい。あなたの初陣を華々しく飾る、赤い華の絵にして差し上げるのです」
「グオオオオォォォォォォォォォ…………」
フレッシュゴレイルは立ち上がると、狭い部屋をかがんで移動し始め――やがて、敵性NPCに向かって一直線で詰め寄っていった。
「な、なにを……やめろ、こっちじゃない! 相手は向こうだ――グワアアアァァァッ!」
そして、そのまま彼の顔面に一発、さらに腹にも一発強大な一撃を放ち、あっという間に男のVTを0にしてしまった。
それと同時に視界に映る、ノアールさんと共有状態にある探知系スキルにより視覚化されたクエストキーの入手アイコン。
おそらくあれがオリバー君始め、第1格納庫に閉じ込められていた奴隷達を助けるための、まさに『鍵』ということなのだろう。
ただし――そのアイコンには南京錠のマークも着けられており、『BOSS LOCK』と書かれているから、ボスを倒さないと入手できないように設定されているのもわかってしまった。
「お嬢様……」
「ハンナ様、いかがなされますか? このフレッシュゴレイルとやら、相当強そうな気配がしますが……」
「それだけではありませんね。亡者たちのねっとりとした怨念の力を感じます。おそらく、まともに攻撃を受ければ呪いをもらってしまうのは確かかと」
「何の対策も立てずに盾で受けるのもよした方がよさそうです。下手に盾で受けると、盾が呪われかねません。武器にしてもそうですね。直接切りかかると、いかな効果はわかりかねますが、呪いを受けて武器の性能が落ちてしまうことは確かでしょうからね」
つまり、このフレッシュゴレイルと戦うには、後衛組を守る前衛組の力を借りずにどうにかする必要がある、ということのようだ。
「部屋を替えよう。なんにしても、この部屋だと狭すぎる。部屋を移りましょう」
確か、この部屋の近くには、中が空っぽの棚だけしかない、第4格納庫があったはず。
ひとまず、そこへ逃げ込むことにした。
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