6.基本チュートリアル終了


 その後、馬車までたどり着き、先ほどミリスさんに聞いた『リトルヒール』の実践をしたところで、チュートリアル終了のお知らせが来た。

『基本チュートリアルを4つすべてクリアしました。

 チュートリアル達成報酬を入手しました。アイテムリストをご確認ください』

『これより、チュートリアルサーバから通常のサーバへと転送いたします。

 なお、通常サーバに転送され次第、敵NPC、各種採取ポイントなどのリポップが始まりますのでご注意ください。

 通常サーバへの転送を開始しますか? 確認/ホーム』

『警告! あなたのクラスは ランダム設定限定 Pレア ユニーク のクラスです。

 このまま通常のエリアの同一地点に移動すると、他プレイヤー様からの注目を集める可能性があります。

 召喚中のNPCと馬車を退去させるか、ホームエリアに移動することをお勧めいたします。

 ホームエリアに戻りますか? Y/N』

 あー、そか~。

 ここ、チュートリアル専用の空間だったんだね~。どうりで、他のプレイヤーとか全然いないはずだよ。

 まぁ、チュートリアル中でも外部アプリのメッセージは届くはずだし?

 それでも佳歩ちゃんがメッセージを送ってこないって言うことは、私以上に時間がかかってるってことだろうから、ホームエリアに一旦戻っていても問題はなさそうかな。

 たった今、ユニーククラス『公爵令嬢』のシステム面でのリスクを目の当たりにしたばかりだし。

「とりあえず、一旦屋敷に戻ろうかと思います」

「それがいいでしょう。そろそろ、他の異邦人の方もお見えになるでしょうから悪目立ちもしましょう。先ほどと同じような危険似合う可能性もありますし、他に用事ができるまでは一旦落ち着ける場所にいたほうがよろしいかと」

「だね」

 というわけで、私はホームエリアに戻りますか、の問いかけにYESと答え、続いて確認ボタンを押して通常サーバへと移動した。

「ここは……お嬢様の自室ですか」

「うん。他のプレイヤーが来たら、絶対注目集めちゃうと思うからね。転移してきた」

「なるほど。早速、例のアレを使われたのですね。……にしては、私達まで一緒なのが気になるところですが」

「あ~、なんか主従関係になったことで、異邦人? の恩恵を一部得られるようになったみたいな? 私もよくわかんないけどそんな感じじゃない?」

「あぁ……言われてみれば、いつの間にかお嬢様となにか不思議なつながりのようなモノを感じますね。なるほど、これが……あぁ、そうでした。室内で動きやすいよう、お召替えさせていただきますね」

 ミリスさんは、しみじみといった感じで私の言ったことを彼女なりに理解したみたい。

 それから、ミリスさんは私の装備品を室内着に変えながら今後のことについて聞いてきた。

 ……うっかり流してしまったけど、NPCと言えど他人に装備を弄られるって、こういうRPGものだとそこそこの脅威も感じるわね。

 まぁ、これに関してはミリスさん、職務に忠実そうで譲ってくれそうになさそうだから、諦めるしかなさそうだけど。

「それで、これからどうなさるおつもりでしょう」

「ん~、とりあえず、友達――異邦人としての友達って言った方がいいのかな。とにかく、あっちの世界での友人と一緒に冒険するつもりではいるかな」

 でもまだ連絡がついていないことを教えると、少し考えてから、

「……そういえば、異邦人の方々はこちらの世界に正式に転送される前に、擬似的な領域で『はじまりの試練』なるものを受けさせられるとか。確か、伝え聞く話によればそれは『ちゅーとりある』と呼べば異邦人には伝わる、ということでしたが」

「ぶっは……」

「お嬢様……?」

 令嬢らしからぬ奇声を上げたことで、ミリスさんから咎めるような視線を向けられたけど、さすがに許してほしい。

 というかNPCって、意外と私達プレイヤー特有の言葉に、最初からいくらか適応してくれるみたいだね。

 これはいい情報を得たかもしれない。

 もうちょっと、どこまで適応してくれるのか試したいところではあるけど。

「ごめん、ちょっと、思いのほかこっちの事情を知っていてくれているみたいで驚いただけだから」

 さすがに『チュートリアル』のことを知ってくれているのは驚きだった。

「……実は、さっきミリスさん達とやっていた一連の行動も、実はチュートリアルだったんだけどね……」

「え? 先ほどの、というと……」

「私がこの部屋で目を覚ましてから、今さっきこの部屋に帰ってくるまでに起きたこと全部」

 起きたこと全部……と、ミリスさんは私の言ったことを復唱して、それが一体どういうことなのかを考えて。

「なるほど。ということは、先ほどの暗殺者も、私達がお嬢様についていけるかどうかを試すための、神々が与えたもうた試練だったということなのですね」

「……まぁ、そういうこと。加えて言うなら、私がミリスさん達のリーダーとして動いていけるかどうか、も含まれてたのかもしれないけど」

 実際、最後のは『公爵令嬢』のクラススキルの中でも、根幹を担うスキルについてのチュートリアルだったから、間違ってはいないはず。

「そう、ですか。それで、手ごたえとしてはどうだったのでしょう」

「無事に合格、かな。ミリスさんの言う擬似領域――チュートリアルサーバって言うんだけど、そこから通常のところに転送されたって言ってたから」

「ふむ。つまり、お嬢様が異邦人になられたことで、お嬢様に近しい存在だった私達も、擬似領域に招かれていたのですね。なかなかに貴重な体験でした」

 このような機会を与えていただき、ありがとうございますと面と向かって言われて、私は思わずむず痒くなってしまい、頬を掻く。

「っと、とりあえずそんなわけだから、ひとまずは連絡が来るまでは待機かな……」

「かしこまりました。では、私は待機室で待っていますので、何かご用があれば呼び鈴をお使いいただくか、召喚なさってください」

「わかった」

「それから、お嬢様の私物ですが、一度お預かりいたしますね。必要に応じて、お申し付けいただければお取り出しいたしますのでご安心ください」

「りょうか~い」

 ミリスさんは、最後にそう言って部屋から出ていった。

 それから、私はメニューの各項目を確かめるなどして時間を潰すことにした。

 んー、どれどれ……あ~、報酬って言っても、やっぱりチュートリアルで使った扇子と同じようなのしかないかぁ。武器で入手してたのは『始まりの鞭』っていうのなんだけど、装備中の『竹の扇子』とどっこいどっこいだ。

 あとは……生産タブには『始まりの調合器具』に『始まりの野営道具』、そして『始まりの裁縫道具』。それと『始まりの木工セット』。消耗品タブには……あ、始まりのポーションセットがあった。効果は……本当にスタートしたばかりって感じのポーションだなぁ。

 やっぱり、所詮はチュートリアル報酬だし、こんなものか。

 ちなみにポーションセットは『始まりのVTポーション×10』と『始まりのMPポーション×10』だった。

 けどチュートリアルでさえ、私自身が戦ったわけではなく、召喚してくれた騎士たちが戦っただけだったので、いまいちピンとこない。

 始まりのMPポーションにしたって、今の状態だと一つ使うだけで三分の二以上回復できちゃうし。

 ――ん? 佳歩ちゃんからメッセージが来た。

『ごっめーん。キャラメイクで思ったより時間かかっちゃった。華ちゃんよくこんな短時間で終わらせたよね』

『てことで悪いんだけどさ、落ちあうのは午後からにしよ。その方が通しで遊べるし』

 あ~、佳歩ちゃんはじっくり作り込む派だからなぁ。

 私は、『りょ~かい』とメッセージを打ち込んで、それから一緒にスタンプも押してからアプリを閉じた。

 と同時に、ミリスさんが図ったかのように再び私のもとへやってきた。

「友達、思ったよりチュートリアルに時間取られてるみたいで、向こうの世界に一旦戻ろうかなって考えてるんだけど。時間も結構いい時間だし、そろそろ一旦ログアウトしてお昼も食べたいからね」

「左様でございますか。私としたことがついうっかりと重要なことを忘れてしまっていたようです。ちょうどお嬢様の御昼食のことについて話を、と思って来たのですが、異邦人の方は、元の世界でも通常通りの生活があると聞いていたのを忘れてしまっていました」

 おいおい、そこ一番重要なとこじゃない。なんで忘れるのさ。

「お嬢様が一旦あちらの世界に戻られるというのであれば、そのあたりは問題ありません。ご友人の件に関しましては――」

「こちらの世界での体とか能力とか、そう言うのを決めるのに時間を取られたってさ」

「あぁ、そういう……その点、お嬢様はあまり気にはしていなさそうですものね」

「はっきり言うねぇ……」

 この短い間で、よくそこまでわかったものだ。

「あまり細かいことを気になされないご様子でしたので。先ほども、私の予想より遥かに早く適応していたご様子でしたし」

 仰る通りで。

 私、そんなにわかりやすいんだね。

「それじゃ、一旦向こうに戻るね」

「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 そうして、私はゲームの世界から、リアルと仮想空間の中間であるログインルームへと戻ってきた。


 ログインルームへ戻ってくると、早速ゲームにインする直前まで話をしていたナビAIが出現し、お疲れさまでした、と声を掛けてきた。

「どうでしたか? うまくやっていけそうでしたか?」

「まだチュートリアルを終えたばかりだから何とも。でも、マイナス方向に振り切れたスキルもなかったし、街中で気をつけてさえいれば大丈夫っぽいから何とかなると思う」

「…………はぁ~。そうですか。それはなによりですが。……こんな時、ルールに縛られているAIの身であることが、悔しく感じてしまいます」

「……? もしかして、あれ以外にもやっぱり何かあるの?」

「私からは何とも。ただ、一言だけ申し上げさせていただくのであれば――Mtn.ハンナ様が引き当てたユニーククラスの、本当に恐ろしいハンデキャップはまだ息をひそめている状態だ、とだけ言わせていただきましょう」

「……えぇ~? それだけじゃ、まったくわかんないんですけど? まぁ、気には留めておくけど」

 治安指数っていうわかりやすくも大きなハンデのほかに、一体何が襲い掛かってくるというのか。

 私は、それが気になって仕方がなかった。

 ……それと、これは本当に興味本位なんだけど、他にもこういう、ハンデが大きいけど恩恵も大きいユニーククラスってあるのかな。

 もしあったとしたら、その人達ともいつかあってみたいものだけど。

「そういえば、他にユニーククラスになった人っているのかな?」

「いるみたいですね。こちらにありますように、Mtn.ハンナ様以外にも、ユニークかつプレミアムレアのクラスをランダム設定で引き当てた方は複数名いるようです」

 言いながら、ナビAIが開いたのはこのゲーム――ファルティアオンラインの公式サイト。

 の、『初期設定で当選したユニーククラスと当選者プレイヤー一覧』というページだった。

 この一覧ページ、ユニーククラスを引き当てた人の一覧が見れるだけでなく、そのユニーククラスのその時点で開示されている詳細までもみることができるという、なかなか親切なページだった。

「もうこんなページが作られてるんだ。運営も仕事が早いね」

「作っているのは、我々AIですけれどね。まぁ、人の手によるチェックも1日のうちに数回ほど入りますが――ほら、ちゃんとMtn.ハンナ様の名前もあるんですよ」

「あ、本当だ。うわぁ、引き当てた時の状況まで出てるし」

 しかも、スキルの情報についても現段階で私が気づいている範囲内で載っているし。

 にしても、本当に私のユニーククラス、リスクとリターンが激しいよね。

「ユニーククラスは各クラスとも先着一名様だけですからね。その分、取得できた際にちょっとした特別感が持てるような設定にはしているようです。その中でもヴェグガナルデ公爵令嬢は優遇のされ方が破格でしたからね。まぁ、その分の代償もユニーククラスの中でもダンチで大きいわけですけど」

「その大きいって言ってる代償がすごく気になるんだけど」

「それは言えない決まりなので。Mtn.ハンナ様ご自身で、探り当ててください」

「は~い」

 それしかないか。

 わかりやすくデメリットなんて書いてあるわけでもないし。

 本当に大きい代償は、秘匿されているって言うのがこの手のゲームの相場よね。

「まぁ、あえてお教えできることがあるとすれば……」

「何かヒントがあるんですか!?」

 なにしろ、今後のプレイ環境にも多大にかかわっている問題なんだ、もらえる情報は全部もらっておきたい。

「ユニーククラスに用意されたハンデは、大体がそのユニーククラスに用意された特典のいずれかに基づくものになってます。――まぁ、何をもって対等な価値としているかは運営の独断と偏見によるところが大きいのですが……」

「つまり、私がすごいと思った部分にこそ、それと対を成すハンデが眠っている、と考えていいんですね?」

「はい、そういうことになるかと。ちなみに、【淑女(公爵)】と【貴族】に含まれる好感度ボーナスは、ハンデの対象外です。あれは他の使役系クラスの基礎スキルにあたるスキルですからね」

 ふ~ん。

 あの程度なら、まだハンデを受けるまでには至らないのか……いや。逆か。

 他の使役系クラスの基礎スキルにも、使役対象とする種族に対する好感度ボーナスがあるからなのか。

 その辺りは、要検証かな。

「あ、そうでした。Mtn.ハンナ様に運営からプレゼントが届いておりますよ。次回ゲームにインした時にアイテムリストを確認してみてください」

「プレゼント? なにかな」

「キャラリメイクチケットですね。Pレアユニーククラスは、代償さえ飲み込めば初めから恵まれた環境でスタートダッシュが切れる分、その代償というのが計り知れないクラスでもありますので。その当選者の多くがリメイクを望むであろうことを見越して、運営側があらかじめ用意していたのですよ」

「へぇ~、優秀だなぁ。まぁ、その気になったら使わせてもらおうかな」

「はい、ぜひ。あ、でもその場合、リメイク前の――Mtn.ハンナ様の場合ですと公爵令嬢になっている方のデータはそのままになり、サブアカウントとして改めてキャラクターを作成されるという形になりますのでご了承くださいね」

「上書きされるわけではないんだ」

「はい。ユニーククラスの特徴の一つとして、既存のNPCの代役として入り込むというのがある以上、むやみにデータの藻屑にするわけにはいきませんので」

 なるほどねぇ。面倒くさい理由もあったものだ。

「また、そのために、ゲームにインできる場合は一週間に一回ほど、メインアカウントでゲームにインしていただく必要がありますのでご了承くださいね」

「できない状況が続いた場合は?」

「その場合は、次回ログイン時にメインアカウントでインしていただくことで、そのノルマが解消となります。それ以降もこのルールはまったく同じになりますね」

 なるほどね。

 私の場合だと、あくまでも公爵令嬢としてのMtn.ハンナもプレイしていかないといけないってわけか。

 まぁ、割と面白そうな感じがしたし、しばらくは公爵令嬢のユニーククラスでやっていこうかな、とは思っているけど。

「さて、それじゃお昼食べに一旦ログアウトするね。食べ終わったら、また午後からログインするから」

「はい。ごゆっくりお昼のひと時をお過ごしください」

「うん。ありがとう」

 そして、私の意識は完全にリアルへと戻ってきた。

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