4.チュートリアル:ランドマークを登録しよう&敵を倒そう


 ようやっと貴族屋敷から出ることができた私を待っていたのは、なんと紋付きの馬車だった。

 ちなみに馬車についている紋章は、おそらくヴェグガナルデ公爵家の紋章だろう。

 私のコンバットドレスの胸プレートにも、髪飾りやイヤリングと同じ紋章が入ってるし。

「これ、ヴェグガナルデ公爵家の紋章、であってるんですよね?」

「はい、そうでございますよ。――はい、どうぞ。お乗りくださいませ」

 引き続き私に付き従っているメイドさんが、答えながら私に乗車を促してくる。

「私の髪飾りや、イヤリングにも同じのが付いてますよね。これ、外せないんですか?」

 なんとなく、聞いてみた。

 ユニーククラスを引き当てたことで、嫌でも私は目立つことになるだろう。

 その上でそれをアピールするようなアクセサリを付けるのは、少しだけ憚られた――というのもあるかもしれない。

 結果を言ってしまえば、それは取り外し不可能だとわかったのだけれど。

「コンバットドレスと髪飾りはともかく、イヤリングは必ず身に着けていただく必要がございます。これは、貴族はその身分を目に見える形で明らかにしなければならない、とこの国の法で決められていることでもあります」

 ほら、私の耳にも同じようについていますでしょう、とメイドさんが髪をかき上げれば、なるほど確かに。

 というか、メイドさん。貴族だったんだ。

「メイドさん、貴族だったんですね」

「はい。正確には私はメイドではなく、侍女という扱いになります。侍女に対してメイドと呼ぶのは、相手に対してこの上ない侮辱になりますので、以後お気を付けください」

「わ、わかりました」

「あと、私が貴族であることに違いはありませんが、家の爵位はお嬢様より下ですし、なによりも立場上は侍女ですので敬語は不要です。まぁ、淑女らしさを表すために使うのであれば問題ありませんが」

 若干厳しめにたしなめられた。

 おそらくだけど、そこのあたりはどうしても譲れないラインだったんだろう。

 私的には、どちらも同じように思えるんだけどなぁ。

「そういえば、私からは名乗っておりませんでしたね。この場をお借りし、名乗らせていただく許可をいただけますか?」

「え? あ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます。私、お嬢様付きの侍女を申し付けられました、ミリス・モルガンと申します。実家は伯爵の位を賜っております。今後、末永くお側でお仕えできますよう、粉骨砕身励ませていただきますので、よろしくお願いいたします」

「へ? あ、あぁうん、よろしくね」

 ――侍女、個体名ミリス・モルガンを召喚可能になりました。

 なんか仰々しい誓いの言葉をもらったけど、

 伯爵……結構上の爵位じゃなかったかな。

 公・候・伯・子・男っていうんだっけ。手前から順に身分が高くなっていくから……伯爵だと、上から三番目。

 やっぱり、結構高い身分の人だ。

「ミリスさんね。私のことは、Mtn.ハンナじゃ呼びづらいだろうからハンナでいいよ。改めて、お願いします」

「かしこまりました。お名前をお呼びするときはそのようにさせていただきますね。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」

 ミリスさんが自己紹介を終えたところで、さて、と彼女は馬車の窓から外を眺めた。

「そろそろ、貴族向けの街区を抜けますね。ここから先は、――というより、貴族向けの街区でもお嬢様がお一人で歩くには、治安の面でかなり不安があります。くれぐれも、この辺りから先で、元の世界に戻ろうなどとは考えないよう、お願いしますね」

「え? それマジ?」

 一応、ここも街中なんだよね。

 この口ぶりだと、街の中でも安全にログアウトできる場所とそうでない場所が存在しているんだろうけど。

「一応、貴族であるとわからなければ問題はないのですが……だからといって、お嬢様が髪飾りとイヤリング、その両方を外してしまうと、私達が罪に問われてしまうことになりかねませんので、それは本当に慎んでください」

「罪に問われるって……具体的には、どんな感じ?」

「最悪、その状態でお嬢様の身に何か危機が及べば、危害を加えた者はもちろん、状況によっては私共も死罪を賜ることも十分にあり得ます」

「わぁっ! わかった、わかったから、もうこの話はやめよう」

 あまりにも真剣な顔でヤバそうなことを言うものだから、ビビってしまった。

 でも……さすがに、死罪になるって言うのは盛り過ぎだよね……。

「盛り過ぎではなく、貴族というのは得てしてそういうものです。死罪になるのもまれな事例ですがないわけでもありません。心得てください」

「はい……十分心得ます」

 盛り過ぎではないらしい。

 この治安とか、髪飾りやイヤリング云々の話が終わったところで、馬車の外はいよいよ一般向けの街並みに変わっていった。

 この辺りは、本当に下町という感じだ。

 そのまま私達はつつがなく冒険者ギルドへと到着、冒険者として登録することができた。

 ちなみに特筆すべきようなことは特になかったので詳細は省く。

 しいて言えば、ランクについて説明があったことくらいかな。

 ランクはC1から始まって、C2、C3、B1と上がっていく。そして最終的にAより二つ上のSS級ランクが最高位になるらしい。

 そこまでいく自信は、ないけどね。

 んで、今はギルドからの帰り道。

 ゆるやかに流れてゆく窓の外の景色を眺めていると、不意にミリスさんが声をかけてきた。

「時にお嬢様」

「えっと、何かなミリスさん」

「異邦人には『リスポーン』と呼ばれる現象に守られ、この世界では死に至らないというチカラがあると聞き及んでいます。お嬢様にも、そのチカラはあるのでしょうか」

 冒険者ギルドから屋敷に戻る途中。

 ミリスさんは、今思い付いたといった表情でそう聞いてきた。

「そりゃあ、まぁ。あるけど……」

 ステータスの隅っこに、『リスポーン地点:ヴェグガナルデ公爵本邸・自室』って表記されているし。

 これがある以上、私だけ、倒されたらキャラクターロスト、なんてことはないはずだ。

「でしたら、『ランドマーク』にも触れておいた方がいいかもしれませんね」

「ランドマーク?」

 何かしら、それ。

 ミリスさんが新たなゲーム用語を口にしたところで、私の目の前に新たなチュートリアルクエストの発生を知らせるウインドウが表示された。

「新しい『啓示』ですか。どのような内容でしょう」

「けいじ? あ、そういうことか。ちょっと待ってて」

 なるほど、システムメッセージはNPCには『啓示』として広まっている、ということか。

 さてさて、新しいチュートリアルの内容は……うん。やっぱり、例の『ランドマーク』とやらについてだったね。

『チュートリアル3/4 ランドマークを登録しよう

 この世界の各地には、ランドマークと呼ばれるスポットが多数存在します。

 ランドマークはフィールドやダンジョンの探索中に倒れた際のリスポーン地点として登録したり、転移をする際の転移目標にしたりできますので、見つけ次第登録しておきましょう。

 またランドマークの周りは、周囲一帯の中では治安度が高めに設定されていますので、ログアウトをする際にもお勧めです』

『治安指数について:

 このゲームでは、各地に治安指数と呼ばれるパラメータが設定されています。

 この治安指数はゲームからログアウトする際に重要なパラメータとなっており、必要治安指数を達成していないと、ログアウトしてから次回ログインするまでの間に、ゲーム内で何らかのトラブルに巻き込まれる可能性があります。

 必要治安指数の初期しきい値は50、初期条件はしきい値以上となっていますが、これらはクラスやスキルによって変動しますので注意しましょう。

 自分がいるあたりの治安指数と要求治安指数、及びその詳細な条件は、視界端の『SECURE』、またはメニューの『治安指数』から確認できます。

 なお、宿の中やランドマークの周りは、治安指数が周囲一帯のものよりもかなり高く設定されています。

 特に宿は、高級な宿ほど治安指数が飛躍的に高まりますので、予算に応じて有効に活用するとよいでしょう』

『敵の出現条件について:

 自身が治安指数の要求値を示していない場所にいるか、治安指数関連の条件を満たしていない人が周囲にいると、場所を問わずその人の周囲がフィールド扱いとなり、治安指数に関連した敵NPCがポップします(ただし店や他プレイヤーのホームなど、特定の条件を満たす屋内を除きます)。

 敵NPCの状態が敵性だった場合は、敵の種類により、周囲のプレイヤー達にも襲い掛かりますので注意しましょう』

 なるほどね。

 このゲームではログアウト周りの制限についてそう来ましたか……。

 VRMMOではこの手の制限が結構多いけど、セーフティポイントなら問題なし、って言うゲームが大半だったからねぇ。

 その点、このゲームはそのあたりも結構厳密にできているみたいだね……。

 とりあえずは、クエストでランドマークの設定を要求されちゃったし、早速最寄りのランドマークを登録しに行かないとね。

「啓示はどのような内容でした?」

「ランドマークを登録しろ、だって」

「左様でございましたか。でしたら、ちょうどよく、ランドマークのすぐ近くまで来ておりますので、寄ってから帰りましょう。――馬車を止めてください」

「はっ!」

 馬車が止まるのを待ってから、私はミリスさんに先導される形で、彼女の言うランドマークへと向かう。

 向かった先にあったのは、かなり広い広場だった。

 そういえば、冒険者ギルドに行く時にもここ通ったっけ。

「噴水広場かぁ。確かにわかりやすいね、ここは。待ち合わせにもピッタリの場所って感じだし」

「はい、そうですね。――ただ、私達貴族にとっては、やはり不安が残る場所でもありますが」

 心配性だなぁ、ミリスさんは。

 ――でも、いや。ちょっと待ってよ。

 そういえば、治安指数っていうの確認しておかないと。

 そういうパラメータがある以上、ミリスさんが言うように私にとってはここも少なからず危険があるって言うことかもしれないし。

 えぇっと、この辺りの『SECURE』は……ッ!?

「う、そ……これ、本気なの…………?」

 そこに描かれていた表記は、『SECURE:75/140以上』。

 ご丁寧にも、SECUREの方は定期的に『DANGER!!』という赤字の表記と入れ替わっており、しきい値を表す140に達してないためにここが安全ではないことをわかりやすく示していた。

 でも……これは、さすがに予想外だわ。

 安全に見えるはずのここが、まさか要求値の半分程度しかないだなんて……。

「お嬢様、ここでのランドマーク登録はお早めにお願いします。いつ危機が迫ってくるかわかったものではありませんから」

「うん、そうする」

 私は駆け足でランドマークであることを示しているであろう光の柱に近寄ると、それにサッと手をかざした。

『ランドマーク:ヴェグガナーク・噴水広場 を登録しました。リスポーン地点に登録しますか?』

 そう書かれたウインドウはすぐにNOで閉じる。

 そして、ミリスさんに一回頷き、急いで馬車へと戻っていった。

 いや、正確には戻ろうとした。

 ――しかし。

「お嬢様避けてッ」

「きゃッ!?」

 どこからともなくナイフが飛んできて、私はミリスさんに突き飛ばされて路面に倒れてしまう。

 直後、

「外したか。ならば直接斬り伏せるのみ」

「ヴェグガナルデ公爵令嬢、覚悟!」

 黒装束を纏った男二人が、ナイフを片手に私達のすぐ近くに姿を現した。

 その頭上に表示されたアイコンは――敵キャラクターを示す、剣のアイコン。

 私は即座に立ち上がって、腰に挿していた扇を手に身構える。

 そして、そんな私を守る様に、護衛二人も男二人の前に立ちふさがった。

『チュートリアル4/4 敵を倒そう

 このゲームでは、敵を倒すことでPC経験値とクラス経験値、そして敵の素材や所持品などのアイテムを入手できます。

 目の前の敵は、どうやらそれほど強くないようなので、実際に倒して経験値とアイテムを入手してみましょう』

 チュートリアル、4/4。

 いよいよ、これが最後のチュートリアルクエストか。

 一連のクエストの締めなんだもん、ここはビシッと勝ちたいよね。

 とはいえ、剣とか魔法とかでの戦いを想定していた私にとって、初期装備として用意された武器が扇だったのは予想外。

 扇って、閉じた状態で叩く程度しか私には使い道思いつかないんだけど……それに間合いも、とても短すぎる。

 果たしてどう戦うべきか、と思い悩んでいると、再びウインドウが表示された。


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