第9話 移動は揺れるトラックの中で
想像以上に揺れるその床は、足の痛みには優しいものであったが体全体の負担には大した差は無かった。先ほど戦果を挙げたばかりだというのに、隊員の皆は静かに座っているだけであった。
かく言う私も両膝を自身の胸の前で抱え込みながら頭を伏せる。まだ数時間程度しかたっていないものの、昨日から怒涛の出来事の連続であった。
「疲れたの?」
私の隣で片膝を立てながら座るノラが私の方を心配そうな目で見つめていた。
「いえ、私はないもしてませんから」
体の重さとは裏腹に、反射的にそんな言葉が口から出た。
疲れた。なんてそんな気軽に言えるわけがない。ここにこの生活をずっと続けている兵士の人たちがいるのだから。
「そんな気を張らなくていい。戦いが始まれば嫌でも引き締まるんだから」
「そうだぞ。こういう時に緩めとかないと早くに死んじまうぞ」
ノラさんに続き他の隊員さんたちも、私に各々励ましの言葉をくれる。先ほどまでの静けさとは一変しそこは戦士たちの交流の場とかした。
「俺は別行動してたから、今が初めましてだな。また大変なところに来ちまったが死なない程度に頑張ろうな」
「はい! お願いします」
「で、なにをやらかしたんだ? まだ若いのに」
「それがね。何もなんだって」
「へぇ? まさかぁ?」
周りの隊員も始めに私が向けられた怪訝そうな顔と同じものを向ける。こうなってくると逆に他の人たちがどんな理由でここに来ているのか気になってしまう。だが、今こうして接している限りでは、とてもではないが悪い人には思えなかった。
「本当なんです。だから私この部隊が何なのかも未だによくわかっていなくて」
「うーん。嘘ついている風には思えないな」
「私たちも全く同じやり取りをしたよ」
これはこの先もお約束の流れになるのかもしれない。
「そうなると、この国もいよいよだな。こりゃ敗戦も近いかな?」
さすがにこれは冗談だろうと言った言葉が飛び出てきた。最近は連戦続きで勝利まであとわずかだという話を内地ではよく耳にしていた。
「そうなったら俺達ってどうなるんだろうな。ほら、もう軍名簿に名前が載ってないだろ?」
「だけど、やってることはやってるからな」
「そんなこと考えたってしょうがないだろ」
「そりゃそうだ」
私を置いてその物騒な会話は続いている。ここの人間は明るくユーモアにあふれている人が多いのだろうか。話している内容は正規の軍にいれば軍法会議にかけられるだろうし、普通の神経では中々できないものではあるが。
「いつもこうやって移動しているんですか?」
色んな事を知っておくだけで覚悟を決めることはできるであろう。それで何かが変わるわけではないが。
「ほとんど徒歩だよ」
「じゃあ、凄い距離を歩くんですね」
私は今日ほどの距離を歩いた後に、戦闘に参加できるのだろうか。そもそも一度として握ったことの無い小銃を構えることができるのかすら疑問である。
「いや、今回は補給とさっきの連中の排除の任務があったから、こんな内地の奥まで来たが普段は敵地との境界線か敵地内にいることが多いからな」
その言葉に私の心は安堵していいのか迷うものであった。一番怪訝していたことはこれでクリアとなったが、同時に常に最上級の危険と隣合わせで生きていかなければならないことが分かった。
戦場に安全な場所などあるのかどうかが、まず疑問であるが。
「それに次の任務的にもってとこだな」
「次の任務?」
言われるがままに着いてきて、言われるがままに移動しているだけの私には今その時の情報しか持っていない。今の私では次の任務の先読みなど到底出来るものではないが、ここにいる隊員はそれが何か分かっているようだ。
それとも事前にある程度聞かされているのだろうか。
「恐らく。今回は爆破だな」
「爆破?」
「ああ、ほらこれ」
そういうと荷台に積んであった木箱を覆うようにかけられていた布とった。するとそこにあったのは。
「ダイナマイト?」
「そうだ」
「初めて見ました」
軍事工場の方には一般人はおろか軍の人間ですら、あまり近づかないのでお目にかかる機会は今までにはなかった。
しかし、なぜそれがダイナマイトだと一目で分かったかと言うと、我が国では秘力の力を使って通常よりもはるかに破壊力を増していると有名だったからだ。
それはその爆破物だけでなく、他の武器にも該当するらしい。この技術のせいでトリディアは年中他国と戦争をするだけの軍事力をいじできていると聞いたことがあった。
「危険な任務ですね」
私は、今これがここで誤って爆発しないかだけが心配であった。
「まあ、基地を一個小隊で落とせとかいう無理難題じゃないからまだましだがな」
前哨基地ですら大隊に相当する人数はいるだろうに、それをたったこれだけの人数で落とすなんて快挙どころの話ではないであろう。
それを本当にやってきたというのだろうか。話を聞けば聞くほど彼らの言っていることが嘘にしか聞こえなくなってきてしまった。
「ここの皆さんって歴戦の兵士達が多いんですね」
それだけのことを成し遂げてきた人達がいるのは心強い。その一方でそれが強まれば強まるほど私の存在意義は薄くなっていく。
「ここの奴は色んな経緯で流れ着いたが、まあ本当に悪いことしたやつはあんまりいねーな」
それは少しはいるってことを意味する。
「ルークなんてそのいい例だよな」
「ああ。あいつは他部隊でも活きの良い若いのがいるって噂になってたくらいだから」
「それなのになんで……」
戦果を挙げ続けていたなんてそれこそ、将来有望だっただろうに。私が今彼に抱いている印象とはまるで別のものであった。勇敢な兵士というよりも、のらりくらりと戦場では姿を消しているようなそんな軽い人だと思っていたことは謝罪しなければならないだろう。
「あいつ戦闘の仕方もイカれてるけど、頭もイカれててさ上官の命令にムカついて殺しまったんだよ」
「ええぇ!」
味方を殺すなんて。しかも上官を。
軍人とは思えないその行動も、彼ならやってのけても不思議ではないとも思ってしまう。
だが、それこそ仕組まれた嘘ではないのだろうか。だって、そんな到底信じられるようなものではないから。
「よくある話ではあるな。戦場で部下が上官を殺しちまうってのは。ただ大体は敵兵にってなるんだが、あいつは周りからも反感かってたから、そのままつるし上げって感じ」
ニヤニヤとした顔をしている裏にはとんでもない過去があったようだ。
人は見かけには寄らないのだと改めて思わせてくれる。私もそうであったらいいのにと思うのだが、残念ながら私にはそんな周りを驚かせるほどの大した能力は無いことを、この16年間生きてきて私が一番良く理解している。
「本来なら処刑されててもおかしくないんだけど、戦うことに関してはなかなか優秀なやつだからな。死ぬまで好き勝手暴れてくださいってことでここにきたんだよ」
「死んで元々のやつが、敵兵を1人でも殺してくれるなら儲けって。まあ軍のお偉いさん方も中々頭がおかしいよな」
言われてみればその通りで。今まで信じていた国すらもその正義を疑わざる負えない状況だ。
そもそも、そんな非人道的な行為を推奨していなければ。この部隊は生まれていないのだろうから。そう考える一方で、それのおかげで本来既に死んでいた人たちが今もなお過酷な状況下に置かれながらも生きながらえていられるのも、また事実である。
私が今まで軍人としてどれほど無知な状態で戦争に加担してきたかを痛感する。
「えっと、その今は大丈夫なんですか」
私は恐る恐る質問を投げかける。
上官を殺した人間に背中を預けるのは不安ではないのだろうか。本人がここにいないからこの話題が出たのだろうが、それでも先ほどまで行動を共にしていた人間の暗い過去を聞いてしまうと不安を抱いてしまう。
「そりゃなんの心配もないよ。エルヴィスがいるからな。ここには」
その返答は思った以上に簡単なもので、一切の疑いを晴らすものであった。
「あいつからしたら、噂で聞いてた死んだはずの英雄の指揮の元で戦えるんだからこんなに嬉しいことは無いだろうから」
「そうそう。そもそも、上官が部下との信頼関係が築けていないのが一番の問題なんだから」
その発言に対して、周りにいる隊員達も大きくうなずいている。皆どこか心辺りがあるようであった。
私は軍人であっても兵隊ではなかった。
戦場のルールともいうべきか、彼らと私との常識はあまりにもかけ離れているようだ。
「隊長ってそんなに凄い人だったんですか?」
私はその噂を一切知らない。
世間知らずな私ではあるが、あまりにも彼らとは今まで生きてきた世界が違いすぎる。
「だったというよりも凄いひとだな」
「こんな荒くれものの寄せ集めを集団としてまとめ上げてるんだからな」
「あいつがいなけりゃ成り立たないよ」
「それがいいんだか悪いんだかだけどな」
「ああ、無駄に生き残ってしんどい思いばかりだよ」
エルヴィスに一目置いているというよりも、尊敬と信頼で成り立っている関係のようだ。
なんだか、そんな関係を羨ましうく思ってしまった。以前の部隊長に信頼と尊敬が無かったと言えば噓になるが、それは上官という立場があってこそであった。
具体的どこがと言われると中々言葉に詰まってしまう。
今思えばそれは彼女を見ていたのではなく、彼の階級を敬っていただけだったのかもしれない、。
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