第6話 秘力

「さっきは詳しく聞かなかったがエリナは前の部隊では何をやっていたんだ?」


 隊長としての役割を果たすためには色々と考えなければいけないことがあるのだろう。英雄と呼ばれたこの人が私のことをどうやって使ってくれるか少し期待を持ってしまうが、恐らくノラと同じくヒーラーとしての役割を期待されているのだろう。しかし私がやってきたことと言えば


「荷物を運んだり、怪我人の移動の手伝いや一般的看護です」


「それも立派な役割だ」


 申し訳なさそうに言う私の隣でノラさんが頷きながらそう言ってくれた。確かに蔑ろにして良い仕事ではないが、それは誰にでも出来ることである。


「じゃあ傷を直したり痛みを和らげたりとかの秘力は使えないんだな」


「はい」


「ああ、そうしょげることはない。期待していた物とは違っただけだ」


 優しい言葉で包んであるものの「がっかりした」と直接的に言われてしまった。話を聞く限り必要最低限の医療物資すら携帯していないノラさんであるが、それでもこの部隊が過酷な戦場を生き残れているのは、恵まれた秘力を持っているに違いないだろう。

 しかし、なぜそんな人物がこんなところに居るのか、尚更疑問に思うばかりである。

 聞きたいがうかつに聞ける内容ではないだろう。


「なに、もちろん俺は使えないしな。うちの部隊にはなんにんかいるが」


 そしてこちらもまた気になるうちの1人だ。英雄がなぜこんな扱いを受けているのか謎すぎる。勲章を貰ったらそれで生きていけるくらいの栄誉だし、貰える人間なんて殉職者がほとんどだ。

 しかし先ほどのルークの口ぶりからすれば彼はそれをここに来る前に獲得しているようだ。そもそも犯罪者扱いを受けていたり、戦死扱いだったり気のなることが多すぎることは確かだ。

 さらに言えば秘力を使える人間なんてそれだけで重宝される。戦闘を有利に進めることができるからだ。そのため軍部も秘力を持った人間は初めから階級が上で採用したりしているほどだ。


「俺がその1人だぜ!」


 意気揚々と自分のことを指さしながら私にアピールしてきた。

 部隊の人間にとってはそれは当たり前のことで、自慢にならいから新入りの私にそれを言いたくて仕方がないのだろう。


「あんたのは違うでしょ。頭のネジが何本か抜け落ちているだけ」


 凄いと思う前にノラから相変わらずの手厳しい言葉がルークに飛んでいく。秘力は思い込みの力で成長していくとも言われているからあながち間違いなことではないのかもしれないが。


「ルークはなこう見えてうちの大事な戦力なんだ。怖いもの知らずでな。根性とかじゃなくて本当に恐怖と呼ぶものがないらしい」


「隊長~それ俺が言いたかったのに~」


「それにその言い方だと大事じゃない戦力がみたいだよ」


「いやいや、全然そんなことないしそれは皆が一番分かっているだろう?」


 このどこか信用のならなそうな人物が、そんな役割を担っていたことに驚きであった。戦闘時に先頭の人が恐怖のあまり逃げ出してしまい前線が崩壊してそのまま撤退と言うことがあったと宿舎で聞いたことがある。後に続けではないがどれほどの勢いを持って戦えるかは最初が肝心だととも。

 軍人なのにもかかわらずお喋りな彼にも皆が一目置いている理由は自分が率先できないことをやってくれているというのもあるのだろうか。


「分かってて言ってるの」


「そうそう。だから俺が一番ケガ率が高いんだけどね。ノラはその度にああだこうだ言ってうるさいんだよ。治療を受けながら反省会してるみたいでさ」


 隊長に取られたからか、まだまだ話足りない様子のルークはノラの目の前で悪口を言い始めて。そういえば最初にも似たようなことを言っていたことを思い出す。

 彼に色々話を聞けばこの部隊の現状や課題なんかもより理解できそうだ。

 そして、あわよくばななぜ、皆がここにいるかも。


「それはあんたが何も考えていないからでしょ。ケガしないならそれに越したことは無いんだよ。私だって疲れずに済むし。それに皆が撤退するときに手がふさがってたら私が毎回担いでいること忘れてるの!」


「ヒィッ! 怖い怖い」


 軽薄な人という印象を抱いていたが、それよりも掴みどころがない人へと変わっていく。なんだか話していることが全て嘘のようにも聞こえるが、ノラやエルヴィスが言っているのだから決してそんなことは無いのだろう。


「そもそも、こんな獣道ばかり歩いているんだ身体中傷だらけだぜ。ほら見てくれよ」


 そう言って私のそばに寄ってきて軍服の袖を巻くった腕を見せつけてきたのだが。


「……?」


 私にはそれらしきものが見当たらなかった。


「ノラさんに直して貰ったんじゃないですか?」


「いや、私はそんな細かい傷までは基本見ないな。そのくらいのものは皆持ってるしいちいちそんなことに体力は使えないよ。いつ何が起こるか分からないからこそ、必要な時に必要最低限のことしかしないのが生きぬくには大事だからね」


 それもそのはずである。人の傷の治癒にはとんでもないほどの秘力を使う。それは自身の体力と比例する。ノラさんの秘力が傷の根本治療ならこの国にだって出来る人は片手に限られるだろう。


「あれ~、おかしいな。さっきまで傷口がかゆくてしょうがなかったのに」


 首をかしげながら腕を掻くルークは再び元の隊列に戻っていった。

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