第5話 その事実は

「それにしてもさぁ」


 再び行軍が始まるとルークが暇を持て余したのか口を開いた。


「隊長のことしらないの?」


 それは私はに投げ掛けたのだろう。名前は呼ばずとも私の方を向いている。


「本当にあんたは緊張感がないね」


 私の隣を歩くノラが先にそう答える。

 いつの間にか私の隣に来ていたその女性に唯一の同性と言うこともあってか親近感が沸いている。

 私よりも少なくとも10個は上だろうか。戦場ではなんの手入れも出来ないであろうが白い肌と綺麗な顔立ちだ。泥が着いていたりしてはいるが、それもまた箔のようすら感じる。

 見たところこの部隊の姉的なポジションのようだ。


「すみません。私の看護部隊の本当に下っぱだったので前線で戦っている兵士の皆さんについては疎くて」


 これは嘘ではなく紛れもない事実だ。戦争の成果は掲示板に張り出されるが、私のような雑用係にはそれを悠長に眺めている時間はない。

 そのため人伝や会話を耳にする程度であった。


「そっかー。隊長ももう長いもんね。ここ」


「当たり前だろ死なないでずっといるんだから」


「それが一番立派なことでしょ」


 周りの兵士達も各々頷いている。さっきまでは横一列関係だと思っていたが、この様子を見るとそうではなく尊敬の対象のようだ。


「そろそろお暇したいところだけどな」


「バカ言わないの」


 彼らのこの話しぶりからすると恐らく物凄い人なのだろう。

 もしかしたら勲章をもらっている人かもしれない。そんなすごい人のことすら知らないだなんて物凄く失礼なことをしているんじゃないかと心配になってきた。

 しかしその一方で、もし本当にそうなのだとしたらそんな勲章をましてや階級賞まで剥ぎ取っている理由は何だろう。


「まさか、でも……そんなはずは」


 私程度の人間に思い付くことは一つだけだった。


「エリナは本当になにも聞かされずここにきたんだな?」


 隊長が問いかける。


「はい」


「ハルスネーションについてもか」


「はい」


 私は思わず息をのんだ。

 隊長ではなく横にいるノラが大きく溜め息をつきながら私の肩に手を置いた。


「ここにいる人間。いや、ハルスネーションに配属された人間は軍から除名されたものだ。もっと正しく言うと戦死扱いされている」


「え?」


 私が想像したものよりもはるかに酷い現実が語られることとなった。

 軍服から想像するに犯罪を犯したもの軍の命令に背いた人間が懲罰の1つとして結成された部隊だと考えていた。それならば一般的には名前が知られていないことの理由にもなる。


「だが、勘違いしちゃいけねーのはここにいる人間はなにも悪いことをしたからここにいるわけではない。むしろこの国の長い戦争に大きな貢献をしたものばかりだ」


「じゃ、じゃあなんで……」


「それはな国にとって都合が悪い人間ってのがいるんだ。それを追い出すのは戦果を挙げるよりも重要なことなんだ」


 戦果を挙げるより重要なこと?

 戦争をなぜするかなんて考えたことが無かった。生まれて16年になるが私が生まれる前からずっと戦争はしている。そのおかげで私の両親は死んだ。私にとっては生きていくことが何よりも第一優先だった。

 それは国民がみな同じではないだろうか。


「エリナの横にいるノラは、恐らくお前の元上官の元上官だな」


「そうね。私はここに来る前は救護部隊の部隊長だったわ」


「え!? そうなんですか?」


 確かにそういわれても、納得はできるが。この若さでその地位まで上り詰めていたとしたら、物凄く優秀で信頼も厚い人物だったに違いない。

 それなのになぜ。


「そんでもって隊長のエルヴィスは、我が国トリディアの英雄と呼ばれた前線の最高責任者からここまで転げ落ちてきたんだぜ」


 なぜか本人ではなくルークが自慢げに話し始めたが、その話しぶりからは彼のことを尊敬しているのだろうと感じることができた。

 次から次へと衝撃な事実が押し寄せてくる私の頭はパンク寸前だ。

 だからこそ、最大の疑問が私の頭の中で浮かんでくる。


「じゃあ、どうして私がここに……」


 私は何かしただろうか。


「まあ、なんだかんだ言って成果を出しちまってるからな。人を送ればもっと結果が出るって思ったのかもな。だけどやたらなことができないから、ちょうどいい人間を探していたのかもしれない」


 そんなことを言われても、納得できるはずがない。だけど雑用しかできないような人間はそのまま使うより、命を武器に戦って来いと言うことだろうか。道徳なんて言葉を戦場に持ち込むなんて甘いことかもしれないが、あまりにもやっていることが卑劣すぎる。

 それは私がここに選ばれたからと言うのではない。城内で働いていた時にそのこと知っていたとしても同じことを思っただろう。


「ちょっと待ってください。戦果を挙げているのに存在しない部隊として扱われているってどういうことですか」


「ああ、俺たちは基本的に無理難題な任務を言い渡される。大体は本命の部隊の足掛かりになるような。それで成功すればほとんど片付いた後に来た部隊の手柄ってわけ」


 至極当然の話をするかのように進められる。周りの誰1人として疑問の表情をしていない。それがこの話が嘘偽り出ないことを証明している。


「そうそう、だから知られていないって言っても前線で戦っている部隊には俺たち存在は噂されている。ただ、守秘命令が出てるから外には漏れないってわけ」


 こういったことに一番腹をたてていそうなルークでさへも淡々と事実を教えてくれている。


「成功って言っても死んでいくやつは多い。なんせ見てもらえば分かる通りまともな装備すら持ってないからな。だから敵から奪ったり時々こうやって国からこっそり補給を受けたりする程度だ」


「だから正規の部隊とばったりあったら、攻撃されかねないってことだな。だって敵国の刻印が入った武器もってたらそれ攻撃するだろ」


 やっていることは盗賊のそれと同じである。誇り高い軍人がそんなことまでして戦っているなんてショックでしかない。敵国のことを考える余裕はなかったが、自国の中でもこんな卑劣な扱いを受けている人がいるなんて、城内の人たちは全く知らないだろう。

 私が生きるために所属した軍というもの恐ろしいものであった。全くもって私には関係ないと思いたいが、私もそれに加担している1人だったのだろう。


「とんでもないところに来ちまったことは理解できただろう。だけど大丈夫ここの奴らはちょっと癖があるが味方を見捨てるようなことはしないから」


「そそ、だから死ぬまでよろしくだ」


 恐らく私がとんでもない表情をしていたに違いない。周りの人たちが思い思いの励ましの言葉を私にかけてくれていた。それだけですくわれた気にはなれないが、少し軽くなったような気がする。

 まだ私の無能さを知らないからか、私のことを1人にしないでくれようとしてくれている。みんなこの絶望からこうやって乗り越えてきたのだろう。


「ただ」


 隊長が再び歩みを止めてこちらを向いた。


「エリナが逃げ出したいならそれでもかまわない」


 そしてそこから発せられた言葉は、またもや私の想像を大きく逸脱していた。

 逃げる? 軍人が?


「え? そんなこと許されるんですか」


「もちろん。逃げたからって撃ったりなどしないさ。中にはここに配属されたことに絶望して自殺しちまうやつもいる」


 確かに前線に出たことが無い私は、これから待ち受けているであろう場面を想像することすらできない。運ばれてくる兵士達の傷で戦場は生ぬるいんものでないことは想像できるが、それに大小などつけられないから。

 しかし、実際に戦ってきた兵士達はその惨劇を事細かく想像できてしまうのだろう。


「だが1つ言っておくが国に帰ってもお前の居場所はない。それこそ撃ち殺される。だから敵国でも何でもその身一つで生きていく覚悟があるのならばそれでもいいだろう」


「こんな嬢ちゃんが1人でいたってなにもできやしないだろ」


 後方に居座っていた私に、そんな度胸があるはずがない。それは前線で戦ってきたこの人たちが一番よく分かっているだろう。


「ルーク! 仲間に対して何言ってんの! それにそれはエリナが決めることでしょ!」


 もはやお決まりになり始めているこのやり取りだが、それに笑みを浮かべることもできない。むしろとんでもなくイビツな顔をしているに違いない。


「エリナ。覚悟なんて安い言葉かもしれないけど、ここに来た以上覚悟決めなさい。ここにいることが一番生存確率は高いのよ」


 ノラはまるで母親が子どもに訴えかけるかのように、私の両肩に手を添えて真っすぐ見つめてくる。その目は信じてもいい。私の中の私がそう言っているような気がした。


「はい。元々何もできない私ですから。ここで役に立てるように頑張ります」


「よし」


 戦う覚悟、死ぬ覚悟はまだ完全に出来ていないかもしれないが、人を治すはずの人間であった私が人の命を奪う日もそう遠くない。

 ずっと自分に出来ることだけを精一杯してきた。これからもそれを貫くだけだ。



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