第4話 ハルスネーション
男が横にずれると私の視界は一気に広がる。
今まで二人分の声しか聞こえていなかったが目の前には十人程度の兵士が腰を下ろしていた。どうやら待機しながら私たちの合流を待っていたようだ。
「今日からここに配属されました。エリナです。以前は救護部隊に所属していましたが雑用しかしてきませんでした。ここでも同じになると思います。これからよろしくお願いします!」
とにかく元気で使えるやつだと思わせるために大きな声で挨拶をした。これから敵の目の前に行くのだからせめて味方からは仲間判定されないと私なんかの命は一瞬ともたないだろう。
死ぬのだけは嫌だから。
「バカかあんた! 静かにしな!」
私の挨拶が終わるや否や見たところ唯一の女性が立ち上がり私の方に眉間にしわを寄せながら近づいてきた。
「ノラ。お前の方がうるせーよ」
驚いた私は一歩後ずさると目の前の男がやれやれと言わんばかりに、頭を掻きながら私とその女性との間を手で遮る。
そのおかげで女性は止まったものの顔を私の前まで近づけてきた。こんな場所だからか長いまつげにはホコリが付いているが綺麗な瞳と顔だちをしている女性であった。
そしてその女性を私と同じ軍服を着ていた。
「まあ、こんな所誰も通らないから大丈夫っしょ」
「だからわざわざこんな変な場所で待機させて俺が一人で迎えに行ったんだからな」
間にいる男と奥の方にいる軽率そうな男が会話を始める。女性の剣幕とは裏腹にこちらは緩い雰囲気である。
いつも全員のONとOFFがしっかりしていた前の部隊と比べるとその温度差にちぐはぐさを感じずにはいられなかった。
「ちょっと待って救護部隊ってことはヒーラー様か!? やったぁ! これでノラに小言言われながら治してもらう必要なくなったってことか」
私の自己紹介は彼らにきちんと届いていたようで、今更になってようやく反応を返してもらえた。しかし、やっぱり私の話は正しく理解されていないようだった。
「ルーク! あんたそんなこと言うならどんな傷を負おうと二度と治療してあげないからね!」
奥にいる軽薄な男性の方に歩み寄る女性に目を向ける。ノラと皆から呼ばれるその女性は、この部隊で唯一の救護を専門としている人のようだ。まだ見ぬ戦場であるがそんななかこの人数を一人で診るのだからその実力は相当高いのだろう。
「いえ、だからあの私は……」
「2人ともうるさいから。ほらもう行くぞ」
ようやく大男が動い始めた。
部隊の人間の方に近づくと地面に置いてあった自分の荷物であろう、小銃とリュックを背負う。それは以外にも私の全てを積み込んだ荷物とそう大差ないものであった。
それもそのはずだ。これは哨戒用装備で恐らくこれから前線基地に戻るのだろう。
「フン」
「ほいほい」
男に怒られても何も変わらない二人も移動の準備を始める。他の周りにいる兵士も似たようなもので重い腰を上げるのに手こずているようだ。
その姿はよく見るとボロボロで皆軍服すらまともな状態ではなかった。救護部隊では常に清潔であることが求められるし、城内に送られてくる負傷兵もそれまでに応急処置を受けた状態で来るので見てくれがここまで酷いことはあまりなかった。
目の前のその光景を見るだけで、軍属とはあまり見えない態度をとるこの人たちも精一杯国のために戦っていることは認識させられる。
「じゃあ、とりあえず奴らの所に合流
「あー、もう任務かよ」
「いつものことだろー」
男が歩き始めると、その後ろで小言をいいながらも部隊の人間が着いていく。
「ここには補給に寄っただけだからな」
「補給なんてありました?」
私が見たところそのような物資は彼らの誰1人として持っていない。それどころか全員が軽装と言っても良いだろう。
それが城内のすぐ近くだからと言われれば納得できるが少しばかり違和感を覚える。
「立派な人材の補給があったじゃないか」
後ろを振り向かずに親指で後方にいる私のことをさした。
「あの、部隊長の方はそこにいるのですか?」
この横一列の会話を見ると恐らくここに部隊長はおらず、この男はここの中では指揮を任されているだけで、これから向かうであろう本拠地の方にいるに違いない。これからの私の任務内容やこの部隊の役割などを詳しく聞きたい。少しでも役に立てるように。
「なに言ってんだ。部隊長は俺だよ」
「え?」
思いもしない言葉が先頭を歩く男から聞こえてきた。
「おいおい、挨拶もしてないのか。これから一緒に死ぬ仲間だぜ」
それを茶化すかのように軽薄は男が声を上げる。
それにしても今まで治す側の立場であったものからするとその冗談はとても笑えるものではなかった。
それは周りの人達も私と同じだった。その光景を見て少し心が落ち着いたような気がした。異常なのはこの男1人だけだ。
死ぬ気で戦っているとはいえ誰も死にたいと思っている人間は誰もないのだと。
「エルヴィス。あんた新入りが久しぶりだからって挨拶の仕方も忘れちまったのかい?」
私の少し前を歩くノラと言う女性が先頭の大男のことを名前で呼んだ。
「そうだったか? まぁいいや。俺がこのHSN(ハルスネーション)を率いる隊長エルヴィスだ。階級は……無いな」
大男は振り返りその場で立ち止まると急にそんなことを話し始めた。
私にとっては全てが理解できなかった。まず、この人物が一部隊を率いる隊長に見えないからだ。それは見てくれもそうだが話し方や雰囲気からも。そしてハルスネーションという部隊名も聞いたことが無い。
さらには。
「階級がないってどういうことですか?」
軍人ならば誰しもが階級を持っている。私はならば末端の末端である二等兵だ。それは軍服にも示してある。
慌ててその男の軍服を見るが。
「え……どういうこと」
階級章がないなんてありえない。それは軍人ならば誰しもが当然として持っているものだ。それ以上に驚いたことが周りの人間全員が本来あるべきはずの肩口の所に何もついてなかった。
「なにも知らないのか?」
私は無言で頷く。それが上官に対して失礼な行為に当たることを理解できるほどの余裕すらなかった。今までならば上官に怒鳴られるだけでなく周りからも非難されていただろう。
「ひでぇーな。軍もここまで落ちたか。形ばかりの軍法会議まですっ飛ばして送ってくるとは」
「あなた、エリナって言ったわね。いったい何をしたの?」
「いえ、私は何も。ただ昨日以前の部隊長に配置転換を告げられここに」
不穏な言葉がいくつも聞こえる中、聞かれたことに正直に答える。私がなにか規律違反を犯すようなことは無い。それは私が一番よく分かっているし、そもそもそんな大事な場面をに出くわすこともなかった。
エルヴィスが額を覆うように頭を抱えながら大きなため息をつく。
「最近ここもずいぶん人数が減ったからな。補充のため誰でもよかったのか」
「可哀そうに」
エルヴィスとノラが哀れみの目を私に向けいる。周りの人たちも同様に。
私が感じていたこの異様な感覚は間違いではなかったようだ。未だに理解が及ばないが私のこれからはただ前線で戦うだけという簡単なものですらないようだ。
「いくら無能だからと言いてもせめて前線で戦える人材をよこさなきゃ話にならないでしょう」
「ルークあんた!」
全員から同情をされているわけではなかったようで厳しい言葉を突きつけられた。
それに対しては何を思うわけでもない。事実だ。どこだって人では足りない。それにも関わらず役立たずが増えたところで0どころかマイナスにだってなる。
こんな怪しい集団の中にだってそれは適応するのだった。
「ルークそう言うな。ここにきたからは死ぬ以外ない。後はそれを自分で選ぶか運に任すかだけだ」
「改めてどちらかが死ぬまでは、よろしく」
エルヴィスはそう言うと私の元にまで下がってきて右手を差し出した。
「は、はい! よろしくお願いします」
私は反射的に返事をしてその差し出された手に、同じく右手を添える。ゴツゴツとした大きなてはとても暖かく、そして汚れていた。
改めて近くに立たれると硝煙と埃の香りが強かった。
これが戦場で戦う兵士の本当の姿なのだろう。先ほどまでのイメージとは真逆の堂々としたものであった。
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