第3話 部隊合流
門を出てからどのくらいの時間が経っただろうか。
軍部の外とはいえ、こんな場所に敵軍が潜んでいることは無いだろうが、それでも大した装備も持たずに1人でいるのは不安である。今持っているものと言えば手のひらほどの刃渡りのナイフと一度も撃ったことのない拳銃のみだ。
誰にも合わせる必要がないため、私の歩幅ならそこまでの距離は歩いていないだろう。しかし、一向に味方が表れないことに少々焦りを感じ始めてきた。
本当のこの道で良いのか。
そもそも、この変な命令は本当に正しいのか。
悪い想像ばかりが頭の中に浮かんでくる。もしかしたら、無能で使い物にならないから軍部から追い出されたのだろうか。考えれば考えるほどそう思わずにはいられない。
その時であった。
舗装されていない道の茂みから何かがこちらにやってくることに気が付いた。それは、その存在を周囲に悟られないようになんて考えは一切ないほど豪快なものであった。
もともと、スピードが速いのかそれとも急いでいるのかは、こちらからでは分からないがその物体は1つであることだけは確かのようだ。
ここは自国内といえども危険が全くない訳ではない。左わきに携帯してある拳銃に手をかける。手は震え構え方もおぼつかない。医療班にいるときは携帯すらしていなかったその重みはまさしく人の命を軽く吹き飛ばすものにふさわしい代物であった。人を治すために働いていた自分がその元凶を握っていると思うと、戦争と言うものの愚かさが身に染みてきた
物体がやってくる方向に直接向けるのではなく、両手で構えたまま銃口は地面に向けたままだった。
「な……なに!」
それが確実に人影だと分かった。次の瞬間。
「今回はずいぶんと貧弱そうな小娘だな」
自分が真上に手を精一杯伸ばしてようやく同じ高さになるくらいの、ガタイのいい男が目の前に現れた。
それが人影だと認識できたが、もしこれが夕暮れ時だとしたならば熊と間違えてもおかしくは無いだろう。この国に野生の熊がいるかどうかは知らないが。
「あなたは?」
銃を握る手に力は入ったままだが、それを使うことはすぐには内容で少し安心する。
「なんだ? 迎えに来てやったんだ。早くいくぞ」
その男は質問には一切答えないまま銃を握る私に無防備にも背を向けた。
しかしながらその言葉を聞いて初めて自身の目的地が彼だということに気が付いた。
よくよく見ると、ボロボロではあるものの自国の軍服を身に着けていた。しかしながら、規律を重視する軍人とは思えぬ気崩しっぷりである。腕はまくり、襟は立てており、その人物の素行の悪さだけでなく上官の素質の無さもうかがえるものであった。
「あなたが、私の次の所属部隊の方ですか?」
やっと迎えが来てくれた。そう安堵したのはほんの一瞬であった。こんな人物が1人で現れるだなんて思いもしていなかったため、にわかには信じがたい。いや、疑いの方が勝っている状況だ。
「そうだ。もっとも部隊なんてもんじゃねーけどな」
その時疑念が確信に変わった。
「……私は本当に用済みだってことなんだ」
そこがなにをする場所かも分からないが、それでもこんな風貌の男からこんな言葉が出てくれば自ずと答えは見えてくるだろう。
ヒーラーとしての才能もなく、かといって他に出来ることもない人間は目障りだから適当な軍人崩れを集めた部隊にとりあえず置いておき、辞めるなり、死ぬなりすればいいと切り捨てられたのだ。
「そっか。内勤の人が言っていたのはこれのことだったんだ」
自身の情けなさと、事実を受け入れられないことに困惑しながら涙が溜まってきて、自ずと顔は下がってくる。
「なにしてやがる。さっさと行くぞ。ついてこい」
軍属として生き、軍属として死ぬことを誓った。危険な目に合ったり死ぬことも覚悟の内だと自分に言い聞かせていた。しかし、どこか心の奥では自分は前線に出ることは無い。安全なところで医療班として一生を過ごすのだと思っていた。
怪我人を見るのはそれはそれで大変なことではあったけど、その場を目にすることと比べれな何倍も気楽であった。
それはまだ正気でいられるから。
「早く来い!」
正面にいた男が唐突に大きな声を上げる。そんな粗暴なところまで見ると、底まで着いた絶望がさらにその下を探しているような気がした。どうやら、上司運も外れのようだ。
しかし、軍属としての生活が染み込んでいたのだろう、無意識に足は前に出ようとしている。
「ああっ! 遅い!」
じれったいと言わんばかりに私が着ている軍服の襟を片手で掴み、自分の意志とは裏腹に、引きずられながら勝手に前に進んでいく。普段国の中にしかいなかった私にとっては全くの手つかずである獣道を歩くのには障害が多かった。
「もう、時間がないんだから急げ! どうせここに来ちまったもんはしょうがないんだから。悩むのはついてからにしろ!」
どうやらこの男は先を急いでいるようだ。
この男の上官もたった1人で配属されてくる人間のことなど期待もしていないのだろう。こんなガサツで見るからに、上の言うことを聞くしか能のなさそうな男を迎えに来させるのだから。
おかしな話だ。この国の唯一いいところは人材を大切に扱うところではなかったのだろうか?
そんなことを思ったが前職場でも私は空気のように扱われていたのだから、それは結局優秀な兵士のみに適応される言葉だったことを思い出す。
後ろを付いてくる女が、自らが引っ張らずともついてくるようになると、その男は後ろを振り返ることもせずに前に進んでいく。
すでにここがどこかも分からないため、引き返すこともこの歩みを止めることもできない。
どのくらい歩いただろうか。少なくとも私が足に痛みを感じる程度には不慣れな距離を歩いたには違いない。前線で戦う軍人にとってこんなの歩いたうちにも入らないのだろ。
これが。いや、これよりも過酷なことがこの先待っていると考えるとそれだけでその場でしゃがみ込み泣き出したい気持ちになってきた。
「いてぇっ」
下を向いて歩いていた私の目の前に突如壁が表れた。その壁に勢いよくぶつかった私は頭をさすりながら曲がった帽子をただしながら正面を見る。
「よお。遅くなったな」
目の前の壁から急に声がしたと思ったらそれは私の前を歩く男の背中であった。どうやら私は部隊の人たちと合流したようだ。この男のせいで何も見えないが。
初めの印象が大事だと誰かから聞いたことがあった。私は目の前にいる無粋な男に掴まれて乱れたままだった服を正し、大きく深呼吸をする。
「なにやってたんすか。途中で死んだかと思いましたうよ」
「いつまでも、こんなところに居られないんだから早くして」
「いやいや、今回の新入りの奴が歩くの遅くてよ。決して俺のせいじゃねぇーんだ」
前方から数名の声が聞こえるが、私そっちのけで会話がされている。その中に女性のものがあることに気が付きより目の前の情景が気になるが、こういった場面では許しが出るまでは大人しくしていた方が良いのだろうか。
世間知らずと言うのか軍間知らずと言うのか、いかに自分が世のことを何も知らないかがの数時間で痛感させられた。
「で、その新入りはどこにいるんだ」
興味本位100%の声色をした軽い口調の男が壁の奥にはいるようだ。先ほど正門の前であった厳格な将校と同じ軍人であるとはとても思えない。声だけでそんな印象を持つ人物であった。
しかし、それは私もであった。今服装を正している時に思ったのだが、この軍医の服を着ていることでどれほど部隊の人をガッカリさせるかを少しは考えるべきであった。なにもできないから追い出されたはずなのここでも期待される働きは一切できないのだから。
「ん? 後ろにいるだろう?」
「あんたの周りには誰も居ないよ。まさか途中で逃げられたのに気が付かなかったんじゃないだろうね!」
先ほどから急かすように話す女性の声がさらに強いものに変わった。それだけみるとまるで私がこの男の後ろに隠れているそんな風に見える図であった。
「そんなはずはないけどな。ほれ」
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