第2話 初めての一歩
外からの光を遮る布など一切ない、窓から差し込む朝日で目が覚める。
今日も快晴。
良い戦争日和だ。
今日も職場は怪我人で溢れかえるだろう。忙しくなることを覚悟して、床で寝るよりはまし程度の木の板のようなベットで体を起こす。同じ宿舎の部屋の同僚たちは、まだ寝ていることを見ると起床の時間よりも少し早いようだ。窓際で体を丸めながら寝ていた体勢から大きく伸びをする。
ベットから床へ足を下ろすと、何かがぶつかったのが分かった。
「……あ」
視界に映りこんだのは自身の体格の割には妙に大きなリュックだった。それを見て、私の今日の1日が大慌てでないことが分かった。
「そうだった。点呼後すぐに出なきゃいけないんだ」
まだ、どこに配属されるかも分からない。しかし、私がするべきことは決まっている。命令を聞くこと。ただそれだけだった。
普段から目覚めはいいものの、今日は一段と早起きだった理由はこれだったようだ。朝日が差し込む窓際のその場所は、冬は寒く夏は暑い。さらに、有事の際には一番危険度が高い。なに1つとして良いことは無かったが、それも今日でお別れだと思うと、それもまた悲しさがこみ上げる1つの要因であった。
「……よし!」
これから先どうなるか分からない恐怖とは両頬を叩いて踏ん切りをつけた。
朝一の点呼が終わったら移動のためもうしばしばベットの上で時間を過ごす。忘れ物は無いか再確認しようとしたが、個人の私物などほとんどなくほぼ全て軍からの支給品であった。
大きなリュックとは言えども自分の全ての荷物がそれ1つでまかなえてしまう。それは、自身が特別なのではなく誰しもがこれと同じだろう。それが軍属になったこと言うことであり、それがこの国の現状である。
今日の夜からは新しい人がここを使うのだろうか。もしそうであるならば寒さを乗り越える方法を伝授したいところではあるが、そんなことをしている時間は無いだろう。
よくよく考えればそんな人材の余裕があるわけがない。
残念ながら、この国は豊かな国ではない。
資源は限られ土地は貧相。
そんな国が生き残るには戦争するしかなかった。戦争で得た資金でまた戦争をする。いつまでも国は豊かにならず、戦争する理由が戦争をするためへと変わっていった。
それでも生きながらえていられるのは国のやり方が上手かったからなのだろう。
朝礼を終え、私は宿舎から遠く離れた本部へと向かう。そこの門の前で待っていろというのが元上官の最後の命令だった。軍に籍を置いていれば生きていられる。人材だけが、唯一の資源であるこの国ならばぞんざいな扱いなど受けないだろう。
「大丈夫っ。きっと大丈夫」
塀に沿うように立ちながら、背負うリュックを握る手に力が入る。緊張と不安でプラス的な思考は一切なかった。
「おい。お前ここで何をしている!?」
自分の警戒心の無さに唖然とする。突然大きな声が真横から聞こえてきて、初めて人が近づいてきていたことに気が付く。
慌てて横を見ると、そこには自身よりも階級が上の若い男が立っていた。身なりも整っており、見るからに内勤のその人物に遅れながらも慌てて敬礼をする。
「配置転換の命を受けて、ここで待っているようにと言われました」
救護班は滅多なことが無い限り配置転換は無い。そのため、新しく軍属になる人間以外移動してくる人を見たことが無かった。それは専門性を極めた部隊であるならばどこでも言えることだろう。
「なに? お前がか……」
目の前の男は眉間にしわを寄せて何かを疑うようにじっくりと観察する。女である身からすると、そういった行為に好感は持てないが相手を観察し対策することは軍人に求められる共通スキルのため、特に不快感を覚えるようなことがあってはいけない。
しかしながら、たかが配置転換の辞令を下すだけに何をそんなに疑うことがあるのだろうか。見たところこの場にそれらしき人物は1人しかおらず、悩む理由もないだろうに。
「こんな小娘までもか……。この国もいよいよ」
伝える気の無い独り言をぼそっと口にしたその男の顔を見上げる。まだ若く将来有望視されているに違いないが、その表情はとても明るいものではなかった。
「すまない。兵士ということしか聞いていなかったため人違いを疑っただけだ。それでは辞令を下す」
その言葉を聞き再び姿勢を正す。きちんとした訓練など受けずに即部隊に配属されたため、この手法であっているかは分からないが、実戦で得たものに間違いはないだろう。
しかしながらこの将校らしく人物は歳も階級も下である私にまでこのようにきちんとした対応をしてくる辺りよほど品格のある軍人のようだ。
私が多く見てきた兵士達は荒々しく言葉遣いも良いものとは到底言える人たちではなかったからだ。
「西門から出てそのまままっすぐ進め。そのうち小隊と合流する。そこがお前の次の配置場所だ。以上」
「……え? それだけ?」
男はそれだけ言い切ると、既に私に背を向けようとしていた。
「すみません。部隊名を聞き忘れました!」
きっと聞き漏らしたのだろう。これでは、配置場所どころか任務内容すら分からない。
「俺は以上だと言ったはずだ」
こんな辞令があるのだろうか? それともこれが普通なのだろうか?
初めてのことだから「こんなものか」と思えば、それで済んでしまいそうになるが、これは明らかにおかしなことではないだろうか。
「しかし、これでは、合流する部隊が本当に正しいかも分かりません」
「向こうは分かる。これ以上言わせるな」
男が発する雰囲気が、今までのものとは異なることを察する。これ以上食い下がることは軍規違反とみなされそうだと思い、再び敬礼する。
それを肩越しで見た男は一度頷くと90度まわり軍部の方へと戻っていった。
「健闘を祈る」
かすかにそんな声が聞こえてきたのは、きっと聞き間違いではないのだろう。
「これはつまり、私は前線の救護班に配属されたってことだよね?」
各地で銃弾飛び交う中戦っている兵士たちは、必ずしも内地まで来て治療を受けるわけではない。むしろその方がかなり特殊な例である。重傷を負い戦えないと判断された人間が、そのまま死なずに治療を受けられる後方にまで下がってこられる可能性は正直稀である。
そのため、兵士たちに帯同する救護班の存在は知っていた。
それは救護班の中では、一番過酷な役割であった。それは、自身も銃を持ち戦うことも視野に入れながら、1人でも多くの兵士を治療し戦場を維持することが求められるからだ。
「私が今日からそれをやるの? でき……る?」
ヒーラーとしての素質の無さを一番理解しているからこそ、なぜ選ばれたのかが分からない。
言われた通りに真っすぐ西門の方へと歩いていく。
前線とはいかずとも外に出るということは、しばらくここに帰ってくることもないであろう。
「もしかすると、二度と」
そんな最悪な想定も頭に過るくらいには、この国が窮地に立たされている。
レンガで作られた立派な軍部があるここは、国にとっての最終防衛ライン。ここが戦場から最も離れた一番安全な場所であるため、地方から戦禍に追いやられ逃げてきた人たちも多く、特に人口密集地でもある。
「これから初めての戦場か」
近くの村出身ながら幸運なことに未だに戦場と言うものを知らない。しかし、送られてくる負傷兵を見ていれば、それがいかに過酷な物かは知っている。
今まで何度も見てきた息を引き取る兵士達の姿が頭に浮かんできた。
次は私かもしれない。
どこか心の中で自分は大丈夫。死ぬことは無いと思っていたが、それは上官の命令1つで幻想だと気づかされた。
死にたくない
誰しもが抱えるそんな想いで、心がいっぱいになる。しかし、この身一つしかないのであれば軍属になる以外に生きていけるすべはない。この国はそういう国であった。
それならば、精いっぱい出来ることをやろう。
きっと無能なヒーラーと失望されるかもしれない。もしかしたら今までよりももっと悲惨な扱いを受けるかもしれない。だけど出来ることはあるだろう。
自ずと下がっていた顔を上げ、前を向く。
もうじき門に到達する。入る人には検問があるが出る人の制限はほとんどない。特徴のある軍医の格好をしていれば敬礼1つでで外にであれるだろう。
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