かすり傷程度しか治せない無能ヒーラー、最前線に送られる。
伊豆クラゲ
第1話 役立たずな私の居場所はありません
「エリナ。お前は明日から来なくていい」
「!!!???」
急に部隊長に呼び止められ告げられた内容は、なんの抵抗もなく頭に入ってきたものの理解するのには難解なものであった。
いつも通り配置に着くために宿舎から出てきて「よし! 今日も1日頑張ろう!」と自分を鼓舞した矢先のことだった。軍の正式名称では部隊長と呼ばれるが、救護部隊の現場では看護師長やそれを短くまとめ師長と呼ばれることが大半であった。
「師長。え……えっと、その」
この状況で何を口にすることが正解なのか分からない私は、師長の方に体ごと向けて俯きながら敬礼をする。軍属になった日に嫌と言うほど叩きこまれ、反射的に出来るようになったこの挨拶だが医療活動中は省略していことに慣れるには時間がかかった。
「明日本部前で待っていること。今日はもう帰って荷物をまとめる準備をするように。以上」
そう言い終わると師長は既に私の方は見ておらず手元の資料に目を落としている。
淡々と言葉が並べられるだけの業務命令はいつもどおり冷たく感じるものであった。
明日から来なくっていい?
本部で待ってろ?
荷物をまとめろ?
頭の中に入ってきたかろうじて反復できた言葉で理解しようとする。なるほど分かった。要約すると配置転換だ。だけど……。
「いつまでここにいる。さっさと下がれ」
私を追い払おうとする師長はあまりにもいつも通りの姿をしている。
悲しんでいるのは私だけ。激化する戦争時にどこも人手が足りない状況でありながら、私は居てもいなくとも関係ないと、そう言われている気分であった。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんないきなり言われても……!」
「なぜ、軍の決定事項にお前の事情など考慮しなければならない? お前は軍属だろ? 命令に従え」
私の方など一切見ようともせずに手元の資料のページをめくる。長い髪を後ろで束ねている上官である女性の凛としている姿に憧れを持っていた。指示は的確でいつも堂々としている仕事ができる女そのものであった。
間違ったことなど言ってことが無い。それは私が一番よくしているものだった。
「でも、私ここじゃなかったら満足に仕事なんて……」
だけどそれが正しいことだと思い込むには抵抗しかない。
生きていくためには、どうしても軍属に下るしかなかった。それが自分のことを自分で下した唯一のことだったかもしれない。戦時中は人ではいくらあっても足りない状況だ。そのため簡単なテストを受けそのまま、今いるここに配属されて早半年。私の適正にあった場所はここ以外に知らない。そんな場所を追い出されでもしたら……。
「ここで満足な仕事をしたことが一度でもあったか? 誰かに感謝されるような仕事をしたか? ここはいつから子どものお手伝いを必要とした? ここは前線から送られてきた重症患者を1日でも早く戦場に送り返すための場所だぞ?」
隣国との戦況が悪化した今、なによりも国が優先していることが、優秀な兵士でも優れた武器でもなく、医療部隊であった。
人の数は限られている。そのため、傷を負っても治してすぐさま戦場に行けるように優秀な医療魔法を使える人間の育成に力を入れていた。人材は宝と言えど、その内情はあまりにも酷なものであった。
そんな情勢であったため、私は医療魔法を使えると伝えたや否やその能力を図られることなくここにやって来た。しかし。
「お前に何ができる? 傷もふさげない。痛みも和らぐことができない。飛んだ四肢を再生することもできない。医療品を運ぶにしてもその小さな体じゃ人の倍はかかる」
次々と上官からこぼれ出ているのは、ずっとここで私が言われ続けていることの極一部に過ぎない。そしてこれは全て事実だ。見ての通り私は無能であった。
私に治癒魔法で治せるものと言えば、転んでできた擦り傷やかすり傷程度。そんなことで帰ってくる兵士がいるわけもなく、私は配置そうそうここではほぼいないものとして扱われていた。
それでも、やれることを探し駆け回っていた。物資の補充や患者の移動。やれることは何でもやった。それでも、それは誰でも出来ること。
「人材は常に適切な場所に配置してこそ輝く。次の場所でならお前は輝けるだろう」
そういって上官は私の目の前から去っていった。
「これは命令だから。しょうがない……よね。」
上官の命令は有無を言わずに遂行する。それが軍属の一番使命である。国と一心同体なのだから、その命を国にささげるのは当然のこと。無能な私に居場所を与えてくれているだけ感謝しなければならない。
「次はどこかな? ここ以外でできることっていったら炊事とかかな? 料理はしたことないけど、ここの料理は基本どれもおいしくないからそんなに難しくないだろうし、私でもきっとできるよね」
億劫な気持ちを抱きながらも、仕事の同僚たちに声をかけて回った。
お喋りをするほど仲の良かった人は誰ひとりとしていなかったが、それでも配置転換するのだから最後に挨拶をするのは当然だと思った。
幸い私には今日一日は猶予がある。宿舎に帰って荷物をまとめるといっても私物なんてほとんどない。それこそ、軍用のリュック一つで事足りるものであった。
出来れば一人ずつ挨拶をと思ったが、私は自分で想像していた以上にここでは空気だったようで、すぐ隣にいる私のことも誰ひとり目に入ってはいないようだった。
悲しさと虚しさを抱いたまま、私は宿舎に戻ることにした。
おそらくもう二度とあの場所には戻れないのだろうと、思いながら。
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