第12話 幻の肉と

 ファイアーラビットを持って帰って火の鳥亭の扉を通る。


 宿の中に入ると相変わらずの大盛況な食堂の姿と、扉の近くに立っていたアーチェさんと目が合った。


「あっ、お帰りなさい。ヒースさん」

「ただいま帰りました」

「昨日はバジリスクのお肉をありがとうございました!」

「いえいえ、今日もお土産があるので、後で食堂にお邪魔します」

「ヒースさんが来てから、お肉が足りなくなることがないので、助かります。今日もお肉ですか?」

「ええ、これなんですけど?」

「へっ?」


 ファイアーラビットを見せるとアーチェさんの動きが止まる。


 そして、目つきが急に変わって俺の腕を掴んだ。


 そのまま俺の部屋に入って、アーチェさんが扉を閉める。


「ハァハァハァ」

「えっと、アーチェさん?」


 荒い息使いでアーチェさんが、勢いよく顔を上げると瞳にハートが宿って見える。


「そっ、それってファイアーラビットですよね?」

「えっ? あっ、はいそうです」

「やっぱり〜。あっあの、それがどんなものか知ってますか?」

「いえ、先ほどギルマスから、激レア食材で、かなり貴重なものだとしか」

「はい! 激レアなんてものじゃないんです。一生の内で一度出会えるかどうかなんです。凄く凄く貴重で! それはもう誰もが食べたいって思うお肉なんですよ」


 うん。物凄く怖い。

 アーチェさんが肉好きなのは伝わってくるけど、ファイアーラビットがここまで狂わせるなんて思いもしなかった。


 確かにギルマスも泣いて喜んでいたけど、そこまでか? ただのウサギだぞ。


「えっと、サウナに入って、食堂の忙しさが一段落ついたら、旦那さんに調理してもらおうと思っているんだけど、もちろん火の鳥亭の皆さんと食べようと思って」

「ありがとうございます! ありがとうございます! 一切れでも最高です!!!」


 アーチェさんがおかしくなってしまった。

 モッティなら、また捕獲してきそうとか口が裂けても言えないな。


「わっ、私も食べていいですよね?」


 荒い息でモジモジしながら問いかけられて、ダメとは言えないよな。


「ええ、もちろんです。俺はサウナに入ってくるので、むしろ調理として先にお渡ししますのでお願いできますか?」


 別にアーチェさんが隠れて食べても最悪問題ないだろう。


「いっ、いいですか? こんな私に貴重なファイアーラビット預けていただいても?」

「えっ、ええ。もちろんです。アーチェさんのことは信用しているので」

「ふふ、ヒースさん」

「はい?」

「もしも、私が欲しくなったら言ってください。なんでもサービスします。それでは!」


 最後は妖艶な笑みを浮かべたアーチェさんが、俺からファイアーラビットを強奪して、素早く部屋を飛び出していった。


「うん。絶対にアーチェさんには何もしないでおこう。可愛くないとかじゃないくて、絶対に手を出してはいけないような気がしてならない」


 さすがのモッティも唖然として見える。


「そうだ。口をつければ、話せるようになるのかな?」


 球体をイメージして口や目などをイメージしないまま作ってしまったので、羽をパタパタさせるしか意思表示がない。

 そこで、俺は口だけをモッティにつけるようにした。


 一応ゴーレムも「ごおお」みたいな発声はできる。


「モッティ。風呂を上がってご飯を食べたら、少しボディをいじるからな」


 パタパタと反応するモッティを一旦解除して、俺はサウナに向かった。

 今日は昨日ほどの疲れはないので、しっかりと汗を流して湯船で汗を拭きとる。


「ふぅ、一日モッティを召喚して、途中でサンドゴーレムを一体召喚して魔力はギリギリだな。これを数日続ければ、もう少し魔力を増やすことができると思うけどどうかな?」


 今までは必要に駆られてゴーレム数体出しや、一日中ゴーレム起用なんてしてたけど、やらなくてもいいと言われると過酷なことに思えるな。


「それでももっと強くなれるならって思うよな」


 腹の音でそろそろ夕食に向かおうと服を着替える。


「おや? ヒースさん。来たね」

「女将さん、夕食をお願いします」

「はは、わかってるよ。それにしても凄い食材を提供してもらっちゃって悪いね」

「いえ、俺は料理はそこまで得意ではないので、ちゃんと調理して食べさせてもらうえるので、ありがたいです」

「そう言ってくれると助かるよ。もう少しでできるからね。ちょっと待ってておくれ。その前に今日はメインが凄いからね。これでエールを楽しみな」


 そう言って女将さんが出してくれたのは、ナッツの素焼きに、チーズの盛り合わせだった。普通の食堂ならいい値段のおつまみだが、食材を提供したということで、サービスしてもらってしまった。


 サウナ上がりのエールは美味くて、ついつい食べ進めてしまう。


「こういう塩気とチーズのバランスが最高だな。そこにさっぱりとするエールでグビグビ行けちまうよ。連日濃いめの味やら、優しい味やらで、完全に胃袋を掴まれるからな。今日も楽しみで仕方ないぜ」


 そう思っていると、最初に運ばれ来たのはファイアーラビットのモモに香草をのせて焼いたものだった。


「マジは素材の味だよ」


 シンプルが故に味の旨みが理解できる。


 俺は鳥とは違う厚みのある肉へと歯を噛み入れる。


 その瞬間に、目の前に野山が広がる。


 うさぎになって走り回り、高位の魔物でも捕まえることが難しい高速移動。

 自慢の足元で鍛えられた筋力から発せられた強い肉の弾力は、口に旨みと同時に歯応えが最高に心地よい。


「ハァ〜」

「エールおかわりだよ」


 いつの間にか、足を一本でエールを飲み干してしまうほどの強烈な旨みが口一杯に広がる。


「次は、煮込み料理だ。胸と腰をしっかり煮込んで柔らかくしてある」


 スプーンで掬い上げるとそれだけで崩れてしまいそうなほど柔らかい。

 それなのに口の中に入れるとしっかりとした歯応えによって肉の旨みを主張する。

 肉汁は出ないが、代わりに旨みが凝集くされてホロホロした柔らかさと、噛めば噛むほど味わう旨みが順番に襲ってきて、幸せがそこにある。


「一匹じゃこれが限界だよ。いい顔していたね」

「はい。ありがとうございます」

「はは、それはこっちのセリフだよ。お裾分けをもらったのはこっちだからね。ありがとね」


 厨房の中では、アーチェさんが恍惚の表情をしながら、もう片方のモモを食べていた。幸せそうでなによりだね。



 

 

 

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