これからあなたと
イツミキトテカ
第1話
わたしの前にあなたがいる。
春の風はレースのカーテンを揺らし、窓辺の花瓶のユリをそっと撫でた。
サンキャッチャーが陽光をとらまえ、あなたに優しく降り注ぐ。
「なんて美味しそうな朝食だ」
色とりどりのサラダに特製ドレッシング。カリカリに焼いたベーコンと目玉焼き。ちゃんと半熟、塩コショウ。ほらね、あなたのこと分かっているでしょ。焼き立てのトーストにあなたがジャムを塗りたそうにしたから、わたしがすかさず塗って差し上げる。
「いたれりつくせりだなぁ」
嬉しそうに目を細めるあなた。
「ぼくはなんて幸せものなんだ」
その言葉そっくりそのままお返しします。
マイホーム、昔から憧れていたの。
都会から少し離れているけれど、わたしの希望どおり、庭付き平屋の一軒家。
ご近所付き合いも上手くいっている。年配の人が多くて、みんな優しい。年のせいか、多少の物音にも気が付かないみたい。チェーンソーで庭木を切っていても苦情一つ言われたことはない。
もちろんローンは残っている。だけどそんなことはどうだっていい。わたしのために、こんなに素敵な新居を用意してくれて、それはもう感謝しかない。
「当然さ。きみが許してくれるならなんだってする。ぼくは本当にバカだった。きみという素晴らしい妻がありながら、なんであんな女に引っかかったんだか…本当にバカだ。ぼくにはやっぱりきみしかいない」
サンキャッチャーの光があなたの涙をきらめかせる。あなたはとってもかわいそう。
春の風がレースのカーテンを揺らし、窓辺のクロユリをそっと撫でた。
陽気な風はあなたの空っぽの左袖をいたずらに弄ぶ。
片腕を失った瞬間、不倫女に捨てられたあっけないあなた。
今、あなたはわたしの前にいる。
一本も二本も一緒じゃないかしら。なんなら三本、四本だって。
庭にはチェーンソーが置きっぱなしになっている。
被害者面して泣くあなたにわたしは優しく微笑んだ。
「これからスタートしましょ」
そう。これからわたしはあなたとスタートする。だって、わたしだけでは出来ないから。
あなたとこれから復讐を――
これからあなたと イツミキトテカ @itsumiki
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