第6話

 今朝もラスティからのテキストは届いていなかった。これでもう3日である。


 気が長い方だと自負している私だが、さすがに苛立ちと不安で精神的な重心を完全に失っていた。何をしていても常にラスティに気が向いて、映画を観てもストーリーがまったく入ってこなかった。


 …………。


 勘のいい人ならすでに予想がついているだろう。わざわざこんなことを伝えたのは、ラスティからテキストが送られたからである。


 そう、3日も続いたバランスを欠いた日々は満を持して終止符を打ったのだ!


 しかしこれまでの日々もまったくの無駄だったわけではない。連絡が途絶えたことで改めてラスティとの物理的な距離の遠さを実感し、そのことによって彼女について考える時間が増え、精神的な距離の近さを自覚した。


 失望することに慣れるのは難しい。できることといえば、直にダメージを喰らわないようかわす方法を探すことくらいだ。私は最も一般的でシンプルな方法――つまりは心底では期待していても、「どうせ今日もテキストは届いていないさ」とポーズをとること――で自衛することにした。


 その日の朝も、同じようなポーズをとりながらテキストを確認した。画面をスクロールして、スパムや依頼の中から無意識がラスティのテキストを選り分ける。未読テキストのタイトルを一通り眺めて、今日もなかったと小さいため息を口の中で殺し、最低限の淡い期待を込めて再度読み込んだ。


 更新され、最新のテキストタイトルを見たとき、私は思わず息をのんだ。


『件名:Homeward』


 考えるより先に手が動いた。焦燥感で震える指で液晶に触れてテキストを開いた。


『こんにちは、ユキさん


 私は今、さまざまな感情でいっぱいです。この特別な場所を離れるのはとても辛いことですが、同時に喜ばしくもあります。


 少しの間だけ待っていてください。火星での冒険について話したいことがたくさんあります。地球のキッチンに立てる事を楽しみにしています。


 ラスティ』


 何度も目が滑ったせいで4回は読み返した。ラスティが無事地球に、我が家に帰還する。その事実が気分をうわずらせて冷静さを吸い取ってしまったのだ。


 どうにも頭の中をぽやぽやさせたまま、キッチンに入りトーストとインスタントコーヒーを作った。この程度のことなら何も考えずにできるようになっていた。1週間とは案外長い。


 マーマレードジャムを塗りたくったトーストを3口齧り、ようやく状況に脳が慣れて冷静さを取り戻してきたころ、テーブルの上でモバイルの画面が点いた。


 見ると、ラスティからメッセージを受信したのだった。画像だけが送られてきたようで、通知バナーからは内容がまったく読めない。


 タップしてアプリを起動し、画像を表示させる。


 画面いっぱいに表示された青い風景画像を脳裏に焼き付け、食べかけていたトーストを口に詰め込んで椅子を蹴った。


 意思に追いつかずにもつれる足を急かして玄関まで走った。メインルームを抜け、その勢いのまま玄関ドアに飛びついて、壊れてもおかしくない勢いでノブを引いた。


 朝日と呼ぶには高くなりすぎた陽光がなだれ込んだ。反射的にぎゅっと瞑ったまぶたをゆっくりと開けると――


「ただいま帰りました、ユキさん」


 モバイルに送信された画像と同じ背景を背負って、ラスティは柔らかく目元を緩めた。


 私はおかえりということも忘れてラスティに手加減せずに抱きついた。随分と懐かしい、金属と清潔な石けんの混ざったような匂いが肺を強く圧迫して苦しい。


 息苦しさも滲んでろくに見えない視界も構わずに、彼女の首元に顔を埋めた。


 多少錆びついたって、ラスティは許してくれるだろう。

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ロボットオデッセイ:少女型家政婦アンドロイド、火星へ行く 佐熊カズサ @cloudy00

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