ピザ上を駆け抜けていく青春
黒井羊太
「駆け抜けろ! 俺のメタルジャスティス!」
部屋中にピザの香りが漂っている。半額セールで売っていたので大量に買い込んできた安物のピザだ。それを電子レンジではなくあえてオーブントースターで焼き上げる事で、節約生活の中でもワンランク上の食事を演出している。つもりだ。それをピザ配達用の段ボールを敷いて、それっぽく仕上げている。
座卓の上にはピザ一枚。比較的大きめなサイズなので、二人で食べるには十分満足感が得られるだろう。
しかし一つ問題があった。
「どうやって切り分けるか、だな」
「そんなん、ピザカッターでいいじゃない? ほら、持って来てあるよ」
彼女が俺に差し出す。しかしそれを俺は受け取らない。
「何でだよ」
「俺にはトラウマがあるんだ……そう、あれは家族でピザを食べた時の事だ。切り分け方が三等分じゃないと言われ馬鹿にされ、その後もずーーーっと馬鹿にされ続けてきたんだ。だから、ピザカッターを持つとどうしても震えが止まらなくて……」
「んなこと言ってたら冷めちゃうよ?」
「そうは言っても怖い!」
怯える俺に、「じゃあ何でピザを選んだんだよ」とぼやきながら彼女は俺の側へと寄ってくる。
「じゃあ二人で切れば大丈夫だね」
言ってピザカッターを俺の手に握らせる。そして俺の手の上にそっと手を重ね、ピザカッターをピザへと下す。
「こんなの、効率悪いだけだ」
「いいのよ、効率なんて。楽しく食べるのも食事の内だわ。さあ、どう切りたい? いつものあんたを見せて!」
ニコリと笑う彼女。そうだ、彼女はこうやっていつだって励ましてくれる。俺はそれに応えなきゃならない!
「……よし、スタートだ! 駆け抜けろ! 俺のメタルジャスティス!」
勢いよくピザカッターを走らせる! 縦横無尽だぜ!
「ちょちょちょ! いや、行け! あんたの望みのままに!」
彼女はこういう勢いには乗っかってくれる。
目くばせをして、うんと一つ頷く。
「行くぜ、二人のぉぉ!!」
『メタルジャスティス!! 』
ギュオォォォ!!
という効果音は二人の脳内だけで再生されている。実際にはただピザが細切れになっていくだけだ。
二人の共同作業はやがて終息する。もうピザの面には切り刻むべき場所は無い。
「これじゃもんじゃね……」
「あぁ、今日はイタリア風もんじゃとしゃれこもうぜ!」
二人は仲良く箸でつついて食べた。
食べ終わった後、段ボールを片付けようとした彼女の手が止まった。
「ちょっと、これ……」
俺は気づかれた事に内心喜び、照れくさそうに笑った。
そこには確かに「スキ」と刻み込まれていた。
彼女は破顔一笑、俺に飛びついてキスをした。ピザの味がした。
ありがとう、メタルジャスティス。
ピザ上を駆け抜けていく青春 黒井羊太 @kurohitsuji
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