第2話 怯える人々

 男と少女は小さなビルの一角にある事務所にいた。


 事務所の窓には『鏑木魔妖探偵事務所かぶらぎまようたんていじむしょ』と書かれている。


 男の名前は鏑木昌良かぶらぎまさよしという。そして少女の名前は鏑木花子かぶらぎはなこといった。


 男の方は本名だが、少女の方は男に適当につけられた名前だ。


 なぜなら少女は人間ではなく魔妖と呼ばれる存在であり、魔妖には元々名前などないからだ。



 魔妖なんて存在が確認されたのはほんの5年前のことだ。そしてこの魔妖が世界を恐怖に陥れたのだった。


 5年前──ほんとになんの前触れもなく突然に化け物たちが現れた。


 この化け物たちは人よりも身体能力が高い上に、人知の及ばない不思議な力を使い本能のままに人々を食らった。


 当時はこの化け物を悪魔とも魔物とも妖怪とも色々な呼ばれ方をしていたが、誰が言い出したのか魔妖で統一された。妖魔のほうが一般的ではないかと言ったものもいるが、妖魔ではアニメやゲームにも出てきて紛らわしいと差別化するために結局魔妖となった。


 恐怖に怯えたこの国の人々は一般人にも護身用に銃を持たせるべきだと騒ぎが起きたこともあった。


 しかしこの魔妖は回復能力が高く警察でも拳銃で魔妖を倒すのは大変だった。軍の使うような火力がある武器なら倒すことも可能だが、訓練も受けていない一般人が使えるものでもなかった。



 5年がたった今、人々は落ち着きを取り戻した。ただそれはあくまで当時に比べてである。今でも人々は魔妖に食われる恐怖に怯えて生活をしている。


 それでもここまで落ち着きを取り戻したのは未知の生物であった魔妖のことがわかってきたからである。


 軍は倒した魔妖を調べて魔妖に効果的な武器を開発した。これらの技術を使って警察にも対魔妖専用の部隊までもがつくられた。ここから人類の逆襲が始まったのである。


 一番大きかったのは魔妖の方にも動きがあったことだろう。当初は人間を食料としか思っていなかった魔妖だが、人間の生活に興味を持ち始めた魔妖が現れだしたのだ。


 そこで起きたのが魔妖内での抗争である。


 魔妖は言葉を持たない種族だったが、知能は高く、人々の言葉を短期間で覚えるものもいたのだ。


 人間やその生活に興味を持って溶け込みだした魔妖にとってそれを破壊する魔妖はたとえ同族であっても邪魔でしかなかった。


 あれだけ魔妖憎しだった人々も人間側につく魔妖を大歓迎したのだった。


 人間側につく魔妖が出たことで魔妖の生態系などもわかってきた。


 まず魔妖は他の世界とつながるトンネルのようなものを通ってやってきたらしい。このトンネルがどうやってできたものかは魔妖もわからないらしいが、今は消えてなくなっているということだ。それはつまり新たに魔妖がやってくることはないということだ。


 さらにはこの国だけでも1000万の魔妖がいるだとか、1ヶ月でこの国は滅びるなどと不安を煽る情報がメディアを中心に流されたが、実際のところ数万程度であることがわかった。


 そして思っていたよりも少食であることも判明した。一度に大量の食料を摂取するがその後数ヶ月は食料を必要としなくなるのだ。しかも食べるのは人の肉だけではなく家畜の肉を好む魔妖もいるという。


 軍だけではなく、民間からも魔妖を退治するものが現れだした。魔妖と手を組んだ人間である。最初は金持ちが護身用に魔妖を雇っていたのが徐々に魔妖を狩るように変化していったのだ。これが民間の魔妖ハンターの始まりである。


 こうして人々は魔妖に対して恐怖を感じるものの徐々にパニックは収束していったのである。



 一方で魔妖を探すのも次第に困難になってきた。魔妖も知恵があるのですぐに見つかるようなところにいなかった。普段は人がいない山に潜むものもいたし、やっかいなのは人の姿になることができる能力だ。


 人を殺しその体を奪う能力。完全ではないが、殺した人物の情報をコピーしてしまう能力があった。そのためその人物にある程度はなりきってしまうことができた。


 さらに新たに魔妖がやってくることはないことがわかったが、魔妖は繁殖できる種族でもあることがわかったのである。放置すれば増殖してしまうのである。

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