第7話 柴橋真子の心境

〇〇〇真子の自宅にて


先輩が帰ってから、私は一人になったのだ。あんなに騒がしかった部屋がまるで幻だったかのように……


「先輩……先輩……」


先輩が居なくなってからのここはとても寂しい。思い返してしまえば一瞬の出来事だった。『先輩を買わせてください』なんて滅茶苦茶なお願いをしてしまったのだ。


先輩にもう会えなくなるなんて考えたら、居ても立っても居られなくなってしまって……


あの時の先輩は少し引いてたな……だけど、先輩がいなくなることに比べたら、どう思われたって構わなかった。


先輩は私の恩人で優しくて、入学してから友達もできず。帰宅部同然のPC部に入った時声を掛けてゲームをしてくれた。


それから先輩はバイトが休みの日は部活に来てくれた。先輩は頼りになるし、こんなコミュ障クソ陰キャのブスにも先輩は話しかけてくれたのだ。


風呂へ入りベッドで横になる。置いてある先輩に見立てた熊のぬいぐるみを抱きしめた。


「先輩……先輩……やっぱ先輩は凄く優しいです……」


相合傘をしてくれた時も、自転車から私を庇ってくれた時も、一緒にゲームをして私が失敗した時も、全部全部……優しくフォローしてくれた。そんな先輩に私は憧れている。


……自分の悪いところなら無限に上げられるけど、良いところを上げることはできない。


逆に先輩の良いところならいくらでも挙げることが出来る。かっこよくて、優しくて、私の家に来て慌てていた先輩も滅茶苦茶可愛かった。バイトを掛け持ちしてるから人生経験も豊富そうだし、何より明るい……私に持ってないものを先輩は全部持っている。


「あの時の先輩凄くかわいくて……普段あんなにかっこいいのに、そのギャップずるいですよ……せ、先輩~~~先輩~~~~それにゲーム下手なとこもすごくかわいい~~~~先輩先輩~~~」


モンヘンで一緒にモンスターを倒した時の達成感もすごかった。あのゲームであそこまで苦戦することが初めてだった。先輩はやっぱり私にないものを全部持っている。


ベッドで何度も転がる。先輩がいたから我慢していたけど。今日一日でかなりの先輩成分を補給することが出来た。


先輩成分補給できないと何かと元気が出ない。


先輩とやりたいことが沢山ある。一緒に買い物とかしたいし、休日は映画とかも見に行きたい。お金を出せば先輩は付き合ってくれるだろう。


無理なお願いをして嫌われてしまうのは怖い。抱きしめてとか、キスしてくださいとか絶対にできない。拒否されたら多分私は死ぬ。一番迷惑のかからない死に方って何だろうなぁ……


暗くなるのは良くない。先輩のことを考えている時だけは暗くなるのはやめよう。


さて、そして私には悩んでることがある。先輩が去り際に残した一言だ。


『男友達は作るなよ』


「こ、これって……先輩……私を独り占めしたいってことですか~~~! 先輩~~~先輩~~~!」


何度もぬいぐるみを抱きしめて転がる。もちろん先輩が私を独占したいなんて考えるわけがない。何か意味があるはずだが……でも、妄想の中ぐらいなら、独占されたっていいよね……


「先輩……先輩……」


そして最高のテンションからふと冷静になる。


「ほんと……私なんかが先輩に釣り合うわけない……」


今思い返しても、私は小学校六年生の頃に虐められていた。今思えばこんな虐めやすい対象はいないと思う。だから私は怯えてすぐ学校に行くのをやめた。引きこもってゲームに没頭する。


でも、家にいると気持ちはどんどん暗くなっていく。学校に行かなきゃいけない気持ちが強くなるが、それよりも恐怖と不安が勝り、身体が震えていた。


その時。同じゲームをやっていたフレンドにチャットで引きこもりだと相談してみた。


名前は漆黒騎士サヴァイヴァーさん。確か当時放送していた深夜アニメのキャラクタ―ネームだ。


『私。学校行っていないんです。やっぱりゲームやらずに行かなきゃダメですよね』


『何? 学びの場に足を運んでいないと……なぜ人は間違いの定義を他人に委ねているのだろうな。それこそ己で決めることだろう……っふ、世界が間違ってると君が唱えるのは自由だぞ……学びの場は所詮学ぶ場所だ』


今思い返せば、漆黒騎士サヴァイヴァーさんは厨二病真っ盛りの人であった。だけど、当時はかっこよく感じていた。


よくよく考えたら中身なんもないし、ただかっこいい事言いたいだけだったと思う。


『世界? えっと……学校の話を――』


『君を特別じゃない連中が右往左往する場所で腐ってしまうのはもったいない人材だ。どうせならこのゲームでトップを極めてみるのはどうだろう……俺がお前をナンバーワンに導いてやる。反応速度も判断能力も最強の俺がな!』


『はい……お願いします! サヴァイヴァーさん!』


漆黒騎士サヴァイヴァーさんはそんなに実力はなく、その後数日でゲームにログインしなくなったのだけど……同じ名前の人が沢山出てくるたび、期待してしまうが全部別人だった。


でも、サヴァイヴァーさんの言葉がなければ本当に私は腐っていたと思う。結局学校には行かないままだったけど、ゲームの実力だけは自信がある。


うん。ほんとゲームだけだ……あ、そういえば。


折角先輩にLEMON交換したのだから、送ろうかな……でも嫌がられたりしないかな……


なんて送ったらいいんだろう。普通に挨拶とおやすみが言いたい……


無数にある未読メッセージは興味がない。先輩のアカウントを見つける。


とりあえず先輩にメッセージ……


うざがられたらどうしよう……金払ってないのに送ってくるなとか。追加料金発生させんぞとか(絶対に言うことはない)


言葉にはしないけど内心嫌がられている可能性はあるかもしれない。


先輩……先輩……でも、せっかく連絡先を手に入れたんだから……


結局一時間くらい悩んで先輩にメッセージを送った。


そしたら先輩からの返信が!


「先輩から……おやすみって言われた……先輩。先輩……おやすみなさい」


今夜はとても良い夢が見れそう……

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