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「レイー!もう出るわよぉ。」と母親の明るい声が玄関の方から響く。レイはスクスクと成長し、5歳になっていた。王国立学園は5歳から18歳までの一貫教育で、今日は入学式。これからレイは3年間、初等部に通うのだ。途中から入学する者もいるが、それなりにステータスのある家の子女は初等部から高等部まで通うのが当たり前で、その学園生活の中で社交性や人脈作りを行う。レイの両親は平民だったが、研究者として王国の研究所に勤めており、その娘も学園で学問を修める事は決定事項だった。

「お父さま、お母さま、待ってください!まだおカバンの蓋を閉めておりません!」レイは通学用カバンに何かをギュウギュウに詰めており、蓋が閉まらなくなっていた。

「まあ、なあに?どうしたの。今日はまだそんなに荷物は無いわよ。」居間に戻ってきた母はパンパンに膨れ上がったレイのカバンを不思議そうに見つめる。

「チェリーも一緒に連れて行くの!お友達だもの!」カバンの中には白い犬のぬいぐるみが入っていた。レイのお気に入りだ。

「まあ、そうなの。でも、チェリーにはお留守番していてもらいましょう?私たちが出かけている間に悪い人がきたらチェリーにやっつけてもらわないと。」と、母親は無理にカバンに詰められたおかげでひしゃげているぬいぐるみを取り出すと、パンパンッと二回、その背を叩き、その拍子にイヌのぬいぐるみは小型犬から大型犬の大きさにまで膨らんだ。そして「留守番モードがONになりました。これより、屋内および庭の警戒態勢に入ります。」という音声を発すると居間の中央へと移動し、座り込んだ。王国研究所が開発した最新鋭の防犯装置「CHERY」がイヌのぬいぐるみの正体なのだが、その最大の特徴は魔力によって体長20㎝程の小型犬サイズから2m強の超大型犬まで変形させることができ、大型犬なら家屋のパトロールや警備として、小型犬サイズなら子供の連れ去り防止装置として使用できることだった。今日は入学式で両親も傍にいるし、まだまだ一般化はされていないので、傍目にはお気に入りのぬいぐるみを手放せない子としか見えないという懸念もある。しばらくグズグズと涙目になっていたレイだったが「いってきます、チェリー。いい子にしてるんですよ。」と諦めたように両親に手をつながれて入学式へと向かっていった。


 入学式が行われる学園ホールは新入生とその家族でごったがえしていた。新入生は制服だが、その両親のほとんどがデザインはシンプルでも質の良い布地を使ったスーツやワンピースを着ており、靴や鞄も華美ではないものの、それなりに良い品であることがうかがえる。何時もは二人してヨレヨレのシャツとズボンに、これまた着古した白衣を羽織っているレイの両親も、今日ばかりはキチンとした服装だ。父親は学会の時にしか着ないチャコールグレーのスーツにシルバーのストライプが控えめに入ったネクタイ、母親も、着まわせるからという理由で揃えた紺色でラウンドネックの膝下丈ワンピースにお揃いのボレロといったスタイルだが、お祝いの気持ちを添えるために胸にシルバー系のコサージュをつけていた。

「ねえ、お母さま。いっぱい、お友達がいます。」レイはきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回している。すると、どこからか「どこ見てるんだよ!」という怒鳴り声が聞こえた。声の聞こえた廊下に、新入生にしては大柄な体格の男子と、その前にブロンドのロングヘア―の女の子が倒れているのが見えた。

「…あら、ごめんなさいね」女の子は立ち上がると、威張りくさった顔の男子にちょこっと首を下げたかと思いきや、その首を片手で勢いよく掴んだ。

「ゲホッ!何すんだっ、ウッ…テメェ!」と男子生徒は咳込みながら激高したが、女子生徒はそのまま何事もなかったようにその場を立ち去った。

「おい!ちょっと待てよ。まだ…ガッ?ゴぼボッ!ウェッ!!」途端に、廊下の、男子生徒のいる辺りが一面、びしょぬれになった。

「ケイちゃん!どうしちゃったの?」慌てふためく両親の目のまえで、男子生徒はひたすら水を吐き続けていた。白目をむき、真っ赤になっている。どうやら窒息寸前のようだ。

「任せてください!」

 救助に駆け付けたのはレイの父親だった。何かを唱えながら、胸元から取り出した紙に呪符を書きつけると、男子生徒の喉に貼り付ける。すると、最後の一塊の水を吐きだした男子生徒はぐったりとしながらも、呼吸を取り戻したようだった。

「何て酷い事を。」レイの父親は先ほどの少女の姿を探したが、もうどこにもいなかった。

「…いったい、どこへ?」

 駆け付けた警備員と養護教諭に事情を説明している間、レイは目の前で起きた衝撃的な事故よりも、それ以上の何かを感じ取っていた。

「…前にも、こんなことがありました。」


 事件が起きた事もあり、30分遅れで入学式が始まった。新入生はクラスごとに分けられて着席している。レイはC組だった。校長や来賓の挨拶が終わると、各クラスの担任が受け持つ生徒を点呼しはじめた。

「…レイ・フォレスタ」

「はいっ!」元気よく立ち上がって返事をすると、レイは着席した。

「…レイン・ムジカ」

「…はい。」青みがかった黒髪でショートカットの女子生徒が返事をした。

 レイは着席をした隣の席の女子にこそっと「あなたもレイなの?私もレイなの。よろしくね」と声をかけた。

「そうなの。私はレインだけれど、レイって呼ばれる事も多いのよ。」と年齢にしては大人びた様子で、レインも微笑んだ。

「レインって…、雨の事よね?」

「そうよ。雨の降る日に生まれたんですって。」




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