グレートスタート~大いなる旅立ち~

平井敦史

第1話

ノリと勢いで書いています。学術的な正確さとかは期待なさらないでください^^;


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「ホーッ、ホーッ、ホーッ」


 勢子せこたちが声を上げながら木の棒を打ち鳴らし、ウシカモシカヌーを追い立てる。

 群れからはぐれた一頭が、誘導されるままに落とし穴にはまり込み、転倒した。

 落とし穴といっても、獲物の体が丸ごとはまってしまうほど大きいものである必要はない。脚がはまって転倒してしまえば、仕留めるのは容易たやすい。

 クオンドカは獲物に駆け寄ると、黒曜石の穂先を付けた槍を急所に突き立てた。


 周囲の男たちが口々に賞賛の言葉を叫ぶ。

 集落で一番の槍使いであり、この狩りのリーダーでもあるクオンドカは、誇らしげに槍をかかげた。



 どこまでも果てしなく広がる草原と、まばらに生えた木々。後の言葉でいうところのサバナ(サバンナ)である。

 クオンドカたちの部族はこの地に住まい、狩猟と採集で日々のかて、暮らしをいとなんでいる。


 獲物を担いで意気揚々と集落に帰還したクオンドカたちを、留守番をしていた者たちが歓声を上げながら出迎える。

 女子供や年寄りが主だが、若い男たちも少なからず混じっている。彼らは、今回の狩りには参加しなかった班の者たちだ。


 集落の男たちが総出で狩りに赴いている間に、他の部族の者たちの襲撃を受けてはたまらない。若い男たちを二つの班に分けて、交代々々で狩りに出る、というのが彼らのならわしだ。


 見事獲物を仕留めたクオンドカを、皆が口々に褒めそやしたが、クオンドカはその中に妻のタペリの姿が見えないことに気が付いた。

 去年生まれたばかりの息子に、乳を与えてでもいるのだろうか。

 まさか、体の具合が悪いのではあるまいな?

 クオンドカは長老への狩りの成果の報告を終えると、早々に彼の住まいである洞窟へと向かった。


 洞窟の入り口に歩み寄ったクオンドカは、中から聞こえてくる声を耳にした。

 彼の愛妻の可愛い声。しかしそれは、夫といる時以外には決して出してはいけないたぐいの声だった。

 俺のタペリが他の男と? そんな馬鹿な!

 クオンドカは足音を忍ばせ、洞窟の中を窺う。彼の耳に、男女の睦言むつごとが聞こえてきた。


「どうだ、タペリ。クオンドカなんかより俺の方がずっといいだろう。俺の女になれ」


「あぁん。だめよ、タカタカ。もう私たちには子供だっているんだから」


「はン。誰の子供だか知れたものかよ」


 タカタカというのは、今回留守番をしていた班のリーダー。クオンドカと並ぶ槍の名手だ。

 彼にはれっきとした妻もいるのだが、力のある者が複数の妻を持つことは珍しくない。が、だからといって、集落の他の男、それも自分と同格の狩りのリーダーの妻を寝取るなど言語道断だ。


 クオンドカは槍をぎゅっと握りしめた。

 ぶち殺してやる――そんな衝動が全身を駆け巡る。

 しかし、クオンドカは踏みとどまった。

 部族内での殺し合いは、たとえ相手にどれほど非があろうとも、おきてで固く禁じられている。

 それに――タペリに対しても、憎いと思う気持ちと、それでもなおいとおしいと思う気持ちとがせめぎ合っている。


 結局、クオンドカは黙ってその場を後にした。

 男としての敗北感にさいなまれながら。


 絶望を抱えてとぼとぼと歩むクオンドカに、一人の男が声を掛けた。


「おう、どうしたクオンドカ。獲物を仕留めた英雄がなんて顔をしてやがる」


 いつも陽気なその男はキラフィキという名で、クオンドカにとっては最も親しい友人だ。

 クオンドカは、自身や妻の恥を明かしてよいものかどうかしばし逡巡しゅんじゅんしたが、キラフィキの屈託のない笑顔を見ているうちに何かが吹っ切れたような気持になり、洗いざらい打ち明けた。


「そうか、タペリがな……。タカタカをぶっ殺すんなら協力するぞ。部族の掟なんぞ知ったことか」


 いつも陽気なキラフィキの顔がどす黒い憎悪に染まるのを見て、クオンドカは自分の迂闊うかつさを悔やんだ。


 キラフィキには幼い頃から好きな女がいて、周囲の者たちも二人はいずれ結婚するものと思っていたのだが、その女は年頃になると、集落で随一の槍の名手と結ばれた。それが他でもないクオンドカだ。

 クオンドカ自身もタペリのことは憎からず思っていたので、キラフィキが「やっぱりタペリにはお前の方がふさわしいよ」などとにこにこ笑顔で言ってくれることに甘え、友人が心の奥に押し隠した想いから目をらし続けてきた。

 集落の有力メンバーの一人であり、当然妻帯していてしかるべきキラフィキが今なお独り身でい続ける理由を、何故深く考えようとしなかったのだろう。


「……やめておこう。俺やお前が手を汚す価値もないような奴だ。それより、俺はここを出ることにしたよ」


 クオンドカはそう言って、寂しげに笑った。生まれ育ったこの地への愛着は確かにあるが、もうここにはいたくない。


「出て行くって……。タペリはともかく、子供はどうするんだよ?」


「……誰の子だかわからんのだそうだ」


「そうか……。よし、俺も一緒に行くよ」


 キラフィキの言葉に、クオンドカは驚いた。


「何言ってるんだよ、お前。お前まで出て行く必要なんか……」


「気にすんな。俺がついて行きたいからついて行くだけだ。それに、ここにいたらタカタカをぶっ殺してしまいそうだしな」


 そう言っておどけて見せるキラフィキだったが、その目は決して笑ってはいなかった。


「わかったよ。じゃあ一緒に行こう」


「ああ。で、何処へ行くつもりなんだ?」


「当てなんか無いさ。けど、この大地は果てしなく広い。きっと何処かにあると思わないか?」


「何が?」


「寝取ったり寝取られたりなんてことの無い、理想郷ってやつが、さ」


「なるほど、そいつは行ってみたいや」


 二人は顔を見合わせ、愉快そうに笑った。



 その夜、クオンドカは妻の誘いも断り、ぐっすりと眠った。

 そして翌朝、まだ仄暗ほのぐらいうちに、彼は安らかな寝息を立てる妻子を置いて、洞窟を抜け出した。愛用の槍と、干し肉に干し果実、蒸して干したヤム芋などの携行食糧だけを携えた、身軽な身ごしらえだ。


 キラフィキとの待ち合わせ場所に行くと、他に二人の男がいた。


「水くさいぞ、クオンドカ。俺たちも連れて行ってくれよ」


 キラフィキの顔を見ると、ぷるぷると首を振る。彼が話したわけではないらしい。クオンドカの様子がおかしいことから、何かあると察したのだという。

 一人は惚れていた幼馴染をタカタカにかっさらわれた男で、もう一人も、浮気した妻に住まいを追い出された男だ。


「しょうがないな。じゃあ、一緒に行くか」


「そう来なくっちゃ。で、何処へ行く?」


「当ては無いが……。とりあえず、お日様の方に向かっていくとするか」


 クオンドカの提案は単なる思い付きでしかなかったが、他の者たちにも積極的に反対する理由は無く、四人の男たちはへ向かって歩き出した。



 当ての無い旅を続ける彼らは、行く先々でその地の人々の集落を訪れたが、人の住まうところ何処にでも、寝取り寝取られはつきまとった。

 そしてクオンドカたちに共感して仲間に加わる者もいれば、その地の女と恋に落ちてそこに居着いつく者もおり、もちろん旅の途中で命を落とす者もいたが、気が付けば、一行は数十人の集団に膨れ上がっていた。


 今ではクオンドカの傍らには一人の女性がいる。クワンザという名で、浮気者の夫に愛想をつかして集落を飛び出した女だ。

 クオンドカとは、恋人や妻というより仲間同士といったほうがよさそうな間柄だが、それでも、やがて彼女はクオンドカの子を産んだ。

 子供がある程度大きくなるまで、食糧を手に入れやすい土地に腰を落ち着けていたクオンドカは、このままこの地で暮らそうかとクワンザに提案したが、彼女は首を振った。


「この世界はまだまだ広く果てしない。あんたはそれを見たいんだろ? あたしも付き合うよ。もう少しすれば、この子も連れて行けるようになるだろうしね」


 果てしない世界の果てを見たい――。それは、旅するうちにクオンドカの中に生まれた願望だ。

 この世の中に、彼が求める理想郷は無いのかもしれない。けれど、無いならば無いと見極めたいではないか。


 再び旅立つ日まで、しばしの休息を取っていたクオンドカたちのもとを、ある日一人の男が訪れた。


「クジュアナ! どうしてお前がここに?」


 その男は、クオンドカが元いた集落の住人の一人で、かつての顔見知りだった。

 彼が語るところによると、クオンドカたちが去った後、タカタカは自分と同格のリーダーがいなくなったことでますます偉そうな態度を取るようになったが、元々人望という点ではクオンドカに大きく水をあけられており、女癖の悪さもあいまって、次第に孤立していった。そして、そのあせりからだろうか、仕留めたはずの羚羊インパラに角で腹を突かれ、その傷が元で死んでしまったという。

 狩りのリーダーを相次いで失った集落からは、離脱するものが相次ぎ、ついには散り散りになってしまった、という話だった。


 その話を聞いても、クオンドカの胸には何の感慨も浮かばなかった。

 キラフィキは、罰が当たったのだろうよと冷笑していたが。

 タペリも子供を連れて集落を出て行き、別の集落の男のもとに身を寄せたらしいが、それもクオンドカにとってはどうでもいいことだ。



 クワンザが産んだ娘が三歳を過ぎた頃、クオンドカは再び旅に出た。

 そのままその地で集落を営もうという者たちも少なくなかったが、半分近くの者たちが共に旅立ち、さらに余所から合流する者たちも後を絶たず、たちまちにして集団は以前以上の人数になった。


 旅を続けるうちに、親友のキラフィキは細長い湖のほとりの集落で出会った娘と結ばれ、その地に留まると言い出した。

 二人は抱き合って、涙ながらに別れを惜しんだが、それでもクオンドカは旅を止めようとはしなかった。


 はるか前方に、巨大な山が見える。山頂は平たく、真っ白いもので覆われていた。


「お父さん、あの山何で白いの?」


 娘のムリシに問われ、クオンドカはこう答えた。


「さあて、なあ。きっと神様が住んでいらっしゃるからではないかな?」


 ムリシは息を飲んだまま、ずっとはるかな山を見つめ続けるのだった。



 やがて、クオンドカは老いて旅を続けられなくなった。しかし、彼のこころざしは子や孫に受け継がれ、集団は旅を続けた。

 かつては彼らの行く手にあった太陽を、背中に受けるようになっても、彼らは歩みを止めない。

 大河の流れに沿って進み、砂漠を越えてさらにその先へ。鬱蒼うっそうと茂る森、どこまでも広がる草原、そして氷の大地。さらには大海原へも。

 幾千幾万の歳月の果てに、クオンドカの子孫たちはついに世界を覆い尽くした。


 されど――。クオンドカが追い求めた理想郷は、今なお遠い。



――Fin.




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寝取り、ダメ絶対。

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