第2話自販機で朝食を
「坊主、起きてっか?」
目が覚めて布団の上で伸びをしていると、昨日の男が部屋に入ってきた。
ノックくらいしろよと思ったけど、ドアはなく、長い暖簾のような布が二枚たらされているだけだった。
「お、はようございます。今起きました」
「ちょうど良かった。飯だ。食堂に案内する」
「ありがとうございます」
「その前に、顔を洗え。昨夜教えた風呂場で湯が出る」
「わかりました。それにしても、この部屋。まるで日本家屋ですね」
僕が馴染みのある障子に囲まれた部屋を見渡すと、男は意を得たりというようにうなずいた。
「だろう? 坊主らみたいな異世界人の話を聞いて、上がそれに近いものを用意したというわけだな」
「へえ、そうなんですね」
「急に環境が変わるからな。少しでも馴れたもののほうが良いだろうということだ」
「ありがたいです。お風呂があるのも助かりました」
「おう。異世界人は風呂ってのが好きみたいだな。あれは良い物だ。俺らの中でも家の中にあれを作る者も出てきた」
僕が与えられた部屋は二階にあった。男は階段を降りてすぐのところにある食堂へ案内してくれた。
そこは広い板壁の部屋で、壁掛けのランプのようなのがたくさん掛かっていた。
中央に長いテーブルと椅子が置かれていて、僕と男以外には誰もいなかった。
厨房はどこなのだろうと、見回してみたけれど、そんなものは無くて、壁際に自販機? と思われる箱形のものが数個並んでいるだけだった。
「飯はここだ」
男はその自販機のような箱の一番端を示した。
そこには茶碗に盛られたご飯とコッペパンの絵が描かれていて、白いボタンがひとつあり、その下に四角い扉があった。
「このボタンを押すと主食、米かパンが出てくる。メニューは選べない。その日によってランダムだ」
「やっぱり自販機でしたか」
僕が目を丸くしていると、、男が笑った。
「俺らは普通に煮炊きして食うぞ。こんなのがあるのはここだけだ」
「そうなんですね。びっくりしました」
「飯の横は汁物、その横がおかず、飲み物、デザートの自販機もあるぞ。好きなのを取ってテーブルへ来い」
僕はおそるおそるボタンを押して自販機を作動させた。
すると1分もかからないうちに扉が開いて、なかからトレイにのった茶碗に山盛りのご飯が出て来た。
「すごい。うまそう」
ほかほかに湯気の立ったご飯はツヤツヤとしていて、急に空腹を感じてお腹がグウと鳴った。
僕は大根の味噌汁と目玉焼き、ほうれん草のお浸しをトレイに乗せ、最後にデザートの自販機からは苺ジャムがのったヨーグルトが出て来た。
バランスのとれた食事だ。むしろ、慌ただしく食パンをかじって飛び出していた向こうでの生活より恵まれているかもしれない。
「いただきます」
僕は暖かい食事を堪能してから、食後の飲み物をとって、テーブルで何か書類を読んでいる男のもとへ戻った。
「食ったか?」
「おいしかったです」
「それは良かった」
男はちょっと凄みのある笑顔を見せた。
「ところで坊主の名を聞いてなかったな」
「僕は
僕は困って自分の体を見た。どう見ても縮んでいた。
「だなあ、とても十六には見えん。精々七歳か八歳ってとこか」
「はあ、そうですか」
「心配ない、こっちへ飛ばされるといくらか若返るって聞くからな」
「そうなんですね」
「いいじゃないか、得してるぞ」
「はあ、ありがとうございます」
僕は何とも言えない気持ちで頭を下げた。
「そういえば、あなたのお名前も聞いていませんでした」
僕が聞くと、男は一瞬困ったような顔をして肩をすくめた。
「こっちの名前は、異世界人は発音できねぇみたいだぞ。本名はこうだ。ッッテリィヨッタジンヌッテリッソ・マハジヲラゾッテアン……」
「あああ、すみません。混乱してきました」
「だろう。まあ。略称テリィでいいさ。ビギン町異世界人保護所の所長だ」
「はい、テリィさん。こちらの人はみんなそんな長い名前なんですか」
「そうだな。数代前までの先祖の名前がくっついてるから、だんだん長くなるんだ」
「すごいですね」
「本名を呼ぶヤツなんか滅多にいないけどな。正式書類には書かなけりゃならねえから、子どもは名前を書く練習をさせられる。やっかいなことだよ」
「まあ、それはともかくだ。食事が終わったら、この冊子を読んでおくといい。ここの常識みてぇことが書いてある。坊主の読める言葉でかいてあるらしいぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
テリィに渡された冊子は、冊子というにはかなり厚みのある紙の束だった。右端を紐で括ってあった。
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